「こんなのってないよ……」
まどかは半泣きで。
「いじめっ子の発想ね……」
マミは心底嫌悪した様子で。
「お前それでも人間か!?」
杏子は怒り。
「いや人間じゃないでしょ」
そんな姿を見たさやかは一周回って冷静だった。
「わけがわからないよ」
口を揃えての大不評だ。予想はしていたけどね。
インキュベーターは“君たちはいつだってそうだ”とかなんとか負け惜しみをこぼしながら、部屋の片隅の方へすごすごと退散していった。
心を持たない生き物とは哀れなものである。
しかし私は美味しい紅茶を啜りながら、その甘美な光景を和やかに眺めていたのであった。
うむ。これこそ“ざまぁ”という奴なのだろう。甘露甘露。
「というわけだ。契約はやめてくれ、まどか」
「うん、私契約しない」
まどかは先程の話を聞いてより決意を固めたのか、力強く頷いた。
が、それでも彼女は幾度となく契約しているんだけども……。
まぁ、そのことについて話す必要はない。
何せ……私が時間遡行者であることは、隠し通すつもりだからね。
「ふむ……」
紅茶がなくなったので、缶コーヒーを開け、くい、と一口飲む。
程よい苦味が口を満たし、大人向けのカフェインが脳を冷ましてくれる。
ここにいる誰もが飲まない味。それを呷ることで、私だけに課せられた使命をより深く自覚できるようだった。
……そう。私の能力は、まだまだ彼女たちには隠し通さなくてはならない。
インキュベーターにはもちろんのこと、彼女たち魔法少女にも、絶対に漏らす事はできない。
そうすることでしか開けない道があるのだ。
今はまだ……。
「あ、暁美さん……言ってくれれば、紅茶、いれたのに……」
「……あ」
缶コーヒーを飲み始めた私の様子を、マミがポットを構えながら気まずそうに眺めていることに気付いた。
……申し訳ない。
「魔法少女たちは、希望を信じていたのにね……酷いよ……」
「うん。ちょっと、厳しすぎる現実だよね……私もなったばかりで、人ごとみたいだけどさ」
魔法少女を知って日が浅いとはいえ、まどかとさやかの二人にとっても、魔法少女システムの真実は衝撃的だったようだ。
「でもなぁ。あいつらの目的がわかったところで、あたしたちはそのルールに縛られることを良しとしたんだし、どこかでは受け入れなきゃいけないとは思うんだよなぁ……」
「ええ、不本意だけどね……」
杏子とマミの二人も、衝撃的ではあっただろうが、受け入れるだけの余裕はあったようだ。
まぁ、魔法少女が魔女になることと比べれば、別にそのエネルギーが何に使われていようがあまり重要でもないことだしね。
全てが仕組まれたことというのが、胸糞悪いだけで。
「くそぉ、なんか、悔しいなあ……」
ちょっぴり頑固なさやかにとっては、非常に歯がゆいことだろう。
「で、結論から言うとワルプルギスの夜は倒せるわけだ」
私はそんな皆の会話に、ぬるりと唐突な言葉を差し込んだ。
しばらくみんなが停止して、私が何を言ったのかを咀嚼して、時間差を置いてこちらを見る。
「……え? ほむらちゃん、今なんて」
「ちょっと、今サラッとすごいこと言わなかった?」
言ったよ。驚いただろう。そんな顔が見たかったんだ。
「うん。ワルプルギスの夜は倒せる」
だから、私はもう一度断言する。
今までの暗い話題を払拭してやるように。
「……えっと、暁美さん。それはつまり、鹿目さんが契約して……?」
困惑する皆の表情。
何を言っているんだ。まさにそんな顔をしている。
まさかな。期待を裏切られまいと、疑心暗鬼に食ってかかる顔だ。
けどだからこそ、私はここぞ、今この時、最高に無責任で、全く根拠のない微笑みで応えてやるのだ。
「いや、普通に倒せるよ」
彼女達から上がる、わずかに期待の混じった驚きの声を聞き、私は自分の有り様を再確認する。
やっぱり私は、空虚な存在だ。
空虚で、嘘つきな奇術師だ。
だが、暗い未来しか用意されていないステージだからこそ、おどける奇術師は必要になる。
「ちょっ、ちょちょ、どういうことだよオイ!」
ガラスのテーブルに身を乗り出す杏子。
勢いよく突いた手の近くにあったティーカップの皿を二枚、咄嗟に退避させるまどか。
いい感じに慌ただしくなってきた。
「実は私の記憶が戻ると同時に、私の魔法の正しい使い方も思い出してね」
「暁美さんの、魔法……?」
「そういえばほむらの魔法って何なの?」
「気になるね」
部屋の隅でいじけていた白猫が復活した。現金な奴である。
「ふふ、そう簡単に見せてやることはできないよ。できるだけ魔力は消耗させたくないし……ワルプルギスの夜に向けて、グリーフシードを集めなくてはならないからね」
「あ……そっか、グリーフシードがないと、魔法を沢山使えないもんね」
「うん。私の魔法はわりと燃費が悪いから、ワルプルギスの夜と戦おうとなれば、さすがに慎重になった方がいいかなって、ね」
「魔力に余裕がないというのは可笑しな話だね、普通に倒せるんじゃなかったのかい?」
……この白猫、根絶できないのかな。
無駄なことばかり言いやがって。
「倒せるけど、間違いがあっては困るだろう? 一応、初めて戦う相手なんだからさ」
「なるほど、そういうことか」
危ない危ない。
インキュベーターめ、やはり油断も隙もない奴だな。
嘘をつくにも細心の注意が必要だ。あまり強引すぎる誤魔化しは通用しないだろう。
「私の魔法はね。口では説明が難しいけど……とにかく大げさなものだ」
「大げさ……」
「ワルプルギスの夜は超弩級の魔女だと聞く……ならば私の魔法は、ワルプルギスの夜に対して非常に有効なはずだ」
「おおげさな魔法……って言われても、どんなのよ? それ」
「次の魔女狩りの時に見せてあげようか?」
「!」
私がちらりとお誘いしてやると、さやかは目を見開いた。
「お願い!」
「……あたしも、見ておきたいな」
「わ、私も! 良い? 暁美さん」
「もちろん良いとも。見てもらわないと信じられないだろうしね」
というより、見てほしいくらいである。
「……あ、あの」
「ふふ……もちろん、まどかも来るかい? 結界の中は危ないけれど」
「そうね。鹿目さん、あなたには全てを知る権利があるわ」
「! あの、それじゃあ……私も連れて行って!」
「当然さ、まどかに見てもらわないと困るしね」
「?」
不思議そうな顔をするかい?
でもこれは当然じゃないか。
「私の力を見てみなければ、心の底から安心はできないだろう?」
「え、ああの、でもほむらちゃんの実力を疑ってるっていうのは、その、悪い意味じゃないよ?」
「気遣わなくてもいいさ、ふふ」
ここまで余裕をぶっこいてみせている私だが、はてさて。
私の実力をお披露目する魔女退治。
さて、どう仕組んでみせたものだろうか……入念に考えておかなくてはね。
しかしこういうことになると、真面目にやらなくてはならない事だというのに、相反して胸は高鳴るものだ。
まったく、マジックのやりすぎかな。ふふ。