虚飾の魔法と嘘っぱちの奇跡   作:ジェームズ・リッチマン

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第十章 魔術師は意味深に微笑む
全ては大いなる計画のために


 久々に訪れたマミの家には、魔法少女四人と普通の女の子一人が集まっていた。

 要はまどかを合わせた、見滝原の関係者一同である。

 

 杏子もそうだが、彼女を探しに出た私自身も携帯電話を持っていなかったので、合流するには多少手間を食ってしまった。

 しかしそれも目立つ場所で打ち上げ花火をかます事によって解決されたので、些細なトラブルと言えよう。

 

「病院の近くで花火は上げないように」

「はい」

 

 しかしマミのお気に召す方法ではなかったようだ。

 それにしても正座は慣れないな。クッションに座りたいものだが。

 

「……えーと? とりあえずこれで、ひとまず……ほむらの方は解決ってことでいいのかな?」

「そう思ってもらって構わないよ」

 

 暁美ほむらの人格は封印されているだけなのだが、この人格が具体的にどういったタイミングで再発現するのかは、私にもわからない。

 今の所は厳重に束縛しているし、そのまま一生出ないということも有り得るだろう。

 暁美ほむらは現世に乗り気ではなさそうだし……彼女の気が変わらないうち、つまり当分は、私がこの身体を動かすことになるだろう。

 

「本当に大丈夫? よね?」

「えっと、ほむらちゃん。どういう経緯で解決したのかな……?」

「色々あったのさ」

「ええ……」

 

 説明はできるが、全てを説明している間にワルプルギスの夜が来てしまう程度には長話になる自信がある。

 なので、要約せざるを得なかった。

 

「よく漫画にあるような、あれだよ。自分に打ち克つ、みたいなものだと思ってくれればいいさ」

「おー」

 

 本当は結構違うんだけどね。

 ……いいさ。今はまだ、真実はしまっておいたままで。

 

「で、まあ、私が随分と皆に迷惑をかけたみたいだから。ひとまず、この場を借りて謝らせてもらうよ。ごめんなさい」

 

 もう一度深く頭を下げる。

 私ではないし、何なら……同情の余地は大きいので、本意ではないけども。

 

「うーん、私達はともかく、杏子には謝らないとね。まあそれはほむらがやったわけじゃないんだけどさ」

「あ、あたしには全然いいって……気にしてないから」

「しかし、なあ」

 

 私の記憶には、杏子に対して執拗に攻撃し続けるものもある。

 これはつい最近、私の中から抜け落ちて歯抜けになっていた記憶だろう。

 ガソリンに着火させて、爆風のみで戦うその様は、杏子からは悪魔のように映ったに違いない。

 

「あれは……私が悪いんだよ。まどかに契約するよう持ちかけたのは、事実だしな。身勝手だったと、今じゃ思ってる。……悪いな、まどか。あんたにも酷いことしたよ」

「え、あの、私はその……別に……」

 

 重苦しくなりつつある空気だったが、ほのかに漂ってきた紅茶の香りが間に入ってきた。

 

「さあ、暗い話ばかりでもなんだし。紅茶を淹れたから、飲みましょう?」

「おおー、マミさんの紅茶だ!」

「久々だ。いただこう」

 

 記憶の中でも、マミの淹れた紅茶の味は……とても懐かしい。

 だからか、酷く切なく、温かく、飲んでいて心地が良い。そんな一杯に思えてしまった。

 

 皆も手作りのお茶請けと一緒に飲む紅茶が美味しいのか、表情が和やかになっている。

 話を転換するのであれば、今だろう。

 

「……さて、みんなを集めようと思ったのは、謝罪がしたいだけではないんだ」

「ええ、それはなんとなくわかっていたわ」

「やっぱりワルプルギスの夜の話?」

「ああ、それに向けての話をしようと思ってね」

 

 ワルプルギスの夜。

 それは私の記憶の問題が大方解決したからこそ真正面から向き合わざるを得ない、大きな壁だ。

 

 記憶の中の暁美ほむらも、実質このワルプルギスの夜を相手に消極的な白旗を上げている。それほどの難敵だ。

 皆はそんなことを露とも知らないとは言え、伝え聞く情報から嫌な予感だけはひしひしと受け取っている。表情を曇らせるのも当然の、できれば考えたくもないラスボスであろう。

 

「興味深いね」

 

 目の前を白ネコが横切り、まどかの膝に乗ってから、そいつはガラスのテーブルの上に腰を降ろした。

 

「ワルプルギスの夜を魔法少女四人で討ち倒す、という作戦会議でもするのかな?」

 

 キュゥべえだ。

 

 無感情な赤い目が、どこか媚びた仕草で全員を見る。

 見た目は子猫だ。しかしもはや、ここにいる皆は一切、キュゥべえに対して好意的な目を向けていなかった。

 

 誰もが、薄々と気付いているのだ。

 彼が信用ならない猫であるということくらいは。

 

 中でも一番正確に理解しているのは私だろうけども。

 

「会議してたら、何がいけないっていうのよ?」

 

 さやかもちょっぴり喧嘩腰だ。

 

「いけないというより、おすすめができないって感じかな」

「……へえ、どういうことだよ」

「前にも話したと思うけど、ワルプルギスの夜は並大抵の魔法少女が“たかが”四人程度揃ったところでは、決して太刀打ちできない相手なんだ。徒労に終わる戦いに挑むことはないだろうと、これでも僕はアドバイスに来たんだけど」

 

 何でもない風に、キュゥべえは尻尾を揺らす。

 実際、彼は何でもないと思っているのかもしれない。

 

「どういう風の吹きまわしなの? キュゥべえ」

 

 しかし温厚なマミでさえ、キュゥべえを見る目つきは鋭い。

 嫌われてかわいそうに……と、私は同情するでもなく、こちらはこちらでキュゥべぇの飴玉みたいな目を見ながら、美味い紅茶を啜るのであった。

 

「言った通りさ、無謀な挑戦はしない方が良い」

「街を守るってことが、無駄だっていうの」

「ことワルプルギスの夜に限定して言えばね」

 

 赤い玉のような目が、まどかに向けられる。

 

「……」

「けど、まどか――」

「――はいそこまで」

 

 私は俯くまどかに声をかけたキュゥべえに対し、思い切りスプーンを突き立てた。

 

「!」

「うげっ……」

「ひっ……」

「私が話を進めようとしていたのに、割って入るとは随分と無礼なエイリアンだな」

 

 スプーンはキュゥべえの脳天を貫き、奥深くまで突き刺さっていた。

 突然の凶行に、皆は青ざめた顔で停止している。

 

「否定から入る男は嫌われるぞ」

 

 私はスプーンごと、キュゥべえのクズを部屋の窓際に投げ捨ててやった。

 生物をぶつけたような気持ち悪い音と共に、白ネコは床に倒れて動かなくなる。

 

「今は厳粛な作戦会議中なんだ。次からはまどかへの私語は慎むように」

「しばらく会わない間に随分と乱暴になったね、ほむら」

「えっ!?」

 

 だがキュゥべえは何事もなかったかのようないつもの無表情で、窓の向こうから現れた。

 

 そう、奴は何度でも甦る。

 いくら殺しても、捕獲しても、キュゥべえは消えることはない。

 私の記憶の中でも、いつからかキュゥべえを追いかけることをやめたくらいだ。

 

「きゅ、キュゥべえが……二匹……?」

「彼は宇宙人だ。身体はいくらでも用意できているのだろうさ」

「へっ!?」

「宇宙人!? って、あの、細くて目のでっかい」

「いやグレイ型とは限らないけどさ」

 

 あるのかどうかもわからないが、ひょっとしたら本体はそんな形をしているのかもしれないけど……。

 

「やれやれ、暁美ほむら。……君はどこまで僕のことを知っているのか、想像がつかないけど。まさかそれを説明するためだけに、僕の個体を潰したのかい?」

「まあね。見てもらったほうが早いだろう。……ご覧の通り、彼はいくら殺したって、次から次へと新たな個体が出てくる……まどかへは、しつこく契約を迫るだろう。それは、ワルプルギスの夜が来た時もその後も、変わることはないだろう」

 

 とりあえず、彼の存在のありかただけは説明しておく必要がある。これは警鐘のようなものだ。

 まどかが契約してしまえば、仮にワルプルギスの夜を越えられたとしても、全てがゲームオーバーなのだから。

 

「で、キュゥべえ。この機会だし、なんとか彼女らに宇宙の大切さを説明してやってはどうかな」

「宇宙?」

「なんのこと?」

「本当に、どこまで知っているんだい?」

「私よりも君から説明した方が、信用は得られるんじゃないかな」

 

 もっともらしく誘導しているが、私としては単にこの白猫の説明をするのが面倒なだけだったりする。

 そしてワルプルギスの夜について話す前に、インパクトのあるこの話を挟んでおくほうが、こちらとしても都合は良かった。

 

「それもそうだね。じゃあ、僕の事についてみんなに聞いてもらおうかな」

 

 こうして得意げに始まったインキュベーターの宇宙保存計画ストーリー。

 が、しかし。それは魔法少女含む女子中学生から、たいへんな反感を買ったのだった。

 

 当然だよね。

 なーんて。

 

 


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