虚飾の魔法と嘘っぱちの奇跡   作:ジェームズ・リッチマン

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新たなる日々

 

 夢の世界から抜け出したのだと、重だるい感覚の中でぼんやりと理解した。

 しかし、頭は至って冷静で、しっかりしている。

 二度寝する理由もない。私はむくりと起き上がった。

 

「おっふ」

 

 だがしかし、私の身体は無力にも起き上れず、そのまま床に倒れた。

 

「いたた……」

 

 身体中を毛布で雁字搦めにされていたらしい。

 なんとも器用に巻きつけたものだ。

 こうでもしなければ、嫌でも外界の存在に目がいってしまうのだろう。

 

「……暁美、ほむら」

 

 私は、私自身の全てを思い出した。

 

 何故契約したのか。

 何故魔法少女を殺したのか。

 キュゥべえは何者なのか。

 私はあらゆる全てを理解した。

 

 同時に、私の肩へ一気に重圧がのしかかる。

 あまりに凄惨すぎる未来。それを回避できるのは、この街で私たったひとりだけ。

 

 でも同時に高揚もする。

 これは私が初めて手にした、私の生きる意味だったのだから。

 

「にゃぁ」

「ワトソン……いや、エイミーって呼ぶ方がいいのかな?」

「にゃ?」

「ふふ、いや、ワトソンでいいね」

「にゃ」

「そう、君はワトソンだものな」

 

 あらゆる世界での過去と未来を理解した私は、心の中深くで決意する。

 暁美ほむら。必ず君を救ってみせると。

 

 

 

「いただきます」

「にゃー」

 

 それにしても、これほどの量の記憶が一度に頭へ刻みこまれたというのに、私も悠長なものだと思う。

 おそらく未だ“暁美ほむら”を他人として見ている自分がいるのだろう。

 実際、まどかを巡る日々の記憶が、どうにも当事者のものとして実感できないのだ。

 

「それにしても、まどか、ねえ」

 

 半透明の麺を啜りながら考える。

 鹿目まどか。彼女は記憶の中において、暁美ほむらにとって欠かせない友達であった。

 

 もちろん私にとってもまどかは大切な友達ではあるが、願い事として彼女を救い続けるほどかと問われれば、正直口ごもってしまう。

 似たような願いはあれども、まどかを名指しすることはないだろう。

 私自身だというのに、たいした温度差だ。

 

「ごちそうさま」

「にゃ」

 

 ワトソンも缶詰を食べ終えたようだ。

 綺麗に食べたので頭をなでてやる。ワトソンはゴロゴロ喉を鳴らして喜んだ。

 

「……よし、じゃあワトソン、行ってくる」

「にゃ」

「……なに、ついてきたい? 珍しいな、まったく」

「にゃぁ~」

 

 さて。

 ワルプルギスの夜が見滝原にやって来る。そのタイムリミットは間近に迫っている。

 

 まどかの契約も断固阻止せねばならない重要なイベントではあるが、そもそもワルプルギスの夜をなんとかしなければ、暁美ほむらにも、私にも未来はない。

 そしてどうにかできる手っ取り早い方法はまどかが契約することである。酷い因果だ。ひょっとするとこの図式も、キュゥべえによって仕立て上げられたものなのかもしれないが。

 

 ともかく、能動的に干渉できるのは私だけ。

 私がやらなくては。

 

 

 

 

 

 

「おっはよー」

「おはよう、さやかちゃん」

「おはようございます」

 

 さやかとまどかの二人は、いつもの時間に待ち合わせ場所にやってきた。

 既に仁美はそこで待っており、二人が集まると朗らかな笑みを浮かべた。

 

「ほむらさんは早退されましたけど、今日は……」

「あー……多分、来ないって」

「あら……心配ですわ」

 

 元々病弱らしいという話は話半分ながらも皆知っていたので、仁美は特に追求することもない。

 言葉を濁すだけで説得できたのは幸いだったが、さやかとしては無責任な隠し事に心が痛む。

 

『……ねえ、さやかちゃん。昨日はやっぱり』

『うん……マミさんと夜まで探してみたけど、駄目だった』

『……ごめんね、何も手伝えなくて』

『大丈夫大丈夫、魔法少女じゃないと危ないもん』

 

 昨夜は魔法少女三人で街を散策したが、ほむらの姿は見つからなかった。

 元々、ほむらの家は誰も知らないこともあり、当てずっぽうで望み薄な探索だったことは否めない。

 成果無しに落ち込みはしたが、途中で遭遇したはぐれ使い魔の退治はそこそこの気晴らしにはなった。別れ際に、杏子が“久々に人のために退治したよ”と笑っていたのを、さやかは印象深く覚えている。

 

「ほむらさんは昨日病院に行かれたのですよね?」

「へっ?あ、あ~……そうだね。うん、そう言ってた」

 

 仁美が思い出したように訊ねてきたので、さやかは咄嗟に受け答える。

 

「……心配だよね」

「……うん」

 

 今、ほむらはどこにいるのか。何をしているのか。どうなっているのか。

 何もわからない。昨日、希望の兆しは見えたのは確かだったが、それでも不安にはなる。

 

「ふふ、けど、ほむらさんなら何事もなかったかのように教室にいて、いつものように振る舞っていそうですわね」

「! ……えへへ、そうだね」

「……ね、きっとね」

「うん」

 

 気がつけばすぐそばにいて、飄々とした態度で驚かしてくる少女。

 できれば今回もそうあってほしい。それが一番ありえる。そう思えば、二人はいくらか気分が楽になれた。

 

「あ!」

「ん、どうしたまどか……あ」

 

 まどかが反応した方にさやかも顔を向けると、そこには上条恭介の姿があった。

 未だ松葉杖を使って歩いてはいるものの、クラスメイトの男子たちに囲まれて楽しそうに話す姿からは、以前のような無気力感は窺えない。

 

「……恭介」

「退院、したんだね」

「あら、上条君……大丈夫なのでしょうか?」

「あー……手の調子が良くなったから、復学するんだってさ」

「そうなのですか……」

 

 とはいえ、さやかはそれが今日だとは知らなかった。

 

(……なによ、退院するなら一言でも言ってくれればいいのに。まぁ、一足早い退院お祝いはやったから、良いのかな?)

 

 色々と抜けたところのある幼馴染に文句の一つも言ってやりたくはあったが、それでも元気そうな姿を見ると、どうでもよくなってしまう。

 彼が幸せそうなら、それでいい。さやかは鼻歌を歌いながら、上機嫌に歩きだした。

 

 

 

 一行は教室に到着する。

 今日もまた授業が始まるのだ。

 そしてこれからは、さやかの幼馴染である恭介もそこに加わる。

 いつも以上に心躍る日々が待っているに違いない。

 

「みんなおは……」

「ん? やあ、おはようさやか」

 

 そして、教室には当然のように暁美ほむらもいた。

 

「……え」

「え?」

 

 停止したのはまどかとさやかだった。

 それはそうだろう。昨日さんざん探し続けて見つけられなかった彼女がいつも通り登校していたのだ。戸惑いもする。

 

「む。ああ、おはよう、まどか」

「……お、おはよ」

 

 硬直をなんだと思ったのか、ほむらはまどかにも挨拶を交わした。

 

「ほむらさん、おはようございます。昨日は何かあったのですか?」

「おはよう仁美、……うん、まぁ色々あってね」

「色々ってちょっと、」

 

 色々どころではない。さやかはテレパシーを使うことも忘れてそう問い詰めてやりたかった。

 

「けどもう大丈夫」

「!」

 

 だが、本人は唇に人差し指を立て、それを制す。

 

「これからはもう、そうそう夢遊病になったりすることもないだろう」

「夢遊病? 寝ていないのに……?」

「……それって」

「ふふ」

 

 ほむらは、まどかやさやかから見て、いつも通りのほむらに戻っているようだった。

 そして彼女の態度からは、問題が解決したかのような余裕が見て取れる。

 

『おはようマミ、昨日はすまなかったね』

『……! 暁美さん!?』

『私ならもう大丈夫だよ、マミ』

 

 しかし、気のせいだろうか。

 まどかにはほむらの姿や振る舞いが、昨日までよりもずっと不思議で、謎の多い存在のように感じられた。

 

 


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