虚飾の魔法と嘘っぱちの奇跡   作:ジェームズ・リッチマン

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君との想いの決裂に

 

 上条恭介という少年は、現在ひどく傷心しているので、いつもより気が立っているらしい。

 さやか曰く、普段ならば温厚であるとのことだった。

 

 そう言われてみればそうかもしれないと思える。

 芸術家や音楽家は、ネタに詰まると非常にカリカリするというのは良く聞く話だ。

 まぁ彼の場合は、もう二度と弾けないという、致命的なものだったわけなのだけど。

 

 それは、同情には値するものの、他人である私にとってはどうでもいい話だった。

 

「……」

 

 夕焼け空が眩しい。

 病院の屋上は見晴らしが良く、オレンジに陰る見滝原がよく観察できた。

 

 さやかは、今日は契約するつもりはないそうである。

 契約をするならば、まずはまどかと話をしてから、とのことだった。

 その他にも、様々な思いがあるのだろう。

 そこまで冷静になっても、人間をやめるというのだ。彼女の決心が固いのは、間違いない。

 

 マミは後輩ができるからと張り切る反面、それ以上に魔女の宿命を背負うこととなるさやかを心配している様子だ。

 特に、彼女の願い事の内容に対して懸念を抱いている風に私は見えた。

 他人のために願い事を使うのは、あまり良い事ではない。彼女もそれをわかっているのだろう。

 

 私のように、最初から願いなど覚えていなければ全てが楽なのだがね。

 自分を変えるということは、きっと、覚悟していても難しいものだと思う。

 

 

 

「見つけたぞ、ほむら」

 

 幼げな声が、すぐ背後から聞こえてきた。

 

「……探したよ」

 

 杏子だった。

 彼女は魔法少女の姿で、屋上の金網フェンスを軽々と飛び越えた。

 

 かじったチュッパチャプスの棒が吹き飛ばされ、タイルに落ちる。

 私は無意味にそれを眺めながら、相手に気付かれない程度に小さく鼻を鳴らした。

 

「やあ、暁美ほむら」

「君もか」

 

 彼女の肩には、まるで魔法少女のように、マスコットキャラが乗っていた。

 キュゥべえである。真っ赤な杏子の相方としては、色合いとしては別段悪いものではない。

 

「……どうしてここに? 杏子」

 

 遠い距離のままに会話する。

 私は変身していないが、彼女はその隙をついて襲いかかろうという風ではなかった。

 

「杏子は君に興味があるそうだよ」

「……ふうん」

 

 あれだけ、突き放したつもりだったんだけどな。

 

「なあ、ほむら。話しようぜ」

「何を話すというんだい」

「なんでもいいだろ? 同じ魔法少女なんだからさ」

「……」

 

 ……まぁ、同じ魔法少女では、あるけども。

 

 私は杏子の顔を見て、じっと顔色を観察した。

 が、そこに浮かぶのは宝物を見つけた子供のような、無邪気な笑顔のみ。多少の緊張も混じってはいるが……それだけだった。

 

 私からは、近付かない。

 相手がフレンドリーに話しかけてこようが、一定の距離は保つ。

 彼女の肩に乗った白猫は、気休めにもならなかった。

 

「話すことがあるといえばね、杏子……」

 

 指輪をソウルジェムに変え、前に突き出してやる。

 

「……君は、自分の意思を貫いているのか」

「……」

 

 杏子は黙り、難しい顔を見せる。

 おちゃらけない様子を見るに、問答をする気構えはあるようだ。

 

「……貫いてるさ、徹頭徹尾……」

「……そうか」

「なんだよ」

「……」

 

 この子は嘘をついている。

 いや、強がっているとでも言うのか。

 

「君が何を願い、魔法少女になったのか……そこまで踏み込むつもりはないけれど」

 

 そんな権利は、誰にもない。

 

「きっと、今の君の姿とは違うのではないかな」

 

 もし彼女が初志を貫徹しているのであれば、普段から夜の街をさまよう不良少女にはなっていないはずなのだ。

 それに、彼女が過去に私へ言って聞かせた、後悔しない気構え……それはまさに、熟達した魔法少女が抱くような、そんな戒律のようにも思えてならなかった。

 

「……私の願いは叶ったさ……ただ、その先の結果が裏目に出て、取り返しのつかない事になっちまったんだよ」

 

 そういう事も大いにあるだろう。

 

「今の私の姿が違う? ったりめーさ……私の願いは、もうどう足掻いても戻ってきやしないんだからな」

「きゅぷっ」

 

 肩の白猫が払われ、地面に落ちた。

 

「もう他人の為に魔法は使わない……私の初志はそれだよ。そこが、私の始まりだ」

 

 杏子の瞳は、赤く燃えていた。

 

「……それまでの私は、もう終わってるんだ」

 

 しかし、哀愁の漂う表情だった。

 黄昏が表情に影を落としていた。

 

「なら、君は私と関わらない方が良い」

「!」

 

 私は、病院のエレベーターへ向かって歩いてゆく。

 もう話は終わったとばかりに。いいや、実際のところ、既に終わっているのだろうと思う。

 

「どうして……」

「この町にはね、マミという魔法少女がいるんだ」

「マミ……」

「杏子は昔……きゅぷ」

「あいつがどうしたんだよ」

 

 踏まれた白猫が少しだけ気にかかったが、どうでもいいことだった。

 

「……彼女の信念と君の信念は相容れないだろう。そういうことさ。杏子もマミを知っている様子だから、きっと、君も昔に会ったことがあるのだろうし、折り合いがつかなかったせいで、こうして縄張りを隔てているのではないかな」

「……そうだけど」

「まあ、私も君寄りといえば君寄りな感覚でいるんだけどな、使い魔に対しては」

「なら……!」

 

 ああ、希望を持たせてしまったか。フォローは入れるものではないな。

 

「しかし、私は君ほど極端にルーズでもない」

「え……」

「……私は、マミと共に見滝原にいることを選んだのだ」

 

 それは、あるいは私にとって初めての選択だったのかもしれない。

 

「……」

「そんな私と居るということはね、杏子……君の信念を変えるしかないということなんだよ」

 

 さやかも、じきに魔法少女となるはずだ。

 彼女はマミと同じか、それ以上に正義を重んじる魔法少女となるだろう。

 そうなれば、さやかは杏子のような魔法少女としてのあり方を許さないはずだ。

 

 グリーフシードを多くストックしておきたい気持ちはわかる。

 頷ける合理性はあるが、現在の見滝原においてそのスタンスは、到底許されるものではなかった。

 

「……なんでっ、どうしてっ……どいつもこいつもっ、わかってくれないんだよぉ!」

 

 叫んだって変わらないんだ。

 

「私はもう、こうするしかないんだよぉ!」

 

 槍を構えて突撃したって、打ち破れはしないんだ。

 特に、そんな……悲しそうで、苦しそうな、泣き顔じゃあさ。

 

 

 *tick*

 

 

 プランクとプランクの狭間に入り込む。

 ブレた写真のように、世界は残像と重なるように停止した。

 

 怯えたような、怒ったような、感情を剥き出しにした杏子が、槍で私の足下を狙っている。

 彼女は私を殺すつもりはないのだろう。これもまた、勢いという奴だ。

 だが、譲れないものはあったのだと思う。

 

 これ以上に手持ちを失いたくないからこそ、彼女は感情を爆発させたに違いなかった。

 ……持たざる者であろうと強く願う自分が、仲間を欲するという矛盾を抱えて。

 

「……君の事情の全てはわからないけど。それでも、君が変わらなければならないんだ」

 

 杏子が構える槍の先を、鉄パイプで叩き返す。

 手応えはあったが、鉄パイプはいとも容易く割けてしまった。

 

「ここが私達の居場所だ。悪いけどそちらに行く気も、連れていかれるつもりもない」

 

 解体用ハンマーで槍を叩き返す。

 ハンマーに深い穴が空き、槍は僅かに動いた。

 

「君の昔は知らないけど……けど、きっと。昔に戻ってみたらどうだ、杏子」

 

 

 *tack*

 

 

「ぐあっ!?」

 

 突き出したはずの槍が一気に弾かれた。鉄パイプやハンマーなどによる積み重なる衝撃が、杏子が握りこんだ柄を押し返したのだ。

 時間の止まった世界でのエネルギーは重複する。突然それを身に受ければ、不意に弾き飛ばされ膝をつくのも、無理らしからぬことだった。

 

「ぐっ……ほむらぁ……!」

 

 優しく転げた身体を起こし、恨めしげにこちらを睨む。

 

「私はマミと……一緒にやっていくことに決めたんだ。それはもう、変えられない」

「……」

「私は、人の為に魔女と戦う……もちろん使い魔とだってね。それは、悪いことではないだろう」

 

 グリーフシードは貴重品だ。魔法少女の生命線でもある。

 けれど、他人の犠牲の上で、過剰にそれを手にしようとは思わない。

 

 ……私は、暁美ほむらとは違う魔法少女なのだから。

 

「……それには、なんの見返りだってないんだぞ」

「いらないね。魔法少女が一般人から何をもらおうっていうんだ」

「そんな綺麗事がいつまでも続けられると思ってるのかい?」

「……」

 

 そう言われると、言葉につまるけれど。

 

「今の私にとっては、それが全てだよ」

 

 暁美ほむらではない私でいることこそが、私の意味であると。私は、そう思っている。

 

「…………たと思ったのにっ……」

 

 俯いた彼女が呪詛か何かを零したように聞こえたので、私は反撃を予想した。

 だがそれとは反して、杏子は紅を翻して屋上から飛び去ってしまった。

 

 捨て台詞も吐かぬままに、彼女は私のもとを去ったのである。

 

 寂しい後ろ姿が屋上から消えた。

 飛び降り自殺ではないだろうと信じたい。

 

「やれやれ、彼女は一体何しにきたんだか」

 

 残されたのは、キュゥべえである。

 私としては、彼の言葉を復唱したい気分でもあった。

 けれど杏子の気持ちは、多分だけど、私にもわかる気がする。

 

 ……そろそろ落ちゆく斜陽が、眩しい。

 

「ところで暁美ほむら。さっき杏子の攻撃を防いだのは、一体どういった仕掛けだい?」

 

 私が感傷に浸っていると、白猫はとぼけた双眸をこちらに向けてきた。

 

「君にもわからないか、キュゥべえ」

「予想はいくらかあるけれど、確信に至るものはないかな」

「やれやれ、君が授けた力だろうに」

「僕にその記憶はないんだけどね」

 

 おお、奇遇だな。私も記憶にないんだ。

 

「参ったものだね」

「僕の台詞なんだけどなぁ」

 

 

 

 

 

「……ふむ」

 

「やれやれ、参ったなあ、早くまどかを契約させないといけないんだけど」

 

「暁美ほむらが何を吹き込んだのか、なかなかしてくれないし」

 

「マミを焚きつけようとも思ったけど、彼女も暁美ほむらの影響で、僕と関わろうとしてくれない」

 

「暁美ほむら……君は一体何者なのかな」

 

「興味深いイレギュラーだけれど、最近は君の事を厄介に感じてしまうよ」

 

「……ちょっと予定を早めて、強行策に出るべきかな」

 

「彼女達、魔法少女がどういった反応を返すのか、僕には見当もつかないけどね」

 

「けど、これも宇宙のためだ、仕方ない」

 

 

 

 

 

「うんしょ、うんしょ……うう、こんな高い所までなかなか手が届かないよ……私もさやかちゃんくらいあればな……」

 

 まどかは自室のクローゼットの上に積もった鳥の羽を、難儀しながらも掃除しているようだった。

 

「あ、届いた……んしょ」

 

 そして最後の羽もどうにか取り除き、部屋に鳩の痕跡のない清潔さが舞い戻る。

 

「……っとお。ふー、これで部屋に散らかった羽根は全部かな」

 

 椅子を足場にした慣れない作業も終わり、手元に残ったのは真っ白な羽をいれたビニール袋だった。

 

「綺麗な羽根だけど、散らばってるの良くなさそうだしね……やってくれたなぁ、あの鳩さん……」

 

 苦笑するまどかだったが、それを見計らったかのように携帯が震える。

 

「……あ、さやかちゃんからメールだ、なんだろ。また明日の宿題かな……?」

 

 近頃のさやかもまどかと同じく思い詰めているというか、集中力を欠いているようだったので、授業や宿題について助力を請おうというのは、あながち的はずれな想像でもない。

 が、届いたメールは、思いの外簡素なものであった。

 

 

 :まどか起きてる?明日の放課後、予定開けといてくれないかな?

 :ちょっくらさやかちゃんの話に付き合ってほしくてさー

 

 

「放課後の話なら明日学校で会った時にでも良いのに……」

 

 

 :うん、大丈夫、おっけーだよ

 

 

「よっぽど大事な話があるんだろうなぁ……うん?」

 

 

 :あ! ごめん、まどか! それと明日までの宿題の範囲なんだっけ!

 

 

「……てぃひひ、やっぱりさやかちゃんは変わらないなぁ」

 

 

 

 


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