虚飾の魔法と嘘っぱちの奇跡   作:ジェームズ・リッチマン

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誰もが知ってる治療の魔法

 

“上条 恭介”。

 

 扉の横のネームプレートには、そう書かれていた。

 

 そういやそんな欠席者もいたな。と朝のホームルームでのなんやかんやを思い出す。

 なるほど、ずっと休んでいたクラスメイトはこの病室のヌシだったか。確かに、以前さやかが言及していた男というのも、そんな名前であった。

 

「この部屋にいるのね」

「……はい」

 

 マミの確認に、さやかは厳粛そうに頷いた。

 

 一見すると男子中学生のお見舞いに来た女子三人というなんともラブコメチックな絵面であるが、目的は至極真面目なものだ。

 

 目的。それは、さやかの親友である恭介の手を、どうにかして魔法で治療することである。

 

「魔法で治せるんですかね……?」

「さあ、どうかしら……聞いた限りでは、不可能ではないと思うけど……」

 

 魔法少女は自前の回復魔法を扱える。

 それは、瀕死の重傷を瞬時に打ち消すほどではないが、ケースによっては現代の医療を上回る部分があるのは間違いない。

 正直、博打だとは思う。けど、可能かどうかはやってみなくてはわからないことだ。

 

 もしも私やマミの基本的な治癒魔法で彼の腕を直すことができるのであれば、さやかの願いもまた別のもので叶えられるだろう。

 節約できる部分では、しっかり節約しておくべきだからね。どれだけ覚悟を固めた所で、定価で買った次の日に同じものが三割引で売り出されているのを見てしまうと、誰だってショックは受けるのだから。

 

「どうしたさやか、入らないのかい」

 

 病室前まで来たはいいが、さやかがずっとモジモジと尻ごみしている。

 

「……えと、ちょっと、最後にあいつとは変な感じで……そのままだったから」

「喧嘩でもしたの? 美樹さん」

「それは……私が悪いんです、恭介の気持ちも考えないで……無神経が過ぎていたんです」

 

 さやか、それ長くなりそうかい。まだ入らないのか。開けちゃうよ。

 

「……でも、もう大丈夫。二人の魔法で治らなくても、恭介の腕はきっと私が……」

「失礼しまーす」

 

 がららら。

 

(ってうぉい! 私まだ心の準備が……)

(あらら……仕方ないわね、私達はここで待ってましょっか)

 

 広い病室の窓際に、その男の子はいた。

 

「……誰?」

 

 彼が上条恭介だろう。

 美少年といえば、美少年である。中性的とでもいうのだろうか。

 しかし彼は寝たきりのまま、虚ろな目をこちらに向けている。

 

(私の病室よりも高級だな)

 

 彼は左手が動かないらしく、そのせいで松葉杖もうまくつけないのだとか。

 やっていたバイオリンができなくなってしまい、それらのショックもあって休学中とのことである。

 なるほど、人生とはうまくいかないものだ。

 

 しかしこの子も私と同じで、幸薄そうな顔をしている。

 こういった不運はある種、星の下のなんぞであるのかもしれない。

 

「やあ」

「……?」

「クラスメイトだよ。転校してきた」

「ああ……さやかが前に言ってた……」

 

 自己解決したら、彼はそのまま窓側を向いてしまった。

 

 私には興味がない。それどころではない。

 そんな、気に食わない態度だった。

 

 それだけでも私の機嫌は非常に悪くなるばかりだったが、予想の範囲内である。

 このいけすかない男のペースというものを完璧に崩してやろうという、逆に燃え上がる感情も出てきた。

 

 

 *tick*

 

 

 ここはひとつ、驚かせてやろう。

 

 

 *tack*

 

 

「私の名前は暁美ほむらだ」

「うわあっ?!」

 

 時間を止めてベッドの窓側の下から這い出ると、彼は跳ねて数センチずれた。

 素っ頓狂な声を上げた部屋の主に、扉の向こう側では“何事だ”と二人の影が慌ただしく蠢いている。

 

「な、な、な」

「さやかの友達だ、よろしく」

 

 左手を差し出し、握手を求める。

 が、恭介は驚いたような奇人変人でも見るような目で私を見たまま動かない。

 

 ……こんな奴の腕を治すくらいなら、私の制服の袖についたシミを落とした方がまだまだ良い気がしてきたな。

 

「挨拶くらいするべきじゃないか?」

「……君は、僕を馬鹿にしているのかい」

「? 何が」

「僕の左手を見ればわかるだろう、動かないんだよ」

 

 彼は強い口調で、包帯ぐるぐる巻きの左手を見せつけてきた。

 被害妄想の強い子だ。怪我した方の手を求められただけでここまで剣幕になるとは。いじめられっこの発想というやつだろう。

 

 私は恭介の左手を、同じく左手で握った。

 

「よろしく、恭介」

「……」

 

 怪訝そうな顔だ。

 さやかは一体、この男のどこに惚れ込んだのだろうか。

 純粋に、彼のバイオリンの腕前にゾッコンなのだろうか。だとしたら非常に清らかな願いなのだが……それは以前聞いた話の中で、遠回りに否定されている。

 さやかは彼に、異性としての好意を抱いているのは間違いない。

 

 ……まぁ、好みは人それぞれだとは思うけどさ。

 

 ……それはともかくだ。

 何も私は、この男と話に来たわけではない。

 

 必要なのは、回復魔法で治るかどうか。その判断だけだ。

 

 魔力を左手に込め、力を流し込む。

 治療術。私は得意ではないが、効率が悪くとも、効果は同じ程度のものは扱える。

 

『マミ、今左手の治療を試している』

『ええ、続けてみて』

 

 包帯越しに伝わる体温は正常。

 しかし、握手の体裁があるというのに、握力は全く感じない。

 左手が全く動かせない。感覚がない。かなりの重症なのだろう。

 

 あるいは、脳か……。

 

「あの……?」

『無理だな、魔力を込めてみたが、回復した様子はなさそうだ』

『……そう……じゃあ、私が治したらどうかしら』

『根本的に、単なる治療術とは趣が違うようだ。神経、腱……あるいは脳。私も詳しくはないが、重要な部分でダメージを負っているようだね。はっきり言って、期待薄だよ』

 

 残念だが、これで治らないとなると絶望的と言って差し支えない。

 完治にはまさしく奇跡……願い事の力が必要になってしまうだろう。

 

『そっか……うん、わかったわ。美樹さんにも伝えておくわね』

『病室に入らないのかい』

『うん……美樹さん、やっぱりまだ決心がつかないって』

 

 魔法少女になる決心はできても、こっちはまだなのか。

 やれやれ、どういうことなのだか……。

 

「いつまで握っている気だい」

「おっと、失礼」

 

 棘がある風に言われ、彼の手を離す。

 腕は、力なくベッドの毛布の上に落ちた。

 

「わざわざ来てくれてありがとう……でも、もう帰ってくれないか」

「ああ、言われなくてもそうするよ」

 

 売り言葉に買い言葉、というよりは、ずっとマイルドな返し方だったと思う。

 それでも恭介は、私の言葉を受けて、いかにも機嫌悪そうに目を細めた。

 

 ま、いいさ。腕が治らないとわかったら、もうここに用はない。

 もう病院の匂いは飽きたしね。

 

「そうだ、最後にひとつだけ」

「?」

 

 彼の横たわるベッドに歩み寄り、人差し指をくるくる回す。

 そして唱えるのは、古来より伝わる快癒の魔法。

 

「ちちんぷいぷい」

「……! 出てけっ!」

「うお」

 

 CDウォークマンを投擲してきやがった。この野郎め。

 退散だ。くそ。ちょっとおちゃめなまじないをかけてやっただけだっていうのに、なんてやつだ。

 

 

 

 

 

 

「……いないじゃん」

 

 佐倉杏子は、大通りにやってきた。

 大道芸やストリートミュージシャンが集まる、特に人気の場所である。

 

「ピエロのパリー、本日の公演は終わりだよ~。見てくれた人、ありがとね~」

 

 そこには様々なアーティストが通りすがりの人を目を引くべく、パフォーマンスを披露していた。

 しかし、ぱっと見た限りでは、慣れ親しんだほむらの姿は見えない。

 常にいるわけではないとはわかっていたので、大きな期待は抱いてはいなかったのだが、それでも無駄足なものは無駄足で、ショックなことはショックである。

 

 が、目当ての相手がいなくとも華やかな通りは、杏子の不満と退屈を紛らわせるのには十分な品質が保たれているようだった。

 

(賑やかだな、ここが有名な見滝原の……ん?)

 

 ふと、妙なものが目に留まる。

 

“Dr.ホームズのマジックショー”

 

 それは手書きの看板で、透明のビニールを被せた上で、適当な資材置き場の上に積み重ねられているだけのものだった。

 

「ドクター……ほーむず?」

 

 杏子は博学ではない。

 

「……ワトソン」

 

 しかし、簡単な連想くらいならばできる少女だった。

 

「いや、まさかな……? いや、でも……あ~……変身した時にそれっぽい格好してたような……まさか魔法を使ってマジックなんかやってるんじゃ」

「暁美ほむらの魔法については、僕も予想がついていないよ」

「ん?」

 

 思考中に声を挟んだのは、肩に乗ったキュゥべえだった。

 

「僕も何度か暁美ほむらの戦闘を見てはいるけど、彼女は何を駆使しているのかさっぱりなんだ。暁美ほむらの謎として、彼女の能力にも興味があるね」

『……ふーん、まあ、どうでもいい事だな』

「どうかな、暁美ほむらと戦う事になるかも……」

『ならねえよ』

 

 キュゥべえは暁美ほむらに対して強い警戒心を抱いているようだったが、杏子にはそんな感情はほとんどなかった。

 

『……ほむらだったら、私の考え方……わかってくれるさ。絶対に』

 

 


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