(暁美さん……)
昼。巴マミは屋上で、いつものベンチに腰掛けていた。
隣に一人が座れるだけの空席を残すよう、最近から始まった、いつも通りに。
膝の上には弁当箱が乗せられているものの、まだ手は付けられていないらしい。
(近頃……周りで色々なことがありすぎて、忙しいわね)
思い耽るのは、最近のことばかりだ。
(鹿目さんたちと出会って……暁美さんと出会って……疑って……暁美さんと一緒に戦って……ソウルジェムの真実を知って。それで、暁美さんと戦って……暁美さんに許されて)
特に思い出されるのは、不思議な雰囲気を漂わせる魔法少女。
謎が多く、それでもお茶目で親しみやすい、そんな少女だ。
――引いてごらん
声はすぐに思い出せる。
得意げに、期待するように。そして優しく微笑みかける、その顔も。
(……暁美さん)
そしてその顔は、昨夜だけで遠くへ行ってしまったような。
そんな錯覚を、彼女は覚えている。
「! ぁ……」
ノブを回す音と、蝶番が小さく軋む音が聞こえる。
没頭する思考から抜け出してマミが振り向くと、そこには密かに“来ないのではないか”と思っていた人物が立っていた。
「……ああ、やっぱり昼は屋上だね」
雰囲気まで、なにもかも同じというわけではなかった。
それでも暁美ほむらはいつも通りの場所にやってきて、また再びマミと昼食を摂りにきたのである。
「暁美さん……!」
「マミ、あの」
「昨日はごめんなさい!」
「……え?」
マミは昨夜からずっと言いたかった言葉を、まず堰を切ったように唐突に、吐き出した。
頭を下げたマミからは見えなかったが、ほむらは珍しく戸惑ったような顔を浮かべている。
「……暁美さんは、暁美さんだもの。私を助け、励まして……救ってくれた」
「マミ」
「その暁美さんは、絶対に嘘なんかじゃないものね……信じなきゃいけないのに。なのに……」
目に溜まり掛けていた涙を軽く拭い、マミは一息ついた。
「昨日の私は、本当に愚かだったわ。……ごめんね、聞かれたくないこと、言いづらいこと、きっと暁美さんもあるのにね」
「……マミ」
「私、暁美さんと一緒に魔法少女としてやっていくって、決めてたのに。なのに、昨日は簡単に動揺しちゃって……でも、違うの。今日はそれを言いたくて、ね?」
“だから”、“それで”と意味にならないことを呟き、言葉を繋げられないまま、マミは気恥ずかしそうに頬を掻いた。
「ごめんね。私、気持ちを言葉にするのって、あまり得意じゃないの」
「……そうだな。難しいよ、本当に」
「本当は、もっと暁美さんを安心させるようなことを……言いたかったんだけどね」
言葉では伝えきれないものがある。
そう言いたげに、マミはほむらの白い手を取った。
「暁美さん……私は一緒にいるわ。私はあなたを信じているし……絶対、離れたりはしない」
その瞳は、潤んでいるせいもあったが、暁美ほむらからはとても美しく、煌めいているかのように見えた。
どこまでも純粋で濁りのない、そんな綺麗な瞳だ。
「だから……暁美さんも、私を信じてくれる? これからも、一緒にいてくれる?」
「……もちろんだよ。マミ」
暁美ほむらは、マミの身体を軽く抱きしめた。
マミもまた、ほむらの身体を抱きしめた。
「ありがとう、マミ」
「ううん、いいのよ。……ありがとう」
そこに深い意味はない。
これが友達なのだと、言葉ではなく態度で示したかった。お互いがそう感じたからこそ、抱擁を交わしたのだろう。
高い空に、雲が流れる。
街の果てから吹く風が強く、清々しいものだった。
「ちょっと恥ずかしいけど。マミは、暖かいね」
「ふふ」
マミの体温により、暁美ほむらの中で寂しさが一つ溶けて、埋まった。
自分は一人ではない。
暁美ほむらの過去の汚れすら包んでくれる、素晴らしい友達が出来たのだと。
(必ず守るよ、マミ。君は……私にとって大切で。本当にこの私の、友達なのだから)
マミの暖かさを再認識して、ほむらは決意を新たにする。
過去の自分とは関係のない、新たな自分が作った友達。その大切なものを、必ず守り抜くのだと。
「……それじゃあご飯にしましょっか? 早く食べないと、お昼休み終わっちゃうからね」
「ふっ、そうだね。早めに食べてしまおうか」
「でも、味わって頂戴ね?」
「もちろんだよ」