虚飾の魔法と嘘っぱちの奇跡   作:ジェームズ・リッチマン

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遠い誰かの憧れを夢見て

 

 

 どうしよう。どう弁解しよう。

 

 “あれは私じゃない”。それは事実だ。あれは暁美ほむらだけど、私ではない。

 しかしあれは……確かに、私でもある。無関係だと突っぱねるのには、無理がある程度には。

 

 私はあのとき、マミやまどかの前で取り乱してしまった。……今さら、何を取り繕っても遅いだろう。

 ……でも。

 

 “実は私は記憶喪失なんだ。”

 

 ……それだけは、言いたくない。知られたくない。

 それに、言ったとしてどうなるというのだ?

 私はもう、暁美ほむらを取り戻したいわけじゃないのだ。できればもう、過去の暁美ほむらとは無縁でいたいほどに。

 ……何より、そんな私は、格好悪いから。

 

 

 

「おいおい。さっきからバーにボールくっつけたままじゃねーか。発射しろよ」

「……ああ、隊長か」

「はぁ? なに訳わかんないこと言ってんだよ」

 

 不良少女が私の隣の椅子に座った。

 

 私がゲームセンターへ来る目的は、もはや無くなった。

 かつて好きだったであろうゲームを見つけようとする必要もないし、わざわざ記憶を取り戻すのは逆に、危険であるように思える。

 仮に遊ぶとしても、昼間の健全な見滝原のゲームセンターだけで十分だろう。ここまでくる必要もない……。

 

 ……けど、彼女と会うのは悪くなかった。

 

「何かあったのかい?」

「ああ、まあね……誤解されてしまったというか、いや、事実ではあるんだけど……」

「ふーん」

 

 彼女はどこかそっけない態度だけど、今も私の隣に腰掛けて話を聞いてくれている。

 なんというか、見た目や言い方は結構サバサバしているんだけど、親身になってくれるのだ。

 それはまるで、はぐれ者をまとめ上げる、レディースかなにかの隊長のように……。

 

「なあ隊長……」

「誰だよ。杏子だ、キョーコ」

 

 そんな名前だったか。今さら知った。

 ああ、そういえばお互いに名前を名乗らないまま、別れたのだっけか。

 

「杏子……」

「まあまあ。せっかく名乗ったんだ、あんたの名前も教えてよ」

「私は……」

 

 暁美ほむら。

 ……私は、暁美ほむらなのか?

 

 ……違う。だから、言いたくない。

 けど私には、この名前しかなかった。

 

「……暁美、ほむら」

「よろしくな、ほむら」

 

 ポッキーを一本渡された。それを少々はしたないと思いつつ、口で受け取る。

 

「よろしく、杏子」

「おう」

 

 近づいてみて気がついた。

 杏子の口、キャベツ太郎くさいな。

 

 

 

「ふーん……まぁ、話が全体的に、端折られてていまいちよくわかんなかったけどさ。要するに、友達に今まで通り接してほしいってこと?」

「ああ……」

 

 私は色々とぼかしつつも、杏子に悩みを打ち明けた。

 不透明な部分も多くてもやもやするだろうに、それでも彼女は聞いてくれた。

 

「……そうか」

「どうすればいいと思う、君なら……」

 

 私には友達と呼べる者が少ないから、相談できる相手もいない。

 記憶の中にそんな経験も無いし……正直、今は……一番、参っている。

 

「……ん、んー……どうすりゃいいんだろうな……」

「その友達がね。持っている間は大切にしていたいもの、なんだよ……私にとってのね」

 

 マミ、さやか、まどか、仁美。みんな大切な友達だ。

 私は、今はちょっと色々とごちゃごちゃしてて、上手く言えないのだが。とにかく……みんなと嫌な関係になりたくはなかった。

 

「……人の心って、難しいからな。変に上辺だけ取り繕って解決しようとすると、余計にややこしくなるってのは、よくある事だ。隠し事したままってのは、本当……」

 

 杏子は真剣に聞いてくれているし、真剣に答えてくれている。

 でも、どうも彼女も自身の答えに納得できていない様子だ。

 

「だめだなぁ、私は……そういうのは苦手なんだよな、私も」

「そうか……いや、聞いてくれただけでも荷が降りた気持ちだよ。ありがとう、杏子」

「よせよ、なんもしてねーから」

 

 褒められても苦い顔をしたままだ。

 本当に、親身になって聞いてくれているのだろう。……良い子だな。

 

「……あー、さっきの話を聞いてて思ったことでもあるんだけどさ」

「え?」

「あんた、人と話す時にベール張りすぎてないか?」

「ベール?」

 

 幕のようなもの、だよな。

 遮蔽物と捉えるべきか。

 

「他人を寄せ付けないような心がどこかにあったり、自分で抱え込んでしまいがちだったりとかさ……口数少ない人ってのは、そういう癖みたいなもんがあるからね。無意識のうちに、鬱憤が溜まってくもんなんだよ」

「……ふむ」

「完璧主義者とか。綺麗に見せようとしすぎたり……虚飾っつーんだっけ。そういうのが癖になってる人はさ、いざ本音が漏れ出たり、自分の内側が見られた時になると、すっげえストレスになるんだよな」

 

 ……虚飾か。

 本物の上に塗り重ねた、薄っぺらな虚飾。

 確かに、ぴったりかもね。

 

「だからさ。カミサマに懺悔しろとまではいわないけどさ。もっとオープンに心の内を話せるようになれれば、気持ちだって楽になるだろうし……誤解自体されなくなるのかもしれないよ?」

「……難しい、な」

「まあね」

 

 否定的な私の言葉に、杏子は頷いてくれた。

 

「心なんて、そう簡単に変われるわけもないしね。心の持ちようを変えるってのは、時間がかかるし……大変だよ、ホント」

 

 ……ああ、そうだな。

 考え方を変える。感じ方を変える。それは難しいことだ。

 そんな技術が人に備わっているのなら、私はこんなに苦労していない。

 

 ……今まで私が、大勢の人に振りまいてきた、無根拠な自信が……空っぽなものだった。

 そんなこと。そんな、虚しくて、格好悪いこと。他人に、伝えられるはずがないじゃないか。

 

 

 

 

 

 夢を見た。

 マミと、魔法少女になったまどかと一緒に魔女と戦う夢だ。

 

 青空の下で、共に手を取り合って魔女と戦う……そんな、都合のいい空虚な夢。

 

 私は夢のせいか、おぼつかない足取りで戦っているが、二人は慣れた様子で、次々と魔女に攻撃を与えている。

 それに対して私は、何もできない。

 敵を前に怯え、もたつき、足を引っ張っているだけ……。

 

 格好良く……そう、本当に格好良く、可愛く、美しく……理想的に戦う二人の後ろ姿を眺めながら、私は……。

 

 

 

「……はは」

 

 目を覚ました。朝だった。

 

 無力感ばかりの夢が消え、私の視界には白い天井が映っていた。

 

 端的に言って、先程見たそれは悪夢に分類できるのだろう。

 無様な姿だった。夢の中の私は、考えられないほどに臆病で、非力だった。

 それなのに、夢から覚めると……言いようのない寂しさが、身体の内からこみ上げてきたのだ。

 

 あの、どんどん先へと進み、遠ざかってゆく後ろ姿が、恋しくて。

 

 ……私は、二人と離れたくないのだ。たとえ、どんな形であったとしても。

 

 まどかやマミは、魔法少女を殺したであろう私を軽蔑しているかもしれないが。

 それでも、私は二人と離れたくないのだ。

 みんな、私の友達だ。暁美ほむらではない、私の友達と。

 さやか、まどか、マミ……。

 

 

 

 ……よし、決めた。

 

「無視しよう」

 

 暁美ほむらは、無視だ。

 私は私。私はオリジナルの“暁美ほむら”として生きれば良い。

 

 ベールがなんだ。壁を作っているからどうした。薄っぺらな私には所詮、そのベールと壁くらいしか構成物らしきものが存在しないのだ。

 いわば私の全てである。それを失って、どうしろというのだろう。

 

 ……私は、暁美ほむらなんて知らない。

 だから、聞かれても何も答えない。

 奴とは、そんなレベルで関わらないことに決めた。

 

 たとえそれは、臭いものに歪な蓋をするだけの、杜撰な対処法なのだとしても。

 

「……学校に行こう」

 

 冷蔵庫に入れた油の浮いたラーメンを啜り、私は家を出た。

 

 

 


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