虚飾の魔法と嘘っぱちの奇跡   作:ジェームズ・リッチマン

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お楽しみはこれからだ

 

「おや」

「あら、暁美さん」

 

 通学途中に出会ったのは、仁美だった。

 私が軽く手を上げると、彼女も上品に返してくれる。

 

「おはよう仁美。同じクラスなんだし、ほむらで良いよ」

「ふふ。ほむらさん、おはようございます」

 

 彼女との関係は別段悪くはないが、とびっきり良いというわけでもない。

 あまり二人きりで話したことのない相手だったので、もしやこれを機に親交を深めるチャンスなのではないか……。

 

「お、ほむらおはよー」

「おはよう、ほむらちゃん」

 

 と思ったが、そうでもなかった。

 さやかとまどかが揃ってしまって、いつものメンバーである。

 

 こうなると、仁美は会話から一歩引いたようになるというか、奥ゆかしく微笑むことが多くなってしまう。

 まぁ、本人はそれでも楽しそうにしているので、私がどうこう言うことでもないのだろうが……たまには仁美にも、自分を出した会話をしてほしいなとも、思ってしまうのだ。

 まぁ、この三人は常にセットでいることが多いのだ。わざわざその形を否定することもない。

 これからも三人の輪の中で、仁美とも仲良くやっていこう。

 

 魔法少女の素質がないからといって、親睦を深めない理由にはならないのだから。

 

「仁美」

「はい?」

「稽古事で手品を習って、私と一緒にペアを組まないか」

「え、えっ?」

「仁美が過労で死んじゃうって」

 

 ふむ。

 普段から稽古事で忙しいというのも大変だな。

 

 

 

「……」

 

 授業中である。

 授業。それは教師の放つ全ての言葉が、するすると耳から耳の向こう側へと、課税なしで通ってゆく時間のことだ。

 習うまでもなく、黒板にある全ての内容が私の中には網羅されている。学校生活そのものは新鮮だが、勉学に関しては非常に退屈なものなのだ。

 意表を突かれて問題を出されたとしても、適当に返事をして正答する自信は七割……いや、九割以上はある。

 

 好き勝手な考え事に没頭するには、最適な時間だった。

 

「えー確かに、出産適齢期というのは、医学的根拠に基づくものですが……そこからの逆算で婚期を見積もることは大きな間違いなんですね。つまり、三十歳を超えた女性にも、恋愛結婚のチャンスがあるのは当然のことですから、したがって、ここは過去完了形ではなく、現在進行形を使うのが正解……」

 

 中学生の範囲のようでいて、若干逸脱しているであろう教え方をする早乙女先生である。

 英語の時間なのに保健と道徳まで学べるとは斬新だ。

 

 なに、先生。貴女もコンタクトにすればモテるさ。

 もしくはソウルジェムで目を治すと良いだろう。

 

 ……なんて、心の中の戯言は置いといて。

 

「ふむ」

 

 私は英語ノートではなく、罫線の無い自由帳にマジックの案を書き連ねていた。

 早乙女先生の授業を脳と耳からシャットアウトし、口元を押さえ、じっと考え込む。

 

 ノートには、現在使っている小道具が書き出されており、隣のページにはこれから使いたい小道具が書かれている。

 それは私にとってマジックのための道具であるし、魔女退治で扱う武器でもあった。

 

 色々ある。全てを出そうと思えば、倉庫が何十個も埋まるほどには沢山あるだろう。

 

 しかし、何かが足りない。

 言葉ではなかなか言い表しにくいのだが……ひっかかるというか、物足りないのだ。

 漠然と、私のマジックには確定的に何かが不足している……そんな確信だけが、モヤモヤと膨らんでいる。

 

 ナイフでもロープでも花束でもない、何かもっと、別の……。

 

「それでここの意訳は……」

「わかった、炎だ」

「違います」

 

 違うものか。

 ついに見つけたぞ。真に私に必要だったものを。

 

 

 

「ふむふむ……ベンジン……ナフサ……いや、それよりもやはり……」

 

 昼休みは返上で、図書室から借りてきた化学書を読み耽る。

 様々な物質の化学的性質を調べ上げ、マジックに最適なものを選択していこうというわけである。

 

 今回扱うのは、炎だ。

 取扱いを間違えれば大惨事になってしまうので、自信はあっても予習は欠かせない。

 それに私の中にも爆発物や可燃物に対する知識はあったが、それだけでは足りない。 もっと様々な可燃物について学ばなくてはならないだろう。

 知識に穴があっては困るし、それを補完する意味でもね。今のところは、問題もないようだが……。

 

「む、難しい本読んでるね、ほむらちゃん……」

「まあね」

 

 危険物取り扱いの書。これはなかなか面白い。派手な演出のためには、こいつの世話になることも多いだろう。

 しかし危ないものに限って、なかなかに入手は難しいのだ。

 どこぞの基地に忍びこめばいくらでも手に入るのだろうが、それでは国の規模で迷惑がかかる。

 

 手軽に入手できるのはガソリンと一部のキャンプ用石油燃料、そしてアルコールといったところだろうか。

 しかし、アルコールの燃え方は地味なので却下である。

 火薬を調合もできるといえばできるが、あまりにも面倒臭い。花火は出来合いのもので足りるし……。

 実質、派手に爆発してくれるガソリンこそが入手のしやすさで見ても一番なのだろうが……。

 

「……そうだ、まどか」

「ん? なあに、ほむらちゃん」

「ここに三枚のカードがある。スペードの3、ハートのクイーン、クラブのキングだ」

「あ、マジックだね? うん、三枚ともそうだね」

「予言しよう、君はこのどれでもない、全く別のカードを引くだろう」

 

 カードを裏向きのまま差し出してやる。

 彼女はそれをどうしようか、手が迷っているようだった。

 

「今見たばっかりだよ? 引いてもいいの?」

「引いてごらん」

「えー……じゃあ、……これ!」

「当たり、トリシューラ」

「うわあ!? なんか変なカードになってる!?」

 

 さて、ポケットの余分なカードは処理できたが。

 燃料はやはり……他のものとなると単価が高いだろうし、量に対して安価なガソリンこそが至高だろうな……。

 どうにかして工面すべきだな。

 

「え、トリシューラじゃん」

「誰だよ持ってきたのー」

「えっ、いやぁこれはその、あのね、違うんだよ」

 

 そうだな。今日の放課後にでも探して……。

 

『暁美さん、いるかしら?』

 

 と、そんなことを考えていたらマミからのテレパシーが飛んできた。

 体感的に、上からだろうか。

 

『やあ、おはようマミ』

『今日はお昼は食べないの?お弁当、作ってきたんだけど……』

『今日もかい。ありがたい話だが、……実は、今日は少々食欲がなくてね……昼は抜こうかと』

『いけないわ! ちゃんと食べないと!』

 

 うわびっくりした。

 テレパシーで大きな声を出さないでほしい。頭がぴりぴりする。

 

「鹿目、まさかお前……やってるのか」

「え、あの、違うよ、誤解だよ……私こういうの全然……こんなの使えないし」

「! ……わかってるじゃないか……やはりか」

「決闘者としての風格は隠せなかったというわけだな、鹿目……」

「よし、デュエルだ」

「えー……」

 

 なんだかあっちが騒がしいな。

 まどかがモテてる? 意外と男子からの人気があるのか。

 

『まだ屋上にいるから、食べに来てね?』

『むむ。まあ、そこまで言うなら、善意を無駄にはできないね』

 

 食欲が無いのは事実だったのだが、用意してくれたものを無駄にはしたくない。

 それに、マミの作る食事はとても美味しいのだ。

 

 まどかの周りの騒がしさが少しだけ気になったが、私は今日も屋上に上がることにした。

 

 

 

「美味しいかな?」

「んー、そうだね、良い油っぽさだな」

「から揚げが好きなの?」

「上質なカロリーだからね」

「もう、ちゃんと野菜も残さないでほしいわ」

 

 すっかり馴れた青空の下のベンチでの昼食をとる。

 彼女の手の込んだ料理は美味しいが、私には色々な要素が多すぎるように思えてしまう。

 

 ケチをつけているわけではない。

 単に、普段から単品ばかりで済ませている私の胃袋が、これらを吸収しきれないような気がするのだ。

 一品だけあれば十分なのだが、きっとそれを言うとマミが傷つくし、怒らせてしまうだろう。

 

「暁美さんは今日も魔女退治に来ないの?」

「んー、今日は遠慮するよ。買いものに出かけるからね」

 

 大事な買い物だ。魔女退治でも使えるものだし、余裕のある今のうちに済ませておくべきだろう。

 

「お買いもの? なら、私も付き合うわよ?」

「いや、大丈夫だよ。きっと遠くまで足を延ばさなくてはならないし、色々と動き回るだろうから。付き合わせて、迷惑はかけられないよ」

「……そう、わかったわ」

 

 ガソリンの調達。セルフサービスのガソリンスタンドでも探さなくてはならないだろうか。

 あるいは普通に“くれ”とでも言えばいいのかもしれないが。

 もしかしたら多少なり強引な方法を使うかもしれないので、そんな場面はマミに見られたくなかった。

 

 

 


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