「3.ジェンガシュート」
煉瓦の群れが魔女の動きをその場に縫い付け、
「ティロ・ボレー!」
マミの光弾が魔女にダメージを与える。
巨大クローゼット型の魔女は全身に無数の穴を開け、その場に倒れた。
そして程なくして黒い靄のように霧散し、消滅してゆく。
「さすがね、暁美さん」
「マミの技の威力と比べたら悲しくなるよ」
彼女との共闘は、非常に楽だった。
私は時間停止によって的確な足止めや妨害ができるので、あとの引導火力を完全にマミに頼れるのだ。
小細工は得意だが、単純な威力を出すのが苦手な私にとって、彼女と一緒の戦いは理想的であるとさえ言えた。
「いいえ、そんなことないわ。暁美さんの能力、使い勝手が良いと思う。その……えっと、なんなのかしら?」
「マジックだよ」
「もう、教えてほしいなぁ」
悪いね、こればかりは秘密なんだ。
だってバレたら、演出してみせたって決まらないだろう?
「当たりだったようだ」
グリーフシードがアスファルトに落ちていた。
黒い球体を針で串刺しにしたような見た目のアイテムである。が、どういう原理なのかグリーフシードはそのままにしておくと、針を起点に勝手に起き上がるのだ。
なので本物と偽物の区別が非常に付きやすい。魔法少女同士の取引でも、偽造は困難だというわけだ。
回せば独楽になるだろうか。いや、無理か。
「……あら」
変身を解いたマミの制服から、曇った振動音が呻いている。
電話が来ていたようだ。魔女の結界は圏外だからな。
「どうぞ」
「ええ、失礼するわね……って、鹿目さんからみたい」
ああ、私は気にせず存分に失礼してくれ。
しかし、まどかからの電話か。何の用だろう。
遊びが盛り上がっていたり……?
「……えっ!? わかったわ、わかるから、うん」
マミの慌てた様子から見て、なんだ。有名人でも来ているのだろうか。
「すぐに向かうわ!」
携帯を閉じると、マミは踵を返して走り始めた。
「おいおい、失礼するってそういうことか」
「病院で魔女が出たって! 鹿目さんが!」
「なに?」
有名人じゃなくて魔女が現れたか。ふむ、連戦になるが丁度いい。
さほど辛い戦いでもなかったので、もう一個くらいは余分にグリーフシードが欲しかったところだ。
「じゃあマミ、病院まで競争しないか?」
「競争って……こんな時に?」
「魔女を倒すまでが競争でもいいけど」
「一応、お遊びではないのよ」
「早いに越したことはないさ」
有事の提案にマミはちょっとだけ呆れたような顔をしたが、私の言っていることもさほど的外れでも悪いことでもない。
少しだけ考え直して乗り気になったのか、マミはすぐに笑顔を浮かべた。
「……わかったわ、やりましょっか? ふふ、先輩の本気、見せてあげるわ」
「その言葉を待っていた」
はい指パッチン。
*tick*
*tack*
「何……って、ええ!? もう居ない!? いきなりすぎない!?」
マミには卑怯な真似をしておいて済まないと思う気持ちもあるが、さやか達の二人が危ないというのであれば、話は別だ。
全力全開で現場へ向かい、最速で魔女を屠らせてもらう。
今日の昼食時にも、魔女退治見学についての話し合いで、ひとつの結論に至ったのだ。
これからはなるべく、二人を魔女と関わらせない方向で、平穏に付き合っていきたいと。
自然に魔法少女のことを忘れるように、ゆっくりとあやふやにしていきたいと。
マミも、魔法少女の実態を知って思い直すところがあったのだろう。
“一般人が無理に魔法少女になる必要はない”。
それが私とマミで出した結論であり、これから魔女退治見学を行っていく上で、二人に示し続けていかなくてはならない態度なのだということで、固まっていたのだ。
そう話しあった矢先にこれである。
病院の皆を助けたいからと、そんな理由で魔法少女になられては困る。
だから私は今、走っているのだ。
時間停止を駆使して、なるべく早く目的地に着くために。
幸い、病院の場所は把握している。今朝も見たしね。
もうすぐ到着だ。
「……さやかちゃん……無事でいて……!」
駐輪場までやってくると、結界の前で祈っているまどかが居た。
しかし、近くにさやかの姿は見られない。……さやかはどうした?
「お待たせ、まどか」
「ひゃい!?」
背後からハットを被せてあげると、まどかは驚いて数センチほど飛び上がった。
面白い声出すね君。
「ほ、ほむらちゃん来てくれたんだ! 大変なの! マミさんになかなか繋がらなくて、それで……!」
「ああ、マミから聞いたよ。彼女もじきに来るだろう」
だからもうちょっと落ち着くと良い。気持ちはわかるけど。
「さやかちゃん、グリーフシードを見張るって結界の中に入ったの……助けてあげて!」
「グリーフシードを見張る? なかなか奇抜な発想をするな」
一般人が見張ったってどうにも……ああ、孵化しそうな時は契約するつもりなのかな。
そこまで身体を張らなくたって良いのに。
……まぁ、探知能力があまり高くない私にとっては、ありがたい手助けかもしれないけれど。
それでも心配だ。
中で使い魔に殺されていなければいいのだが、さやか。
「じゃあ、私は中に入って彼女を助け、魔女を倒すよ」
「うん、うん! お願い……!」
「まどかは……そうだな。まだ見学するつもりでいるなら、マミと一緒に入ると良いよ。それが一番安全だから」
「わかったよ、ほむらちゃん!」
良い返事だ。
本当なら結界内に連れて行きたくはないんだけど、まどかも自分の目で見ないと落ち着かないだろうからね。その点、マミと一緒に入れば心配いらないだろう。
「……あ、ハット返してね」
「え?」
私は彼女に被せたシルクハットを自分につけかえ、手を振りながら歩みだした。
「じゃあ、いってくる」
ステッキを取り回しつつ、悠々と結界の中へ入る。
さて。早くさやかを見つけ出そう。
「願い事さえ決めてくれれば、今この場で君を魔法少女にしてあげることもできるんだけど」
「……もう、どうしようもないってなった時にはするかも……」
魔女の結界。その通路のひとつをさやかが歩いていた。
胸にはキュウべえを抱いている。いざという時は契約を結ぶための保険になるし、敵の腹の中に一人でいるという恐怖を和らげてくれる存在でもあるのだろう。
「けど、……なかなか、決心はつかないよ」
「そうかい? 戦いやすくていいと思うんだけどなぁ」
「……でも、石ころになる決断なんて、そう簡単にできるわけない」
ソウルジェムは魔法少女の魂。つまり、魔法少女とは、肉体から魂を引き剥がされた存在だ。
人によっては強い忌避感を覚えるのも、仕方がないだろう。
「それに、願い事だって……ほむらやマミさんが言っていた通り、自分のための願い事じゃないとダメな気がするんだ」
一生に一度の、人生をかけた願い事。
人は皆、聖人ではない。後々に願いと気持ちの矛盾が生まれた時、魔法少女はどうしようもない絶望に苛まれることだろう。
「で、自分のためにどんな願い事をしようかなって考えた時に……どうしても答えが出ないんだ」
「そう。出ないものだよ、さやか」
「うわっ!?」
時間停止を使い、さやかの隣に瞬間移動した。
突然現れる演出に、さやかもまどかに劣らない程のリアクションを取ってくれた。
「キュゥべえも一緒か」
「もちろんだよ。さやかを一人にはできないからね」
「ああ、契約するには君が必要だものな」
「そういうこと。けど、もう僕の出番はなさそうかな?」
「だろうね」
私が来たからにはもう安心というやつだ。
お菓子の山を迂回しながら、通路を進む。
結界は障害物が多くとも、大抵は一本道なので、魔女までたどり着くのは容易だ。
私程度の探知能力でも、魔女の方向などは概ね把握できる。結界を探すまでが大変なんだよ、本当に。
「……魔女は、大丈夫かな」
「結界にもよるけれど、こういうタイプの魔女ならそこまで早くは孵化しなかったはずだよ。安心していいさ」
「そ、そう……」
「魔女も孵化してすぐに人間を食おうって存在でもないしね」
「そうなの?」
さやかは意外そうだが、長く魔女と戦っていると見えてくるものもあるのだ。
「ものによるけど、勝手気ままな奴らなんだよ。魔女も」
私と同じでね。
ま、死後の魔法少女達にだって、願望はあるのだろうさ。
少しくらいは連中の勝手にさせてやってもいいと、……これは感傷に過ぎないが。思うことも、ないわけではない。
「……ところでさやか。君は魔法少女になりたいと、今でも思っているかい」
「! ……わからない、はっきりしないっていうか」
もじもじしている。さやかにしては、珍しくしおらしい仕草だ。
「どうしても、叶えたい願いがあるんだな」
「……うん」
ああ、やっぱりか。
彼女はまどかとは違う悩み方をしているというから、もしかとは思ったけれど。
ある程度、方向性は固まっていたらしい。
「私の幼馴染が、怪我で入院してるんだ」
「そのまま入院してれば治るじゃないか」
「違うの、入院してるんだけど……その、以前やっていたバイオリンがもう弾けないかもしれないって……」
音楽関係か。なるほど、たしかによく、手を怪我したら大変だって話は聞く。専門外だから、詳しくはないが。
「主治医に、完全に治る見込みはないと言われた?」
「そこまでは、まだ言われてないけど……」
「治せるものなら治したいと」
「うん」
なるほど。幼馴染を助けたいってことか。
……言っちゃ悪いけど、危ういね。
他人の為に願う。それ自体は悪い事じゃない。
ただ魔法少女として生きるには、綺麗事を抱え続けるというのは難しいのだ。
「さやか。もしも仮に君が、その子の怪我を治したとする」
「?」
「で、その子がバイオリンを再開して、しかし退院して二日後に弓で手首をスッパリ落として失血死してしまったとしたら、君はどうする?」
「いやいやいや! ぶっ飛びすぎっていうか何それ、あり得ないってレベルじゃないよ」
「例えさ」
「例え下手か! 話のスケールが大きすぎて意味わからないよ、ほむら……」
そうか? ふむ、じゃあもっと単純にしてみよう。
「幼馴染の子が、怪我を治した後にすぐに死んでしまったり」
「う……」
「再びバイオリンを弾けなくなってしまったり」
「それは……」
「さやかのことを裏切ったり」
「そんなのって……」
みるみる落ち込んでいく。ちょっと酷いことばかり言ってしまったかな。
でもね、それらは全て、十分に有り得ることなんだよ。
「バイオリンの子にそうされても平気な覚悟、さやかにはあるのかい」
「……私は、……恭介のバイオリンが聞きたいだけで」
「キョウスケ? なんだ、バイオリンの子って男か」
「なっ、そういう言い方はちょっと汚い!」
私の頭の中じゃ清楚な薄幸の美少女だったというのに。
さやかの赤くなった顔を見ていると、なんだか変に現実的で、一気に色褪せてしまったよ。
「さやかはその男をものにしたいのか?」
「べ、べつにそんな変な気持ちがあるわけじゃ」
「じゃあ本当にただ再びバイオリンを聞きたいっていう、たったそれだけ?」
「……ッ! いや……その……」
「あ、魔女の部屋だ」
「え!? ちょ待っ……」
重い入り口を蹴破って、広い空間に躍り出る。