「私……今まで、ずっと……何体も何体も……何人も、魔女を倒してきた……」
「素晴らしいことだが……」
褒めて良いのか。慰めれば良いのか。
どうやって? わからない。
「魔女を倒せば、皆のためになるって……でも、魔女が、魔法少女だなんて……みんな、みんな、元は、魔法少女だったってこと……?」
「それは……有意義なことに変わりはないと思う。マミはこれまで、ずっと」
「ずっと。殺し続けてきた。……魔法少女を……」
そうじゃない。気負う必要はないだろう。
魔女は魔女だ。魔女になった時点で、魔法少女は存在しないんだ。
それはマミが気にすることではない。
「魔法少女って、魔女になるの? じゃあ、今までの魔女も……これまでに人を苦しめてきた全ての魔女も、全部……?」
「マミ」
「私のやってきたことって……何だったの?」
頼むよ。話を聞いてくれ。
「私が倒してきた魔女は……魔法少女だったのよね……」
「ものによっては使い魔だ」
「私がこの手で……?」
「おい、マミ大丈夫か」
彼女の震える手を見て、いよいよもって不味いのだと思い知る。
己の両手を見比べて慄く後ろ姿は、いつになく危うく見えた。
「落ちつくんだ。魔女は魔女であって、魔法少女ではない」
「……」
「魔法少女が魔女になった時、それはもはや、戦う事をやめた“死”の時だ」
「……」
「魔法少女のソウルジェムが限界まで濁り、魔女になる…確かにそれは世界にとって痛手となるだろうが、その新たなる魔女を抑制することも魔法少女としての務めだ」
「……」
「マミ…」
その瞬間、彼女から黄色い閃光が瞬いた。
私は咄嗟に盾を構え、防御姿勢を取る。
「ッ――」
そして金属が弾かれる音と共に、私は数歩ほど後ろに後退した。
自分の意思で下がったのではない。
盾に直撃した弾丸のエネルギーによって、押しやられたのだ。
「――冷静になれ、マミ」
「うっ……うううっ……!」
左手の盾から、弾丸のエネルギーの余波が煙として棚引いている。
薄い煙の向こうには、マスケットの銃口をこちらに向けるマミの姿があった。
両目から涙を溢れさせ、嗚咽を堪えて、しかし据わった両目は、私を捉えている。
「マミ、」
「魔法少女は魔女なのね……! あなたも、私も……いつかは、魔女になるしか……!」
「マミ、それは」
「だったら、魔女を全部……魔法少女を全部消すしか、ないじゃないッ!」
何を言ってもどうしようもない目をしている。
私がしばらく留まっていた病院の隣の部屋の患者がこんな目だった。
いや、そんなことを考えている余裕はないか。
彼女は末期の病人ほどに大人しくない。
逆に言えば、処置が施せないほどに救いようもない相手でもないのだ。
「言うよりも。頭を冷やさせるほうが早いかな、マミ」
ハットを被り、ステッキを差し向ける。
「うわあぁあぁああああッ!」
涙混じりの絶叫。
引き金が引かれ、強烈な閃光が瞬く。
だが。
させるものか。
時を止める方こそ、まさにノータイムだ。
「リトライさせてもらうよ、マミ。今度は、本気でね」
*tick*
マミの銃撃は強い。拘束能力に秀でたリボンも便利なものだ。
けれど、それは既にタネが割れている。
警戒すべきは弾丸とリボンだ。
わかっていれば、私の敵ではない。
*tack*
「っ……!」
マスケット銃の弾丸は公園の闇を貫いた。
「1.ミスディレクション」
「……!?」
だが、私はマミのすぐ隣に移動していた。
解説をするまでもない。ただ、私は能力を使いながらマミのすぐ側まで歩いただけだ。
彼女の隣。それが私の定位置だからね。
「“こいつの力は一体?”君はそう考えているだろう」
「わぁああああッ!」
至近距離にて伸びるリボン。それは私を捉えようと、素早く絡みつこうとする。
が、予想の範囲内だ。わざわざ捕まってあげる義理もない。
*tick*
今のマミは錯乱状態にある。
なんとかして、手荒な真似をしてでも目を醒まさせる必要があるだろう。
*tack*
「捕まえッ……!?」
「2.ジャック・ザ・ルドビレ」
「くっ……!? 鎧!?」
先程まで立っていた場所には中世の鎧騎士が配置され、リボンの餌食となっていた。
私は高めの電灯の真上に移動している。リボンもすぐには届かない安全圏である。
マミとは一度戦ったのだ。
攻撃パターンがわかっている以上、対策は難しくはない。
「“瞬間移動? 物質移動? 両方?” ……マミ、冷静に物事を考えられるようになったかな?」
「降りてきなさい! 私のソウルジェムが濁りきる前に、あなたを殺さないと……ッ!」
「だめか」
リボンで雁字搦めに縛られた中世の騎士が、強引に投げられ、こちらへ飛んでくる。
中身には石材と金属が詰まっているというのに、なんて力だ。
……やれやれ。
*tick*
「マミのことは、もっと冷静な魔法少女だと思っていたんだけどな」
空中で面白おかしいポーズを取っている鎧騎士をワンクッションにして、地上へと降り立つ。
そうして元のベンチに腰をかけ、ステッキを持ち、ずれたハットを被せた。
*tack*
「落ちつけマミ、魔法少女が今すぐ魔女になるわけではないだろう」
ベンチから声をかけると、マミはすぐさま振り向いた。
その表情は、お世辞にも落ち着いているとは言えない。
「嘘よ! みんな最後には魔女になる! 今まで人々を苦しめていたのだって……! なら今すぐ……今すぐみんな!」
「冷静になれば君の言っていることがめちゃくちゃだと……おっと」
*tick*
危ない危ない。話している最中に速射を仕掛けてくるとは恐れ入った。
マミめ、銃の狙いだけは正確に私の左手のソウルジェムに合わせているな……。
狂っているようで、戦闘面では狂っていない。
長年の染み付いた戦闘経験からだろうか。味方であれば頼もしいが、厄介な人だ。
「けど、言って聞かせてわからないんじゃ……次は、痛めつけてみるしかないか」
どこかで聞いた言葉だっただろうか。まあいい。
子供はそうして強くなるのだ。マミには少し、痛覚を持ってして、自覚してもらうとしよう。
私はゆっくりベンチから立ち上がると、右に数歩だけ歩いた。
*tack*
マスケットの弾丸は、虚しくベンチに突き刺さった。
「―― 3.殺人ドール」
「いッ……!?」
そして、マミの腕には果物ナイフが突き刺さっていた。
「っ……ぁああっ……!?」
少し心に響くような悲鳴を聞いて、ちょっとやり過ぎたかとは思ったが、仕方あるまい。
向こうは本気で殺しにきているのだ。こちらもそれなりの手で立ち向かわなければ、やられてしまう。
「静まれマミ、近所に迷惑だ」
「うぐっ、ううっ、あ、暁美さん……ううう……!」
マミはその場にうずくまり、血の滴る腕を押さえている。
漏れ出るうめき声はか細く、しかし段々と落ち着いていった。
「血を流して落ちついたか?」
「……うう……」
「よく考えてもみるんだ、マミ。私達魔法少女がいなくなれば……」
「――魔女はいなくなる」
足首に違和感。
「……くそったれ、やりやがったな」
……やられた。
私の後方。
ベンチに空いた風穴から伸び出た一条の黄色いリボンが、いつの間にか私の左足首を捕えていた。
「これ、は」
強く足を引いてみても、突き出してみても、うんともすんとも……言うことは言うが、リボンは私を離してはくれない。
「暁美さんって本当にすごいわ。瞬間移動かしら? 物でも自分でも自在に、いろんな場所に動かしてしまうんだもの」
「拘束を解くんだ、マミ」
鏡を見て欲しいな。自分の顔を覗いてみなよ。特に目。怖いぞ。
「でも、前はこうして縛っちゃえば動けなくなったわよね? ……ふふ、なら今回もそうしてみようって、そう思ったの」
マミの左手にマスケット銃が構えられる。
撃って来るつもりなら……。
「前と同じって言ったでしょ? 盾は使わせないわ」
「!」
抵抗する間もなかった。マミの右手から伸びるリボンが、私の左腕を盾ごと縛り付ける。
「ついでに、その怪しいステッキもね」
そして二代目の紫ステッキすら、銃によって吹き飛ばされてしまった。
いや。けどステッキは壊すことないじゃないか。
前もだけど、私のステッキに何か恨みでもあるのかい。
粉々だ。また買い直さなくては。
「……マジックショーごっこはおしまいよ」
ここから、生きてどうにかなればの話だけど。
足は捕まった。盾のある左腕も動かせない。右腕は頼りない。
ならば、懇切丁寧に説得するしかないか。
「マミ。グリーフシードを安定的に集めることができれば、魔法少女が魔女になることはない」
「いつかは絶対になるわ、そういつまでも続けられることじゃない」
確かに。しかし終わり方は自分で選べるはずだ。
「けど、魔女になる時が来たなら、自分でソウルジェムを砕けばいい。そのマスケット銃を使ってもいいだろう」
「全ての魔法少女がそうするわけじゃないわ」
「私はそうする」
嘘じゃない。私は、魔女になるくらいなら自害する覚悟がある。
「信じないわ」
「絶対にそうする」
「暁美さんのこと、私は、ぜんぜんわからない、何も信用できないわ」
「私を信じろ」
「良いの、もう良いのよ。貴女を殺して、私も死ぬわ、それで魔女の元凶を二匹も仕留められるなら……」
マミの周囲に、いくつもの銃が浮かび上がる。
前回の決闘の再現というわけか。
でも、マミ。前はただの、力を見るだけの決闘だったけど。
今回は違う。今回だけはね、君に譲れないものがあるんだよ。
「マミ、魔法少女は希望を振り撒く存在なんだろう?」
「希望なんてない! みんな死ぬしかないじゃないっ!」
そんな悲しい顔をするな。
「希望はある! 私を信じろ! マミ!」
「黙ってよ! そんなの信じないッ!」
泣くな。
「4.ザ・ワールド!」
「ぁああああぁああああぁッ!」
一斉射撃。目も眩むほどの無数の光弾に、右手を伸ばす。
そして、叫ぶのだ。
「時よ止まれ!」
私が願った奇跡の一端を。
*tick*
「嘘……」
時間の止まった世界。
そこには、私だけでなく、左腕の盾を拘束するリボンでつながれたマミも一緒にいた。
私に接触していたものもまた、時間停止の影響を受ける。
彼女はそれに巻き込まれた形だ。
「魔法少女が条理を覆し、希望を振りまく存在なのだとしたら。条理を見て絶望するなんて、バカバカしい事だと思わないか」
私の目の前には、黄色いエネルギーの弾丸が止まっている。
約二十発。それらは前に進むことなく、完全に固定されていた。
「なにこれ……え!? どういう……!? なんで弾が止まって……!?」
「決まってる。魔法少女が起こす奇跡、魔法少女という存在」
右手で後ろ髪を払い、彼女に微笑みかける。
「それこそ、私の魔法なのさ」
同時に盾を開き、反った幅広の刃を突き出した。
盾自体から伸びた鋭利な刃物。それによって、マミと私を繋ぐリボンは断ち切られる。
『……』
そして、私から離れたマミの時も停止した。
「ふう。しかしまさか、引っかかって取り出せなくなったこいつが役に立つとはね」
私の盾から刃を覗かせる、物騒な三角刃。
こいつは私のアパートの天井に下げていた振り子ギロチン時計の、ギロチン部分である。
頑張って盾の中に入れたはいいものの、出すことができなくなり、中途半端に顔を出すナイフのようになってしまったのだ。
どうしたものかと悩んでいたのだが……。
まぁ、結果オーライだ。
舞台裏はどうであれ、奇跡は起きたのだから。
*tack*
「……!」
マミの正面から吹き抜けてゆく、色とりどりの紙飛行機。
その上に乗せたパンジーの花弁が、ひらりひらりと宙を舞う。
幻想的な光景だ。
ささやかなマジックだが、荒い一呼吸を奪うには、きっと十分な見世物だったのだろう。
正面に私の姿はない。
私は足を拘束するリボンも断ち切って、マミの背後に移動していた。
「マミ、魔法少女に絶望することはない」
「……」
彼女はこちらに振り向かない。
「グリーフシードを集めるのは辛いし面倒だが、マミ。君のやっていることは間違いなく人助けだよ」
「……」
「魔法少女が魔女になるからどうした。人を襲う魔女を野放しにしていいのかい? 正義の味方は、仲間割れしている暇なんてないよ」
「私は……」
「限界まで魔女と戦って、限界を感じたらソウルジェムを砕く。私はそうする」
「私はっ……!」
むにゅ。
彼女が振り返ると思っていたので、私はあらかじめマミの頬に人差し指を置いていた。
やわらかな頬に指が食い込む。
「……」
「君もそうしろ。私たちは、それだけでいいだろ」
変な顔だ。
「うっ……うううっ……うううう~っ……」
本当に変な顔だ。
私達は魔法少女だ。
たしかに、魔女になるという悩める未来を背負ってはいる。
今現在、世界に存在する魔女もまた、そうして生まれたものであるのだろうし、元凶は魔法少女とも言える。その因果関係に苦悩するのも、仕方はない。
けど、それでも今この世界を守れるのは、魔法少女しかいないのだ。
ならば私達が死ぬまで、私達は希望を振りまく存在であり続けよう。
少なくとも、マミにとってはそれが一番の生き方だ。
結局この夜、マミは私の缶コーヒーを飲まなかった。
苦いものは苦手だったのかもしれない。
次からは、もっと甘いミルクティーにしてあげよう。