マジックを終えた後は、ゲームセンターの時間だ。
ゲームは面白い。新鮮でいて、既視感を覚える部分もある。
しかし“記憶を取り戻さなければ”という焦りが先行しがちで、楽しみきれていない気持ちもあった。義務感とでもいうのだろう。
こちらも、余裕があるわけではない。
いつまでもクラスメイトからの質問に適当な答えを返すわけにはいかないのだ。
今の私と昔の私に相違はあるだろう。だが、全てがそのままでいいはずもない。
私が暁美ほむらである以上、最低限、知らなければならない過去はある。
「……ん、んん……」
レバーを使った微調整。
ほんの少しの操作ミスが死に直結する、緊張感ある戦闘だ。
だがこちらは魔法少女である。
魔法少女の動体視力をもってすれば、たとえ実弾であろうが避けられない弾などないのだ。
悪いが、このゲームにも早々に決着を……。
「くっ!」
そんなことはなかった。
おのれ……。
「あーあ、また死んだじゃん」
「ラスボスとはいえ……弾が大きすぎるんだ。あんなの避けようがない」
前にも会ったことのある外野少女が現れた。
どうやらこの子は、いつもこのゲームセンターに出没しているらしい。
「あの弾をオーバーに避けてるみたいだけどさ、周りの白っぽいとこに当たり判定はないよ」
「何? 本当か、それなら随分と楽に……ありがたい、良いことを聞いたよ」
よし、ならば早速再挑戦だ。
勝つまでやってやろう。
「あんた、最近ずっとここ入り浸ってるよね」
生憎とプレイ中のために顔は見えないが、外野少女は飴を舐めながら喋りかけた。
どこかやる気なさげな、曇った声である。実際、さほど私への興味も無いのだろう。
「夜遅くまで色々なゲームやってるみたいだけど、家出でもしてんの?」
「んー、夜に時間があるだけさ。結構、暇でね」
最近は私が帰るまでワトソンも外出している事が多いし、家財道具らしい物も置いてないからなぁ……。
唯一あった振り子時計すら分解する始末だ。いや、あれは私が悪かったか。
「その制服、見滝原中だろ? 自分の所にも大きなゲーセンがあるじゃないか」
おっと、さすがに制服で学校もバレてしまうのか。
色が明るくて目立つし、有名なのかもしれない。
「見滝原のゲーセンは、取り締まりが厳しいんだよね」
「ははっ、そういうことね。確かにそうだ、向こうは小綺麗なんだよなー」
……ふむ、なるほど。確かに弾の白い部分だと当たっていない。
これなら避けるのも楽だ。というより、知っているのと知っていないのとじゃ天と地ほどの差があると言っても良い。
むしろさっきまでの私はよくあそこまで避けていられたな……。
よし。手元が楽になってきたので、会話への集中力も蘇ってきたぞ。
「君こそ、いつもここにいるだろう。ちゃんと学校に行ってるのか?」
「行ってないよ、行くわけないじゃん」
外野少女はさも当然であるかのように答える。
清々しいな。そういう小ざっぱりした性格は好みだよ。
「私の家、随分前から親がいないからね。全然平気なのさ」
「孤児か」
よし、まだボムは使わない。
ショットだけで勝ってやる……。
「……ま、そーゆーこと。止める奴もいなきゃ促す奴もいない。近くに変に気を遣ってくる奴がいないと、好き勝手できて楽なもんだよ」
「――孤独なだけだ」
「……あん?」
紅い弾を避け続ける。
その間も、私の口は動き続けた。
「楽なのは、いつだって最初だけ。寂寥は、後からいくらでもやってくる」
強くなる度に、全てを守れない無力さに失望する。
強くあろうと願う度に、私と“あなた”の距離は離れて……。
「……だから……私は――」
被弾。
自機の魔女が死んだ。
レバーを握る手が、動かない。
「おい……?」
「……何故、私はそんな事を」
体が震える。
記憶が戻ってきたわけではない。
ただ突然に、心で抑えきれないほどに、寂しくなってしまったのだ。
寂しくて寂しくて、どうしようもない。
「……あのさぁ。ラスボスで死んでまで、私に何説教しようってのさ?」
私は後ろの外野に向き返り、苦笑した。
「人は……一人じゃ生きていけないってことかな?」
八重歯の可愛いつり目の彼女は、案の定というか当然というか、呆れ顔であった。
「一人で生きるのが寂しいのはまぁ、わかるけどさ」
彼女が操る魔女は私よりもずっと機敏で、すいすいと魚のように弾を避けてゆく。
「大切なもん失って、もっと寂しくなってちゃあ世話ないっしょ」
「……心にも良くない、と?」
「そ。何も持たない奴が、一番長生きするもんなんだよ」
ボムが相手の弾を一掃する。
光線が画面を飲み込み、敵の体力を削ってゆく。
「その生き方に、物足りなさを感じることはないのかな」
「さあね」
再びボムが炸裂する。
ボムは無くなり、自機はショットのみで戦うことを余儀なくされた。
「あんたは、何も持ってない人?」
「いいや」
私には友達がいる。
それは、間違いなく掛け替えのないものだ。
「矛盾するようだけど、あるうちには大切にしなよ。……持たないほうが良い、って思うのは、それからさ」
自機の魔女はショットだけで敵を撃破した。
「おっと、悪いね。クリアしちゃったよ」
「良いさ。勉強になった、ありがとう」
暗い帰路。
アルコール屋の眩しい明かりを目印に、家を目指す。
スーツの有象無象の流れの中で、私はゲームセンターで出会った少女の言葉を反芻していた。
大切なものを失うくらいなら、持たないほうが良い。
なるほど一理ある。魔法少女としては、その失望こそが最大の敵と言えるからだ。
願った希望に裏切られたとき、絶望は生まれる。
それは何も、魔法少女の願いだけではない。人生の様々な場所に存在する、感情の落とし穴だ。
家族、友人、生きていれば、何だって絶望になり得る。
美味いチリトマトのスープだって、時として制服の左袖に牙を剥く事もあるのだ。
人生は何が起こるかわからない。
ならばいっそ孤独に、孤高に、という考え方もわからなくはない。
人との関わり合いは、時に辛く苦しいものだ。極端ではある。けれど自己防御として、これ以上無い対策だとも思う。
実際、世の中には見えていないだけで、そうした決心を抱いたままひっそりと孤独に死を迎える者だって、大勢いるのだろう。
「うぇいぃ~……そッたれがよぉンのヤロ……」
「……おっと」
今日はわざと人通りの少ない場所を歩いていたのだが、若い女性が看板を抱いてうずくまっていた。
綺麗なのに、随分と無防備な大人だな。
「やれやれ」
私は、一人ではない。
さやかやまどか、マミも友達だ。
友達は、私が守るべき存在。
私の手の届く内にある限り、私は彼女達を守ってみせよう。
私が孤独に生きるのは、きっとそれからだ。
「家はどこに? 指差すだけでも」
「ん~……あんたぁ、良いシャンプー使ってんなぁ~……」
「あまり嗅がないで頂きたい……ああ、こっち? 立てないのだから、しっかり掴まっていて」
「ふぁーい……」
「む……締めのラーメンの匂いかな」
「こぉら……」
「おっと失礼」
以前OLを守れなかった贖罪も兼ねて、私は女性を担いで歩きだした。