虚弱体質で頭脳明晰な暁美ほむら。
数多の魔女を倒し、勝ち抜いてきた魔法少女、暁美ほむら。
武器は盾。自分自身しか守れない小さな盾。
……私が目覚めて、そこそこの日が経っている。
考える時間はいくらでもあった。だから、私は暁美ほむらが何のために生きてきたのかについては、なんとなくだが、見当がついていた。
まず、暁美ほむらは自身のためだけに戦ってきたのだろうと思う。
彼女がいつから魔法少女として生きてきたのかは知らないが、きっと他人に施すような人間ではなかったはずだ。
それは、他者との交流の跡が見られない彼女の端末を見れば、すぐにわかる。
他の魔法少女と一切の関係を築いておらず、単独で魔女と戦い続けてきた。
一匹狼と言えば聞こえはいいが、それは魔法少女との不協和がある何よりの証拠だ。
あるいは、そんな生ぬるい環境ではなかったのかもしれない。
けど、孤立するのには、相応の理由があったはずだ。
……これまで夢の中で見た、陰惨な光景が思い出される。
もしもあれらが、私の頭が勝手に出力したものでないとするならば……。
暁美ほむらは最低でも、魔法少女を二人……いや、やめておこう。
私が何者であっても、やるべきことの中心は変わらない。
魔女退治は、一生涯付き纏う私の義務だ。
私もいつかは魔女になるのだろう。
マーフィーの法則というものがある。
綺麗な制服を着用したままラーメンを食べ続けていれば、どれだけ慎重を期していようとも、いつかは必ず汁が袖にはねるように。
きっと、どこかでポカをやらかしてしまうのだ。
強かろうとも、絶対はないのである。
しかし私は、仮に魔女になったとして、一体どのような魔女に変わるのだろう。
魔法少女は希望を振り撒き、魔女は呪いを振り撒く。その希望と呪いの大きさは等しく、また抗うことの叶わない定理だ。
もしこのまま私の記憶が戻らないのであれば……あるいは魔女になった時に初めて、暁美ほむらの呪い、その逆に位置する祈りが見えてくるのかもしれない。
ま、考えてもどうしようもないことだがね。
魔女になるくらいならば、私は速やかにソウルジェムを砕き、自害してやるつもりだ。
同業者に後始末を押し付けるほど、私は落ちぶれていない。
……それに、ソウルジェムがグリーフシードになった後、もしそこにまだ自我が存在していたら……なんて考えると、ちょっと怖いしね。
誰だって死後、悪霊にはなりたくないだろう?
「御静観、ありがとうございました」
観衆に頭を下げ、フィナーレを告げる。
見滝原の低い空に、色とりどりの紙吹雪と、無数の紙飛行機が舞った。
「わぁ……」
「すごい! どこから出たんだろ……!」
見上げる人々の目に映る太陽は、今日も煌めいていた。
「と、まぁ今回の主目的はこっちだったわけだが」
黄桃の空き缶に入った、小銭と少しの紙幣。
特にこの千円紙幣には感謝しなくてはならないだろう。
これが今さっき行われたマジックショーによる私の収入である。
合計で4461円も集まった。
私の年齢が低いこともあるだろうし、単純に見せた芸がそれ相応であったということなのだろう。
これからも続けていれば、口コミやら噂やらで、稼ぎが増えるかもしれない。
しかし現状でもかなりの大金だ。
これだけでも、百円のゲームであれば44回も遊べる。
今日の夜はゲームセンターで良い夜を……いや、記憶探しが捗りそうだ。
……ふむ。しかし、昨日のように店の者に補導されてしまってはどうしようもないか。
今日は場所を変えなくてはならないだろう。
なに、広い見滝原だ。ゲームセンターならいくらでもある。
ちょっと離れて寂れた地域にでも行けば、取締の甘いところだって見つかるだろう。
それと並行して魔女探し……は、今日はいいか。そっちはマミ達に任せるとして、私は武器の調達を優先しないと駄目か。
マジックの練習。小道具の調達……。
やることは多い。
充実してるとも言うけれど。
……今日はまだこれくらいでいいけど、常日頃から魔女狩りをさぼるわけにもいかない。
明日か明後日には。マミ達には悪いが私も魔女の捜索をしなければならないだろう。
グリーフシードのストックは、いくらかなくては安心できないからね。
……それにしても。
「小腹が空いたな」
手元にはそこそこのお金もある。
……そうだ、せっかくだし店のラーメンでも食べに行こうかな。
たまには食事で奮発するのも悪くはない。
そのような事情で、私は適当なラーメン屋に入った。
「ふっ」
そしてカウンター席に座り、注文を終え、思わず笑ってしまった。
特に意味のある笑いではない。
普段食べているカップ麺の五倍近い価格に、ちょっとした感傷を覚えただけのことである。
五杯分のラーメンか……まぁ、入ってしまったものは仕方ないからね。すぐ∪ターンするのも格好悪いじゃないか。
初めての体験でもあるからね。せっかくなのだ、しっかり食べていくさ……。
調理時間は、流石に三分以上かかるらしい。
その間、私はお冷をおかわりし続ける理由もなかったので、首が痛くなるような位置に備え付けられた小さなテレビ画面を見上げた。
「そっか」
そこでは、議員の汚職や過度な公共事業への出資など、社会的なニュースが面白おかしく報じられていたが……。
廃ビルから飛び降り自殺した若い女性のニュースもまた、慎ましく報じられていた。
……苗字と名前がわかって良かったよ。
これで、ちゃんと花を供えることができそうだ。
「はいお待ちどうさま、チャーシュー煮玉子、黒並盛りです」
「お。どうも」
さて。
この高い一杯を食べ終えたら、次はゲームセンターに行かないと。
ずずず。ずるずる。ちゅるん。
「……うん」
高い。
けど、なんだ。
また今度、来てやろうじゃないか。
思いの外満足してゲームセンターにやってきた私は、ちょっと離れたゲームセンターにまで足を運んでいた。
プレイするゲームは適当だ。やっていれば何かしら当たりに出くわすだろう。けれどあまり新しすぎるゲームでは記憶に引っかからない気がしたので、レトロゲームのコーナーで、しばらく遊ぶことにした。
そんな雑な感じに始めたのだが、ガチャガチャとレバーを操作していると、どことなく体は手慣れたように動いてくれる。
私の見立て通り、全く経験がないわけではないらしい。
ゲーム自体のセンスはあるようだ。
「しかしなんだ、この敵は……さっきから左右に行ったり来たり……」
ゲームも終盤、この調子でいけるかと思っていたら思わぬ強敵にぶつかった。
まさか即死攻撃をしてくるとは。
先ほどから何度も負かされている。
「ここまで来て諦められるものか……」
追加でコインを入れる。
勝つまでは諦めない。
繰り返す。何度でも。
「懐かしいもんやってるねぇ」
「……」
ちょっと、やってる最中に声かけないでもらえるかな。
こう見えて私は本気なんだ。
「さっきからずっとそこで頑張ってるみたいだけどさあ、いつからやってんのさ」
後ろの外野がしつこく話しかけてくる。
私と同じくらいの子供の声だろう。
「んー、黄昏時からかな」
私はジャンプとしゃがみで忙しかったが、答える。
回避は順調だ。……このままならいけるのでは?
「ここは人の巡回も少ないし、夜でも長居ができそうだったからね」
「ずっとやるつもりかい? まぁ、確かにここは他と違って長居できるけどさ。そいつの後もラスボスいるし、めんどいよ」
「硬貨ならある、クリアまでは張り込むさ」
「ふーん」
しかし、このゲームセンターは長居できるのか。
それは良いことを聞かせてもらった……。
「ん!」
敵が今までにない隙を見せた。
これならいける。勝てる!
「ブラボォー!」
連打だ連打! やってしまえ!
チャーシュー煮玉子と同等のコインの仇だ!
(……見滝原の制服、ね。変な奴だな)
結局、ゲームクリアまでこぎつけても店員に補導されることはなかった。
場所は遠いものの、ゲームをやる分にはなかなか良い環境と言える。
次からはここでやることにしよう。
「しかし、すっかり暗くなってしまったな」
もう夜中近い。つい夢中になりすぎたようだ。
けど、収穫らしきものはあった。
ゲームに没頭している間は記憶というか、体を通じて昔の感覚が呼び醒まされるような気分に包まれていたのである。
今日のあれがやったことのあるゲームかは知らないが、ゲーム自体に腕に覚えがあるのは間違いない。
ここから、記憶を取り戻す足掛かりを作っていければ良いのだが。
「だが、暁美ほむら……私が記憶を取り戻したとして」
果たして、今の私の人格はどこへ行ってしまうのだろうか。
このまま経験した知識だけを取り戻す形で済むのか。
昔の暁美ほむらと一体となるのか。
それとも、昔の暁美ほむらに精神を上書きされ、今の私の精神は無為となるのか。
「……」
無にはなりたくない。
私は、他ならぬ私自身のために奔走しているのだから。
昔の私に、今の私を否定される筋合いはない。
今の私だって、私なのだ。
私は、間違いなく暁美ほむらなのだ。
だが私に、昔の私の全てを否定する勇気などはない。