虚飾の魔法と嘘っぱちの奇跡   作:ジェームズ・リッチマン

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第三章 筐体の向こうの女教皇
私達の友情に


──私は貴女を助けたいわけじゃない

 

 

 暗い世界に私はいた。

 

 私は座り込む誰かに言葉を投げかけ、じっと様子を窺っている。

 

 その相手は動かない。

 意気消沈しているのか、聞こえていないのか。

 どちらにせよ、ただの沈黙でないことは明らかだった。

 

 私は、そんな無防備な人に対し、手を伸ばして……。

 

 その、誰かを……。

 

 

 

 

「……朝か」

 

 表通りを過ぎ去っていったバイクの音で目が覚めた。

 天気はいい。小鳥のさえずりは窓を見ずとも、晴れを予感させてくれる。

 

 結局、あの日はAAAを目指してダンスゲームをやっていたら補導されてしまった。

 そこそこ大きな、最新鋭のものばかりが置かれていたゲームセンターだったが……もうあの店に、夜遅い時間に行くことはないだろう。

 まったく。見滝原は厳しい町だ。

 

 最高スコアを出せず、kyokoとやらを抜けなかったのは心残りだったが、いつか牙城を崩す日も来るであろう。

 今は臥す時。楽しみは後に取っておくものさ。

 

「いただきます」

 

 今日の朝食はシーフードだ。

 

 青魚に含まれるDHAとやらは頭の回転を良くするそうだ。

 パッケージの線や文字の色が青いので、これが青魚を使っているであろうことは疑いようもない。

 健全な女子中学生として、しっかり摂取しておかなくては。

 

 それに、袋を破く手間がないだけ、素早く作ることができる。

 準備は二分、食事は三分だ。アラームをかけ忘れた忙しい朝の心強い味方だ。

 

「ごちそうさま」

 

 暖かくなった息を吐き、手を合わせる。

 さて。今日もまた、学校に行かなくてはね。

 

「大丈夫。友達は増えたし、これからもどんどん増えていくよ、暁美ほむら」

 

 髪をブラシで梳かしつけ、表情を作り、寝ぼけた顔を直してゆく。

 

「君は格好良いんだ。もっと、自信を持って」

「にゃぁ」

「ん?」

 

 鑑の前でウインクすれば、隣にいた黒猫がそれに返事をしてくれた。

 

「よしよし……ありがと。ワトソンは可愛いね」

「にゃあー」

 

 黒猫のワトソン。彼の腹をわしわしと撫でてやれば、気持ちよさそうにカーペットの上をゴロゴロと転がる。

 

「それじゃあ、食事と水は用意しておくから。くれぐれも留守を頼むよ、ワトソン」

「にゃー」

「ん、心強いね。食べ過ぎたら駄目だよ?」

「にゃ」

「よし、良い子。それじゃ」

 

 鞄を持って、いってきます。

 

 

 

 

「はあ……昨日はほむらちゃん、私達のために魔女退治してたのにな……悪いこと、しちゃったかな……」

「でも、マミさんの言ってることは正しいし……ほむら自身も、納得してたみたいだし、さ」

「……でも私、なんだか申し訳ないっていうか」

「うん、わかるよ」

 

 教室内は相変わらず、平和なものだ。

 病欠の生徒が一人いるのみで、突然誰かが行方不明になったということもない。

 

 こうして自分の生活圏内が平和に保たれているのを再確認すると、安心できる。

 魔法少女としては、なんともいえない充足感を覚えるのだ。

 寝る前にしっかりとデンタルフロスでケアしつつ歯磨きを終えた時のような……いや、もうちょっとレベル高めかな……? ふむ、適当な表現はなんだろう……。

 

「今日ほむらちゃんに、なんて声を掛けたら良いんだろ……」

「……ね」

 

 ソウルジェムを思い切り真上に投げ飛ばして、一瞬だけ仮死状態になるものの、すぐに意識を取り戻し、無事にキャッチできた時のような充足感……うん、これだ。

 いや、これか? なんか違うな。うーむ……。

 

 

 

「……」

 

 まぁ、そんなことはどうでもよろしいのだ。

 今、私にとって重要なのは達成感などではない。自分の足跡はいつでも振り返れるのだから。

 

 大事なのは、前に進むこと。

 自らの目的のために前進し、困難を打破し、着実にステップアップしてゆくことだろう。

 

(……ほむらちゃん、机で何か考え事をしてるね……)

(ほむら、今日は話しかけて来ないよね。ずっと考え事してるし……)

(うん……)

 

 そのためには、自分が苦手と思っていたことを一つずつ、解決してゆかねばなるまい。

 早乙女先生も言っていた。苦手を克服してゆけば、自ずと道は拓けるのだと。

 

 であれば、すぐにでも行動に移すべきだろう。

 恐れることはない。尻込みする必要はない。

 

(……ほむらちゃん……昨日のことを謝るのってちょっとヘンだけど、自分から謝らなきゃ……これから仲良くしたいし、ギスギスしたままだと、やっぱり嫌だし……)

 

 初めてで話しづらいなんてことはないのだ。

 同じ学友じゃないか。何も気にする必要なんて無い。

 さあ、勇気を出せ。自分を信じて。暁美ほむら。

 

「よし」

 

 私は席から立ち上がった。

 今は中休みだ。時間はそこそこあるし、大丈夫だろう

 

(あっ、席立っちゃった……)

(んー、トイレかな?)

 

 私は歩き、教室の前へと移動する。

 目的の相手は、すぐそこだ。

 

「……中沢」

「……へっ?」

 

 そう、中沢だ。

 

(えっ?)

(えっ?)

 

 まぁ、誰でも良かったとも言う。

 だが、これは大事なことなのだ。

 

「な、何かな暁美さん」

 

 中沢は話しかけてきた私に対し、どうしたものかという焦りを感じているようだ。

 それはそうだろう。私と彼、中沢に接点などないのだ。その焦りはよくわかる。周りのクラスメイトもどこかそわそわしたように、こっちを見ているしね。

 

 けれど、これもまた友達づくりの一環なのだ。

 知らないクラスメイトと仲良くなることも、また一つの必要な勇気である。

 

 それに、大丈夫。何も下手な世間話をしようと話しかけたわけではないのだから。

 

「まぁ、これを見てくれ」

「……トランプ?」

 

 私が彼に差し出したのは、一組のトランプだった。

 何の変哲もない、世界で最も使われているらしい自転車印のブランド物である。

 

「さあ、好きなカードを一枚だけ選んで」

「は、はぁ……じゃあこれかな」

「あっ、こっちには見せちゃだめ」

「うん、はい」

 

 中沢は中間辺りから一枚だけ取り出し、それを見た。

 

「覚えた?」

「覚えたよ」

「じゃあ今からシャッフルするから、好きな所でストップって言って」

 

 本当はもうちょっと格好良くシャーッて混ぜたいけど、それはまだ練習中だ。

 もうちょっと待っていただきたい。

 

「オッケー、ていうか暁美さんこれ何?」

「マジック」

「いやそれはわかるけど……ストップ」

 

 はい止めた。ちゃんとストップで止めた。何ら不正は無いぞ。

 

「よし……」

 

 で、あとは確かこれを、えーっと。そうだ、こうして。

 大丈夫、ネットで見たのだ。何度も自分で復習したしテストもした。

 

 ……よし!

 

「さて、中沢。君が選んだのはハートの3、これだろう?」

 

 私は均等に混ぜきったカードの山から一枚のそれを選び出し、ウインクと共に告げた。

 

「……ごめん……違う」

「えっ」

 

 えっ……。

 まさかそんな馬鹿な、ありえない、一体どこで……。

 

「ほむらちゃん……全然気にしてなさそう……」

「……あー、まあ……本人が気にしてないならわざわざ謝る事もないんじゃない?」

「そ、そうかな……うん、そうかもね……?」

 

 おかしい。どこで間違った?

 私の何がいけなかった?

 最後のカードの選り分けで自然さを出そうとして、変な混ぜ方をしたか……?

 

 い、いや、そんなはずはない。仮にそうだとしても一回だけだ。

 二度目はない。次こそは絶対にちゃんとできるはずなんだ。またあの眠くなる解説動画を見るのは私も嫌だぞ。

 

「さやか、さやか」

「ん?なに、ほむら」

 

 そういえば今日はまだ二人とは話していなかったか。

 いや、今はそれはどうでもいいのだ。

 

「さあ、引いてくれ」

 

 私はトランプの束を差し出し、扇状に広げた。

 それを見たさやかは、勝手を知ったように、じっくりと種も仕掛けもない裏面を眺めている。

 

「……う~ん、よし! じゃあこれかな!」

「了解、じゃあカードをシャッフルして~……」

 

 もう一回シャッフルだ。

 次こそは成功させてみせる……!

 

 

 

「暁美さん、今日は積極的ですわね」

「あ、仁美ちゃん。うん、みんなにマジック見せてるみたい」

「マジック……ああ、私の所にも来てくださらないかしら……」

「うぇひひ……仁美ちゃん、すごい楽しみにしてるね……」

「それはもう! 私、本格的なマジックを実際に見たことがほとんどなくて」

「おーい仁美ー」

「あ、私!? や、やりましたわっ。はっ、はいっ!」

「良かったね」

 

 


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