景色が元の廃屋に姿を変える。
建材と破片でうらぶれていた世界には、西日で茜色に染まっていた。
「綺麗だ」
夕焼けが眩く輝いている。
廃墟と夕焼け。素晴らしい組み合わせだと思う。
太陽は花火よりも美しい。
良い所を全て持って行かれてしまった気分だが、世の中には勝てない相手もいるということだ。
「……す、すっげえ……今の、跳ね返した……?」
「あっというまに終わっちゃった……」
「運が良かったよ。一撃で倒せる魔女なんてそうそういないさ」
地面に転がっていたグリーフシードを拾い上げる。
落としてくれて助かった。無茶な魔法でソウルジェムに穢れが溜まっていたというのもあるし、都合よく二人に解説もできるからね。
「ほむらちゃん、それ……?」
「これはグリーフシード。魔力を消耗して穢れたソウルジェムを回復するために必要なものだ。魔法少女の最重要アイテムだよ」
「さっきの魔女が落としたの?」
「ああ、魔女はこれを落とす時があるんだ……ちなみに、これがなければ良くて死ぬ、悪くてさらに酷い事になるので、注意するように」
「えっ」
「魔法少女はグリーフシードのために魔女を狩り続けなければならないんだ。ソウルジェムは、常に綺麗な状態を保たなければならないからね」
まぁ、人によって濁りやすい濁りにくいはあるが、個人差については説明が難しいし、私も全てを知っているわけではないので割愛するが。
大体は、こんな感じだったはず。
「そうだろう、マミ」
私は追認を求めるように、向こう側の大きな柱に声をかけた。
「……ええ、その通りね」
物陰から現れたのは巴マミだった。
ばつの悪そうな表情は、黙ってつけていたことにちょっとした負い目があるからだろう。
「マミさん……」
「あれ、マミさんどうしてここに……」
「ごめんなさいね。私も魔女を追って、ここまで来ていたの。……というより、途中で三人の姿を見つけたから、それを見守っていた……というのが正しいんだけどね」
なるほど、魔女探しの途中からつけていたわけだな。
自慢じゃないけど、私は全然気づかなかったよ。マミの存在を知ったのもついさっきだったし。
……まぁ、そんなことは言葉にも顔にも出すつもりはないけどね。
「二人とも、魔法少女になりたいのね」
「あ、あの……ええと」
「う、うーん……その、今はまだ、なりたいというか……」
「悩んでいるそうだ」
二人とも複雑そうな表情で黙っている。
うむ、今回は色々と、見せたからな。酸いも甘いも実感したはずだ。じっくり考えるには、まだもうちょっと時間が必要になるだろう。
「だからこうして、二人を連れて魔女退治の見学ツアーと洒落込んでいるわけ。魔法少女を知るためには、これ以上の見世物もないだろう」
「……危険じゃないかしら」
「私は魔女に負けるつもりはない」
「いいえ。暁美さんはともかく、後ろの二人がよ」
毅然としたマミの声は、静かながらもはっきりとした怒気を孕んでいた。
よく見れば、目も……どこか、こちらを非難するように細められている。
「悪いとは思っていたけれど、後ろから様子を見させてもらったわ」
「ああ」
なるほど。やはり気づかなかった。どこに居たんだろうか。
「……道中の使い魔と戦っている時はまだいいとしても。暁美さん、魔女との戦いでは二人に結界すら張っていなかったでしょ」
「守る戦いは苦手だからね」
「なん……! あのね、暁美さん……」
「でも、それは二人だって了承済みのことだ」
マミが疑わしい風にさやかとまどかを見た。
二人は一瞬怯えたようにも見える。
「死んでも私は助けない。それで構わないという覚悟があると聞いたからこそ、私はこのツアーを引き受けたんだ」
「……確かに、ゆくゆくはその覚悟も必要になるわ。でも、まだ二人は一般人なのよ?」
「どのみち私の盾は他人を守れない」
左腕の盾を見せつける。
鈍色に煌めく、冷たい金属質の盾。
後ろの誰かを守るわけでもない、小さな小さな、身勝手な盾だ。
「私の魔法が守るのは私だけ、他人を守るようにはできていないのさ」
きっとそれは私の願い。
かつての暁美ほむらが求めた、彼女にとっての大切なもの。
そこに、他者を守るための結界はいらなかったのだろう。
「……魔法少女には一応、縄張りのようなものがあるのだけれど……私は、そういうことについてはとやかく言わないわ」
「寛容だね、ありがとう」
縄張りで揉め事を起こしたくはないものな。
魔法少女同士による殺し合いほど不毛なものはない。
「けれどこれだけはお願い。今日みたいなやり方では二人が危険すぎるから……」
「さやか達を魔女退治に付き合わせないでくれ、と?」
「ええ」
「なるほど、言いたい事はわかった」
つまりだ。マミはこう言っているのだろう。
「マミなら、結界を作りだせるんだな?」
「! ほむら、それって……」
「……ええ。貴女から二人を取るような形になってしまうのだけれど、二人が魔女退治見学を望むのであれば、ね」
彼女のばつの悪そうな顔から見て、本心からの言葉なのだろう。
だが、事実だ。私は二人を防護するための結界は作り出せないし、その点でいえば二人にとってはかなりリスキーなのだから。
今回の魔女がやってきたソファー投げだって、うまく時間停止して力任せに跳ね返せたから良かったが、ただ回避するだけでは二人にも被害が及んでいたかもしれない。
安全確保。その甘さは、重々承知である。
「私なら、安全に。二人を守りながら魔女退治ができるわ」
「……なるほど、あたしたちが大きな剣を持ったり、バットで武装したりしなくても……?」
「ええ、危害が及ぶことはないわ」
……ふむ。
なるほど。
「ねえ、どうかしら、暁美さ」
*tick*
よくわかった。
*tack*
「ん……!」
マミの目の前の床に、トゥーハンドソードが深々と突き刺さっている。
彼女からしてみれば、目と鼻の先に突然凶器が現れたのだ。咄嗟に飛び退く気持ちはよくわかる。
「…! これ、暁美さん…?」
普段温厚であろう彼女も、すぐさま鋭い目に変わる。
警戒への切り替えが早いのは、歴戦の魔法少女の証だ。
「ちょっとほむら!? あんたがやったの!?」
「ほむらちゃん……!?」
「どういうことかしら」
彼女もマスケット銃を一挺具現化させ、銃口をこちらに向けないまでも、それを手に取った。
「結界を出せようが出せまいが、マミ、君が死ねば結界は解けるんだろう」
「……! 何が言いたいのか、本当にわからないのだけれどっ」
「君自体が魔女に負ければ、もはや結界の有無など意味を成さないと言ったんだよ」
「あ……」
「気付いたかい? まどか。もしもマミが魔女に負ければ、君らは二人とも死ぬんだ。たとえ、結界があろうともね」
*tick*
防御が厚い。安全第一。大いに結構。
だがそれも、魔法少女の勝利ありきの話だ。
*tack*
床に突き刺さったトゥーハンドソードが宙に浮かび上がり、回転しながらこちらへ飛んでくる。
「さて、マミ。確かに私の盾は私しか守れないし、さやかとまどかが死んでも責任は持てないが――」
私は飛来する剣を右手で軽々とキャッチして、刃先をマミへと向けた。
まるで一対一の闘いを申し込む、戦士のように。
「――大前提として。私と戦って勝てないような実力では、二人を任せられないな?」
左手の盾と相まって、私の姿はまさに戦士そっくりなのだろう。
マミとの間にも、闘いの緊張感が満ちてゆくのがわかる。
「や、やめてよ! そんなのおかしいよ……!」
「戦おうっていうの? 私はもっと穏便に……」
「模擬戦だよ、グリーフシードはあるし問題ないさ。別に、殺し合いをしようってわけでもない」
「でも……」
まどかがおろおろしている中、マミは少しだけ考え込んでから、神妙に頷いた。
「……やりましょう」
「ちょ、マミさん!?」
「大丈夫、大怪我はさせないつもりだから」
「お互い正しい納得の上でだ。問題はないさ」
というより、“大怪我はさせないつもり”ね。
それは挑発かな、マミ。心理戦は既に始まっているのかな。
「マミさん……」
「暁美さんの言っていることも理に適っているわ。私が強い事は、ちゃんと証明しないとね」
「そういうことさ」
「……うん、わかった……仕方ないんだよね」
「……絶対に、ヒートアップしないでくださいよ。マミさんも、ほむらも」
二人とも優しいな。
出会って一日足らずだというのに、そんなに親身になって考えてくれるなんて。
「――きゅっぷぃ」
さやかとまどかの間に、いつぞやの白ネコが現れた。
私達魔法少女をサポートしてくれるマスコット、キュゥべえだ。
「やあ、屋上では世話になったね。あの時は濁ったグリーフシードを回収してくれて、本当に助かったよ」
「暁美ほむら。悠長にそんな挨拶を交わしている場合かい? 聞いたところ、今から二人は決闘するんだろう?」
「決闘というほどでも……いや、そのほうがいいか」
キュゥべえの言葉に頷き、私は廃屋の外を見やった。
鮮烈な斜陽が、網膜をジリジリと焼き付ける。
思わず目を細めたくなるような、ノスタルジックな輝きだ。
「……夕日といえば、決闘だものな?」
「……!」
良いセットだ。思わず口元が緩む。
相手がガンマンというのも良い。お誂え向きだ。
ギャラリーもいれば一層やる気も増す。
なんだ。素晴らしいシチュエーションじゃないか。
「さて、キュゥべえ。ここに使用済みのグリーフシードがある」
「そうだね、君の手にはグリーフシードがある」
「これを君に向かって投げるから、回収してくれるかな」
「構わないよ」
「!」
マミが身構えた。彼女の察しの良さはなかなかだ。
「君がこれを回収すると同時に、決闘の開始の合図しよう。いいね?」
「だってさ。マミはそれでいいかい?」
「ええ、洒落てて良いと思うわよ」
彼女も緊張混じりではあるが、口元は笑みを作っている。
こういう演出が嫌いなタイプではなさそうだ。
なんだ、意外と趣味が合うんじゃないか? マミ。
「……さあ、始めようか。陽が落ちたら、二人の親も心配するからね」
グリーフシードを放り投げる。
キュゥべぇは落下地点を予測して半歩移した。
そして背をこちらに向け、開き――。
グリーフシードが落ち――。
「きゅっぷぃ」
キュゥべぇが回収した。
*tick*