「何も叩くことないじゃないか……」
「どうしたのほむら、今日はずっと考え事ばかりしてるみたいだけど」
昼休みが明け、五限目も終わり、休み時間になった。
机でじっと考え込む私に話しかけてきたのは、さやかである。
額を擦る私を心配したのだろうか。弱い所を見せてしまったな。
けど、実際色々と拗れているので、彼女に相談してみるのも有りかもしれないが……。
「いやね。実はマミと話していたんだけど、彼女はどうも私とは仲良くできないらしくて」
「え、そうなの」
「まぁ、私のことはそうでもない。後回しでも良いんだ。ところで、さやかはどうだい。魔法少女について何か考えたのかな」
「……ああ、うん……そりゃあね」
「私なんて昨日考え過ぎて眠れなかったよ……」
後ろからまどか登場。いつの間に。
「やっぱり、命をかけるかっていうところで、どうしても……ね」
「うん……」
悩むのは良いことだ。むしろ、私は悩んだままでいた方が良いとさえ思う。
今の私にとっては受け入れるしかない現実だが、願いと戦い続ける運命を天秤にかけるのは、とても難しいことだろう。
あるいは、願いなど放棄しても良いとさえ、私は思う。
結果的にその方が長生きできるだろうし、常人としての幸せを掴むことだってできるのだから。
しかし、そう思うとである。
私は一体、自分の心臓を、どのような願いで秤にかけたのだろうか。
訊ねてみたいものなのだがね。暁美ほむら。
学校からの帰り道。
さやかとまどかの後ろを、私が見守るように歩いている。
「……」
「……う~ん……願い……うーん」
二人は仲良しだ。親友だ。悩む様も、どこかそっくりである。
まどかは上の空に。さやかはぐぬぬと力を込めながら。違いはその程度だろう。
両者ともに、心ここにあらずである。願いを何にしようかと考えているのだろう。
しかし悩むのは当然だ。人生を賭けた願いである。
一朝一夕で答えを出されては、逆に私が不安になってしまう。
「ねえ、ほむら」
「何かな」
一応、私の存在は忘れられていなかったらしい。
さやかは遠慮がちに私を呼んだ。
「あのさ。こんなこと、聞いていいのかわからないけど……ほむらはどんな願いで魔法少女になったの?」
「さあね」
さあね。申し訳ないがそれに尽きる。
それは私にだってわからないのだ。
「さあね、って……軽いなぁ……まぁ、答えたくないなら無理には……」
「ただ、私は思うんだ」
「?」
「いっそ、願いも希望も持たない方が、魔法少女としては後悔なく長生きできるんじゃないか、ってね」
「……」
「願いも希望もないのに、魔法少女……?」
「ああ、そうとも」
二人とも怪訝そうな顔をしているね。
だが、これは私の本心なのだ。
「いつ崩れるかもしれない夢や願いのために魂を捧げるのがどれほど危険なことか、わかるかい」
「うーん……そりゃ、まぁ……」
「落ちるのが怖ければ、高い所に昇らない方が良いのさ」
「……そういうものかなぁ」
「袖にほんの少しついた魚介豚骨スープのシミを落とすために魔法少女になるくらいの覚悟がなければ、私としてはオススメできないね」
極論ではあるけれど、私はあながち間違っているとは思ってない。
「……じゃあさ。ほむらは後悔してる? 今……」
「わからない、ただ……」
「私はほむらの事を聞きたいんだよ」
「私にはわからない、何もない」
「後悔はないの?」
「あったのかどうかも、今ではわからないんだ」
やめてくれ。頭の中に靄がかかるんだ。
頭を振って、額を抑える。
……無意識の行動だった。気付けば、まどかが心配そうにこちらを見ている。
いけないいけない。弱い所は、人に見せるものじゃない。
「……私が魔法少女になった理由はともかく。なったものは仕方がないんだ。なったらなったで、何があっても引き返すことはできないからね」
そう、それは絶対に覆せないもの。
だから、前を向いて進むしかないのだ。
私も、他の魔法少女もね。
「まあ、私は慣れてるから。戦うのは特別、苦ではないよ」
それだけは本当に恵まれていると思う。
魔法少女としての強さがあれば、その分長生きできそうだし。結果としてグリーフシードの節約にもなるだろうし……。
「……あの、ほむら! 馬鹿みたいなお願いだと笑わないで、聞いて欲しいことがあるんだけど!」
「うん? 私に頼み? 何かな、さやか」
随分と必死な様子だ。
いくら友人でもお金は貸せないけど……。
「お願い。一度だけで良いから、ほむらがやってる魔女退治に付き合わせてほしいの!」
「魔女退治に?」
「うん、ほむらが魔女と戦ってるところを見てみたいの……私も、叶えたい願いがあるから……」
「良いよ」
「お願……え!? 良いの!?」
了承したのに驚かれる。どっちが良いんだい、さやか。
「あの……大丈夫なの? ほむらちゃん。迷惑じゃない……?」
「ああ、別に私は構わないよ。何ならまどかも一緒に来る?」
「そ、そんな軽い感じで良いのかな……」
まどかもさやか同様に悩んでいるのだろうし、どうせなら一緒に見学した方が手間も省けるだろう。
私としても観客は多いほうが魅せ甲斐があるというものだしね。
ただ……。
「けど、この世に絶対なんてものは無いんだ。私の魔法も、万能ではない。いざという時には、守ってあげられないかもしれないよ」
「……」
「あまりにも運が悪すぎると、二人を死なせちゃうかもしれないが……それでも良いのなら」
生きるか死ぬか。それもまた魔法少女の背負う宿命。
それを前面に出して、わかりやすく脅してやったつもりだ。
けれど、さやかとまどかには効果が薄かったらしい。
むしろ意を決したように、二人して揃って首を縦に振るだけであった。
「ん。じゃあ、そういうことなら。早速、行ってみようか?」
「ありがとう、ほむら」
「あっ、ほむらちゃんありがとう!」
「どういたしまして……とはいえ」
魔女退治を見せようにも、まずは魔女を探さないといけないんだけどね。
ソウルジェムを右手に持ち、左手で右袖についたシミを擦りながら歩く。
魔女を探し始め、今は既に夕時だ。
そろそろ陽が沈んでもおかしくない時間帯である。結構歩いたけれど、まだまだ魔女の反応は薄い。
後ろの二人は最初こそ半ば緊張で挙動不審だったけれど、さすがにこれほど歩けば気もほぐれるらしい。
今ではぽつぽつと雑談を交わしながらついてきている。
魔法少女。文字だけ見れば聞こえの良い花形職業のようだが、現実はこんなものだ。
魔女探しは足の仕事である。目でも鼻でもない。
あいつらに近付けば石が光るので、そんなアレだ。
何が言いたくて、何が不満なのかというと、つまるところ魔女探しは退屈なのである。
「見つかる時はすぐに見つかるが、居ない時は本当にいないんだ」
「へぇー……そうなんだ」
「しかしここまで見つからないのも珍しい。魔女は絶滅したのかな」
「絶滅って……」
「そんなことになれば私も商売上がったりだから、御免被りたいんだけどね」
「……因果だね」
「町にちょっとタチの悪いライオンがいて、私らはライオンしか食えない、それだけの話とも言えるんだけど」
なんてことを話している間に、ソウルジェムが薄く発光した。
短く力強い、脈のような明滅。
覚えがある魔力のパターン。
「昨日のライオンだ」
橙色の斜陽が、私の影を地面に塗りたくる。
反応を見ながら歩き続けてみれば、ソウルジェムはより強い明滅を繰り返すようになった。
魔女の結界がかなり近い証である。
「この周辺のようだね。もうすぐ始まるから、気合いをいれておくといい」
先程までは緩み気味だった空気も、ついに魔女との対面ということもあって、程よく引き締まってきた。
まぁ、ここにきてもまだ緩みっぱなしの遠足気分でいるようだったら、叩き返しているとこだけどね。
「き、気合かぁ……いよっし!」
さやかは荷物からゴソリと長いものを取り出した。
……それは、私の記憶が変に吹っ飛んでいなければ、どう見ても金属バットにしか見えない。
「……さやか、それは何かな」
「え、いやぁ……あはは、自分の身は自分で守ろうかなーって」
「さやかちゃん……」
金属バットで魔女と戦うとは……随分と現実的な子だ。
少なくとも私が常備してるステッキよりは遥かに実用的である。
魔女と闘う素質としては、そのシビアな判断力は悪くない。
「けど、魔女相手に生兵法は死ぬだけだからなぁ。闘いに備えるのは良い心構えだけど、それは持ちこまない方が良いと思うよ」
「そ、そっか……やっぱ、そうだよね。たはは……」
「ああそうだ、かわりにこれを貸してあげようか。こっちなら護身になるかもしれない」
「ん?」
私は盾の中の収納空間から、一本の長物を取り出した。
「はい」
それすなわち、中世騎士が握っていた、トゥーハンドソードである。
「……ほむらちゃん、さっき生兵法って自分で言ってたじゃない……」
「はいパス」
「え? うわ、お、重っ!? なにこれ重っ……!ぐおおぉ、刃先が持ち上がらぁん……!」
「ええ……さやかちゃんもどうして受け取っちゃうの……」
「おーいさやか、早くこないと魔女が逃げるぞ」
「それはあんまりだよほむらちゃん……」