『か、か~わい~い!!』
それが、わしが宝石から具現化したクンツァイトへ向けられた女性陣の第一声であった。
あの後クンツァイトの現在の肉体であり中核でもある宝石を手に、わしたちはクラウンの地下にある指令室に戻った。そしてよくよく宝石を見れば、肉体を形成する術の他に、こやつを操るための術までほころびかけているではないか。これ幸いと、わしは喜々として解呪に取り掛かった。これまであまり役に立てておらんからな。ここで宮廷魔術師としての名誉挽回じゃ!
そして時間がかかるため少女たちは先に家へと帰して、わしは夜通しの作業でクンツァイトを縛る術を解いていった。そしてそれが完了したのが今朝方であり、うさぎちゃんたちが学校から帰って来るまで(あんな戦いの後だというのにちゃんと学校に行くうさぎちゃん達は学生の鏡じゃあ!)わしは仮眠をとって待つことにした。そして先ほど「ヘリオドール様。ヘリオドール様!」とクンツァイトに起こされ、ちょうどうさぎちゃん達も来て今に至る。
うさぎちゃん達はわしの横に……というより、肩にのっかるクンツァイトを見て驚いたようだが、敵であったこともひとまず忘れることにしたのか、見事な五重奏でもって「可愛い」と彼を称した。
…………クンツァイト……。今、手のひらサイズじゃからなぁ……。
とりあえず席に着き、お茶を淹れて茶菓子も広げたところで一息。その間終始、少女たちの好奇の視線にさらされたクンツァイトは居心地悪そうにしておった。
「え、え~っと、ごほん。とりあえず、今の彼の姿について聞いてもいいですか?」
話を切り出したのは、セーラー戦士達のリーダーである美奈子ちゃんじゃ。クンツァイトも彼女とは少々交流があったためか、美奈子ちゃんをチラチラと横目で窺っている。
「ああ、実はのぉ。わしの術で肉体を形成してみたんじゃが、どうにも出力不足なのか、こんな不十分な姿になってしまったんじゃ」
「いえ、ヘリオドール様のせいではありません。もともと、この核にも限界がきておりました。すでに成人男性の体を形成するほどの、多くのエナジーを止めておく力がないのです」
わしの説明に対し、クンツァイトはそんなことを言った。まあそれも事実ではあるじゃろうが……何にせよ、折角洗脳から解放されたというのにこんな姿とは申し訳ない。
「あの、クンツァイト……さん? あなたはベリルに洗脳されていて、今はそれが解けたと思って、いいんですよね?」
「ええ、マーキュリー殿。……皆様方には、とんだ醜態を晒してしまいました。もし可能なら、この命を絶って償いたいほどの愚行です」
「いいって、そういうのは。一人でも味方が増えてくれるんなら嬉しいよ。……あんたの仲間を倒しちゃったのは、申し訳ないけど」
「そのような! 申し訳ないなどおっしゃらないでください、ジュピター殿。我らが不甲斐なかったのです。もっと早くに記憶を取り戻せていれば、ベリルに利用されることも無かっただろうに……。無念です」
「……あ、あの! エンディミオンは……まもちゃんは、無事?」
自責の念に駆られているクンツァイトであったが、うさぎちゃんの質問にはっとしたような表情をしたあと、背筋を伸ばし居住まいを正した。ちなみに余談であるが、クンツァイトには今ティッシュケースに座ってもらっている。……他にいいものがなかったんじゃ。
そしてクンツァイトは言おうか言うまいか逡巡したようだが、わしが頷くのを見ると覚悟を決めたようで事実を話す。……わしも聞いた時はショックじゃったが、隠し立てしても始まらぬ。情報を共有し、一刻も早く対策を練るのじゃ。
「生きておられます。ただ……」
「ただ?」
「極端に生命活動が低下しており、……意識が、戻らないのです……」
その言葉にうさぎちゃんは目を見開くが、そこにわしが捕捉をする。
「しかし生命活動が低下しているというのは、本人が無意識に行っていることかもしれん」
「と、いうと?」
「…………東京タワーでエンディミオン様は、幻の銀水晶の光を受けるまで生命活動が完全に停止しているように見えた。しかし、あの光が体に吸い込まれた後は、確かに命の鼓動を刻んでおられたのですじゃ」
「……もしかして景衛さんが言いたいのは、一度生命の危機にさらされたから、体が無意識のうちに生命活動を最低限まで鎮静化させて、そのなかで静かに回復を進めているかもしれない。……と、いうこと?」
「おお! そうですじゃ、そうですじゃ。レイちゃんが今言った事を言いたかったんじゃわしは! とにかく、あれほどのエナジーを一身にうけたのじゃ。回復しないことなどまずありえんが、強大な力が体になじまない場合もある。きっとエナジーを身に取り込みながら、ゆっくり回復しているに違いない」
しかし、わしの推測を聞いてもクンツァイトの表情は晴れない。
「それならば、よいのですが……。ですがベリルがいくら探そうと、エンディミオン様の体に銀水晶の力は見受けられなかったと……」
「しかし、お亡くなりになられてはいないのじゃ。今はエンディミオン様の無事を信じ、救出することが先決。そして回復が不十分なら、うさぎちゃんが直接治癒を施してやればよかろう。とにもかくにも、エンディミオン様を救い出さねば始まらん」
と、いうわけで。
クンツァイトに視線が集中する。
「おぬしが知っておるダークキングダムの情報。そしてあの化け物について。…………話してくれるな?」
クンツァイトの情報提供により、ダークキングダムの拠点は分かった。そして敵の化け物……クイン・メタリアのことも。
どうやらダークキングダムは北極圏にあるらしく、捧げられたエナジーでクイン・メタリアはかなり実体化を進めているらしい。
本音を言えばすぐにでも攻め込みたいところじゃが、相手はあの巨悪。いくらうさぎちゃんが意気込もうと、何の対策も無しに攻め込むのは危険じゃ。
そういうわけでわしらは、月の王国より持ち帰った聖剣の解析を進め、その力と使い方を明確にしてから敵の本拠地に行く事を決めた。……焦って返り討ちにあっては、元も子もないからのぉ……。
クイーンセレニティがわざわざ戦士達に託したのだ。きっと聖剣に、クイン・メタリアを封印する秘策があるはず。……贅沢を言えば、その使い方も教えてくれたらよかったんじゃけどなぁ……。でも下手したら数万年ぶりに会う娘に対して、クイーンも話したいことがたくさんあったじゃろうし……責められんわい。
解析には戦士達のブレーンであるマーキュリーこと亜美ちゃん、そしてルナ殿、アルテミス殿、わし、クンツァイトが中心となって行う事になった。メインは亜美ちゃんで、わしらは彼女を手伝い、彼女が学校に行っている間はわしらがその解析を引き継いで調査を進める。わしだけ学校を休んで指令室に缶詰めになることに最初彼女は渋ったが、そこはわしが譲らなかった。
少女たちには現世の生活がある。
前世の因縁に決着をつけるのも大事じゃが、今の生を大事にもしてもらいたいのじゃ。わしはまあ、ちょっとやそっと休んだくらいで揺らぐ成績でも無いし、最悪留年したって問題ない。まだまだ人生長いからのぅ。
決め手に「エンディミオン様の配下であった我らに、他の三人の分も働かせてくだされ」と言ったら諦めてくれた。ちょっとずるかったかもしれんが、ここは納得してもらわねば。
そして解析を続けていた、ある日の事。
現状で分かった結果を皆様方に知らせるために、亜美ちゃんのご自宅へお邪魔することになった。
「わああああ! 亜美ちゃんちって、すっごいマンション!」
「違うようさぎ……。これは億ションてゆーんだよ……」
「へー! まこちゃん物知りー!」
驚いた様子の四人に同じく、わしもたいそう立派な建築物を前に感嘆の息をこぼす。なんとまあ、凄いお家に住んでいるものじゃ……!
そして招かれた家の中で、美奈子ちゃんが代表して持ってきていた石の剣を取り出す。……来る途中でうっかり剣を床に落として大理石を傷つけておったが、しっかり者に見えて実はちょ~っとおっちょこちょいじゃなぁ美奈子ちゃん。わしのパーカーのフードに隠れていたクンツァイトにクスクス笑われて顔を真っ赤にしていたのは可愛かったが。
しかし、件の石の剣は美奈子ちゃんのように可愛いものではない。なにしろ大理石どころか、数ある鉱石の中でも最大の硬度を持つダイヤモンドすら薄いガラス細工のように砕いてしまうのだから。
「……それで、この石の剣なんだけどね? 月から持ち帰った石化した神殿周囲の物質と、同じ成分が確認できたの。とても強固で特殊で……そして、毒性の強い成分だわ。でもこの剣も神殿も、その物質そのもので出来ているんじゃない。いわば、固められているといっていいわね」
「固められている?」
「本体の周りを、その毒性の強い物質がコーティングしておるんじゃ。リンゴ飴みたいにのぉ。……そしてこれは、おそらくかつて地球に現れた
「そんな、むごい事が……」
レイちゃんが悲痛そうに顔を歪め、剣を見る。
……たしかに、むごいのぉ……。石に包まれた動物や人間は窒息死したのか、それとも毒に蝕まれて死んだのか……。メタリアめ……!
「で、じゃ。つまりこの剣も、もとはこんな姿では無かった。きっと聖剣に相応しい姿をしておったことだろう」
「そう。そしてあたし達がこの剣を使うためには、まずこの石化の呪いをどうにかしないといけないわ」
「これを、もとの姿に戻すって事か……」
「…………これを?」
わしと亜美ちゃんの言葉に、まことちゃんとうさぎちゃんがつんつんと剣をつつく。これこれ、突いている場合じゃないぞい。
「うさぎちゃんや。きっとこれを元に戻せるのは、浄化の力を持ったセーラームーンだけじゃ」
「あ、あたし?」
「うむ! じゃな? クンツァイト」
「はい。おそらくクイン・メタリアの邪悪な力に対抗できるのは、貴女だけです。今までも我々の仕掛けた力を打ち破ってきたでしょう? 我らが操っていたのは、クイン・メタリアから与えられた力の片鱗。つまりそれを浄化し、人々を癒したあなたなら……。きっとこれも、どうにかできる」
「おうとも! と、いうわけで。変身するのじゃうさぎちゃん!」
「今ここで!?」
「そうじゃ! これもエンディミオン様を助けるため! わしも魔術方面から出来るだけサポートしますゆえ! さあ! さあ!」
わしがずずいと迫ると、うさぎちゃんはビックリしながらも力強く頷いてくれた。
「まもちゃんを助けるためよ! あたし、頑張っちゃうわ!」
「おお! さすがはプリンセスじゃ! ご立派ですぞ! 凄いですぞ!」
「そ、そう? えへへ……」
「いよ! 未来のクイーン! 麗しの勇敢で美しいプリンセス!」
「またまたぁ、そんなぁ~」
「よーっし! では、せーのっ。で変身ですじゃ。せーのっ」
「ムーンプリズムパワー! メーイク、あーっぷ!!」
「なんか、最近景衛さんとうさぎちゃんが熱血コーチとスポーツ選手に見えるわ……」
「うん。ちょっと違う気もするけど、なんとなく分かるかも……」
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うさぎ達が亜美の家に集まっている時。
時を同じくして、ゲームセンタークラウンに一人の青年が現れた。
「セーラームーンに、幻の銀水晶……」
そこに居たのは、攫われたはずのタキシード仮面。
エンディミオン王子……地場衛の姿だった。