「やっぱり、駄目かのぉ……」
「駄目。あたしたちのプラネットパワーと違って、景衛さんの力は完全な地球由来のものでしょ? もし万が一があったら困ります」
わしの方が中身も現世の年齢も年上なのに、まるで小さな子供を諫めるように美奈子ちゃんに言われてしまった。
何が駄目なのかというと、わしも月の王国へ連れて行っておくれ、というお願いが却下されたのだ。昔は発達した月の文明によるテクノロジーでムーンキャッスルというドームが作られており、その中では地球と同じような環境を過ごすことが出来た。しかし今やそれも、きっと崩れて跡形もない事だろう。その環境の中でわしが生きるには、セーラー戦士達の持つプラネットパワーの恩恵を受けるしかない。……わしも自然エネルギーを使い魔術を使う事は出来るが、それは先ほど美奈子ちゃんに指摘された通り地球由来のもの。地上から離れてしまえば、使う事は出来ないのだ。そしてそんな中、万が一プラネットパワーの恩恵がわしから一時でも途切れてしまえば、真空の中でわしの命は尽きてしまう事だろう。……それを懸念して、わしの事を心配してくれているのは分かるのじゃが、ちょっと寂しい。……わしもかの王国が今どうなっておるか、この目で見てみたかったんじゃがなぁ……。
「そうがっかりしないで。心配しなくても、ちゃんと写真くらいとってきてあげるからさ! 月から帰ってきたら忙しくなりそうだし、景衛さんは今のうちにゆっくり体を休めておいてよ」
「そうね。遊びに行くわけじゃないからお土産は無理だけど、それくらいなら……」
「とにかく月の事はあたしたちに任せてくださいね。無理しちゃダメですよ?」
何故だろう。気のせいかもしれんが喉に菓子を詰まらせた後から、まことちゃん、レイちゃん、亜美ちゃんにはまるっきり年寄り扱いされているような……。いや中身がジジイなのは確かなんじゃが、でもこの間のは完全に不意打ち故の誤飲なだけで、別にそう気を使われるような年ではないぞ。わしはまだピッチピチのティーンエイジャーじゃ!
いやまあ、掃除機で菓子を吸い出そうとしたまことちゃんを止めて適切な処置で助けてくれた亜美ちゃんには、しばらく頭が上がりそうにないが……。流石将来医者を目指しているだけあって、素晴らしい手際だったわい。
ちなみにゾイサイトら三人のことについては、仕方がないと思っておる。敵対した相手に無用の情けをかけることは、自分や仲間の死を招くからのぉ。レイちゃんとまことちゃんに関しては覚醒したばかりの時に相対したというし、むしろそんなすぐに対応できた彼女たちの戦士としてのクレバーさを褒めるべきじゃろう。わしの勝手な感傷で責める事などは出来んわい。
……エンディミオン様にお仕えすることなく亡くなってしまった彼らは気の毒だが、これもまた巡り合わせよ。元凶であるあの化け物と……そしてベリルと決着をつけることで、彼らの無念を晴らすとしよう。……せめて生き残ったクンツァイトだけでも、味方に出来ればよいのだがなぁ……。
しかし、そうなると東京タワーで繋がった異空間からあいつらの気配を感じたのは何故じゃろうか。楽観に過ぎるかもしれんが、もしかしたら生きている可能性もあると……信じてみたいのぉ……。
ともあれ、わしは地球でお留守番じゃ。
その後何日か過ぎ、月へ渡るのは美しき満月の晩となった。
神社の巫女さんでもあるレイちゃんが未来のビジョンを求めるなら満月が良いと言っておったが、わしも全くの同意見じゃ。昔から月の満ち欠けは地球にも影響を及ぼしておったらな。わしも予言をするとしたら、決まって選ぶのは満月の晩じゃったわい。
「行ってきます!」
「ああ、行ってらっしゃい。気を付けて」
月へ行く前に振り返って、そう言ってくれたうさぎちゃんにわしも笑って手を振り返す。……何か、あの化け物を倒す手がかりがつかめるといいのじゃが……。
うさぎちゃん達はプラネットパワーで変身する時の力を利用して月へ行くようで、彼女らが円になった場所から月へ昇った光はまっこと美しかった。
わしは彼女たちが天へと昇ってゆく姿を見送ると、冷えた体を一瞬ぶるりと振るわせて公園のベンチに腰かける。そして近くで買ってきた缶コーヒーを開けると、月を見上げながらほのかに温かいそれを喉に流し込んだ。……うむ、美味い。
(東京タワー以来、敵に表立った動きはない……)
それが逆に不気味であった。奴が……あの化け物がエンディミオン様の中へ吸い込まれたと思われる銀水晶の力を吸収したなら、今頃奴は地球を我が物にせんと動き出しているはず。そしてその場合、真っ先に邪魔者であるプリンセスとセーラー戦士を排除しにかかるはずだ。だとすれば銀水晶の力の回収が出来ていないのか、はたまた……ベリルがあの化け物をも欺いて利用し、自分こそが地球の支配者たらんと、エンディミオン様の存在を奴に隠しているか……。
「ベリル……」
言葉にした名前は、心に重く沈む。
……ベリルの恋心を知った時、わしは真っ先に「その想いは胸の奥深くへ押しとどめよ」と申し付けた。わしの後継者であるベリルは地球国を陰から支える事はあっても、王妃としてエンディミオン様の隣に立つことは叶わぬ。そう思い、わしは自分の身勝手な感情でベリルを縛り付けてしまったのじゃ。思えばそれが、よりベリルの恋情を肥大化させる原因になっていたやもしれぬ。
そんな時、ベリルが陰からエンディミオン様をお慕いする中……エンディミオン様とセレニティ様は出会い、恋に落ちた。
わしは、お二人の恋こそ真っ先に戒めるべきだったのかもしれぬな……。
もとより、地球人と月の住人は寿命が違う。そんな二人が恋に落ちれば、化け物の事がなかろうと、結果として悲しい恋に終わる事など容易に想像できた。どんなに幸せであっても、時の流れという覆せぬ隔たりがいつしか二人を別れさせたはず。それを思うと同じ寿命をもった同じ種族にお二人が生まれ変わったのは運命ともいえるが……その前に彼らが味わった悲劇を思えば、それはあまりにも都合の良い解釈というものじゃ。
もしわしがベリルの心を理解していたら。もしエンディミオン様とセレニティ様の恋を良しとせず、同じ地球人であるベリルとの仲を応援していたら。もしあの化け物を、わしだけでなんとか出来ていたのなら。
都合の良いもしもが、誰もが傷つかない世界があったかもしれないと夢想させる。……たわ言じゃ。まったくもって、戯言じゃ。
もしベリルが化け物に付け込まれなくとも、いずれは誰ぞが憑りつかれベリルの役目を果たしていた。だからこそこれは、弟子の心を踏みにじったクソジジイのくだらない感傷にすぎん。
「ああ、わしは……格好悪いのぉ……」
わしの力ないつぶやきは、夜のしじまに落ちて消えた。
うさぎちゃん達が無事に月から帰ると、彼女たちは月のホストコンピューターに残っていたクイーンセレニティ……プリンセスセレニティのお母上の意識と会話をし、伝説の聖剣を賜ってきていた。しかしその聖剣とやらは、見れば石で出来た無骨な物じゃ。失礼ながら、少々神聖さに欠ける。
そして期待していた敵の居場所については、残念ながら月からも正確な位置は把握できていなかった。地中奥深くで蠢いておるとのことじゃが、これについてはルナ殿とアルテミス殿がコールドスリープから目覚めてから集めていた、地球上全ての地殻変動及び気象観測データをもとに多少のめぼしはつけているとのこと。う~む。月のテクノロジー様様じゃのぉ……。わしも昔ほどの力があれば地球全ての地脈を探り場所程度なら割り出せたかもしれんが、それも体の経験が乏しい今は少々難しい。というか、それをやれたとしても昔と同じ轍を踏むだけじゃ。汚染された化け物のエナジーでも取り込もうものなら、また何も出来ずポックリ逝ってしまうわい。
あとあの化け物を倒すには、やはりうさぎちゃんが幻の銀水晶の真のパワーを引き出すしかないようじゃ。そしてきっと、そのためにはエンディミオン様の救出も不可欠……。
「ふむ。では、どうしますかな? 敵の本拠地に目星をつけてしらみつぶしに攻め込むか、それともまず敵側の動きを待つか」
「……あたしは、早くまもちゃんを助けたい。あのね、前世のママに言われたの。強い信念と愛情があれば、きっとあの悪魔は消し去れるって。あたしはプリンセスであると同時に正義の戦士セーラームーンだから、自信をもってって。それと……あたしは一人の女の子で、生まれ変わった本当の意味もそこにあるのを、忘れないでって……」
わしの言葉に、うさぎちゃんがとつとつと語る。そしてふいにわしを真っすぐに見つめた。
「だから、悲しまないで戦うの! プリンセスでもセーラームーンでも、そうである前にあたしは月野うさぎっていう、恋する女の子! 恋する女の子は、強いのよ。だからあたしを恋する女の子にしてくれたまもちゃんを、エンディミオンを絶対に助け出す! そうすればきっと、こう、すっごいパワーがわいてきて、幻の銀水晶の力だって引き出せると思うわ!」
ぐっと力拳を作ってそう言ったうさぎちゃんは、うっすら滲んだ涙をぐいっとぬぐう。
「力を貸して景衛さん! あたし、頑張るから……!」
「こ、心意気は受け取りました! もちろんですぞ! わしはもとより助力を惜しみませぬし、逆に我が主を助けるために力を借りる身でもあります。共にエンディミオン様を助け出しましょう!」
ぐいぐいと意気込みよろしくわしの近くによってきたうさぎちゃんの気迫に押されつつも、わしも握り拳を作ってその熱い想いに応える。そして二人して「えいえい、おー!」っと気合いを入れ……そして再度訊ねた。
「で、攻め込むのと待つのはどっちにしますのじゃ?」
「! 敵よ! 街が氷漬けにされているわ!」
「タイミング!」
気合いを入れたわしらの空気でも読んだのか、まさかのタイミングで敵の襲来じゃった。
東京の街を氷漬けにしていたのは、クンツァイトじゃった。現場に駆け付けたわしとセーラー戦士を前に、クンツァイトは居丈高に言い放った。
「遅いぞセーラームーン! いや、プリンセス!」
「東京を北極にでもするつもり!?」
「そうとも! 我が大いなる支配者がいつ復活してもいいようにな!」
むう、この調子じゃあ、ま~た操られておるのぉ……。さて。
「そうはさせない! ムーンヒーリング エスカレーション!!」
うさぎちゃんの凛々しい声と共に、癒しの光が東京中を凍り付かせていた氷を溶かして人々を癒す。相変わらず、凄まじいエナジーじゃ。もしわしがこれと同じことをすれば、あっという間に干からびてしまうじゃろう。力を貸すことに異存はないが、こうも彼女たちの力を目の当たりにすると地力の差を思い知らされるのぉ……。見たところクンツァイトも、あの化け物……大いなる支配者とやらの力なのか、やたらとパワーアップしているようじゃし……。
ま、わしはわしに出来る事をするまでよ。
まんまと出てきおって。おびき出したつもりじゃろうが、飛んで火に居る虫は貴様じゃわい!
「ほーりゃ!」
「なぐはっ!?」
わしがしたことなど簡単じゃ。
わしはうさぎちゃん達に気をとられ背後がお留守になっているクンツァイトに気配を消したまま近づいて、昏倒の術を施した杖でクンツァイトの頭をスコーンと打ち抜いたのじゃ。馬鹿め! 騎士たるもの全方向に気を配らんかい! そして敵の伏兵も警戒せんとは愚かの極み! ほ~れ、簡単に気絶しおった。今のわしとて事前に準備を整えておけば、これくらい!
「…………ん?」
…………何故じゃろうなぁ……。何故かクンツァイトの体が、さらさらと砂のように崩れて……。
わしらが見守る中、クンツァイトは一粒の宝石になってカツーンっと地面に落ちた。
沈黙が落ちる。
「ヘリオドール殿……」
「ち、違う! 違うぞ亜美ちゃん! わしは気絶させるための術しか施しておらなんだ!」
わしが言い訳のように弁解しておると、ふとクンツァイトの宝石が落ちたあたりを見れば空間に歪みが生じておる。いかん!!
「もっていかせるかぁぁぁぁーーーー!!」
寸前で、わしは空間の歪みに宝石が飲み込まれる前にそれをキャッチすることに成功した。ジジイ渾身のスライディングキャッチじゃ!
そして実際に宝石を手にすれば、何故クンツァイトが宝石になってしまったのか理解できた。
「なんと……! 人の身から作り変えられ変異させられておったか……! どうやら今のわしの魔術が変に作用して、体を維持するために残っていたパワーを弾き飛ばしてしまったようじゃの」
「そんな……! 操られるだけでなく、人でなくなっていたというの!?」
ショックを受けたように、前世で多少クンツァイトと交流があった美奈子ちゃんが口元を押さえる。しかし、事態は悲観するだけでもない。
『う……』
「ご安心めされよ。どうやら体は維持できなくとも、クンツァイトの魂は未だこの中にある」
こうして形はどうあれ、わしらは初めて敵の情報源を手にすることができたのじゃった。