少々騒がしくなってから数分後。
わしのセーラー戦士姿でずいぶん皆様方を驚かせてしまったが、結局のところうさぎちゃんが「意外と似合っている」と言ってくれたことでなんとか場は落ち着きを取り戻した。おお、月のプリンセスからお褒めの言葉を賜れるとは! 笑顔を見る事も出来たし、妹に怒られるのを覚悟でセーラー服着てきたかいがあったわい。
けどわしの体格で伸び切っておるから、あとで弁償しないとのぉ……。むむう、日々の健康管理のお陰で運動部でもないのにわし、結構体つきよいからなぁ……。きっと脱いだら、もうよれよれじゃ。さて、弁償するのはいいとして、なんと言い訳しようか。わしが着たと言えばますます「ボケた」と言われそうじゃし……。……まあ、後で考えればよいか。
ともあれ月に行く、という方針が決まったところで、うさぎちゃんも居るわけだし改めて自己紹介と情報交換をせねば。ここ一週間、それが出来んかったからの。
わしはうさぎちゃんの母君が置いていってくれた茶で喉を潤すと、五人の乙女たちを見回した。
「えー、では。改めて自己紹介をさせていただこう。わしは今の名前を
「な、なんだか景衛さん、すっかりおじいちゃん言葉になってるのね……」
他四人と違って記憶を取り戻す前の
「前世は今の体の数倍生きておりましたからなぁ……。経験が追加された分、前世にひっぱられた形ですわい。やっぱり変ですかのぉ?」
「まあ、見た目は若いお兄さんだしなぁ……。かっこいいし……」
「おお、これはこれはジュピター殿! いやまことさん! 光栄ですなぁ、この爺めをそんな風に言って頂けるとは!」
「い、いえ」
かっこいいなどと褒めてくださったまことさんの腕をとって感動を表すべく上下にふれば、何故か困惑させてしまった。うむ、体と中身でギャップがあるとやはり変か。しかし困ったのぉ。どうもしっくりきすぎてしまって、なかなか戻れそうにない。普段は取り繕う事になるじゃろうが、せめて事情を知る方たちの前ではこのままでいたいのだがなぁ……。
「これが本当のじぇねれーしょんぎゃっぷというやつか……」
「いえ、ヘリオドール殿。ジェネレーションギャップは、中身と外見の年齢差を表す言葉ではありませんよ?」
「はっはっは。わかっておりますよ。まあまあ、いいではありませんか。ところで美奈子さんや、ヘリオドールではなく良ければ現世の名前で呼んではくださりませんか。敬語も必要ありませぬ。なにしろ、我らは今や同志なのですから」
「えっと……。うん、わかったわ。じゃあ景衛さんも敬語は無しで、あと良ければうさぎちゃんみたいに美奈子ちゃんって呼んでほしいわ。そっちの方が親近感わくでしょう?」
「そうですかな? では、お言葉に甘えよう」
美奈子さん……否、美奈子ちゃんのはからいで、お互いの素性を知って以来、どことなくぎこちなかった空気が少しだけ緩んだ。ありがたいことじゃ。
そして互いに雑談を交えて現世でのことを話しながら、徐々に話題を転換させてゆく。それすなわち、此度相対している敵に関する事じゃ。わしの持ちうる限りの地球国側からの情報とシルバーミレニアム側の情報を擦り合わせれば、月に行く前に別の何かが見えてくるかもしれん。情報の共有は大事じゃからな。この機会にしっかりしておかねば。
「ところで、美奈子ちゃんはクンツァイトのことは覚えておるかの?」
「! え、ええ……。覚えてるわ」
「あなた様もセレニティ様を地球から月に連れ戻すために、よく王宮へいらしてましたからなぁ……」
「あの、クンツァイトって……あなたがあの時呼んでいた、敵の男ではありませんか? ごめんなさい、あたし達の方は美奈子ちゃんより遅く記憶を取り戻したから、まだ完全に思い出せてはいなくて……」
律儀に手をあげて質問してきたのはマーキュリー殿こと亜美ちゃんじゃ。清楚な佇まいは生まれ変わった今も変わらないようで、その真面目な様子に懐かしさと共に好感を抱く。いやはや、記憶を取り戻さずとも前世と同じような人格形成がされるというのも、考えてみれば不思議じゃの。性格など生まれた環境でどうとでも変わるだろうに、今の彼女たちを見る限りわしが抱く違和感はない。懐かしいばかりじゃ。
そしてわしは亜美ちゃんの質問の答えるべく口を開いた。
「クンツァイト、ゾイサイト、ネフライト、ジェダイト。この四人は、エンディミオン様の側近である騎士でした」
「側近ですって? じゃあ、なぜ今敵側に……。…………あっ」
「おそらく操られて……どうかしたかの? レイちゃん」
「い、いいえ。ちょっと、ね。ごめんなさい、続けて」
何故か少々顔を青ざめさせたマーズ殿ことレイちゃんの様子が気になったが、わしはコホンと咳払いしてから続ける。
「皆様方は、前世での戦いについてどれほど覚えておいでか? ……かの戦いでの首謀者を、覚えておいでだろうか……」
知らず、語尾が尻つぼみになると共に罪悪感がわしの心を苛む。そんな資格、ありはせんのに。
「首謀者……ですか。そもそも、あの戦いは地球を黒い雲と
女、と言う前に、亜美ちゃんがうさぎちゃんを一瞬ちらっと見て、言い辛そうに言葉を紡いだ。…………その気持ちも分かるわい。なにしろ、その女が……我が弟子ベリルがエンディミオン様を殺したのだからな。
わしも重い体を引きずってなんとか月まで渡ったが、追い付いた時、まさにその現場に出くわしたのじゃ。……あまり、うさぎちゃんの前で話したくない気持ちも分かる。
だが、必要な事じゃ。ここから話さねば、今回の敵について追及も出来ぬ。
「そう。そしてその女じゃが……。この間の戦いでクンツァイトの背後、歪んだ空間の向こうにいた女こそ、そやつの転生体じゃ」
「なんですって!?」
「!」
一瞬、うさぎちゃんの肩がビクッと跳ねる。ううっ、心苦しい……! しかし、怯えながらもうさぎちゃんの瞳には立ち向かう勇気もともっておる。ここでわしが躊躇してどうするのだ!
「そして、その女の名はベリル。…………わしの、弟子だった娘じゃよ」
「なっ!」
その後、わしはわしから見た視点での一連の出来事を語った。
ある年の事だった。
わしとベリルは、異常な数の流星群が降った夜に……太陽の暗黒点から、邪悪な何かが地球に流星と共に落ちてくるのを観測した。そしてその日から地球に黒い雲が広がり、
この事態を重く見たエンディミオン様は、唯一自身と同じく完全に正気を保っているこのわし、ヘリオドールに暗黒の雲の中心の調査について相談してきた。わしもまたこれが唯事ではないと感じていたから、すぐに自分が行くと申し出た。……なにしろ、予言者の側面を持つわしにさえ、暗黒が現れてから先の未来が見通せなくなっていたのだから。いや、唯一見通せてはいた。……予言ともいえぬ、ただひたすらに死と黒で塗りつぶされた世界が見えたのだ。
しかし、そんな折だった。我が弟子ベリルが自分が行くと申し出てきたのである。
わしはもともと、自身の命が長くないと悟ってベリルを後継者に育てていた。だからわしの体調の様子も芳しくないことも手伝って、エンディミオン様は心苦しそうにしながらもベリルに調査隊の長を任せた。調査隊はベリルと同じく、比較的心を正常に保っている者の中から選ばれたが……。あの時わしが無理にでも自ら赴いておれば、少なくともあの娘の心は穏やかであったじゃろうか……。
「あの、心穏やかにって? ……何があったんだ。あの女、貴女の弟子に」
わしがしばし俯いて沈黙しておると、まことちゃんが心配そうに新しいお茶を差し出してくれつつ聞いてきた。ぬう、心配させてしまったか。申し訳ない。
「…………ベリルは、心の隙間に付け込まれたのじゃよ。あの邪神とすら言える強大な力を持った、唾棄すべき化け物に」
わしは腹をくくって、うさぎちゃんを見た。
「ベリルはのぉ……。エンディミオン様に、恋をしておった」
それを聞いたうさぎちゃんも、他の四人も息をのむ。
わしはまことちゃんが淹れ直してくれたお茶で喉を湿らせると、言葉を続ける。
「そして、セレニティ様に激しい嫉妬の念を抱いておった。そこをまんまと邪神につけこまれ、心を闇に染められた。そしてきっと、月の王国の力を狙った邪神にとってベリルは駒として都合がよかったのだろうな。ベリルの恋敵は、月の王女。しかもエンディミオン様とは相思相愛じゃ。どうすればエンディミオン様を手に入れられる? 恋敵を排除できる? ……きっと、きっかけはそんなところじゃ。ベリルが最初に思った事は。そしてベリルは邪神にまんまとそそのかされた。結果は、わしらの前世のあの通りというわけじゃよ」
ベリルは人々を先導する時、「月は管理者気取りで身勝手に地球を支配している」という思想を広めた。……彼らはたしかに文明的にも体の能力的にも地球人より優れていたが、だからこそ穏やかで余裕があり、とても優しかった。そんな隣人を倒すべき敵だと言い始め、時を同じくしてあの邪神もテレパシーのような思念でもって、人々の心に疑念を吹き込んでいったのだ。
抗えたのは、エンディミオン様だけ。わしは奴の思念には抗えたが、もともと地球の自然エネルギーを取り込み、操り、魔術を使っていたわしは……地球を内側から侵食する奴に、体の方をやられてしまった。汚れた自然エネルギーを取り込んだことで、急激に寿命が縮んだのだ。
ベリルが月に攻め入る時は、歩くこともままならなかった。それでもほとんど気力のみで、這う這うのていで駆けつけた時は全てが終わっていたというのだからお笑いじゃ。……まったく笑えんが、己が実に滑稽で、お笑いじゃ。
わしは老いさばらえ病に侵された体で……なんとか地球国の復興に努めようとした。しかし、最早何もかもが遅かったのじゃ。結果的にわしは地球と月の王国の滅亡を、見届けるしか出来なかった。
なんとも情けなく、惨めなじゃったのぉ……。
「……わしが、甘かったのじゃろうなぁ……。一度だけ、ベリルに刃を向けたことがあった。しかし、躊躇してしまった。随分厳しくもしたが、娘のように思っておったから……わしには殺せなかった。不甲斐ないジジイで、申し訳ない」
「そんな、謝らないで! ……あたしだって、例えば弟が悪いことして、殺さなきゃいけないなんてなっても……できないもん」
……まこと、情けないわい。傷ついているプリンセスに気を使わせてしまうとは。
「…………ともあれ、あのベリルがクンツァイトの影におった。となれば、必然とその背後に居るのもあの邪神だろうよ。つまり此度の戦いは、我々の前世から続く因縁に終止符を打つものでもある」
「因縁……か」
「なんだか、景衛さんの話を聞いて敵の正体が具体的になってきたわね。今まで以上に、負けられないって気持ちがわいてきたわ」
「ええ」
セーラー戦士達の瞳に闘志の炎がともる。
そしてわしは再びうさぎちゃんを見た。今度は近くまで歩いていって、膝をついてベッドに座る彼女に視線をあわせる。
「それでのう、うさぎちゃんや」
「う、うん」
「ベリルはエンディミオン様に、恋しておった。今のあ奴の心はわからぬが、きっとかつて世界を支配しようとしてまで手に入れたいと焦がれ、愛した相手を……殺すはずがないと、思わんか?」
「あ……」
うさぎちゃんは、はっとしたように口元を手で覆う。そして涙で潤んできた瞳を見つめ、わしは今出来る精一杯の笑顔でもって言った。少しでも彼女が安心できるようにと、祈りを込めて。
「エンディミオン様……地場衛は、きっと無事です。ご安心なされませ」
「う……ひっくっ。も、もうっ、せ、せっかく、泣き止んだ、のに……! でも……でも!」
うさぎちゃんは泣きながらも、笑ってくれた。
「ありがとう、景衛さん」
「ところで、クンツァイトらエンディミオン様の側近である四騎士についてじゃが」
再びうさぎちゃんが泣き止むのを待ってから、そういえばと後回しになっていた話題をふる。しかし何故かレイちゃんと亜美ちゃんがビクッと肩をはねさせた。……はて?
「東京タワーで空間がつながった時のぉ。他の三人の気配もなんとな~くじゃが感じたんじゃ。きっとあやつらもクンツァイトと同じく、操られているのじゃろう。しかしクンツァイトはこの間、一瞬正気に戻ったように思えた。もしかしたら正気に戻ったまま、操られたふりをして仲間を助けようとしている可能性もある。と、なればじゃ。次にあやつらがベリルにけし掛けられた時に正気に戻っていればうまくコンタクトをとり、はたまた操られたままなら、うさぎちゃんの力で正気に戻せば心強い味方になる事請け合いじゃ! うまくすれば敵の拠点や情報がっぽがぽじゃからのお!」
少しでも建設的で、希望のある話を。わしはそう思って、この話をした。
…………しかし何故じゃろう。わしが話すにつれて、部屋の空気が重く、お通夜のように暗くなってゆく。
「あ、あの~。参考までに、騎士たちの容姿を教えていただいても?」
引きつった笑みでそう言ったのは、美奈子ちゃんじゃ。
「いや、美奈子ちゃんは覚えておるんじゃないかの? ……まあ、いいですじゃ。えーとですな、前世と同じなら、簡単に言いますとジェダイトは短い金髪の男。ネフライトは癖のある長い黒髪の男。ゾイサイトも癖のある髪で、こちらは金髪です。よくひとつに結っておりましたなぁ。でもって、クンツァイトはこの間会いましたからいいですな」
側近四人について話していると、ますます空気が重くなっていく。ど、どうしたというんじゃ!? わし、何か変な事を言ってしまったじゃろうか……。
「ま、まあとにかく。彼らが味方になれば心強い味方に……!」
空気の重さに耐えかねて、わしは口早に言うと茶菓子をつまんで口に運んだ。
その時じゃった。
「すみません。バスで人さらいをしていたので、焼き祓いました……」
青い顔と引きつった表情で手をあげて、そう言ったのはレイちゃん。
「お、女の純情を踏みにじるような卑劣な手段でエナジーを集めてたから、その、雷でドカーンと……」
人差し指を顔の横で伸ばして、ほがらかに笑いながらも大量の汗を流しているまことちゃん。
「う、うさぎちゃんが殺されそうだったから、しかたがなく! え、えっと……。チェーンでちぎっ……た、倒しちゃいました……!」
テヘペロ、という感じの表情で言う、美奈子ちゃん。こちらもまた、汗が凄い。
…………………うむ。
「ごっふぅ! え゛ーっほえ゛ほっ、うぐっ!?」
「きゃあああああ! ヘリオドール殿!?」
「喉にお菓子を詰まらせたんだ! うさぎちゃん、掃除機! 早く掃除機を!」
「うんわかった待ってて! ま、ママー! ママー! たいへんよぉー! 今すぐ掃除機出してぇぇぇぇ!!」
数分後、生死の境をさまよったわしは無事にこの世に帰還した。
今明かされる衝撃の真実!=他三人すでに倒されてるよ!
セーラー戦士は相手が人型でもわりと容赦なく倒してくれる頼もしい戦士達です。