少々気になる出会いがあったものの、今日もまたつつがなく一日が終わる。俺は茶道部に入部しているのだが、部員人数は少なく実質同好会みたいなもんだ。だから毎日がっつり部活なんて事は無く、俺の帰宅は比較的早い方だと思う。
そして校庭から聞こえる運動部の掛け声を聞きつつ今日は帰宅することにしたのだが、欲しい本があったからちょっと寄り道することにした。そしたら街中で思いがけず同級生と出会う。
…………何故か真昼間の商店街でタキシードを着こなしている同級生に。
「地場! 買い物か?」
「! 土御門か。いや、そういうわけじゃないんだが……ちょっとした散歩みたいなもんさ」
「そうか。そして俺はお前の格好に突っ込むべきか? ツッコミ待ちと受け取っていいのか?」
「? 何のことだ?」
素か。素なのか。
俺はクラスこそ違うが、同じ学校の同級生である
地場衛。俺と同じ元麻生高校の二年生で、実は今朝知り合った月野さんを見た時のように、初めて地場を見た時俺は強い既視感のようなものを感じて固まった経験がある。
こいつは頭のいい奴で、高校の入学式の時新入生代表の挨拶を務めたのだが、壇上に上がったこいつを見て俺は呆然とその顔を見つめていた。同じ中学の友達に「え、お前ってソッチ趣味?」と言われるまで延々と、食い入るように見ていたらしい。俺に男色の趣味など無いが、それ以来地場はなんとなく気になる相手だ。だからある日図書館で読んでいた本を話題に話しかけ、それ以来時々話すくらいの仲にはなった。けどクラスが違うし地場は部活に所属するでもなく放課後は何故かさっさと帰ってしまうので、どうにも接点が少ない。だから友達というほど親しくないから、外で会うのは初めてだ。
……まさかこんなツッコミどころのある私服を着ているとは思っていなかったが。しかもタキシードに加えて何故サングラスまでしているんだ。パッと見お前を普通の男子高校生だと思う奴居ないぞ。
「あ~っと……。それって私服か?」
「? ああ、そうだ」
「そうか……」
いうまい。ここまで堂々と着こなしているなら、こいつにとってこれはTシャツやポロシャツと何ら変わらない一般的な私服なんだろう。突っ込むのは野暮ってものだ。
俺は何と言っていいか分からない感情に口をもにょらせたが、気を取り直していい機会だと地場に何処かで茶でもしないかと誘った。下手なナンパのようだが、親しくなるいい機会だ。色々会話してみよう。
そう思ったのだが、話している途中でなにやら地場の顔にくしゃくしゃに丸められた紙がぶつかった。見ればそれを投げたのは今朝出会ったばかりの女の子。……妹と同じ中学に通う、月野うさぎさんだった。
地場は軽くため息をつくと、後ろを向いている月野さんに話しかける。
「……痛いじゃないか、そこのたんこぶアタマ。俺にまでたんこぶ作る気か」
紙がぶつかったくらいでタンコブは出来ないだろうが、道に紙を捨ててしかも人に当てるとはよろしくない。口を出さず、このまま見守っておくか。
「~~~~! これはたんこぶじゃなくって、おだんごって言うのよ! おだんごって!」
月野さんはおだんごをたんこぶと言われたのがよほど嫌だったらしい。振り返って文句を言うが、すかさず地場の追撃が入る。地場は投げられた紙きれ……丸められたテスト用紙を広げると、無情にもその点数を読み上げた。
「三十点。もっと勉強しろ、おだんごアタマ」
そ、そうか……三十点か。そりゃ、もっと勉強しなくちゃな……。
何とも言えずに見守っていると、地場はぽいっとテスト用紙を月野さんに投げ返してからすっと背を向けて去って行った。ちなみにお茶に誘った俺に対しては「悪い、用事があるからまた今度な」とつれない態度である。……いい奴なんだが、どうにも誰に対してもちょっと壁を感じるんだよな。今度まためげずに誘ってみるか。
「よ、よけーなおせわよっ!!」
そして残された俺は、ムキーッとでも擬音がつきそうな様子の月野さんに声をかけてみることにした。
「月野さん。怒るのも分かるが、道にものを捨てては駄目だぞ」
「! つ、つちみかどさん!?」
……俺、影薄いのかな。月野さんは俺に気づいていなかったのか、面白いくらいに驚いていた。そして俺の指摘に、体の後ろにテスト用紙を隠しつつしゅんっと肩を落とす。
「ごめんなさい……」
「いや、分かってくれたのならいい。それより、今暇かい? よかったらケーキでもおごるよ」
「へ!? え、えっと! いきなりだと、ちょっと困るっていうか、あたし達、出会ったばかりだし!」
「ああ、別に変な意味はないから安心してくれ。実は同級生に断られてしまってね。一人でお茶するのも寂しいから、よければ一緒にどうかと思ってな」
本音を言えば、地場と同じく俺に妙な既視感を感じさせるこの少女を、もう少し知りたいというのが俺の考えだ。地場には逃げられたし、せめてこの子ともうちょっと繋がりを作っておきたいな。まあ一人でお茶するより可愛い女の子と一緒の方がいい、というのも紛れもない本心だが。
別に下心があるわけじゃないんだが、ティータイムには花があった方が嬉しい。目の保養は大事だ。
「あと土御門って長いだろ? よかったら景衛って呼んでくれ。まあ一字しか違わないんだがな。それか景お兄さんでもいいぞ」
「あははっ、それだと七文字になって最初と文字数変わんないよ。え~と、じゃあ景衛さんって呼ぶね。あたしもよかったらうさぎって呼んでください! ……それにしても、それが素なら景衛さんってタラシよね。さらっと女の子お茶に誘っちゃうんだもん」
「そ、そうか? むぅ……すまない。失礼だったろうか」
「いいえ! むしろちょっと落ち込んでたし、嬉しいくらい! あ、景衛さんってゲーム好き? よかったらお茶した後ゲーセン行きましょうよ! 気分を発散したいんですっ」
「あ、ああ。わかった」
よ、よっぽど地場にからかわれたのが頭に来てたんだな。まあその前にテストの点数が残念だったってのもあるんだろうが。
その後喫茶店でお茶をした後、月野……うさぎちゃんがよく行くという「クラウン」というゲーセンに行ってセーラーVゲームというものをやった。俺はゲームの類は得意ではないから結果は散々で、うさぎちゃんと店のバイトのお兄さんに笑われてしまった。……ゲームって結構難しいんだな。スティックさばきとボタンの押し方がよく分からん。
とまあ、うさぎちゃんと交流を深められたのはよかったのだが、初対面の時ほど強い既視感は感じないため、俺の疑問は当分解消されそうにない。……まあ、いいか。残念ではあるが、人との交流が増えるのはそれはそれで良い事だ。一期一会。出会いとは得難いものである。出来た縁は、大事にしよう。
そういえば、ゲーセンに現れた額に三日月のような模様がある黒猫……。あの猫には既視感というより、なにか妙に惹かれるものを感じたな。以前夏休みに登山に誘われて、パワースポットなる場所に行った時と同じような感覚だ。
珍しい模様でどことなく神秘的だったし、縁起のいい猫なのかもしれない。今度会ったら煮干しでもお供えしてみるか。
そしてその後、時々地場を茶に誘いつつ、町でうさぎちゃんに会ったら挨拶しつつも、俺の時間はゆったりと今までと変わらず過ぎていった。充実しつつも時間の流れがゆっくりに感じるのは昔からだが、何かが足りない。
何か、やるべきことをやっていないような……妙な焦燥感。それが最近日に日に募ってゆく。
(俺は、何を忘れているんだろうな)
そう。きっと俺は、何か大切なことを忘れている。
ある日の夜。
俺が思い出したくても思い出せない何かに悶々としている中、突然家の電気が消えた。急いで懐中電灯を取り出して父と一緒に家族の安否を確認したが、母も妹も混乱はしているが特に物を倒してケガなどはしていないようだ。
しかし俺はどうしてもそれだけでは安心できず、それどころか体がぞわぞわと何かが這い上がるような不快感に襲われる。俺の中のナニカが、これがただの停電ではないと訴えてでもいるように。
(ただの停電では無いって、俺はいったい何を……)
困惑するも、体は家族の制止をふりきって外に飛び出していた。そして俺が目を向ける方向は、東京のランドマークのひとつ…………東京タワー。
暗闇の中、塔の先端だけがぼんやりと光っている。
「行かねば……」
そうつぶやき、俺はふらりと一歩前に踏み出す。背後から家族が止める声が聞こえるが、俺は止まらない。止まれない。
そしてそのまま、俺は電気の消えた暗がりの街の闇に消えた。
町の様子は変だった。どこもかしこも、この停電で混乱していても良さそうなのに静かすぎるのだ。車すら全て止まっている。誘導灯や懐中電灯の光すら見えない。非常電源がついた建物すら見受けられないのはどういうことだ。
まるで……完全なる闇の世界へと、日本の都心が墜落したかのようだ。
そして夜目に慣れてくると、道の所々で人が生気を失ったように倒れているのに気づく。助けようにもどうやら全ての人間がその状態のようで、俺だけでは手が回らない。そして俺の勘が告げている。……この原因は、きっと東京タワーの上にある。
しかし交通機関が全てストップしている今、己の脚だけで進む距離がなんともどかしい事か。
この様子では病院などの施設も同じ……きっとこの停電で幾人もの命が脅かされ、多分何人も亡くなった事だろう。そんなことがこれ以上あってはならない。
俺は自分に何が出来るかもわからないまま、歩を進める。「どうにかしなければ」という心だけに突き動かされて。
(けど、何故俺と俺の家族だけ無事だったんだ……)
ここに来るまでの間、意識のある人間と出会わなかった。しかし今走っている俺と、安否を確認した家族に異変は見受けられない。……そう言えば、以前も何やら似たようなことが無かっただろうか。たしか「幻の銀水晶」とかいううさん臭い宝石がタキシード仮面という謎の男に狙われていると、妙にテレビで特集されていた時に。まるで集団睡眠のごとく、多くの人間が倒れ伏した事件があった。……その時も、何故か俺の周りだけはなんともなかったのだ。
あの時と、今回の停電はどこか似ている。
そんな事を考えている時だ。ふと自分の体から、なにやらうっすら輝くものが漏れていることに気づく。この暗闇で気づかなかったのがおかしいくらいで、俺は思わずピタリと動きを止めた。
その燐光は俺の体から蝶が羽ばたくようにゆるりとした速度で、俺の体から東京タワーにむかって飛んで行く。俺はそれは生命エネルギーのようなもので、倒れている人々はそれが奪われたから倒れているのだと気づく。根拠はないが、間違いない。
しかし、俺の体からもれるそれはわずかだ。まるで何かが体から逃すまいと、押しとどめているように。
訳が分からない。しかし、俺の体は俺の意志とは別に何かをしようとしているように感じる。
……だから、俺は自分の本能とも言うべき、原初的な何かに体を委ねることにした。何かしたいなら、するがいい。それでこの状況が何とかなるのなら。
俺はフラフラとした緩慢な動きで、街路樹に歩み寄るとその枝を一本手折る。しかし枝はわずかな抵抗もなく、容易く俺の手におさまった。枯れ枝でもなくまだ若い枝なのに不思議だ。
そして俺はその枝を地面に垂直に突き立てると、深く、深く、深呼吸する。そしてそこから通じる何かに……地中に血脈のように広がる"ソレ"に、呼びかけた。
途端、そこから中心に光が走る。そしてそれは周囲の大地にも広がり、コンクリートの道路も壁もすりぬけて、奪われたエネルギーを満たしてゆく。
「…………はッ」
しかし、その途中で息切れした俺は喘ぐように残った息を喉から絞り出し、蹲る。どうやら俺が今しようとしていたことは、何かが欠けている今の俺では難しいようだ。しかし、わずかではあるが今ので周囲の人間にエネルギーが行きわたったようだ。幸いこの近くの病院や関連する施設の電気もついたところを見るに、そこまでは俺の力が及んだのだろう。
だが、これではまだ根本的に何も解決していない。何故ならたった今回復した場所からも、断続的にエネルギーの光が奪われているからだ。
(もとを絶たねば……!)
しかし、東京タワーは未だ遠い。
それでも重い足をもちあげて、タワーを目指して歩を進める。
そんな時だった。
『ムーンヒーリング エスカレーション!!』
美しいオーロラのような光と共に、膨大な癒しのエネルギーが東京中を覆った。
俺ではわずかな回復しか出来なかったエネルギーを、空から降り注ぐ月の光のように柔らかく、慈悲深い光があっという間に回復してのけたのだ。街も一気に電光を取り戻し、暗闇から一瞬で光に満たされる様は圧巻である。かくいう俺も、その光によってわずかながら奪われていた力が回復した。
そして回復と共に慈悲深き光は、俺に欠けていたものまで満たしてくれる。
それすなわち、"記憶"。
穏やかで美しい空、大地、海。天に浮かぶ、常世をも生きる長寿の生命たちが住む月の国。
そしてそれが黒と赤に染められて、やがて灰となり果てる様。
仕えるべきお方と、その方が愛した姫君が、死に絶えた絶望の記憶。
「…………ッ!! お、思い出したわい! おおう、まったく、なんと嘆かわしい! 今まで何故忘れておったのか!!」
周囲の意識を取り戻した人間が、突然叫び出した
彼女が居るならば、もしやあの方も……。
居ても経ってもおられず、わしは大地の地脈からエネルギーを借りて地を駆る。その速度は人の脚では到底出せる速度ではないが、今は周囲の目など気にならん!
とにかく今は、東京タワーへ急がねば!