美少女戦士セーラームーン JIIYA!   作:丸焼きどらごん

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13じいや(終),月が照らす青い碧いこの星で!

 スーツ姿のベリルを前に飛び上がって驚いたうさぎは、とりあえず衝動のままにベリルの腕を引っ張って脱兎の勢いで教室を飛び出した。そして人気のない校舎裏まで行くと、息を切らせながらもベリルを問いただす。

 

「ちょ、ちょっと! なんであんたがこの学校に!? 教師って何!?」

「フンッ。弱々しい小娘かと思ったら、今度はずいぶんと姦しい。それより私はお前の教師だぞ? 呼び捨てにするな。呼ぶなら「ベリル先生」だ。せいぜい敬うがいい」

「な、な~にがベリル先生よ! また何か企んでるんじゃないでしょうね!? ……あ! 分かった。まもちゃんをどうにかしようってんでしょ! 魅惑の女教師って感じで色仕掛けでもする気!? そ、そうはいかないんだから!」

「はぁ……本当にうるさいわね。それでもプリンセスか? 馬鹿な事言ってないで、ちょっとは静かにしたらどうだ」

 

 うさぎは前世からつい数日前に至るまでさんざん酷い目に遭わせてくれた女をにらむが、その上から目線ながらも落ち着いた態度に次第に疑問符が頭の上を踊り始める。そしてあることを思い出すと、ぽんっと手を打った。

 

「あ、そっか。そういえばあなた、今景衛さんちに居候してるのよね。景衛さんがベリルに何か償いをさせるって言ってたけど、もしかしてこれがそうなの?」

 

 数日前。メタリアとの戦いの後で、景衛がベリルに己の命の半分を分け与えてその生命を繋ぎとめた事を知った。その時に「邪悪なものにつけこまれ心奪われていたからとはいえ、こやつがしたことはけして許される事ではない。それを承知で、図々しくもお願いしたいのだ。どうかこの子を、わしにあずけてくださらんか。わしはベリルと共に、この子の罪を背負って生きてゆくと決めた。だから監視もかねて、ベリルのそばにいたいんじゃ」と言われたのだ。

 

 当然四戦士は渋い顔をしたが、それについてはうさぎが自分でベリルを許すことを決め場をおさめたのである。前世で殺された張本人であるエンディミオン……衛も納得済みだ。

 ベリルに最も強く憎しみを抱いてもおかしくない二人が許したとなれば、四戦士がそれ以上言える事は無い。凄まじい力を持つ巨悪につけこまれたとはいえした事がした事なので、文句くらいは言いたいが。

 

 うさぎとしては当然エンディミオンこと衛を譲る気はない。が、もとはといえばエンディミオンへの恋心が、そして自分への嫉妬の心がベリルを闇に堕とした。それを思えばこそ、もとからあまり人を本気で憎むことが少ないうさぎとしてはメタリアと決着がついた今、心の底から憎悪を抱くのは難しいのである。かといって思うところがないわけでもないので、もやもやとした名前のつかない感情をもてあましていたのも正直なところだ。

 

 ならば逆にスッキリ許して、あとは信頼のおける景衛に任せようと思ったのである。

 

 

 

 …………まあそれも、ベリルが教師として現れたインパクトで一瞬忘れていたのだが。

 

 

 

 ベリルはうさぎの言葉に苦虫を噛みつぶしたような顔をすると、嫌々ながら頷いた。

 

「…………そうだ。償いの一環として、プリンセスを未来のクイーンに相応しい淑女にするべく、尽力しろと言われた」

「べ、別にいいわよそんなの……」

「ほほう? そんな事を言える立場かしらね。テストで三十点をとったことがあるそうだな?」

「うげ!? な、なんであんたがそれを……!」

「景衛から聞いたのよ。ああ、それとあの男も随分と張り切っていたわ。どうやらプリンセスは勉強が苦手なようだから、自分が家庭教師の役をかってでよう、と」

「えええ!? き、聞いてない! 景衛さん、そんな事言ってたの!?」

「今は王子にかまうのが楽しくてしょうがないらしいが、もう少し落ち着いたらその矛先はお前にも向くだろうさ。もちろん私も"償い"として、存分に贔屓して可愛がりながら、たっぷり勉学を仕込んでやるつもりだぞ? 楽しみだなぁ、プリンセス……いや、月野。この私自ら、王子に相応しい姫君に仕立て上げてやろう」

 

 艶めかしく、ベリルが唇の端をもちあげる。妖艶かつ美しいが、控えめに言ってもたいへん意地わるそうな笑い方だ。

 それを見て、ぎゃふん。表現するならそんな表情で、うさぎは撃沈した。気分は門前の虎、後門の狼。大嫌いなお勉強の挟み撃ちである。

 

 その様子を見てベリルは溜飲が下がったような、どこかスッキリしたような清々しい表情となる。しかし次いで、ベリルはうさぎから視線を外してこう言った。

 

「………………安心しろ。もう王子の事など、どうとも思っていない。この間我が伴侶になどとは言ったが、あれはただの意地のようなものだ。今さら、あんな若造にうつつを抜かすまいよ」

 

 わざわざそれを明言したことに、うさぎは意外に思ってベリルを見上げる。メタリアに付け込まれたとはいえ、それほどの隙を作ってしまう恋心。自身も恋する乙女であるうさぎとしては、そう割り切れるものだろうかと疑問に思ったのだ。

 それにもしも、ベリルの内心が今言った通りのものだったとして。あからさまにプライドが高そうなこの女が、わざわざそれを自分に言うだろうか。

 

 

「あ!」

 

 そこで、乙女の勘がピンとくる。

 

 

「…………もしかしてベリル、他に好きな人出来た?」

「はあ!? 何故そうなる! 馬鹿な事を言うでないわ!!」

「そういえばな~んか若々しく見えるなって思ってたけど、お化粧変えたよね」

「…………変えてない」

「嘘! 絶対変えた! 前はおばさんって感じだったけど、今はお姉さんって感じだもん! ねえねえ、どうなのよ~。お相手は誰なの? ねえったら~」

「誰がおばさんか誰が! う、うううう煩い! よるなつつくなにやけるな! それよりもうすぐ授業だ。教室に戻るぞ! たっぷり仕込んでやる!!」

 

 うりうりと、ちょっと前まで宿敵だった相手の体を冷やかすように肘でつつくプリンセス。その光景を四戦士あたりが見れば、その危機感および緊張感の無さに、まず頭を抱えたことだろう。実を言えばベリルも出来る事なら頭をかかえたい。もっと罵られることを想像していたのに、ちょっと噛みついた後はこの様子だ。非常に調子が狂う。

 

 

 

 

 そしてベリルはしつこいプリンセスをいなしつつ、数日前の出来事を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうか、お願いです。この女性をうちに住まわせては貰えないでしょうか」

 

 そう言って正座の体勢から非常に美しい所作で深々と頭を下げたのは、土御門景衛。前世でベリルの師匠だった男である。

 そしてそんな彼が頭を下げているのは、今世での彼の家族。景衛の父、母、妹だ。事前に紹介したい人がいる、とだけ聞いていた家族は景衛の発言に面食らったらしく、ハトが豆鉄砲をくらったような顔をしている。

 ベリルは景衛の斜め後ろに慣れない正座で座りながら、次第に自分に集中する視線に大変居心地の悪い思いを味わっていた。

 

 

 まず我に返って、厳しい表情で景衛に問いかけたのは父親である。

 

 

「あ~……その、景衛。いきなり過ぎて、父さんちょっとよくわかんない。その美人さんはいったい誰かな? てっきり彼女でも連れてくるのかなって思ってたんだけど、もしかしてそれ飛び越えて嫁? 嫁なの?」

 

 否、我には返っていないようだ。

 一家の大黒柱たる威厳は何処へ置いてきたのか、その口調は困惑を隠しきれず厳しい表情とは裏腹にフランク極まりない。そして次にはっと我に返ったのは母親と妹である。

 

「嫁!? ま、まあまあ! どうしましょ玲那! お母さん姑デビューよ!? いやだわ、今でもちゃんと家事出来てるか不安なのにお姑さんなんて出来るかしら! あ、でもそうなるとその前に結婚式よね! 美容院予約しなくっちゃ! 着付けはお料理教室で知り合った田中さんにお願いすればいいかしら! ああ、どうしましょう!」

「落ち着いてママ! お兄ちゃん、まだ十八歳になってないから結婚は無理だよ! でもそうなると婚約者……!? キャー! マジで!? それにしてもとんだ上玉つかまえ……凄い美人連れてきたもんよね! 我が兄ながらやるときゃやる男だわ! 爺臭いけど!」

 

 事情も詳しく聞かず、勝手に嫁認定されて盛り上がる土御門ファミリーにベリルの困惑は増す。そしてどう説明し、どう収拾をつけるのか。問うように景衛を見ると、口パクで「話をあわせてくれ」と言ってきた。それに不承不承ながらベリルは頷くが、次の発言ですぐにそれを後悔することになる。

 

 景衛は家族を見て、きっぱり言い切った。

 

 

「はい。一生かけて愛そうと決めた女性です」

「ぶっふぉ!?」

 

 思わずむせて咳き込むベリルをよそに、景衛は言葉を続けた。

 

「わけあって、彼女は帰る家が無い。未だ養われている身で図々しい事は分かっています。……ですが、俺は彼女の、ベリルの力になりたい。だからどうか、ベリルを我が家に迎え入れてはくれませんか」

「な、な……!」

 

 口をぱくぱくとさせて景衛を見るベリルだが、ベリルが何かを言う前に眼前から「ぐすっ」というウェットな声が聞こえてきた。父親である。

 

「そ、そうか……! お前にそんな大事な人が出来るとは……! 知っての通り父さんも母さんも、駆け落ち同然で結婚した身だ。そんな父さん達が、反対するわけないだろう! さあ、ベリルさん! 今日からここがあなたの家です! 事情は聞きません。いつか、あなたと景衛が話してくれるまで。…………景衛を、よろしくお願いします」

(納得が早すぎるわ馬鹿者!!)

 

 まさかの即OKである。しかも母親も妹も「いい話聞いた……!」とばかりに涙ぐんでおり、ベリルは頭痛がしてきた。そしてついには我慢できなくなり、景衛の腕を掴んで立ち上がる。

 

「申し訳ありませんが、ちょっと失礼いたしますわ!」

 

 やけくそのように叫んで、ベリルは居間をあとにした。居間から「感極まっちゃったのかしら」などと聞こえたが、今はそれに構っている場合ではない。それより先に、このジジイを問いたださなければ。

 

 

 

 そして家の外まで景衛を連れ出すと、ベリルはぎりりっとまなじりを釣り上げて景衛にくってかかった。

 

「何だお前の家族は、チョロイにも限度があるだろう! そもそも住むなら住むで、親戚だとかホームステイだとか適当な理由をでっち上げて、魔術で信じ込ませた方がまだましだ!」

 

 しかしいきり立つベリルを前にしても、景衛は特に慌てた様子もなく泰然としている。

 

「馬鹿タレ。大事な家族に、そんな不誠実な真似できんわい」

「じゃあ婚約者だと嘘をつくのはいいのか!?」

「ああ」

「な、なん……!」

 

 あっさり肯定され、二の句を告げないベリル。そんな彼女に、景衛は目を細めて笑った。

 

「まあ、婚約者だなんて勘違いされてしまったのは、ベリルには悪いと思うのだがな。でも、わしゃぁ一言も嘘など言っておりはせんよ」

 

 すいっと、景衛の腕がベリルに向かってのびてくる。それを避ける事も出来ず呆然としていると、そのまま温かい手のひらに頭を撫でられた。

 

 

「お前の事を、愛している。それに嘘など、ありゃあせん」

 

 

 心の底から、弟子として、娘のような存在として。……そういった、親愛の情でその言葉が紡がれているのだと、ベリルには理解できた。しかしそれなら何故、撫でられた場所がひどく熱く感じるのだろう。頬が火照るのだろう。

 

「は、恥ずかしい事を堂々と……!」

「恥ずかしい? 何処が。わしはち~っとも恥ずかしいなんて思っとりゃせんよ」

 

 苦し紛れに思い切り睨むが、慈愛のこもった視線とぶつかり下を向く羽目になった。

 ……いったい自分はどうしてしまったのだろうかと、ベリルは頭を掻きむしりたい衝動にかられた。しかしそんな事をしてはあまりにも自分が情けなく惨めなため、ぐっとこらえる。

 そんなベリルの内心を知ってか知らずか、景衛はどこか申し訳なさそうな表情で言葉を続けた。

 

「本当はお前を家族のもとに戻してやれたら一番いいんじゃが、それは嫌なんじゃろ?」

「…………今さら、戻れないわ。今世での家族もこれまでの人生も全て捨てて、私はあの闇の王国に染まったのだから」

「だったら、わしがお前の家族になろう」

「家族……?」

「ああ。お前が本当の幸せを見つけるまで、わしがず~っとそばにおる。流石にエンディミオン様は駄目じゃが、ベリルに好きな人が出来たらちゃんと祝福して送り出そう。けど、それまではわしが一緒じゃ」

「幸せ? 今さら、そんなもの見つかるわけが……」

 

 生き残った時、心に感じたのは虚ろだった。

 最初は、心に(ひず)んだ嫉妬から。次に闇に付け込まれ、心の虚無を支配による快楽で満たすうちに、次第にどれが本当の自分か分からなくなった。そして闇が祓われて、中途半端に清められた心に残る気持ちの悪い罪悪感。

 認めたくないが、認めよう。ベリルは自分がしてきたことに罪悪感を抱いている。

 しかしそれを全て飲み込み、改心した善人面という張りぼてを身にまとって謝罪を口にするなど反吐が出る。長い年月をかけ淀んだ心が、今さら素直になれるわけもないのだ。

 

 生き残ったところで、惨めなだけ。

 

 支配欲という悪夢から覚めた今。何が自分にとって幸福なのかも分からなくなってしまったベリルに、景衛が口にする「幸せになるまで」という言葉は夢物語のように思えた。

 死ななかったから、生きているだけ。しかし進んで死ぬほど、悲観してもいない。とにかく何を考えるにも虚しくて、分からなくて、迷っている。それが今のベリルの心境だ。

 

 しかしそんな迷子のベリルに、昔とは違って、昔と同じ手は差し出される。

 「一緒にいよう」と。

 

「お前の罪は、わしも一緒に背負って償ってゆく。でもそれはそれとして、せっかくの二度目の人生じゃ。楽しむところは、楽しまないとそんじゃぞ!」

 

 そう言って笑った景衛の若々しい笑顔に、一瞬しわくちゃの爺さんが重なって見えた。

 

「だから、一緒に幸せになろう!」

「ばっ! 言い方!!」

「? わし、何か変な事を言ったか?」

「ぐ……!」

 

 

 

 言えるわけがない。

 まるでプロポーズみたいだ、なんて思ってしまった事なんて。

 

 

 

(あああ! 何故私がこんなジジイに!!)

 

 今が夕方で良かった。火照った頬について聞かれたら、太陽に照らされているだけだと言えるから。

 

 ベリルはとても処理しきれない訳の分からない感情に思考回路がショートしかけるが、このままでは何か負けた気分になる。だからせめて少しでもあがこうと、やけくそ気味に叫んだ。

 

 

「やれるものなら、責任取って幸せにしてみろ! この馬鹿!!」

 

 

 この後。自分の台詞がプロポーズの返事みたいだと気づき、ベリルは一人悶える事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++++++++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前世からの長い長い、戦いが終わった。わしもずいぶんと遠いところまで来たもんじゃ。

 しかし今のわしは最高に幸せなのじゃろう。エンディミオン様に再びお仕えする事が出来て、かつて救えなかった弟子とまた手を取り合う事が出来た。これを幸せと言わずして、なんというのか。

 

 この先も、もしかしたら大きな苦難が押し寄せてくるかもしれん。しかしわしは、それに負ける気など微塵もせんのだ。

 

 何があろうと、立ち向かってゆこう。大事な者たちと手を取り合いながら、一緒に歩んでいこう。

 

 

 

 

 

 白い月の光が見守る、この青い碧い美しい星で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけで! 本格的に自分を鍛え直すことにしましたですじゃ! この若い体には、まだまだ伸びしろがありますからな! そこで縁起を担ぐ意味もかねて、こたび勇ましく戦われた五人のセーラー戦士様方に倣ってやはりわしもこの伝統の戦装束をこすちゅーむにしようかと!」

「やめてくれじいや!」

「歳と性別を考えろクソジジイ!!」

 

 これからも頑張るぞ!

 そう思って気持ちを新たにわしサイズに作ったセーラー服を披露したら、主にも弟子にも物凄く拒絶された。

 

 

 何故じゃー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《美少女戦士セーラームーン JIIYA 完!!》

 




ベリルが血迷いかけたのはきっと太陽の光に照らされて何度も巡り会った夕焼けマジック。


ちびうさ(孫ポジ)登場までめっちゃ書きたいけど、とりあえず完結です。ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!



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