格好良くきめたものの、わしらのメタリア潜入方法は実に地味じゃった。なんというか、地面にへばりついて気配を消して、じりじりと気づかれないようにメタリアの内部に入っていったのじゃ。……ゴキブリにでもなった気分じゃわい。いや、奴らの生命力は凄いが。地球国の頃からまったく姿を変えず存在しておる。
「……もう少し、何とかならないのか?」
「贅沢言うな。メタリアに見つかって攻撃されたら、それこそ一貫の終わりじゃわい。今奴はエナジーを吸って吸って吸いまくってぶくぶく太っていい気になっておるから、羽虫のようなわしらに気づかんだけじゃ。そのまま最後まで目立たぬように進むのが得策」
「そう、だな。……あ、そこ右」
「あい分かった」
クンツァイトの指示で進むが、段々とその動きが鈍くなっていくのに気づく。……石化が進んできておる。急がねば。
そのまま、何分、何十分、何時間彷徨ったのかわからぬまま、ただひたすら黙々とわしらはメタリアの内部を進んだ。こうしている間にも、地球は……。
「……こんな時だが、ひとつ聞いていいだろうか」
「……なんじゃ?」
「正直、この戦いで勝てた後。俺達はエンディミオン様のお傍に居ることは可能か? 例えば、この小さな姿のままでも」
クンツァイトがこぼした言葉に不安を感じ取り、わしは苦笑するとクンツァイトの頭を撫でた。
「! ヘリオドール様! 子ども扱いしないでいただきたい! ……だが、すまない。今のような弱音をこぼす場面では無かったな」
「いや、かまわぬよ。メタリアはあらゆる邪悪を懲り固めたような存在。その中に居て、気が狂わないだけ上等じゃ」
「……すまない」
「そう思うなら、うじうじするな! ……心配せずとも、おぬしらの事はわしが何とかしよう。安心せい」
「……その時、ベリルにしたようにあなたの寿命を使うというのは無しだぞ」
「な、なんのことじゃ?」
内心を見透かされ焦るわしを見て、クンツァイトがやっぱりとでも言うようにため息をついた。
「あなたはベリルに共に罪を背負って生きていくと言っていたでしょう? なら、あなたはそれを果たさなければならない。オレ達は自分の事は自分でどうにかする」
「……さっきまで不安そうに弱音を吐いていたのは誰だったかのぉ……」
「だから、それはすまないと言っている」
そんなやりとりをしておったら、いつの間にかどちらともなく笑っておった。
「ふふ、ははははっ。さ~て、じゃあ心置きなくどうにかするために、邪魔なメタリアはさっさと倒さねば!」
「そうだな……。……ヘリオドール様。もうすぐだ」
クンツァイトの言葉に、わしは前方に顔を向ける。そしてぼんやりとした光を見つけ、慌ててわしはそれに駆け寄った。
「エンディミオン様!?」
「! 景衛さん!」
見ればエンディミオン様は目覚めぬようだが、うさぎちゃんは意識を取り戻しているようじゃ。
しかし再会を喜ぶ前に、不快で耳障りな声が耳に届く。
『目覚めたか、月の王国の血を引くものよ……! なんという生命力だ。生意気な! おや、余計な虫までもぐりこんでおるな。…………共に握りつぶしてくれる』
「ぐあああああ!」
「うっ、ああ!」
「景衛さん! クンツァイト!」
メタリアの攻撃は銀水晶に守られていないわしらに真っ先に襲い掛かった。するとうさぎちゃんは巨大な水晶の中でひときわ輝く睡蓮の花のような形になった幻の銀水晶を手に取り、祈るように掲げる。
『! 何だと!?』
すると光がメタリアの闇を切り裂いて立ち上り、気づけばわしらはメタリアの外に転移してきていた。
お、おお……。なんというか、わしらが何をするまでもなく自力で出られたのぉ、うさぎちゃんや……。良いことなんじゃが、ジジイ、ちょっとショック。
…………。いやいやいや、ショックを受けている場合では無いわ!! 外に出られたとなれば、通信機が使える!!
「ヴィーナス殿、応答せよ。応答せよ!! 今うさぎちゃんとエンディミオン様がメタリアの中から脱出した! 幻の銀水晶も力を取り戻しておる! 好機は今じゃ。セーラームーンの援護のため、思いっきりプラネットパワーを送ってくれ!!」
『こちらヴィーナス。本当!? 了解したわ! こちらはルナとアルテミスがが再び月へ向かっている。シルバーミレニアムの祈りの間があったクリスタルタワーへ!』
「! "聖なる月の塔に祈りを捧げ"じゃな! うさぎちゃん、聞いての通りじゃ。月に祈りを届ける勢いで、ありったけの銀水晶の力を引き出すんじゃ!」
通信を終えてうさぎちゃんを見れば、なんとエンディミオン様も目を覚ましておられた。しかし様子が少し変だ。
「まもちゃん……!」
「見えない……何も……」
「エンディミオン様、まさか目が……!」
エンディミオン様の横に駆け寄ったクンツァイトがショックを受けたように青ざめるが、そんなこと構った事かとメタリアが襲い掛かってくる。それをうさぎちゃんが銀水晶の光で防ぐが、それはメタリアを押しとどめつつも肥大化させる。
「どうして!? 幻の銀水晶でこいつを封印できるんじゃないの!? あたしじゃ……力不足、なの……!?」
崩れ落ちそうになるうさぎちゃんを、がしっと支える。
「! 硬い……。景衛さん、体が!」
「いいんじゃ、わしのことは! それより今は目の前の事に集中してくだされ!」
「他に、誰かいるのか……? クンツァイトに、それと……誰だ?」
目が見えないながらも、ふらふらと近寄ってくるエンディミオン様。その体もうさぎちゃんと同じように支え、わしは万感の想いをこめて名を告げた。
「ヘリオドールですじゃ。エンディミオン様……」
「……じいや?」
その時の感情を、どう表そうか。
歓喜が全身を駆け巡る。
「……! そうですじゃ! エンディミオン様の、じいやですじゃ! ふぐぅっ」
「ヘリオドール様! 泣いている場合ではないぞ! ……今、ゾイサイト達とコンタクトがとれた」
「何?」
クンツァイトの言葉を受けて、エンディミオン様が胸元からなにやら取り出す。……そこにあったのは、粉々に砕けた三つの宝石だった。
「! これが、俺の命を守ってくれたのか……」
「……まもちゃん。あたしの命はね、まもちゃんから預かった時計が助けてくれたのよ」
「そうか。俺はこの宝石が、うさこは時計が守ってくれた。……それで俺たちは今、生きていられるんだな」
『マスター』
「!」
愛し気に宝石を撫でたエンディミオン様。すると、宝石の残骸から声がした。
「ジェダイト、ネフライト、ゾイサイト!!」
『クンツァイト。あなただけでも無事で、よかった』
宝石から光があふれ、人の形を作る。それは四人の騎士のうちの三人。……彼らは文字通り自分たちの命をかけて、エンディミオン様を守ったのじゃな。……核である宝石でもって、エンディミオン様をお守りしたのじゃ。
『エンディミオン様。やっと、お会い出来ましたね』
『クイン・メタリアは邪魔なものをすべて石に変える力を持つ、闇の帝王です。全てのエネルギーを吸収し、暗黒の実体を増大させる悪魔』
『あいつの額の、あのマーク』
口々に話す彼らは、メタリアの額にあるひし形の模様を指さした。
『この体になってから観察して気づきました。あの額のマークこそ、クイン・メタリアの心臓部です!』
『まぬけにも奴は心臓部をあんな目立つところに出している! あそこに力を集中させ攻撃すれば、きっと……!』
「……おぬしら、砕けている割にずいぶん元気じゃのぉ……」
『? 誰だお前は』
「……ヘリオドール様だ」
『え、おじい様!?』
「……ゾイサイトにそう呼ばれるのは、懐かしいのぉ……」
そういえばゾイサイトは、四人の中でも甘えん坊じゃった……。小さい頃から時々面倒みとったわしを、祖父と言って慕ってくれたのだった。
『この方がヘリオドール様? ずいぶんとお若い……』
『いや、でも見ろ。あのうさん臭い狐顔はヘリオドール様の面影がある』
「ジェダイトおぬしそんなこと思っておったのか」
数万年ぶりにわしの顔がどう思われていたのか知ってショックだわい。
「あ、あの~! お話してるとこ悪いんだけど、ちょっとそろそろ厳しいっていうか……!」
「お、おお。すまんかった、すまんかった!」
わしらが久しぶりの再会に思わず会話していると、泣きそうな声のうさぎちゃんが苦しそうに言った。どうやらメタリアに押されているらしい。
「セーラムーン! メタリアの急所は額だ! いつもの元気を出せ、泣くな! 自信を持つんだ。君の仲間もきっとそう思っている」
『その通り! お待たせうさぎちゃん!』
「え!? ……美奈子ちゃん!?」
エンディミオン様がうさぎちゃんを励ました、正にその時。……月からまっすぐに、うさぎちゃんに向かって大量のエナジーが降り注いだ。
『今あたしたちもルナを追って月に来たわ。ここからならメタリアの気に邪魔されず、まっすぐにうさぎちゃんに力を送れる』
『頑張って、うさぎちゃん! タキシード仮面も、景衛さんも居るんだろう? 大丈夫。きっとうまくいくから!』
『ルナが月の塔に祈りを捧げてる。あたしたちのパワーを辿って、うさぎちゃんも銀水晶の力を振り絞って! きっと、祈りは伝わるわ!』
「亜美ちゃん、まこちゃん、レイちゃん!」
「どうやら、頼もしい援軍のようだ。……さあ、行くぞ。俺が君のすぐそばで支えている。パワーが足りないなら、俺が君に力を注ぐ。……ずっとそばについている。セレニティ」
「エンディミオン……」
見つめ合う二人。取り合う手と手。
………………しかし、その間にはお二人を支えるわしが挟まれておる。
『折角の美しい場面が台無しです、ヘリオドール様……』
「う、うるさいわいジェダイト。おぬしは昔から皮肉に過ぎる……!」
『いえ、事実です』
『今はそこまでにしておけ、ジェダイトよ……』
ね、ネフライト。すまぬ、感謝する。
いやしかし、それにしても元気じゃなこいつら。消えてほしいわけじゃないが、一向に消える気配がないんじゃが。核を砕かれているくせに。
しかし二人の世界を作るプリンセスとエンディミオン様の前には、わしらなど最早背景! こうなりゃ背景として、全力を尽くすまでよ!!
『! こんな小娘一人が、銀水晶のパワーを!? 私を封じ込めなどさせぬ! 粉々に打ち砕いて、捻りつぶしてくれる!!』
銀水晶の光をますます強くして、ついにはメタリアを退け始めたうさぎちゃん。否、プリンセス・セレニティ!!
「いいえ、クイン・メタリア。お前こそ暗黒の塵となるのよ!」
強く光り輝く銀水晶が浮かび上がり、うさぎちゃんはそれに受けてステッキをかざす。すると短かったステッキが瞬時に伸びた。
「エンディミオンを、まもちゃんを酷い目にあわせて、地球をめちゃくちゃにして、景衛さんまで石にして!」
「いや、まだ完全に石になっては……」
「お前は絶対許さない!」
その時、ひときわ白く強く、月が輝いた。そしてその光を背負ったうさぎちゃんが、ビシッとポーズを決める。
「月に代わって、お仕置きよ!!」
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「う……ん……」
地場衛は、朝の光に目を覚ました。先ほどまで長い夢を見ていた気がするが、それが数日前までの激しい戦いの記憶だと思い出す。
自身の交通事故で失われていた記憶を求めて幻の銀水晶を探していたら、それは前世の記憶まで引っ張ってきた。愛しい、月のプリンセス。セレニティ。……彼女と共に。
「うさこ……」
愛しさをこめて名前をつぶやけば、ふいに鼻をくすぐる香りに気づく。それはどうやら味噌のようで、それと一緒にトントントンッという、まな板で何かを刻む音が聞こえてくる。
まさか愛しい乙女が、自分のために朝ご飯でも用意してくれているのだろうか。だとすれば、それはなんと幸せなことだろう。
夢見心地……もとい寝ぼけまなこで、衛はふらふらとベットから起き上がりいい匂いのする方向へ歩いてゆく。
そして彼にしてはオーバーリアクションで、ばっと腕を広げて台所に入った。
「うさこ!」
「エンディミオン様!」
「…………うさこ?」
それにしては、ずいぶんと声が低い。それはそのはずだ。
台所に立っていたのは、エプロンを身に着けた衛よりも背が高く体格が良い、狐顔の青年。
「え、土御門……?」
「あ、エンディミオン様だ!」
「おはようございますエンディミオン様!」
「おや、まだ着替えていないのですか? 用意いたしますので、少々お待ちを」
「……もしや、寝ぼけておいでか? 景衛はヘリオドール様の生まれ変わりですよ」
それどころか、どうにも人口密度が高い。どこから湧いてきたのか、男が四人衛を囲む。それぞれ顔の作りは良いが、可愛らしい乙女を想像していた衛としては少々暑苦しい。
そして呆然とする衛が口にしたのは、目の前の男の懐かしい呼び方だった。
「……じいや?」
「はい! じいやですじゃ! ううっ、何度呼ばれてもお懐かしゅうございます……。エンディミオン様ぁぁぁぁぁ!!」
「うわあああああ!?」
感極まった狐顔。……景衛にアメフト選手のタックルのごとく抱擁を受けた衛は、そのまま転倒した。
新しい朝の始まりである。
やっと書きたかった場面まで来られた……!