俺ガイル短編集   作:ふじ成

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冷たさの中で確かに感じる暖かみは。

 

 いわゆる冬も一番寒い時期になりつつあり、冬オブザ冬。炬燵でみかん紅白歌合戦!な季節になっていた。

 ……まぁ、俺は紅白歌合戦!というより年末総決算!って感じで帰れるかどうかも微妙なんだけどね…(遠い目)

 どうして八幡こんなことになっちゃったの…現実というものをまだ知らなかった高校の頃、専業主婦を夢見て目を輝かせて(腐らせて)いた俺が今の俺を見たらどう思うんだろうか…。

 

 

「さむっ」

 

 

 風が目の前を過ぎ去っていき、益体も無い考えを吹き飛ばしていく。

 俺は、ビニール傘を軽くはじき雨粒を落とした。

 吐く息は白く曇り、浮かんでは消えていく。足下に置いていた視線を上げるとまた幾分か夜の色が濃くなっていた。

 ぱらぱらぱら、と人々の傘は足音と重なり音を立てる。

 ふむ、未だ社会という生き地獄に参加していない青春を謳歌していそうな集団に呪詛でも投げるか。

 お前らの声がな…その明るい声が…社畜達に暗い影を落とすんだよ?そういう声聞いちゃうと、平気で俺はいま何のために生きてるんだろうとか軽く死にたくなっちゃうからね?

 逆恨みだって?ぞんなことは八幡知らん。今こそ厨二心を全開にして世界を震撼させてやる。

 

「比企谷君。」

 

 と、軽佻浮薄の輩にブリーチばりのオリジナル呪文を唱えろうとしたところで、名前を呼ばれた。

 何?奴らやられる前に察知してやってきたの?流石学生。もしかして24歳か?強すぎィ!

 声をしたほうを見やると、雪ノ下が立っていた。

 透通るような長い黒髪に、苦い睫毛。そしてどこか青みがかった瞳。

 アーバンリサーチの白ユニットに黒チュールスカートを合わせていて、その上に厚手のコートを着ていた。

 首にはばふっと無造作にもこもこしたマフラーがまかれ暖かそうだ。

 急いできたのか、少し頬が熱を持っていて、やっと着いたというよな顔をしていた。

 

 

「待たせたかしら?」

 

「いや、全然待ってない。駅前で騒ぐ学生どもに呪詛を吐こうとしていたのが未然に終わったから、むしろもっと遅く来ても良かった。」

 

「……はぁ。あなた、大学生の時よりさらに悪化してないかしら…」

 

「…うるせ。ほっとけ」

 

「目が、やばいわよ。ちゃんと永眠してる?隈が出来てもう生きた人間じゃない目をしてるわ。死ねば?」

 

「永眠したら死んじゃうんですけどね…なんでそんなに仮にも、か、かrしを殺そうとするの?」

 

 単語が恥ずかしすぎて噛んでしまった。失礼、噛みまみた。

 いつになってもこの手の類の物だけは慣れん。

 

「なんて?かかし?」

 

「違うな。聞き返すなよ」

 

「か、か…係り結び」

 

「遠くなったな。すげぇ久しぶりに聞いた」

 

 なんだっけあれ、家庭科だっけ。そうだ古文だ。

 どうでも良いから早く行こうぜと視線であしらうと、雪ノ下も飽きたのか、それとも雨も降ってるし早いとこ移動したいのか、それ以上は言って来ない。

 くるりと、体の向きを行先の方に回すと、くすりと笑いながらこちらを向く。

 なんだ、お前はどこのシャフトだ。

 

 

「じゃあ、行きましょうか。 私の彼氏さん」

 

 

 ……その笑顔は反則だろう。

 

 

 

×××

 

 

 

 雪ノ下と俺が向かったのは、行きつけの居酒屋(店主はバーを自称している)だった。

 と、いうより厳密には平塚先生の友人がやってる店で平塚先生なりなんだりと行ってる内に行きつけになったのだが、まぁお店の雰囲気も良く気に入っている。ちなみに平塚先生はついに七回目の出禁を食らったらしい。

 相変わらず仲が良さそうでなによりである。

 

「おーっと、雪ノ下さんと、ひ、ひき……静ちゃんの教え子君じゃん。いらっしやーい」

 

「今、完全に俺の名前思い出そうとして諦めましたよね?」

 

 

 話すのだって一度や二度じゃないのに、なんでいつまでたってもこの人名前覚えてくれないのん?もしかしたら嫌われているのかしら……。

 

「静ちゃんはいない?いないね?いたら君らもお断りだ、帰れ今すぐに」

 

「今度はなにしたんすかあの人…」

 

「婚活パーティで失敗して酔っぱらってるところに、おもいきりからかわれて酒瓶をおっさんの頭に叩き付けた」

 

「……。」

 

 聞かなかったことにしよう。

 あんな人を恩師だと思うのはやだなぁ……。

 ついでに上司なんだよなぁ…。

 

 その後も何言か言葉を交わした後、奥の個室に行く。

 個室といっても、壁は襖一枚みたいなもんだし、普通に隣の部屋の声なんかも聞こえる。

 暖簾みたいなのが個室の入り口にはかかっており、段差になっている。

 靴を脱ぐスペースの隣にはスリッパが置いてあり、トイレなど店内を移動するときには、ぱぱっと履けるようになっていた。ってこれ、100%バーじゃなくて居酒屋でしょ…。座敷だし。

 適当に注文して、料理が来るのを待つ。

 テーブルにはピンポーンと鳴らす奴があり、100円玉を入れるとおみくじが出てくるという超謎の機能を搭載している。マジで謎。前に由比ヶ浜と小町が釣られてやってたけど、やっぱり意味わかんなかった。

 

「で、そっちはどうなの?」

 

「師走だからな。期末テストの作成、採点、成績処理、補習準備、生活指導、内定の出ていない生徒の進路指導、進学指導、何だかよくわからん行事、大掃除、終業式、学校の忘年会。怒涛のような行事攻めで元気に社畜してる。何だかよくわからん説明会とかも開かれるんだぜ。こっちもわかってねぇのに何を説明しろっていうんだ」

 

「何一つわからない説明ね…。そういう時はどうするの?」

 

「記事埋めるためだけのコラムとかは、部活の時のスキルが活きてる。具体例だらけにして良くわからんどっちつかずの結論を難しい言葉(笑)使って弁証法風に閉められた記事をパワポで量産する」

 

 正直弁証法とか、未だにあんまり意味分かってないだけどな。なんだよ高次元の見識って。高次元の更に奥にある領域への扉が開いちゃって人類補完計画とか発動しちゃうのかよ。

 

「それは活きてるとは言わないのだけれど……」

 

 雪ノ下はこめかみに手をやり、ため息をつく。

 

 

「そっちはどうなんだ?一色はちゃんとしてるか?」

 

「……仕事は問題ないけど、やり方があなたの悪いところと、姉さんの悪いところをハイブリットされてるわね」

 

 

「……さいですか。」

 

 それは問題がアーロニーロ・アルルエリなんじゃないかと思ったけれど黙っておいた。

 さすが最強の後輩、大学三年の時に陽乃さんを唯一出し抜きマジギレさせただけの事はある。

 あそこまで余裕のない陽乃さんを見たのはあれが先にも後にも初めてだった。たぶん今後も一生見れない。

 

 

「そういえば、今度一色さんと葉山くんが幹事になって同窓会開くらしいのだけれど聞いてる?」

 

 

「聞いてねぇ。聞いてても行かねぇ」

 

「葉山君が」

 

「葉山が誘うなら尚更行かねぇよ。あいつの誘いにのってろくな目にあったことねぇし。第一嫌いだしな」

 

 

「最後まで聞きなさい。葉山君は、『比企谷は来ないというだろうからそれでいいよ。俺は比企谷が嫌いだ。だから、嫌いな奴には来てほしくない』といったそうよ」

 

「………」

 

 いらっとして、知らず頭をぼりぼりかいていた。そういうところがどうしようもなく嫌いなんだよ俺は。

 そういう、やり口を勝手に読んで押し付けるようなやり方に言葉に出来ないような腹立たしさを感じる。

 相反しているようで奥底では似たものを感じてしまう。でも、その実は何から何まで全く似ていない。

 形の違うピースを無理やり埋めるようにしてまで、共有しようとして。だからいつも食い違う。

 ただ、たった一つだけ昔から今も変わらずに葉山と同じ思いがある。

  俺もあいつが嫌いだ。

 

「行くよ。行くだけだけどな。葉山の思い通りになるのは癇に障る」

 

「……そう」

 

 雪ノ下は、ふふっと失笑を漏らした。それを俺はじとっとねめつける。

 行くだけとはいえ、いるだけで場の雰囲気を悪くすることに定評のある俺だ。それだけでも葉山の嫌がらせにはなるだろう。

 同窓会か。皆で集まる、どころか何年も顔すら合わせてない奴も多い。

 そういや、戸部と海老名さんはどうなったんだろうか。他にも三浦なんかが社会人になってあの金髪ロールが黒髪になってたりして。

 あと…戸塚とかね!今月も一度いっしょに飯食いに行ったけど、ほら。来月の戸塚はどうなってるんだろうとか考えるとやばいじゃん。なにがやばいってマジやばい。

 毎日戸塚カレンダー、略してとつかレンダーとか商品化されないかなぁ……。

 そしたら俺、まいにちうっきうきで起きちゃうのに。

 

 楽しいときを創る企業、お願い。

 

 

 

×××

 

 

 

 店を出ると、結構覚悟していたのにそれ以上の寒さが体を覆った。

 思わず身震いをして空を見上げる。雨はもう止んでいた。

 

 「……雪だ」

 

 空からはしんしんと雪が降ってきていた。

 続いて、傘を持った雪ノ下が店から出てくると、わぁと小さく声を上げた。

 

「……この時期に雪って珍しくないかしら」

 

「千葉、あんまり雪降らないからなぁ」

 

 降る所ではもうばりばり毎日降ってるのだが、これが千葉ではなかなか降らない。

 だからこそ珍しくて、大人になった今でもすこしばかりなんだか嬉しくなる。

 雪遊びをするわけでも無いし、降った後は次の日道路がぐしゃぐしゃになるだけだ。

 メリットなんてなく、理論的に考えればデメリットしかない。

 でも、嬉しくなるんだから仕方がない。これがきっと計算しつくしても残る感情ってやつなんだろう。

 

「ねぇ、手袋を持ってきていないから手が冷たいのだけれど」

 

「何当たり前のこと言ってんだ…」

 

「……ん。そうよね」

 

 ん?歯切れの悪い返事が気になって、適当に返した応えを思い直す。

 見ると、雪ノ下は口をなんだか少し不満そうにしながら吐息で手を温めていた。

 そこで、思い至る。まちがっていたらそれこそ死に程恥ずかしいけれど、たぶん正解なはずだ。

 今の俺はぶきのした検定2級くらいなら取れるレベルまでにきっとなってる。

 

「……ん」

 

 二人で隣同士になって歩く。

 ふいに、修学旅行の時のラーメン屋の帰りを思い出した。

 あの時よりは、まぁ間違うことは減ったと思いたい。

 

 

 

「…って、お前の手、冷たっ!ええ?どうした!?」

 

「だから言ったでしょう。冷え症なのよ」

 

 冷え症っていうかなんか手の熱が全部奪い取られていく感覚すらある。

 生きてる人間のそれじゃない。保冷剤みたいだ。だいじょうぶかこいつ。

 

「は、離して良い?」

 

「我慢しなさい」

 

 言われぎゅっと握りしめられる。俺、寒いの苦手なんだよ…。

 あぁ…手をつないでいるはずなのにがんがん冷たくなってるよぉ…。

 

 嫌だ離せと呻く俺の様子がおかしかったのか突然、雪ノ下が笑い出した。

 つられて、俺も笑ってしまう。

 

 相変わらず寒いのになんだかぽかぽかしてきた。

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございました<(_ _)>

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