この黄金の獣に祝福を!   作:ニャロー

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字下げにミスって一度消してやり直したけどやっぱり駄目だった為、手直しで直しました。
大変だったぜ……(白目)


7年前の世界から
第2話


 気が付くと其処は数日の内に見慣れた病院の個室ではなく、暗闇に閉ざされた空間の中であり、目の前には大理石で出来た椅子。そしてベッドの上で寝ていた筈の自分は簡素な作りをした木の椅子に座っている。

 服装も病人が着る病衣ではなく、いつも仕事で着ていた仕事着を身に纏っていることに気付き、常に冷静沈着であるラインハルトにも現時点で起きている現象に少なからず驚きを隠せないでいた。

 

 「いったい何が……」

 

 この場所はいったい何なのか。どうして自分はこの服を身に付けているのか。そもそも、死んだ筈の自分が何故生きているのか。

 次から次へと湯水のように沸き上がる疑問の数々。それらを解消すべく、現状で分かっている情報の整理から始めようとしたその時、不意にラインハルトは背後からカツン、カツンという音が聞こえると同時に何者かの気配を感じ取った。

 

 「誰だ」

 

 顔を後ろへと向けるラインハルト。その視線の先には一人の女が立って居た。

 透明な水のように清んだ美しい水色の髪。世にもそうは居ないと確信して言える美貌。出るところは出て引っ込むところは引っ込んだメリハリのある身体。

 その太股までしか無いスカートなどにより、その女性からは妖艶な雰囲気が感じられ、もしも誘惑されようものなら並み居る男達では抵抗することも出来ずに誘惑に乗ってしまうだろう。

 

 しかし、ラインハルトは並み居る男などでは断じて無い。事実、その女性を目にした所で彼は何も感じておらず、ただ静かに女性の一挙手一投足を観察している。

『女はしょせん駄菓子にすぎん』。政界の闇に揉まれ、ある種の悟りに近い考えを本気でしているラインハルトにとって、その女性が如何に魅力的であろうと関係無いのだ。

 

 ともあれ、そうしてラインハルトの前に現れた女性はラインハルトの横を通り抜け、大理石で出来た椅子に座ると次にこう言った。

 

 「ラインハルト・ハイドリヒさん、ようこそ死後の世界へ!私の名はアクア。ドイツにおいて若くして死んだ人間を導く女神です」

 

 自らを女神と名乗った女性。明らかに頭が可笑しいとしか思えない自己紹介だが、ラインハルトは目の前に居る女性が少なくとも人ではないと感じていた。

 彼女から感じられる人のようで人ではない気配。強いて言うなら神の気配か。

 これと似たような気配をずっと前から知っていた(・ ・ ・ ・ ・)ような気がするラインハルトは、一概に嘘だとは思えなかったのだ。

 

 「ほう、ここが死後の世界か。何ともまぁ殺風景な世界だ。てっきり死後の世界はヴァルハラのような場所だと思っていたのだがな」

 「あぁそれ、よく勘違いしてる人多いのよね。死んだらヴァルハラに行けるだとか。天国ならともかく、そんな場所ある訳無いのに」

 「無いのか」

 「えぇ、無いわね」

 

 【悲報】ヴァルハラ存在せず。もしも信心深い者達がそれを聞こうものなら発狂して嘆きそうなものだが、ラインハルトにとってそんなことはどうでもよかった。

 

 「それで、卿のような麗しい女神が、ただの凡人にすぎないこの私を何処へ導くつもりだ?」

 「よくぞ聞いてくれました!」

 

 そう言うと、アクアは大理石の椅子から立ち上がりラインハルトの直ぐ目の前まで近寄る。

 

 「今あなたには三つの選択肢があります。ゼロから新しい人生を歩むか、天国的な所に行ってお爺ちゃんみたいな暮らしをするか、異世界に転生して魔王の軍勢と戦うか。この三つよ」

 「待て」

 

 話の途中までは黙って聞いていたラインハルトだったが、最後の三つ目に関しては声を出さずにはいられなかった。

 

 「異世界?それに魔王の軍勢だと?」

 「えぇ、そうよ」

 

 メルヘン小説にでも出てきそうな単語を告げられ、僅かに困惑するラインハルト。そんな彼の疑問を解消する為、アクアは異世界についての説明をした。

 曰く、その世界は魔王の軍勢によって人々の平和が脅かされている。

 曰く、そんな世界だから皆生まれ変わるのを拒否し、人が減る一方。

 曰く、だから他の世界で死んだ人を肉体と記憶を保持したまま送っている。

 以上のことがアクアの話した説明であった。

 

 「卿が何を言っているのかは理解した。しかし、そのような世界に戦う力も持たない者達が送られた所で直ぐに死ぬのではないか?」

 「確かにその通りよ。だから、特別サービスとして何か一つだけ好きな『もの』を持っていける権利をあげているの。強力な武器だったり、とんでもない才能だったりとかね」

 「なるほど」

 

 何か一つだけ好きな『もの』。それは察するに、『もの』ならば文字通り何でもいいということなのだろう。

 

 「どうどう?どれを選ぶかちゃんと決めた?」

 「あぁ、無論だとも」

 

 当然、ラインハルトが選ぶのはただ一つ────

 

 「ゼロから新しい人生を歩ませてもらおう」

 「そうよね、当然異世界に……って、え?」

 

 答えを聞いた直後、目を見開いて石のように固まってしまったアクア。それをラインハルトは不思議そうに見つめる。

 

 「どうした?早く新しい人生を歩ませてくれ」

 「えっ、ちょ、はぁ!?何で!?私の説明聞いてなかったの!?普通異世界に行くのを選ぶでしょ!?」

 

 石化状態から解除されると同時、アクアは心底驚愕した表情でラインハルトに詰め寄った。

 彼女の中ではてっきりラインハルトが異世界に行くのを選ぶとばかり思い込んでいたので、その驚きは何倍以上にも大きかった。

 

 「ちゃんと聞いていたとも。その上で、私は新しい人生を選ぶ」

 「何で何で何で!?魔王の軍勢と戦えるのよ!?勇者になったりも出来るし、そもそも好きな『もの』を持っていけるから内容次第じゃチート無双とかも出来るのよ!?それなのに何で選ばないの!?」

 「決まっている。そんなものには何の魅力も感じないからだ」

 

 魔王の軍勢と戦える?勇者になれる?あぁ、結構。それはとても心が踊るような話だろう。

 特別な力を持った自分が悪い奴等を根刮ぎ薙ぎ倒し、果てには世界を救う。イメージするだけでも楽しいだろう。

 

 だがしかし────それに何の意味がある?

 

 戦うだけなら元の世界でも出来たこと。特別な力なんて無くとも、人は強く在れる。

 神様に頭を下げ、摩訶不思議な力を授けて貰って、そんな自分は強くて格好いい等と、呆れて物も言えん。

 

 「私は未来永劫何処にでも居るようなただの人間でいい。否、ただの人間でなければならないのだ」

 

 それがラインハルト・ハイドリヒの抱く覚悟。もしくは矜持である。

 しかし、アクアからしてみればそんなのはどうでもいいことであった。

 

 「お願い異世界に行くのを選んで!あと一人で今月のノルマ達成なの!もう残業したくないから異世界に行くのを選んでよぉぉぉぉぉ!!」

 

 泣きじゃくりながらアクアはラインハルトに縋りついた。

 

 「卿、いきなりどうしたというのだ」

 「びぇぇぇぇぇぇん!!」

 

 突然の大泣きにラインハルトが若干狼狽しながら聞くも、アクアは泣くばかりで答えようとしない。

 困ったことになったとラインハルトは内心でため息を吐く。いくら女の誘惑などに耐性があっても、男である以上ラインハルトと言えど女の涙には弱いのだ。

 

 「……分かった。異世界に行くのを選ぶ」

 「ぐすっ……本当?」

 「あぁ、ただし二つ条件付きだ」

 

 涙を止める為、渋々異世界に行くのを選んだラインハルト。しかし、無条件で行くつもりは毛頭無かった。

 

 「まず一つ目、私は魔王の軍勢と争うつもりは毛頭無い。よって、卿が望むような勇者だとかには決してならん」

 「それは別にいいわ。私達はリソース不足をどうにかする為に異世界人を送っているだけだから。魔王倒すとか、そこまでのことは正直期待して無いから」

 

 一つ目の条件は容易く飲んだアクア。しかし、問題は二つ目の条件だった。

 

 「二つ目……の前に、卿は先程異世界に行く際に何でも一つ好きな『もの』を持っていける権利をあげていると言ったな。それは本当か?」

 「?えぇ、本当だけど?」

 「ならば、二つ目の条件はその権利の放棄。この身一つで異世界へと送ってくれ」

 「……はあああああああああ!!??」

 

 権利の放棄という余りにも突拍子ない発言にアクアは再び驚き、驚きのあまり思わず叫んでしまった。

 

 「アンタ本気で言ってんの!?異世界には魔王の軍勢の他にも恐ろしいモンスターなんかがウヨウヨしてるのよ!?それなのに権利を放棄するって正気なの!?」

 「あぁ、勿論だとも」

 

 迷いなく即答したラインハルトにアクアは絶句する。

 

 「……あぁもういいや。どっちの条件も飲むからさっさと行きなさい」

 

 驚き疲れたのか、現代で言う所の就活に疲れたフリーターのような顔をしたアクアがそう言うと、ラインハルトの足下に幾何学模様の陣が現れた。

 

 「ふむ、これは?」

 「魔法陣。これからアンタを異世界に送るから、その魔法陣から出ないようにしてね」

 

 最初に使っていた敬語は何処へやら。めんどくさそうに手をヒラヒラと振っているアクアを見て、ラインハルトは苦笑を浮かべた。

 暫くすると、椅子に座っていたラインハルトの身体が宙へと浮かび上がり、徐々に上へと昇っていく。

 

 「さらばだ、女神アクア。またいつか会おう」

 「もう二度と会いたくないわよ!!」

 

 その会話を最後に、ラインハルトはこの空間から姿を消した。

 

 「あぁ~終わった終わった。これで今月のノルマも達成……って、何この紙?私宛?え~と何々……何も与えずに死者を異世界へ転生させたことにより、天界規定を破ったと見なし水の女神アクアを日本担当へと異動させる……って、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 ラインハルトが消えた後の空間にアクアの叫びが響き渡ったが、それを聞いた者は誰も居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 晴れ渡る青空。大きく輝く太陽。中世ヨーロッパ時代に似た建物が並んだ街並み。剣やら盾やらと物騒な者を持った人々。

 これが異世界かと、ラインハルトは目の前の光景を見て息を漏らす。

 それは決して失望したから出た息ではない。むしろその逆、ラインハルトは一目見てこの世界を気に入った。

 

 味のある建物の数々。人々に溢れる純粋な笑顔。そしてなにより澄んだ空気が美味い。

 戦争中であったが為に、民衆の顔から笑顔が消え、排気ガスで充満していた祖国のことを思い出した分、余計この世界が気に入ったのだ。

 

 「あぁ、私は今────生きている」

 

 死んだ筈の自分が生きているというのは些か可笑しいが、胸の内を駆け巡るこの感情は正しく生きている証。

 この時、この場所、この世界で生きている。改めてそのことをラインハルトは実感した。

 

 「さて、感傷に浸るのも程々にせねばな」

 

 思考を切り替え、これからどうするべきか考える。

 今の自分は地位も、金も、身分を明かす物も持たない流浪人。それどころか、この世界のことについて詳しくは何も知らないのだから、生まれたばかりの新生児と大して変わらない。

 

 とすれば、まず第一にやるべきことは金や住む所、あとこの世界での身分など生活する上で必要な物の確保。

 第二にやるべきことはこの世界での一般常識や法律などの知識を得ること。

 かなり大雑把だが当分の目標を決定したラインハルトは、とりあえず何かしらの情報を得るべく付近に居る人々に話し掛けようとした。

 

 しかし、その瞬間だった。

 

 「なぁいいじゃんかよぉ。俺と一緒に遊ぼうぜぇ?」

 「くっ!離せ!!」

 

 直ぐ真横にある裏路地から一組の男女の声が聞こえてきて、ラインハルトがそちらに目を向けてみれば、そこには腰に剣を差した男が金髪でポニーテールの少女の両手首を掴んで民家の壁へと押し付けている光景があった。

 

 「強姦紛い、か」

 

 そう呟き、ラインハルトは路地裏へと入っていく。

 自分には関係ないことだと見て見ぬフリをする選択肢もあるにはあったのだが、ラインハルトはその選択肢を取らなかった。

 彼の正義心がそうさせたのか、それとも単なる気紛れか。はたまたどちらでも無いのか。

 それは本人にしか分からないが、ともかくラインハルトは動いた。

 

 「そこの強姦魔」

 「あぁ!?誰が強姦魔だって……ひぃ!?」

 

 男の後ろから声を掛け、強姦魔と呼ばれたことに怒った男が振り返りラインハルトを見た瞬間、男の顔が恐怖に歪んだ。

 身長が2メートルぐらいはある大男のイケメンが、無表情のまま虫でも見るかのような目でこちらを威圧するように見下ろしているのだから、誰だって恐がりもするだろう。

 

 「その手を離して失せたまえ。今ならば命までは取らん」

 「あっ、お、チッ!」

 

 ラインハルトから発せられる威圧に屈し、男は少女の手を離すと舌打ちをして何処かへと歩き去っていった。

 その後ろ姿を見送った後、ラインハルトは壁に凭れ掛かっている少女に声を掛けた。

 

 「怪我はないか?お嬢さん(フロイライン)

 

 少しだけ微笑みながら手を差し出せば、少女は顔を伏せたまま無言でラインハルトの手を取って立ち上がる。

 

 「どうかしたかね?やはり何処か怪我でもしたか」

 

 立ち上がったままずっと無言で顔を伏せている少女。何処か見えない所に怪我でもしたのかと思い、ラインハルトが再び声を掛けた直後、少女がバッと顔を上げた。

 頬はトマトのように紅潮しており、ラインハルトと同じ碧い瞳は潤んでいる。

 男に強引に襲われそうになったという恐怖が消え去り、安堵したことによって涙腺が緩んだか、とラインハルトは思っていたのだが、それは間違いだと直ぐに気付く。

 

 その少女はただ────

 

 「さっきの目……すごくイィ」

 

 性に興奮してるだけの雌でしかなかったのだから。


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