霧隠れの黄色い閃光   作:アリスとウサギ

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会議

木の葉の中枢部に建造された、とある一室。

そこでは今、里の命運を左右する重大な会議が行われていた。

参加メンバーは四名。

火の国の大名。

木の葉の相談役、ホムラとコハル。

そして……

静まり返った部屋に、シカクの怒声が響き渡る。

 

「どういうおつもりですかっ!」

 

シカクは以前、五代目火影を決める木の葉の上役会議でダンゾウの罠に嵌められ、ついこの間まで療養生活をしいられていた。

そして、いざ目を覚ますと木の葉と霧が戦争を勃発させていて。

もう、怒鳴るしかない状況で。

しかし。

呆れた声音で、コハルが言った。

 

「静かにせい。なんのための会談だと思うておる」

 

続けてホムラが、

 

「ダンゾウからの連絡が途絶えた。何か不足の事態が起きたのやもしれん。まずはワシらで話し合うぞ」

 

と言って。

それにシカクは心の中で嘆く。

なんのための話し合いだと。

状況もわからない段階で会話を広げても、得るものなど何もない。

それよりも今は、早急に事態の沈静化に取りかかる方が重要で……

が、そこで。

バンっ! という荒々しい音とともに、部屋の戸が開け放たれた。

皆の視線がそちらに移る。

ホムラがいかめしい声音で、

 

「なんじゃ、騒々しい。ここをどこだと……」

 

が、その言葉を遮り、突然この場に現れたサイが片膝をつく。

それから間髪入れずに、矢継ぎ早な口調で戦場から持ち帰った一報を告げた。

 

「ご報告します。水の国・霧隠れの里へ侵攻していた我ら木の葉の忍、総勢三千余名が敗戦に喫しました。途中、撤退を試みるも霧の忍の手によって退路を阻まれ、生きて木の葉へ帰還できた者は……自分を含め百名弱。その他、大勢の仲間が戦場で殉職、または捕虜として捕らえられました」

 

という報告を受けたシカクたちは、

 

「……は?」

 

言葉を失った。

木の葉の軍師たるシカクは、常に最悪の状況を想定し、策を企ててきた。

その彼の脳が理解できない。

最悪を超えた最悪。

到底信じられない部下からの上申に、シカクが叫んだ。

 

「今すぐ使える暗部を呼べ! 情報の……」

 

が、それもサイが無言で遮り、こちらに一巻の巻物を差し出してきた。

それを見るや、シカクは巻物を奪い取る勢いで受け取り、豪快に開いて。

そこに記された情報を瞬時に読み取る。

間違いはないか。

偽造ではないか。

情報の齟齬はないか。

ありとあらゆる可能性を模索しながら、文書を読み取り……

 

「…………」

 

理解した。

せざるを得なかった。

サイの報告は、紛れもなく本当のことだと。

最悪の事態が起きたのだと。

かすれた声音で尋ねる。

 

「いったい何があった?」

 

戦争は、味方が三割殺されれば大敗。

何をおいても撤退するのが定石だ。

何故なら、十全の状態でなし得なかった作戦が、七割の人数で遂行できるわけがないからだ。

だから三千の内、千人が殺されるのは仕方がない。

戦争だ、割り切るしかない。

だが、

 

「何があったんだ!」

 

苛烈を極める忍同士の戦いとはいえ、投入された三千の忍、そのほぼ全てが殺されるなど、長い忍の歴史を紐解いても類を見ない大敗退だ。

何故そんなことになったのか、そう尋ねるシカクに、サイが応える。

 

「こちらの動きが完全に読まれていました。水の国に踏み込んでも最初は大した抵抗も見せず、それを好機と見た木の葉の忍たちは霧の里に攻め込み……」

「気づいた時には自然の要塞に囲まれていた、というわけか」

「はい。敵の数も想定の倍近くまで膨れ上がっていて……」

 

そこまで聞いて、シカクは得心する。

本当に恐ろしいのは、各国に名を轟かせる忍刀でもなければ、人柱力のナルトでもない。

この作戦を立案した、五代目水影・照美メイだと。

再不斬率いる小隊が映画に出演し、ナルトの知名度を底上げさせてから中忍試験への参加。

これらは全て、メイの手のひらの上で仕組まれたものだと。

周りの人間が、ナルトを霧の忍と認めるのならよし。

逆に、それに危機感を抱いた木の葉の連中が、今回のように霧に攻め入ったとしても、それはそれでよし。

どちらにも対応できるように、事前から準備は整えられていたのだ。

周囲に悟らせぬように、一見意味のない手を打ちながら、気づけば最終的な盤面で全て意味のある手にひっくり返り、気づいた時には詰みの状態。

わた糸で少しずつ首を絞めつけられる感覚。

それでも……

 

「…………」

 

それでもダンゾウが生きていれば、最悪の事態は免れたのだが……

 

「ダンゾウ様はどこに?」

 

シカクがそう尋ねると、サイが応える。

 

「わかりません。途中から連絡が途絶えてしまい、それっきりです」

 

続けて問う。

 

「ナルトの奴はどうなった。ここにはガイと交戦したところまで記されているが……」

 

巻物を机の上に広げながらシカクが訊くと、事務的な口調でサイが言った。

 

「生死の有無は確認できておりませんが、ガイ班長がおそらく生きているだろうと」

「ガイはいまどこにいる?」

「現在は中央の病院で治療を施されております。うずまきナルトとの戦闘で第七驚門まで使用し、その反動のせいか未だ身動きが取れない状態で……」

 

というサイの説明に、シカクはまたも言葉を失う。

ガイが七門まで開いた?

 

「待て、ナルトは本当に生きているのか?」

 

ガイと一対一で渡り合える忍など、ヒルゼン亡き今、木の葉全域を調べたとしても自来也とカカシぐらいしか見つからないだろう。

そのガイを相手に、ナルトが戦った?

しかも、八門遁甲を使わせるほど追い込んで?

自分の息子であるシカマルと、同じ年代の子どもが……

あり得ない、そう断じざるを得なかった。

しかし、サイが言う。

 

「はい。ガイ班長のおっしゃったことですので、ほぼ間違いないと」

 

その回答にシカクは、

 

「……英雄の子は、英雄か」

 

と、呟いた。

戦乱の世には、優秀な忍が世に生まれる。

ナルトもその一人だったというわけだ。

と――

今まで沈黙を守っていた大名が口を開く。

 

「ど、どうするえ?」

 

狼狽した表情をする国の長に、ホムラが、

 

「まさかこのような事態になろうとは……ダンゾウの奴め、しくじりおって」

 

と、責任転嫁する言い分に、コハルも便乗して、

 

「あ奴は人を見下したデカい顔をするくせに、重要な場面ではいつも失敗ばかりする。昔からそうじゃった」

 

などと、厚顔無恥な発言を口にした。

それにシカクは頭を抱える。

頭を抱えながら、脳を巡らし、最善の一手を熟考する。

一拍の後。

シカクがわざとらしく、大きな嘆息を吐き、

 

「ハァ……ダンゾウ様を火影に推薦した貴方方がそれを言いますか」

 

煽るようにぼやくと、ホムラとコハルの二人が、

 

「なんじゃと!?」

「貴様、立場を弁えんか!」

 

こちらの思惑通り顔を真っ赤にさせて、憤りをあらわにする。

それにシカクは、そうそうに頭を下げて、

 

「申し訳ありません。ですが、今は木の葉……いえ。火の国の存在すらも危ぶまれる緊急事態。責任の所在はあとで決めるとして、状況の打開案を練るのが先決かと……ご意見番の御二方にも、ぜひ知恵をお借りしたいのですが……」

 

と、最大限へりくだった口調で助力を乞うた。

すると、それを見て溜飲を下げたのか、コハルが腕を組み、

 

「確かにお前の言う通りだ。じゃが……」

 

継いで、難しい面持ちのホムラが、

 

「それができたら苦労はせん。このようなこと、ワシらもそうそう経験しておらんからの」

 

そう言った。

しかしそれに、シカクは笑みを浮かべる。

微かな笑みを浮かべながら、

 

「……私に一つ、良案があるのですが」

 

と言いうと、神妙な顔つきでホムラとコハルが、

 

「案だと?」

「言うてみぃ」

 

話の先を促してきた。

内心で安堵の息を吐く。

ここまでの流れは、全てシカクの計算通りだった。

最初に怒りを買い注目を集め、次に詫びの言葉とともに褒めそやし、最後に餌で釣り上げる。

詐術にも似た、巧みな掌握術。

あまり褒められたやり方ではないが、里の命運が懸かっているのだ。

手段など選んではいられないと、自分の意見を述べようとした――瞬間だった。

 

「何やら面白そうな話をしているな」

 

突如、部屋に第三者の声が木霊した。

その声にすぐさま反応し、振り返る。

すると、そこには……

 

「…………」

 

そこには、銀髪頭の男が佇んでいた。

左眼の部分だけ穴の空いた奇妙な面を身に纏い、他国ではコピー忍者と怖れられるその忍の名は……

 

「カカシ」

 

気配をまるで感じさせなかった相手の名を、警戒をあらわに囁くと、当の本人が薄笑みを浮かべる。

仮面の上からでもわかるほど、他人を蔑む冷酷な微笑を携えたカカシが、

 

「ナルトの奴め。テンゾウだけでなく、ガイを相手に生き残るとは……さすが四代目の息子と呼ぶべきか」

 

低く重々しい声で、そんなことを言ってのけた。

すると、それを聞いたホムラとコハルが、

 

「何を悠長なことを」

「その四代目の息子が里を抜けたせいで、このような事態になっているのだ!」

 

と、怒鳴り声を上げて。

しかし、それをカカシが嗤う。

人を小馬鹿にした笑みを浮かべながら、冷たい、感情が死んでしまったかのような声音で、

 

「その四代目の息子一人が里を抜けただけで、容易く崩れるのが今の木の葉だ。誰のおかげで維持されてきた平和なのか、まるで理解していない……いや、このセリフをオレが吐くのは皮肉が過ぎるか」

 

最後は自嘲気味に、そう呟いた。

だが、自分の意見を否定されたプライドの高い二人は、当然のように激怒する。

 

「貴様、ワシらを誰だと思うている!」

「木の葉を憂い、こうして会談の場を設けたワシら相談役に向かって、呼ばれてもいない若造がのこのこと……何様のつもりじゃ!」

 

血管がはちけれんばかりの顔で激昂するホムラとコハル。

しかし、そんな二人をカカシは感情の込もらない瞳で一瞥し、一言で切って捨てた。

 

「喚くな、老害」

「「なっ……!?」」

 

空いた口が塞がらないとは、まさにこのこと。

唖然とした間抜けヅラを晒す相手に、カカシが追い討ちをかける。

 

「本当に木の葉のためを思うなら、その首を箱に詰めて霧に送り届けてやろうか?」

 

と言うと、ホムラとコハルが怯えた表情で、

 

「ひぃ……! ま、待たんか、カカシ」

「お前、何をするつもりじゃ……」

 

後退る二人に一転して、カカシはおどけた態度で肩をすくめる。

それから、

 

「……冗談だ。枯れ木の首にそんな価値はない」

 

平坦な声でそう言った。

だが……

 

「…………」

 

冗談ではなかった。

いまカカシは、本気の殺意を二人に向けて放っていた。

手を出さなかったのは、殺しても意味がないとわかっていたから。

隠居したとはいえ、ホムラとコハルも元は手練れの忍。

カカシの覚悟を察してか、先ほどまでの威勢はどこへやら……口をつぐみ、黙り込む。

と、そこで。

様子を窺っていたシカクが、

 

「少々勝手が過ぎるんじゃないか、カカシ」

 

自ら会話に割って入る。

剣呑な眼差しをカカシに向けて、

 

「お前に、そんな横暴を通す権利はないはずだ」

 

そう指摘すると、カカシがこちらに視点を向けてきて、

 

「勝手が過ぎるのは貴様らの方だ。ダンゾウがいない今、里の方針に対する決定権はオレにある」

 

と返してきた。

それにシカクは顔をしかめて、

 

「どういうことだ?」

 

疑問の言葉を口にすると、カカシが言った。

 

「ダンゾウは里を出る直前、オレに勅命を与えた。自分がいない間、火影の有する権限をオレに移譲して、な」

 

と言った。

それにシカクは目を剥く。

確かめるように、ご意見番の反応を探ると、ばつが悪かったのか、顔を逸らされ……

 

「…………」

 

なるほど。

どうやら、カカシが里の決定権を有しているのは間違いないらしい。

だが、先ほどの会話には不可解な点があった。

あくまでも、カカシがダンゾウの部下という立ち位置にいるのは変わらないはず。

にもかかわらず、そのダンゾウを呼び捨てにするのは、失礼どころの話ではない。

そこまで考えて……

 

「……!」

 

シカクはある一つの可能性に思い至った。

震える声音を抑え、カカシに尋ねる。

 

「まさか、ダンゾウの消息が途絶えたのは、お前の仕業か?」

 

荒唐無稽な話だった。

ありえない話だった。

それでもシカクは、自分の直感を信じ、目の前の男に尋ねる。

すると、カカシが「ほう」と感心した声音を上げてから、

 

「少し違うな。オレはどちらでもよかったのさ。ダンゾウが霧に敗北しようが、勝利しナルトを捕らえようが」

「どちらでもよかった?」

 

つまり、どちらの結末でも利があるということか?

カカシが言う。

 

「今回のオレの目的は、ただのゴミ掃除だ。ま、結果は想像以上だったがな」

「…………」

「これで厄介だったダンゾウは消え、それに属する愚かな忍もどきも消えた。次は――里の住民どもの番だ」

「なん……だと!?」

 

耳を疑った。

いま、コイツはなんと言った?

里の住民を、消す?

 

「ふざけるなっ! 自分が何を言ってるのかわかっているのか!」

 

普段、冷静沈着を貫き通すシカクが激怒し、椅子から立ち上がって、カカシに真っ向から対立する。

が、憤慨の瞳を向けられたカカシは、淡々とした口調で、

 

「聞こえなかったか? ゴミを一掃すると言ったのだ」

 

同じ内容を繰り返した。

なんの躊躇いもなく。

なんの懺悔もなく。

それにシカクは、さらに怒りの表情を強くして、

 

「そんな蛮行、見過ごせるわけがない! 先代から受け継がれる火の意志を忘れたのか? 例えどんな危機的状況に陥ろうとも、木の葉の忍は決して弱者を見捨てない!」

 

そう言った、瞬間だった。

カカシの瞳が、いままでの他人を見下したものから、鋭く、射抜くような形に変えられ、

 

「何を言っている、弱者を蔑み、斬り捨てるのがお前たち木の葉だろ」

 

続けざまシカクを、次にホムラとコハル、大名を指で差し、

 

「オレは、お前たちがオレの父親、はたけサクモにしたことを忘れてはいない」

 

恨みと悪意の込められた声で糾弾してきた。

それに……

 

「…………」

 

それにシカクたちは、口を閉ざすしかなかった。

はたけサクモ。

白い牙の異名を冠する、木の葉に語り継がれる英雄の一人。

その彼を、いわれのない誹謗中傷で死に追いやった火の国の人々。

そしてシカクは、それを見て見ぬふりをした大多数の一人であった。

 

「ここにいる奴らはそこいらの里とは違う。オレも昔はそう思っていた。いや、思い込もうとしていた。だが違う。それは現実からただ目を逸らしていただけに過ぎない」

「…………」

「ナルトは里を出たオレであり、オレは里に残ったナルトだ。だからこそ、アイツとの決着はオレがつける。お前たちはその他の対処にあたれ」

 

そう命令口調で話すカカシに、逸早く正気を取り戻したシカクが反論する。

 

「待て! まだ霧と全面戦争になるとは決まっていない。今からでも停戦の申し入れを……」

 

が、その言葉をカカシが遮って、

 

「下らん言葉で己を誤魔化すな。『一度失敗した木の葉はそれを巻き返そうと、次は全力で来る。ならば、先に自分たちが木の葉へ攻め入るしかない』と、霧の忍どもは考える。大義も正義も向こうにある以上、もうこの戦は止まらない」

 

突き返されたカカシの言葉は、どうしようもなく現実を見ていた。

勝たなくていいなら、はじめから戦争など起きはしない。

確かにその通りだ。

それでも……

チャクラを練り上げ、素早く印を結び、術を発動する。

 

「影縛りの術!」

 

自分の影が形を変え、カカシの影にとりもちのようにひっつく。

会話に熱が入っていたおかげか、大した抵抗も受けずに相手を捕らえることができた。

だというのに……

 

「…………」

 

カカシは無感動な瞳でこちらを見つめて、

 

「で? オレをどうするつもりだ」

 

と訊いてきた。

それにシカクは警戒を怠らないまま、

 

「強がるな。こうして捕らえた以上、お前は印も結べない」

「ほう、それで?」

「カカシ。お前は何者かに操られている可能性があると、日向の者から報告を受けている。恐らくダンゾウの幻術だろう。それを解いて……」

 

やる、と言いかけた……その時。

突如、空間がぐにゃりと歪んだ。

丸い、渦潮のような歪み。

その歪みの中に、カカシがゆっくりと吸い込まれていき……

 

「…………」

 

この場から姿を消した。

影縛りの術も強制的に解除されてしまい……

そして、次の瞬間。

また、空間がぐにゃりと歪む。

そこから、渦に飲み込まれたはずのカカシが平然とした顔で現れて……

 

「…………」

 

部屋の中央に設置された机の上に、無言で腰を下ろした。

それから事もなげに、

 

「で? オレをどうするつもりだ」

 

と、訊いてきた。

それにシカクは、

 

「くっ……」

 

再度、術を発動しようとするが、カカシがそれを止める。

手のひらをこちらに突き出し、

 

「やめておけ。その程度の古錆びた術ではオレを捕らえることなど出来はしない」

 

と、呆れた声音で言った。

その忠告をシカクは耳で流しながら、分析する。

先ほどの術を。

カカシが使った術。

あれは里の参謀として、これまで膨大な知識量を蓄えてきた自分が、見たことも聞いたこともない術だった。

印も結べない状態で、しかもマーキングの術式すら用いずに行われた空間移動。

こんなこと時空間忍術を得意とした、あの四代目火影でさえ、不可能な芸当であった。

 

「…………」

 

戦闘ではどうしようもないと悟ったシカクは、会話での説得を試みる。

 

「目的はなんだ? サクモさんを死へ追いやったオレたちへの復讐か? なら、なぜ木の葉の住民だけを狙う?」

 

そう尋ねると、抑揚のない声音でカカシが応えた。

 

「復讐、か。確かにそれもあるが、それだけではない……木の葉のためでもあり、そして革命のためでもある」

「革命だと?」

「忍だけの隠れ里を創り上げる。それがオレの掲げる革命だ」

 

返ってきた答えは、子どもじみた妄想だった。

馬鹿馬鹿しい妄言に頭を振り、

 

「そんなご大層な夢は、心の内に留めておけ。民無くして、忍は成り立たない。お前の掲げる革命とやらは、ただの世迷言だ。笑い話にもなりはしない」

 

しかし、カカシが言う。

 

「逆だ。忍無くして民は成り立たないが、民無くとも忍は成り立つ。忍が国の犬なら、住民は犬にへばりつくダニでしかない」

 

続けて、カカシが語る。

 

「現在の貧困も、住民どもを切り捨てれば十分持ち直せる範囲だ。食糧や財政にも余裕ができ、足手纏いがいなくなれば戦争でも有利に立ち回ることができる」

 

と、カカシがそこまで言ったところで……

 

「ならん! ならんぞ!」

 

冷や汗を大量に流し、顔色を青く変色させた火の国の大名が、

 

「そんなことは認めん! 誰が木の葉に援助をして……」

 

が、そこまでだった。

大名が大声を発することができたのは。

カカシが言う、殺意すら込めた瞳で、

 

「言うまでもないが、木の葉の里は火の国の要だ。この里が滅べば、火の国そのものが消し飛ぶことになるだろう。だが、今なら木の葉の住民だけで済むかも知れない。先ほども言ったが此度の戦、大義も正義も向こうにあるのだ。こちらに手段を選ぶ余裕があると思っているのか?」

「そ、それは……」

「それとも木の葉の住民の代わって、アンタが犠牲になるか? 霧の里の水影も、大名であるアンタの首を差し出せば、さすがに刃を収めるだろう」

 

と、恐喝に近い脅しをかけると……

 

「う、うむ……やはり忍同士の問題に、国が口を出しすぎるのはよくないか」

 

カカシの迫力に屈した大名が、自ら意見を鎮める。

だが、しかし。

そのやり取りを見ていたホムラが、

 

「待て、カカシ。黙って聞いておれば、ワシらに対してだけでなく、大名にまで暴言を吐き、あまつさえ木の葉の住民は消すだと?」

 

続けてコハルが、金切り声をあげ、

 

「そうじゃ! いくらダンゾウに留守を任されたとはいえ、これ以上の蛮行は見過ごせんぞ!」

 

そう言いながら、老人とは思えないしっかりとした足取りで二人が席を立つ。

それから隙のない眼差しでカカシを見据え、僅かに腰を落とした。

カカシ、ホムラ、コハル。

三人の間に緊迫した空気が流れる。

最初に口火を切ったのは、やはりカカシだった。

 

「ふ、老人どもが重い腰を上げたか。だがどうする。お前たちの力量では、オレを倒すことなど出来はすまい。それとも現状を打開する妙案でも浮かんだか」

 

そう問いかけるカカシに、ホムラとコハルが、

 

「それを話し合うための会談だ」

「三代目の教えを忘れたか、カカシよ。里に住まう者は皆、家族。それを切り捨てるなどあってはならん!」

 

普段の二人からは想像もつかない覇気を発しながら、カカシに敵対するホムラとコハル。

それをカカシは……

 

「くくくくく……」

 

嘲笑い。

 

「くはははははっ……」

 

嘲笑した。

軽蔑、怒り、そして悲しみを混ぜた声で。

そうして、ひとしきり笑い尽くした後、

 

「里の者は皆、家族か。まさか貴様らがそんな言葉を持ち出すとは……恥知らずもいいところだ」

「……なんじゃと」

「家族とは互いに支え合い、認め合う者のことをいう。三代目ならいざ知らず、貴様らのことを家族と思っている人間など、この木の葉には存在しない」

「ぐっ……」

 

唇を噛みしめる二人に、カカシが詰め寄る。

 

「お前たちが今までしてきたことを、一つ一つ思い出せ。オレの父親やナルトのことだけではない。中忍試験でネジが暴露するまでオレも知り得なかったが、日向の問題にも随分と口を出していたらしいな」

「それは……」

「他にも隠していることがあるはずだ」

 

瞬間。

カカシの左眼――写輪眼が朱く光り、

 

「話せ」

 

短い一言を告げた、途端。

虚ろな瞳をしたホムラが、自らの意思とは関係なく口を開き、言葉を発する。

 

「……ワシらが揉み消してきた事実は山のようにあるが、その中でも一番の事件と言えば……うちは一族の抹殺だろう」

 

と、突然語り出したホムラに、隣に立っていたコハルが驚愕の表情を浮かべて、

 

「お、おい! 何を……」

 

が、その程度で止まるわけもなく、まどろんだ声音でホムラが続ける。

 

「一部のうちは一族が、里にクーデターを仕掛けようと目論見。それを事前に知ったワシらは、うちはの忍の一人……うちはイタチを里の二重スパイとして送り込んだ」

「…………」

「程なくして、うちはの危険性を重視したワシらは、一族の抹殺を決意する。じゃが、いくら木の葉の忍といえど、うちはを相手に総力戦ともなれば、その被害は計り知れない」

「…………」

「そこでワシらは、うちはの忍であった、うちはイタチに任務を申し付けた。弟の命は見逃してやる。その代わりに、その他のうちはに名を連ねる者を全て抹殺しろ、と……」

 

そこまで言い切ってから、幻術の解けたホムラが正気を取り戻すが……

 

「あ……」

 

時すでに遅く、自分の仕出かしたことに気づいたホムラは椅子にへたり込み、それを見たコハルも無言で座り込む。

そんな二人を、温度のない眼差しで一笑し、見下ろしながらカカシが言った。

 

「そろそろ自来也様が、ダンゾウに捕らわれていたサスケを救出した頃合いだ。オレは今からここで聞いた話をサスケに聞かせるつもりだが……さて、貴様らの首はいったい何秒持つか……見ものだな」

 

そう言うと、ホムラとコハルが狼狽した表情をカカシに向けて、

 

「ま、待ってくれ。この話がもし外部に漏れれば、木の葉の里は本当に終わりを迎えてしまう」

「わかった! もうワシらは今回の件に関して、一切の口を挟まん」

 

と言って、木の葉の相談役である二人が、ただの忍であるカカシに対し、完全に白旗を上げてしまった。

大名も責任の所在が自分に回るのを恐れ、口を閉ざし、サイに至っては発言する素振りすら見せない。

これで残ったのは……

 

「残っているのは貴様だけだ、奈良シカク」

 

カカシがこちらに視線を合わせる。

だが……

 

「…………」

 

シカクは何も言えなかった。

霧との戦争。

カカシの掲げる革命。

うちはの真実。

それらの情報が一気に飛び込んできて、何も言えなくなる。

それどころか……

 

「…………」

 

あってはならない。

考えてはいけない。

絶対に思ってはいけない。

のに、一瞬シカクは思ってしまった。

カカシの言っていることは……正しいのではないか、と。

そんなはずがないのに、思ってしまった。

木の葉の住民を切り捨てるという提案も、数字の上だけ考えれば、決して悪くない手だ。

木の葉の闇を一掃するという提案も、今のうちはの件を聞かされれば、安易に否定することもできない。

それに、極めつけは……

 

「…………」

 

カカシは、ダンゾウに操られてなどいなかった。

多少の影響は受けているだろうが、決してそれだけではないカカシの本心が、これまでの会話で理解できた。

彼は、狂ってなどいなかった。

理性をなくした相手を説得するのは簡単だが、冷静な判断を下している相手を説得するのは難しい。

何故なら、そこには信念が存在するから。

そして、シカクの頭の中には、カカシのそれを打ち破る言葉は見つからなかった。

 

「…………」

 

黙り込むシカクの心情を察したのか、カカシが視線を外す。

それから部屋の出口付近にいたサイに向かって、

 

「サイ。ダンゾウがいなくなった今、お前はオレの指揮下に加わってもらう」

「了解です」

 

そう返事を返した己の部下を率いて、カカシが部屋をあとにする。

続くように、ホムラとコハル、大名が退出して……

 

「…………」

 

残ったのは、シカク一人だけであった。

深々と静まり返る部屋に佇み、シカクは思考を巡らす。

カカシを説得するのは諦めるしかない。

だが、いくら正しかろうと、木の葉の住民を見殺しにするわけにはいかない。

そして一番の問題は……

 

「霧の猛攻をどうやって凌ぐか、か」

 

防戦に徹すれば、まだ木の葉にも十分に戦いを続ける力は残っている。

そもそも、今回の戦に投入された三千の忍のほとんどがダンゾウに組みする者で、忍としての練度も一部の忍を除けば、上忍や中忍の中でもかなり低い者たちばかりであった。

奈良一族からも数名駆り出されたが、そのメンバーも最近は任務も真面目にこなさない、怠慢に浸っていた者たちばかりで……

結論を言えば、優秀な忍はほとんど里に残っていた。

だが、それでも……

 

「心理的なダメージは大きいな」

 

理由はどうあれ、投入された三千の忍、そのほぼ全てが殺されたのだ。

しかも、今まで無敗を誇り続けた木の葉が。

頭に過ぎる、敗北の二文字。

今回の戦、どう足掻こうと、木の葉の負けは確定であろう。

重要なのは、どうやって上手く負けるか。

功のある戦と違って負け戦では、頭を使う。

 

「今のオレが、木の葉のために打てる最善の一手を考えなくては……」

 

そう呟きながら、シカクは部屋を飛び出したのであった。

 

 


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