霧隠れの黄色い閃光   作:アリスとウサギ

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忍という名の道具

霧の里は殆ど無人に近い状態となっていた。

いつもは人で賑わう商店街も、水辺でたむろう釣り人たちも、子どもたちがはしゃぎ回る姿も見えない。

一部の忍たちは、矢倉などの高い場所から敵を監視をするため残ってはいるが、それ以外の殆どが里から出払っている状態であった。

戦えるものは戦場へ。

そして、住民たちは……

ハクが言った。

 

「ナルトくん、念のためもう一度見回りに向かいましょう」

「了解だってばよ」

 

いまナルトは、ハクと共に里の中を駆けていた。

住民たちを安全な場所に逃すため。

里の外れにある、崖に連なる大きな滝。

その滝の裏側には大きな空洞が空いており、緊急時には隠れ家として利用できる人工洞窟が建築されていた。

ナルトたちの任務は、その洞窟に住民たちを避難させること。

そして、その任務はほぼ完遂しつつあった。

里を見回すが、住民の姿は一人として見えない。

居るのは里の警護にあたる霧の忍と……

 

「…………」

 

ナルトの視界に、見覚えのある奇妙な鎧を身に纏った男たちの姿がちらほらと映る。

雪の国の武装、チャクラの鎧。

ある程度の忍術・幻術をオートで打ち消す、ふざけた能力を有する鎧。

それを見て、ナルトは、

 

「なあ、ハク。なんで雪忍たちまでいるんだ?」

 

という疑問を口にする。

ハクは周囲を警戒しながら、

 

「今回、雪忍の彼らは後方支援担当ですから。僕たちとは別に住民の避難も手伝ってくれているのです」

 

それはナルトもわかる。

だが、ナルトが聞きたいのはそこではなく、

 

「なんで後方支援なんだってばよ? いや、霧と木の葉の戦争だし、当たり前なのかも知んねーけど、雪の忍にはあのチャクラの鎧があるんだぞ。あれがあれば木の葉の連中なんかに遅れは取らねーだろ」

 

するとハクは、ああといった納得した表情で、

 

「ナルトくん、その考えは甘いです」

 

と言った。

ナルトは首を傾げ、ハクに尋ねる。

 

「どういう意味だ?」

「確かにチャクラの鎧は強力です。ですが、それは武器が強いだけであって、雪忍である彼らが強いというわけではありません。むしろ下手に強力な武器を身に着けている分、危険なぐらいです」

「危険?」

「はい。何事も慣れた時や油断している時が一番危険です。例えばナルトくん、この間の忍組手を思い出してみて下さい。飛雷神で飛んだ時、無理に後ろを取ろうとして、木に頭をぶつけていましたよね」

「あ〜〜」

 

数週間ほど前にハクと行った組み手を思い出し、ナルトは頭の上に手をおいた。

マーキングの付いた術式クナイが、ハクの背後から絶妙にズレた位置にあったのだが、少しぐらいなら大丈夫だろうと勝負を焦った結果、ナルトの身体はあらぬ方向に飛んで行き、木に衝突するという自滅に終わったのだ。

その後、再不斬から説教に続く説教を受けたのは言うまでもない。

 

「雪忍の方々を前線に立たせないのは、下手に自信をつけ、自ら危険に飛び込むような真似をしないように……という、五代目様や小雪姫様のご配慮かと」

「なるほどぉ〜 そういうことか〜」

 

腕を組み、うんうんと頷くナルト。

が、ハクは続けて、

 

「あと、僕たちがあの鎧に苦戦したのは、初めて見たからという理由が一番大きいです。ナルトくんもいま彼らと戦ったとして……自分が負けると思いますか?」

 

ナルトは無言で首を横に振る。

そこまで言われて、ようやく気づいた。

つまり、雪忍たちを、同盟国の忍や兵を前線に立たせないのはメイの配慮もあるのだろうが、純粋に力不足なのだ。

少なくとも木の葉と正面切って戦うのには、リスクが大き過ぎる。

しかし……ナルトは横目でハクを見る。

いまナルトが考えたことを誰にも教えられることなく、自分で導き出せるハクはどれだけ頭がいいのやら……

再不斬と出会ったからは、ナルトもハクと同じように勉強しているはずなのに……

元から頭の出来が違うとしか思えない。

そんな風に考えていた時だった。

決して、油断していたつもりはない。

だけど、住民の避難も殆ど完了し、周りの静かさから、心に余裕が生まれていた。

少しばかり気が緩んでいた。

だからだろうか……

遅れを取ることになったのは……

 

「動くな」

 

聞き慣れない男の声が聞こえた。

ナルトとハクの二人は足を止め、ゆっくりと声がした方へ振り向く。

すると……

 

「…………」

 

そこには、三人の忍が立っていた。

明らかに実戦慣れした男たち。

しかし、それだけなら問題にはならない。

まずいのは、その忍たちがしている額当て。

木の葉マークが描かれたもの。

そして……

 

「た、助けて……」

 

今度の声は聞き覚えのあるものだった。

霧の里に住む子どもの一人で、ナルトも何度か話したことのある相手。

その女の子の首には……

 

「ぐっ……」

 

クナイが突きつけられていた。

そのクナイを手に持つ木の葉の忍が、目で訴えてくる。

言うことを聞かなければ、この子を殺すと。

状況は……最悪だ。

ナルトとハクは身動きが取れずにいた。

すると、木の葉の忍の中で唯一見覚えのある人物。

中忍試験本選で審判を務めていた木の葉の特別上忍、ゲンマが咥え千本をカチッと鳴らし、言った。

 

「九尾の人柱力、うずまきナルト。貴様を今から拘束する。抵抗すればどうなるか……わかるな?」

 

そう言うと、横にいた忍が少女の首にクナイを押し当てた。

白い肌が傷つき、血が流れる。

赤い液体がクナイを濡らす。

少女は声にならない悲鳴を上げ、硬く目を閉じ、涙を流した。

しかし、木の葉の忍は険しい表情のまま手を放そうとはしない。

彼らにとって、その少女はただの人質なのだ。

解放するわけがない。

だが、その蛮行を目の当たりに、ナルトは怒りを滲ませ、

 

「てめーら、自分が何やってんのかわかってんのか!」

 

と、喚き散らすが、ゲンマは眉一つ動かさず、

 

「そんなことはどうでもいい。オレが聞いてるのは、大人しくついて来るのか、来ないかの二択だけだ」

 

一切の感情を排除した声音でそう言った。

本気だ。

ナルトが拒否した場合、彼らは躊躇なく子どもを殺すだろう。

敵の交渉には応じない。

仲間が人質に取られた場合、味方ごと斬れ。

それが霧の忍の掟だ。

しかし……

そんな選択、ナルトには選べない。

震える少女の姿を見て、今のナルトに取れる選択は……

 

「わかった。お前らについて行ってやる。だから子どもは解放しろ!」

「ナルトくん!?」

 

横にいたハクが悲鳴に似た声を上げる。

だが、ナルトは何も考えなしでそう言ったわけではない。

まずは少女の安全確保。

それさえなんとかなれば、あとは隙を突いて飛雷神で飛べばいい。

ナルトだけなら、どうとでもなる。

そう視線だけでハクに伝える。

 

「大丈夫だってばよ。ハクはこの事をみんなに伝えてくれ」

 

ハクがこちらを向き、一瞬動きを止める。

その隙を逃さず、ゲンマが言った。

 

「ライドウ、イワシ、位置につけ!」

 

ライドウと呼ばれた忍が少女からクナイをどけ、襟を掴み、ハクの方へ放り投げた。

すかさずハクが少女を受け止めた――瞬間。

三人の木の葉の忍が、ナルトを囲むように手を繋ぎ、術を発動する。

 

「飛雷陣の術!!」

 

気づけば……そこは里の外れにある小さな森だった。

先ほどナルトのいた場所から、少し離れた場所。

その距離を一瞬で移動する時空間忍術。

あり得ない現象を目に、ナルトは驚きの顔を隠せなかった。

何故なら、この術は……

 

「嘘だろ……オレと父ちゃん以外にも使える奴がいたのか!?」

 

飛雷神の術。

マーキングの印を施した場所へ、自身や物体を飛ばす時空間忍術。

四代目火影であるミナトがナルトに託した術を……

三人の木の葉の忍が使用したのだ。

ナルトは未だに自身を囲っている、ゲンマ、ライドウ、イワシの三人の忍にこっそりと目をやり、観察する。

全員、並の忍ではないだろう。

木の葉でも、屈指の実力者かも知れない。

それでも……

そんな忍に囲まれてなお、ナルトの心に焦りはなかった。

確かに、飛雷神が使われたことにはかなり驚かされたが、良くも悪くもそれだけだ。

三人での使用にもかかわらず、術の発動速度はナルトのそれを大きく下回っており、はっきり言って、戦闘では役に立たないだろう。

戦えば確実に勝てるという、確信があった。

どれくらいの確信かといえば、仮に九喇嘛のサポートがなくとも、無傷で勝てると言い切れるぐらいの確信であった。

でも、少女の安全を確保した今、無理に戦う必要などない。

だからナルトは、

 

「んじゃ、早速でわりーんだけど、オレってば逃げさせてもらうってばよ!」

 

と、飛雷神の術を発動しようとしたところで……

 

「…………」

 

森の奥から、一人の男が現れた。

木の葉の忍。

短く切り揃えた茶髪に、どこまでも深く潜り込めそうな黒々とした瞳。

明らかに、他の三人とはレベルの違う忍が……

 

「悪いけど動かないでもらえるかな? いや、動いてもいいけど、その場合は……わかるよね?」

 

クナイを片手にこちらに歩いてきた。

もう片方の手には、腕で首を絞めるように、小さな子どもが抱えられていて……

霧の里に住む少年。

その少年は先ほどの少女と同じく、ナルトとも何度か会話を交わしたことのある里の子どもだった。

そして、先ほどの少女と同じく、その身体は恐怖に震えていて……

ナルトは術の発動を止め、男を睨んだ。

 

「テメェ!」

 

しかし、その男はなんの反応もしない。

自身の作戦通り、ナルトの足止めに成功したにもかかわらず、喜びの表情すら見せない。

感情の一切を殺した声音で、

 

「こちらの要求はわかるね。キミが無抵抗で捕まること。それ以外にこの子の命が助かるすべはない」

 

そう言った。

またそれか!

奥歯を噛みしめ、ナルトは内心毒づく。

しかし……

 

「てめェーら木の葉は……いつも……」

 

文句を言いながら、考える。

全身に緊張を巡らせながら、考える。

何か手はないのか。

ナルトと少年、二人を救う方法は。

いっそのこと……戦うか?

ナルトには飛雷神がある。

一瞬、一瞬でいい。

人質がいる状況でも、その一瞬の時間さえどうにかできれば、いくらでも逆転の手はある。

四対一となり、勝算はどれほどのものかわからなくなったが、それでも負けはしないだろう。

ナルト一人だけなら……

だけど……

 

「な、ナルトの、にぃちゃん……」

 

少年を確実に救う方法は、ナルトが大人しく捕まる他ない。

それに、ナルトの心は木の葉と戦うという現実に対し、未だに確固たる答えを見つけられずにいた。

争わずに済むなら、それが一番なのだ。

だから、ナルトは言った。

 

「わかった。木の葉の里まで大人しくついて行ってやる。ただし子どもは今すぐ解放しろ!」

 

その返答に満足したのか、目の前の男が小さく頷き、

 

「いいだろう。用済みとなったこの子は、この場で解放してやる」

 

手に持ったクナイを、少年の前から引いた。

そして、男は自分の部下であるゲンマたちに視線を送る。

すると、ゲンマたちは何故か苦虫を噛み潰したような表情をするが……

 

「……すまん」

 

そんな言葉を呟き、ナルトの周囲から距離をあけた。

 

「ん?」

 

その言動に、ナルトは微妙な違和感を感じ取ったが……

今は人質の安全が第一だと考え、前を向く。

すると、少年が男の手から逃れ、おぼつかない足取りでこちらに歩いて来た。

それを見たナルトは、両手を広げ、笑みを浮かべる。

 

「もう大丈夫だ。お前は里に帰って、みんなと同じ……!?」

 

しかし、そこまでだった。

言葉が止まった。

とすっと、何かを刺すような音が少年の方から聞こえ……

その真っ赤に染め上げられた胸には、一本の枝が刺さっていて……

 

「ぅ……」

 

その枝は少年の血を吸い上げ、成長し、何本にも分かれ……

少年の身体を容赦なく突き刺した。

 

「……は?」

 

わけが、わからなかった。

意味が、わからなかった。

何が起こったのか、理解できない。

目の前の男が言う。

淡々とした口調で、

 

「カカシ先輩の報告通りだ。素質はあるかもだけど、まだまだ子どもだ。敵の言葉を馬鹿みたいに鵜呑みにするなんて」

 

そんなことを言っていて。

ナルトはぼやけた頭で、聞き覚えのある名前に条件反射で応える。

 

「カカシ……先生?」

 

すると、男は僅かに目を見開き、少し呆れた表情をこちらに向け、

 

「キミは敵国の忍を先生呼ばわりするのかい? まあ、先輩は優秀な木の葉の忍だから無理もないか。何せ、キミの対抗策を僕に教えてくれたのは……他ならぬ先輩なんだから」

 

なんてことを言う。

しかし、理解できない。

言葉が頭に入ってこない。

今、ナルトの目に映るのは……

 

「なんだってばよ……」

 

地面に横たわる、少年の死体だけだった。

ほんの数秒前まで、手の届く位置にいた少年が、今も血を流し続け、倒れている。

そこで、はじめてナルトは状況を理解した。

少年は……

殺されたのだ。

目の前の男に。

木の葉の忍に。

ナルトは震える身体を抑え、顔を俯ける。

 

「テメェは……誰だ」

 

男が応える。

 

「ああ、自己紹介がまだだったか。僕の名前はテンゾウ。よろしく……する必要はないか」

「……なんで、子どもを殺した」

 

答えは返ってこない。

ナルトは叫び、

 

「なんで殺した!!」

 

すると、あっさりとした口調でテンゾウが、

 

「なんでも何も、今は戦時下だ。子どもとはいえ、敵を殺す理由はあっても生かす理由はない。そんなにあの子を助けたかったのなら、キミが助ければよかったんだ。そうすれば僕はわざわざ小さな子を手にかけるなんて嫌な真似、しなくて済んだのに……」

 

躊躇なく少年を殺した張本人が、そんなことを言ってのけた。

ナルトは血が滲むほど強く、拳を握る。

身体の奥から、ふつふつと熱いチャクラが溢れ出して。

それを見たテンゾウは、とどめとばかりに、

 

「とはいえ、キミにそんなことをいうのは酷か。九尾の化け物が何かを護るなんて……土台無理な話だからね」

 

化け物。

化け狐の化け物。

それは何度も耳にしてきた言葉。

そうだ。

ずっと言われ続けてきたことだ。

産まれてから、ずっと。

だけど、ナルトの身体は震え出す。

恐怖や悲しみではない。

怒りで、憎悪で、憎しみで、抑えようのない感情が膨れ上がる。

すると、腹の中から、

 

『落ち着けナルトォ! 感情に呑まれるな! 一度そいつらから距離を取れ!』

 

どこからか、そんな声が聞こえた。

だが、もう戻れない。

止まることはできないし、止まるつもりもない。

化け物だというのなら、望み通り本物の化け物になってやる。

 

「……してやる」

 

どす黒いチャクラがナルトの身体を包み込み、瞳が朱く変色する。

 

「……殺してやる」

 

直後、咆哮を放った。

 

「木の葉ァァァァァアア!!」

 

膨大な九喇嘛の……九尾のチャクラが氾濫する。

ナルトの意思ではなく、暴発する形となって。

それを確認したテンゾウは頷き、

 

「これで高度なチャクラコントロールと思考が要求される飛雷神の術は封じた。手筈通り捕らえるよ」

 

部下に指示を出す。

それにゲンマは、げんなりとした顔で、

 

「捕らえるって……なんだこのふざけたチャクラは……」

 

泣き言を言うが、それでも武器を取り出し、戦闘態勢に入る。

三人の忍がナルトの退路を塞ぎ、それと同時にテンゾウが印を結び、術を発動した。

 

「木遁・黙殺縛りの術!」

 

テンゾウの腕から生えた細長い樹木が、ナルトの身体を拘束し、縛り付ける。

そして、武器を携えた木の葉の忍。

ゲンマ、ライドウ、イワシの三人がナルトの手足を切り落とそうとこちらに迫ってくるが……

 

「邪魔だァァ!」

 

ナルトはテンゾウから目を逸らさないまま、チャクラで象られた尾を薙ぎ払った。

たったそれだけの動きで。

三人の……

三匹のムシケラが吹き飛ぶ。

それを見たテンゾウは呻きながら、

 

「クソッ! まだ一本の状態でここまでの力を出せるのか……だが!」

 

樹木がナルトの身体をさらに縛り上げる。

手足だけでなく、尻尾まで拘束され、ナルトの身体は抵抗むなしく地面に貼り付けにされた。

それを機に、また木の葉の忍がこちらにやって来て……

 

「覚悟しろ、化け物ォ!」

 

だが、そんなものはどうでもよかった。

何がどうなろうと関係ない。

目の前のコイツを殺せるのなら……

ナルトは顔を上げ、口を大きく開けた。

 

「グォォォォオオオオ!!」

 

膨大なチャクラの塊。

頭上にチャクラの球体を作り上げる。

純粋なまでの殺意を、テンゾウに向けて放とうと……

しかし、そこで木の葉の忍が、

 

「やらせるか!」

 

武器を振り上げるが、やはりナルトは歯牙にもかけない。

あとはチャクラ砲をテンゾウに向けて放つだけ。

他のことはどうでもよかった。

が……

突如、冷気が迸る。

ナルトを護るように、一枚の鏡が出現し、そこから無数の千本が木の葉の忍に向かって降り注いだ。

と、同時に……

 

「ヴァォォォォォォ!!」

 

信じられないほど力の込められたチャクラの弾丸が、テンゾウ目掛けて放たれた。

ナルトを拘束していた樹木は軽々と破壊され、地を抉ぐり、勢いは止まることを知らず、そのままの威力を保ったままテンゾウに直撃し……

跡形もなく消し飛ばした。

地面には小さなクレーターができあがっていて……

とんでもない威力だった。

流石にこれを正面から受けて、生きていることはないだろう。

ナルトは雄叫びを上げた。

 

「ウォォォォォオ!!」

 

しかし、心は晴れない。

仇を討ったにもかかわらず、心は曇り続けていた。

そんなナルトの前にハクが現れる。

 

「ナルトくん……」

 

ハクは酷く悲しそうな顔をしていた。

そして、辛そうな表情のまま、腕を振り上げ……

パーンッ! という音が聞こえた。

暫くしてから、ナルトは叩かれたことに気づく。

 

「え?」

 

ハクは悲しげな表情から一転、怒りの表情を見せ、叱るように言った。

 

「何をしているのですか、ナルトくん!」

 

ハクは怒っていた。

今までもナルトは、何度かハクを怒らせたことがある。

しかし、今のハクは本気で怒っていた。

だけど……

ナルトは言う。

 

「だって、しょうがねーだろ! 子どもが殺されたんだ! アイツはなんも悪くない子どもを……!」

 

しかし、ハクは首を振る。

 

「違います。木の葉の忍を殺したことに怒っているのではありません。自分の身体を大切にしなかったことに、僕は怒っているんです!」

「あ……」

 

ナルトの言葉はそこで止まる。

ハクはただ、ナルトのことを心配してくれたのだとわかって。

怒りが収まり、九尾のチャクラが元に戻っていく。

朱い瞳が、蒼い瞳に。

それから気まずそうな口調で、

 

「悪かったってばよ……」

 

謝罪の言葉を口にした。

だが、ハクは悲しそうな顔のまま、話を続ける。

 

「僕は昔、力を暴走させ、罪もない村人たちを殺したことがあります」

「え?」

「その村人の中には僕の父さん、父親も含まれていました」

 

ハクは真っ直ぐにナルトを見据える。

大切なことを伝えるように。

 

「彼らを殺さなければ、殺されていたのは僕の方でした。ですが、僕はあの日を後悔しなかったことは一度もありません。今もずっと後悔し続けています」

「ハク……」

「ナルトくんに戦うなと言うつもりはありません。そもそも僕にそんな資格はない。ですが、これだけは心に留めておいて下さい」

 

ハクは一呼吸おいてから、言った。

 

「刃を振るう時は、常に自分の意思で振るうべきです。力を暴走させ、闇雲に刃物を振り回しても、その先にあるのは後悔だけです。たとえ相手に勝ったとしても……」

「……!?」

 

が、そこまでだった。

ナルトはハクの話を遮り、ホルスターからクナイを、術式クナイを取り出す。

それを、すぐさま近くの木の枝に向けて放ち、ハクの手を掴み取った。

 

「飛ぶぞォ!」

 

次の瞬間。

ナルトとハクはその場から消える。

木の枝の上へ、飛雷神で跳躍した――直後。

軽い地響きが起こった。

先ほどまでナルトのいた場所に、大量の木材が突き刺さっていて。

その木材の出所を探すと……

テンゾウが、下からこちらを見上げて、

 

「……躱されたか。会話中を狙ったってのに、やっぱりその術は厄介だね」

 

などと言ってきた。

ナルトは眉を寄せ、

 

「まだ生きてやがったのか! あれをくらったはずなのに……」

 

チャクラ砲を放ったタイミング。

あれはどう考えても回避できるものじゃない。

ナルトのように、瞬間移動できるなら話は変わってくるが……

そこで、ナルトの疑問に応えるように、九喇嘛が話しかけてきた。

 

『さっき目の前にいたのは奴の木遁分身だ。貴様の得意忍術の一つだろ。気づきやがれ」

 

分身……

そうか、そういうことか!

まったく気づかなかった……

ナルトは腹に手を当てる。

 

『九喇嘛、さっきは悪かった。お前の声、ちゃんと聞こえてたのに、オレってば……』

 

しかし、九喇嘛は気怠い声で応える。

 

『木の葉の連中がああいう手で来ることは、初めから予想できてたことだろ。まァ、ワシの話を無視したことに関しては、後で何かしらの罰を与えるとして……』

『ば、罰ぅ!?』

『気ィ抜くなよ、ナルト。木遁は少しばかりワシらと相性が悪い。もう不様な失態は見せるんじゃねーぞ」

『……おう!』

 

意識を戻す。

周囲を見回し、状況を把握する。

すると、立っている木の葉の忍はテンゾウだけではなく……

ゲンマ、ライドウ、イワシの三人も辛うじてだが、こちらを睨み、武器を構えていた。

それを上から見下ろし、ナルトは言った。

 

「ハク、あっちの三人、任せてもいいか?」

 

すると、ハクは不安そうな顔でこちらを向き、

 

「ナルトくん……」

 

心配そうにナルトの名を呼ぶが、ナルトは決意に満ちた強い眼差しで返し、

 

「もう大丈夫だ。オレってば、こんなところで死ぬつもりはねーからよ!」

 

それにハクは、一瞬言葉を詰まらせる。

ナルトが何を考えているのか。

何を決意したのか。

目を合わせただけで、わかったのかも知れない。

だから……ハクは頷いた。

 

「わかりました。あちらの三人は僕が請け負います。御武運を……」

 

本来、数の利が向こうにある以上、ナルトたちは二対四で戦うのがセオリーだ。

しかし、ナルトとハクは木の上から、別々のところへ降り立つ。

これはナルトにとって、避けては通れない闘いだから。

自分でケリをつけなければならない闘いだから。

自身の近くに降り立ったナルトを見て、テンゾウが言う。

 

「まさかキミがこっちに来てくれるとはね。僕としては助かるけど」

 

しかし、ナルトは取り合わない。

もう、木の葉の忍と話すことなんて、何もない。

だが、それでも一つだけ聞いておかなければならないことがあった。

渦巻く敵意とは裏腹に、ナルトは平坦な声音で尋ねる。

 

「カカシ先輩からオレのことを聞いたって、どういう意味だ?」

 

テンゾウはこちらを警戒しながらも、はっきりとした口調で、

 

「なんだ、知らなかったのかい? 先輩は新しく火影に任命されたダンゾウ様の右腕として、今回の戦争に一役買っているんだよ。まあ、今は木の葉の警護にあたっているから、この戦争自体には参加していないけど」

 

と、言った。

そして、その言葉は決定的だった。

ナルトは視線をずらし、地面に横たわる少年を見る。

その身体は真っ赤に染まっていた。

その身体は二度と動くことがなかった。

 

「…………」

 

ゆっくりと目蓋を閉じる。

甘かった。

説得しようと、話し合いで解決しようとしたのが間違いだった。

最初から殺す気でいけば、助けられる可能性は十分あったのだ。

心のどこかで、今回も上手くいくと……

誰も死なずに済むと……

しかし、イタチの言う通り、ナルトの考えは甘かった。

ただの幻想だった。

 

「…………」

 

目蓋の裏に映るのは数々の思い出。

サスケと張り合い、サクラを追い回したアカデミー時代。

ネジをはじめ、多くの忍としのぎを削り、互いに高め合った中忍試験。

辛いことだけじゃなかった。

楽しいことや嬉しいことだって一杯あった。

だけど……その全てが……

 

“だがいつかは、人が本当の意味で理解し合える時代が来ると……ワシは信じとる!”

 

全ての思い出が、泡沫となり、色褪せていく……

 

けれど……まだ……

 

ナルトの意識が深く、深く、落ちていく。

そこは自身の内側。

大きな檻がかけられた、九喇嘛の部屋だった。

 

『いいんだな?』

『ああ』

 

ナルトは短く応えた。

しかし、九喇嘛は言う。

 

『そっちじゃねェ。木の葉との戦争に参加することになる。覚悟は……できてんだろーなァ?』

 

が、ナルトは言った。

 

『オレは霧の忍だ』

 

ナルトには、まだ大切なものが残っていた。

九喇嘛だけじゃない。

再不斬、ハク、長十郎、里のみんな……

だから……

目を細める。

一切の感情を排除した瞳。

忍という名の道具に成りきる。

そして……

目の前の木の葉の忍を――殺すべき敵を見据えて、

 

「影分身の術」

 

十字架を背負うように、印を結んだ。

 

 


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