霧隠れの黄色い閃光   作:アリスとウサギ

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戦う理由

演説が終わり、再びメイが壇上に現れ、注意事項などを喚起する様子を眺めながら、

 

「はあー、やっぱ風雲姫の姉ちゃんはすげーってばよ」

 

溜め息混じりの呆けた声音で、ナルトは感嘆の言葉をもらした。

すると、ナルトを挟み、ハクの反対側に突っ立って再不斬が、

 

「確かに。こりゃー、たった数ヶ月で随分と遠いとこに行っちまったもんだ」

 

首をぐるりと回しながら、珍しくもそんなことを口にした。

しかし、再不斬が驚くのも無理はない。

ナルトも任務で離反した霧の忍を追い、もう一度仲間に引き入れようと努力してきたが、捕まえた数は精々十人程度。

人の心を動かすのは、それだけ難しいことなのだ。

それをたった一言で、小雪は全てを変えたのだ。

ナルトは再不斬と同じように辺りを見回す。

すると……

 

「今まで悪かった。どうか許してくれ」

「いや、わかり合おうとしなかったのは、オレも一緒だ」

 

今までいがみ合ってきた連中が何人も握手を交わし、互いに頭を下げている様子がいくつも見られた。

ナルトはそんな奇跡を簡単に成し遂げた小雪の姿を下から見上げ、

 

「いま手ぇ繋いだら、引っ張られんのはオレの方になりそうだなぁ……」

 

自分の手をかざしながら、小さく呟いた。

同じ里長だが、小雪はメイとは違い、人の上に立つ人間じゃない。

人の前に立ち、その背中を誰よりも強く押すことのできる世界最高のお姫様なのだ。

ナルトは改めてそう思った。

そして、そんなナルトの囁きを地獄耳で聞いていた再不斬が、

 

「メイの奴も、この問題には手を焼いてやがったからなー。そら見ろ、戦争前だってのにニヤけたツラしてやがる」

 

と言ってきたので、ナルトはまた上を見上げる。

壇上に立つメイの顔は、確かに先ほどより嬉しそうに感じられた。

メイにつられ、兵たちの士気がさらに増す。

それを肌で感じ取りながら、ナルトはある言葉を思い出していた。

 

“忍には、誰しもその時、その時代にあった役割というものが存在する”

 

メイは水影として戦場に立ち、指揮を振るおうとしている。

小雪は雪の国の君主として、皆の背中を押し、霧の里すらも団結へと導いた。

なら、自分は?

オレにしかできないことってなんだ?

考えてもわからない。

いや、いま考えたのではなく、一晩中考えていたことだ。

けど、結局答えは見つからなかった。

だから、ナルトは視線を横に向け、再不斬に訊いた。

 

「なあ、再不斬」

「あ?」

「再不斬もやっぱ、オレが戦争に参加するのは反対なのか?」

 

それに再不斬は当たり前だといった表情で、

 

「んなわけねーだろ」

 

と、言った。

予想外の返答にナルトは、

 

「へ?」

 

間抜けな口の開け方をするが、再不斬は気にも止めず、

 

「今までなんのために教師ごっこなんざ付き合ってやったと思ってやがる。戦闘経験だけじゃねぇ。戦術に戦略、その両方を手間ひまかけて叩き込んでやったんだ。オレ様としてはむしろ、今すぐテメーを木の葉の群れに放り込んでやりてーぐらいだ」

 

などと言ってきた。

それにナルトは、

 

「だったらオレも連れてってくれってばよ! 同じ第一班なのに、オレとハクだけ留守番で、再不斬と長十郎だけずりーじゃなーか!」

「オレが知るか。文句ならメイに言いやがれ。ハクはテメーのおもりだがな」

 

そう言いながら、再不斬は近くにいたハクに目をやる。

すると……

 

「う、ぅぅぅぅっ……」

 

ハクは泣いていた。

特有の力を持つことから恐れられ、今まで里の中でも劣悪な生活を強いられてきた一族が、里の忍たちと手を取り合う……

夢のような光景を目の当たりに、次から次へと感動の涙をこぼし続けていた……

ナルトにはハクの気持ちが痛いほどわかる。

自分も木の葉で同じような目に合ってきたから……

しかし、再不斬はそんなハクを見て、

 

「いつまで泣いてやがんだハク。さっさと泣き止め。忍が感情を表に出すな」

 

などと、身も蓋もないことを言った。

するとハクは、

 

「すみません再不斬さん。でも、この光景を母さんにも見てもらいたかった……」

 

涙を拭いながら、そんな言葉を口にした。

 

「む……」

 

そんなハクに、流石の再不斬も言葉に詰まったのか、顔をしかめて、

 

「……そーいやー、あの姫さん。以前にも増して、さらに人気が出てきたらしいじゃねーか。今や一国の主だ、見合いの話なんかも出てんじゃねーのか」

 

あからさまな話題の転換をしてきた。

ナルトもそれに乗っかるように、

 

「いやー、それがさ。風雲姫の姉ちゃんも困ってるらしくてよー」

「ほう……意外だな。メイと違って、一人か二人ぐれーはその手の話が出てきてもおかしくねーだろーに」

「あー違う違う。確かに困ってんのはメイの姉ちゃんと同じなんだけど、風雲姫の姉ちゃんは逆にあり過ぎて困ってんだってよ」

 

それに再不斬はくつくつと笑い、

 

「ククク、なるほど。そりゃー困り果ててるだろーな……ならナルト、今度はメイがいつ結婚できるか賭けでもしてみるか?」

 

しかし、ナルトは呆れた表情で首を振り、

 

「再不斬、それは賭けになんねーってばよ……」

 

などなど……

二人の馬鹿がどこからか飛んでくる猛烈な殺気に冷や汗を流しつつ、たわいない話を繰り広げているのを見て、ようやくハクは笑みを浮かべた。

 

「お二人とも、また五代目様にお叱りを受けますよ?」

 

そんな言い合いをしている間に……

空気の圧が変化した。

周囲の雰囲気が一段と引き締まる。

ぴりぴりとした殺気が里全体に充満する。

出陣の時間だ。

ナルトとハクは住民たちの避難誘導にあたるため、戦に出ることはできない。

しかし、ナルトの心は未だに揺れ続けていた。

自身の故郷である木の葉との戦いに思い悩む心。

霧の忍であるにもかかわらず、参戦すらできない負い目。

そんなナルトの心情を知ってか知らずか、再不斬が言った。

 

「テメーはまだガキだ。今回はすっ込んでろ」

 

それにナルトは目を吊り上げ、

 

「何をー!? オレってばもうガキじゃねーってばよ! 一人前の忍者だ!」

 

しかし、再不斬は言う。

淡々とした口調で、ナルトを見下ろし、

 

「いや、今はただのガキだ。確かに強くはなった。そこに関してはオレ様も認めてやる。並の忍じゃあテメーに触れることすらできねーだろー……だがな、ナルト。それでもお前はまだまだ一人前とは呼ばねぇ……何故なら……」

 

冷めた声音で、再不斬は言った。

 

「テメーは忍の戦いにおいてもっとも重要な……殺しの経験をしていないからだ」

「!?」

「命懸けの戦いを経験していない。今までは運よくどうにかなってきたが、戦争となれば話は別だ。相手を殺さずに手加減なんかする余裕はねェ。だが、殺しの経験をしていないお前は必ずどこかで隙を生み、足元をすくわれる」

 

再不斬の言葉がナルトの胸に突き刺さる。

ずっと目を逸らしてきたが……

そうだ。

戦争になれば、人が死ぬ。

敵も味方も、殺し殺されるのだ……

何人、何十、何百と……

 

「……再不斬は……なんのために戦うんだ?」

 

口から出たのは、どこか曖昧な言葉だった。

現実から目を逸らした言葉。

しかし、再不斬ははっきりと応える。

 

「ククク、オレが人を殺すのに大それた理由なんざねーよ。言ってみりゃー、そういう風に育ってきたからだ。仲間のためだ、未来のためだ、そんな偽善じみたもん、はなっから持ち合わせちゃいねーんだよ」

 

そう言い切った再不斬だが、

 

「だがな……」

 

言葉を続ける。

ナルトと同じく、隣にいたハクも再不斬の話に静かに耳を傾ける。

 

「そんなもん参考にする必要はねェ。テメーが戦う理由ぐらいテメーで決めろ。言われたことを言われた通りにやる部下なんざ、オレには必要ねェ」

 

自分で決める。

それはどこまでも自由で、鉛のように重かった。

 

「今すぐ決める必要はねェ。遅かれ早かれ、敵を前にすれば嫌でも気づくことだ……だが、これだけは言っておく」

 

再不斬の強い眼光がナルトを見据える。

まるで、全てを見透かしているかのように、

 

「ナルト、もしその時が来れば――迷うな」

 

そう言い残し、再不斬はナルトたちの前から姿を消した。

 

その時が来れば……

 

自分が覚悟を決める瞬間はいつ来るのだろうか。

明日か、明後日か、はたまた来年か。

未来の読めないナルトにはわからない。

だけど、漠然とした感覚で思うことがある。

きっと、その時は、ナルトが本当の意味で……

 

「…………」

 

考えの纏まらない頭で、そんなことを巡らせるが……

今は時間がない。

思考を振り払い、顔を横に向ける。

するとそこには、

 

「…………」

 

何かを考えるような仕草で沈黙し、目を閉じるハクの姿があった。

だが、ナルトの視線に気づいたのか、すぐに顔を合わせ、

 

「ナルトくん、僕たちも行きましょう」

「おう!」

 

二人はそう言って、里に向けて走り出した。

 


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