「えー、では、次の試合へ進みますね……」
シカマルの刺したクナイを全て回収し終えた後、電光掲示板が動きだした。
次に表示された名前は……
ウズマキ・ナルトvsヒュウガ・ネジ
「来たぁ、来たぁ! 長らくお待たせしました! よーやくオレの出番だってばよ!」
「ふん、ウワサの落ちこぼれくんか……」
中忍試験予選も後半。
ずっと待たされていた自分の名がやっと出たことに、おおはしゃぎするナルト。
そんなナルトを見ながら、ハク、長十郎、再不斬が、激励の言葉を送る。
「ついに来ましたね、ナルトくん!」
「頑張って下さい。ナルトさん!」
「漸くお前の成長を見せつける時が来たな……不様な闘いをするんじゃねーぞ!」
と、それぞれ少年の背中を押した。
それにナルトは笑顔で応える。
「にししし〜、オレってば強くなったもんね〜。ハクと長十郎に続いて、サクっと勝ってくるってばよ!」
一方、木の葉サイド。
ネジ側の陣地では、
カンクロウに眠らされたテンテンが、漸く目を覚まし……
「zzz……あれ? 私……そっか、負けちゃって……」
それに気づいたリーとガイが、ハイテンションの声を上げる。
「目が覚めましたか、テンテン!」
「む! グッドタイミングだな、テンテン! ちょうど、ネジの試合が始まるところだ! 試合に負けて悔しいだろうが、今は熱く仲間の応援をしようではないか!」
「ガイ先生の言うとおりです、テンテン!」
「さあ、テンテン! 立ち上がるのだ!」
ガミガミうるさい二人に、テンテンは一喝。
「アンタら、うるさーい! ったく、ネジなら応援なんかしなくたって勝つわよ……まったく」
と、熱烈な目覚ましにより、体を起こした。
続けて、シカマル、チョウジ、いの。
「ナルトvsネジか……さすがにネジの相手はナルトには無理だろう……」
「だね……ナルトには残念だけど、勝負になんないよ」
「どうかな……正直、私にはわかんない闘いになりそう……」
ヒナタは誰にも聞こえないぐらいの小声で、
(な、ナルトくんの相手が、ネジ兄さんだなんて……でも……)
「が……頑張って、ナルトくん……」
ナルトを応援していた。
そして、カカシとサクラは、
「やっと来たな……」
「……うん」
手すりにしがみつく勢いで、試合が始まるのを待っていた。
カカシは額あてに手をあて、写輪眼を出す。
(さあ、ナルト……お前の成長を見せてもらうぞ……)
「…………」
「…………」
対戦者の二人。
ナルトとネジが、下に下り立つ。
それを少し離れた場所から見ていたイルカと三代目火影は、心の中で呟いた。
(ナルトの相手は、あのネジか……なんとか勝ってほしいが、いくらなんでもネジの相手は……いかんいかん、教師のオレが一人の生徒を贔屓するなど……)
(ふむ……これは見物じゃな)
ナルトとネジの闘いに、今までの試合より一際大きな注目が集まる。
そんな中、ナルトは自身の正面に立つネジを見て、今さらながらのことを思い出していた。
(日向って、やっと思いだした。コイツ、ヒナタの兄ちゃんだな……でも、試合で手加減なんかできねーってばよ!)
と、睨みつけるナルト。
相手の視線に気づいたネジが訊く。
「何か言いたそうだな……」
ナルトは拳を突き出し、言った。
「ぜってー勝つ!」
そんなナルトを、ネジは白眼で見る。
面白い……と口元を歪めて……
なぜなら……
「ふん、その方がやりがいがある……本当の現実を知った時。その時の落胆の目が楽しみだ……」
相手を見下すネジ。
互いに、自分の勝利以外はありえない……
そう、思っていた。
だからこそ、
今までずっと待たされていたナルトは、痺れを切らし、
「ごちゃごちゃ言ってねーで」
青いチャクラが溢れ出す。
びゅー!! ゴォー!!
屋内だというのに、
「さっさと……」
一陣の風が舞い……
「始めようぜ!」
風が治まる。
まるで嵐の前の静けさを表すかのように。
そして、ついに、ハヤテが告げる。
「うずまきナルト 日向ネジ 両者、準備はよろしいですね?」
「ああ」
「……こちらもだ」
両者が頷いたのを見て、ハヤテが試合開始を宣言した。
「では、第十回戦……始めて下さい」
先に動いたのは、ナルトの方だった。
「行くってばよ!」
ポーチから二枚の手裏剣を取り出し、ネジへと投げつける。
それを右へ左へ、最小限の動きで避けるネジ。
続けてナルトが十字に印を結び、
「影分身の術!」
ボン!
四人の分身ナルトが出現し、全員が前を見据えて、ネジに突貫。
「「「行くぞー!」」」
それを白眼で観察しながら、掌を前に突き出し、ネジが構えた。
「影分身か……面白い」
うおー! と、ナルト達が突撃する。
が――
分身ナルトの一人が、ネジに真っ直ぐ突っ込み、拳を振りかざすも……
ひらりとすり抜ける。
掠りすらせず、苦もなく躱されてしまう。
「……だったら」
次に、分身ナルトが二人がかりで、ネジを左右から挟み撃ちにする。
本来なら、相手の死角を突いた絶妙な攻撃。
だが、
それを意図も簡単に、白眼の洞察眼で見切られ、ナルトが繰り出したパンチと蹴りは、顔色一つ変えないネジに……あっさりと避けられてしまった。
「くっそぉ……!」
「もうい…やべぇ!?」
もう一回、攻めに転じようとしたナルト達だが……
体勢を立て直す間もなく、ネジの手掌を反撃に受け、
ボン! ボン!
呆気なく、消滅。
残った分身二人が、
「「このォ!」」
相手の前後を挟み、攻撃しようとするも……
ネジがバク転。
着地。
分身ナルトの後ろへ、逆に回り込み、そのまま襟を掴んで、前方の分身に投げつけた。
「「うわー!」」
ボン!ボン!
華麗。
あっさりとナルト達が消える。
余裕の笑みを浮かべるネジ。
しかし……
その笑みは、すぐに戸惑いに変わる。
周囲を見回すネジ。
だが……
本体のナルトが見当たらない。
代わりに地面には一つの穴が空いてあり……
と――
ボコッ!
地面が割れ、
ちょうどネジの真下から、
「とおりゃー!」
本体のナルトが拳を突き出した。
勢いをつけたまま、その拳でネジを殴り飛ばす。
「ゴバっ!」
ネジは顎にパンチを受けるも、白眼のお陰でなんとか直撃だけは避けた。
それから、お返しと言わんばかりに、空中で無理矢理腰を捻り、
「やってくれたな!」
回し蹴りをナルト目掛けて放つ。
その蹴りが、吸い込まれるように、ナルトの腹に入り……
「がぁっ!」
まともに反撃を受けたナルト。
思わぬ攻撃に、体勢を崩されたネジ。
両者が床に激突し、服を汚し、手をつく。
が、
すぐさま。
同時に。
ネジは唇から流した血を拭いながら、
ナルトは横腹を抑えながら、
眼前の敵を見据えながら、立ち上がる。
一瞬の攻防。
息を飲む、観戦者達。
そして、口々に驚きの声を上げる。
上から見ていたシカマル、チョウジ、いのが、目を丸くする。
「……ウソだろ……あのナルトがネジとやり合ってるぞ……」
「す、凄い……」
「だから言ったじゃない! でも、実際に目の前で見せられると私も衝撃だわ……」
ネジと同じ班の、リー、テンテン、ガイは、ネジの実力を知る分、驚きも大きく。
「な、なんという素晴らしい闘い!」
「ウソでしょ……ネジが血を流すなんて」
「うむ……これは予想以上に白熱してきたな」
そして、ヒナタが目を輝かせて、
「ナルトくん……凄い!」
と、ナルトの奮闘を応援していた。
ネジは口元を拭いながら、
「……正直、お前のことをなめていた。ウワサ通りの、ただの落ちこぼれくんかと思っていたが……どうやらリーと同じく、少しはやるみたいだな……以前、ヒナタ様がお前の話をしていたが、あの人も人を見る目だけはあったということか……」
「誰が落ちこぼれだ! 余計なお世話だってばよ……へっ、オレの実力はまだまだこんなもんじゃねーぞ……」
ナルトはそう言うや否や、ポーチから白い玉を取り出し、
「にしし……」
と、イタズラをする子供のような仕草で、地面に叩きつけようとする。
それを見たネジは僅かに身を屈め、
(煙玉? 白眼の視界を塞ぐつもりか……その程度の戦術はオレには通用しないぞ)
足にチャクラを溜め、
加速。
一気にナルトの方へと詰め寄ろうとしたところで……
ボン! ボン!
ネジの左右の後方から、変化の術を解き、二人の分身ナルトが現れた。
それは最初にナルトが放った手裏剣――予め変化の術で化けていた影分身であった。
事態に気づいたネジが、心の中で呻く。
(コイツ……まさか!)
それにナルトは、してやったりと、笑みを浮かべて、地面にではなく、ネジに向かって白い玉を投げつけた。
「バーカ。これはオレが修行で使ってた、ただのゴムボールだってばよ!」
そう、ナルトがポーチから取り出した物は、煙玉でもなければ、忍具ですらない。
ただのゴムボール。
何の殺傷能力も妨害能力もないボールを、ネジの気を一瞬誘導するためだけに、利用したのだ。
それを心の底から鬱陶しく感じながら、手ではね除けるネジ。
「くっ……」
そのネジを見事に誘い込んだ三人のナルトが、攻撃にでる。
「これで逃がさねーってばよ!」
三方向からの攻撃。
しかも、相手の意表を突いた攻撃だ。
あたると、ナルトが確信した時、
途端。
ネジが体中のチャクラ穴から、チャクラを多量放出し、
「……ふん」
体をコマのように回転しながら、
「「「なっ……うわー!」」」
三人のナルトを弾き飛ばした。
分身は消え、本体のナルトも地面を転がる。
そのナルトを見下ろしながら、
「勝ったと思ったか?」
ネジが嘲笑した。
上から見ていたサクラとカカシが呟く。
「なんで? ナルトの攻撃はタイミングバッチリだったはずなのに……」
「……何て奴だ」
ヒナタは信じられないといった表情で、呟いた。
「あれは……お父様の……回天」
そして、テンテンはネジの優勢に、得意気な顔を見せる。
「ふふ、あれがネジの防御よ」
回天。
それがネジの術の名。
白眼の最大視界はほぼ360°。
その白眼で相手の動きを感知し、攻撃を受ける瞬間に体中のチャクラ穴から、チャクラを多量放出。
そのチャクラで敵の攻撃を受け止め、自分の体をコマのように円運動させ、いなして弾き返す。
それが、ネジの絶対防御。
しかし、本来回天は宗家にしか伝えられない秘術……
それを独自で身につけたネジに、
「ほほ……さすが日向家、始まって以来の天才と呼ばれるだけのことはある」
と、三代目火影すら、感嘆の言葉をこぼした。
しかし、ナルトは立ち上がる。
どうすれば今の防御を越えられるか、
考える。
この程度でへこたれるナルトではなかった。
(よくわかんねーけど、アイツは回転して攻撃を弾いた訳だよな……だったら)
再び十字に印を結び、
「多重影分身の術!」
二十人のナルトが、ネジをぐるっと囲む。
それを白眼で見たネジが、ハクと闘った時にヒナタが見せたものと同じ……
日向家特有の姿勢で、構えを取り、言った。
「来い!」
ナルト達は余裕を見せるネジに、少しむっとした表情で、ポーチからクナイを取り出し、
「おい!」
「オレを」
「甘く」
「見るんじゃ」
「ねーぜ!」
一斉に、駆け出した。
二十人のナルトによる波状攻撃。
二十対一。
あまりにも戦力差が歴然だと思える状況で、
だというのに、ネジは焦りすら見せずに、それを余裕の表情で捌いていく。
ボン!
一人。
ボン!
また一人、ナルトの分身が消されていく。
だが……
漸く、ナルトの狙っていた展開が訪れた。
「ちっ……流石に数が多いな」
ネジが分身の攻撃をバク転しながら、跳ぶように避ける。
そこへ、今だ! と言わんばかりに、分身ナルト達が、着地の瞬間を狙って一斉に飛びかかった。
そのナルト達を、まるでジャンプ台を使うかのようにネジが足裏で踏み蹴り、瞬く間に消滅させていく。
その体を宙に浮かせて……
(ここだ!)
分身が掴んだチャンスを逃さないように、本体のナルトが上空にいるネジに向かって手裏剣を投げた。
それを見たネジは、
「ふん、オレに手裏剣など通用しないぞ……」
一蹴するが、ナルトはお構い無しに印を結ぶ。
「丑 戌 辰 子 戌 亥 巳 寅」
「!?」
見たこともない印に、ネジが警戒する。
そこに、印を結び終えたナルトが術を発動した。
「手裏剣影分身の術!!」
直後。
ナルトの投げていた一枚の手裏剣が、その数を増幅させていく。
二枚、三枚、四枚、五枚……
その数。
――数十枚。
「なに!?」
ネジの顔に驚愕の色が浮かぶ。
それもそのはず。
幻術で数を多く見せるなら、まだわかる。
しかしナルトの使った忍術は、実際に、本当に実体のある手裏剣を増やしていたのだ。
ナルトの考えた作戦。
それはネジを空中に浮かせ、足を地面から放すこと。
自由に動けない空中でなら、体を上手く動かせず、回天も使えないと考えたからだ。
……しかし、
日向の天才は、ナルトの予想を越えていた。
迫りくる手裏剣を白眼で全て感知しながら、全身からチャクラを放出し、
「回天!!」
ネジは空中にいながらも技を繰り出し、ナルトの術を弾き返した。
地面に降り立つ。
一枚の手裏剣も刺さることなく……
ネジはナルトを見ながら、感心した声音で、
「なるほど……本当に予想以上だった……」
「くそっ……あの状態でも使えるのかよ! 反則じゃねーの、その技!」
「ふん……面白い奴だ……だが」
ネジが腰を低く落とし、見たこともない構えを取った。
ナルトの背筋に、悪寒が走る。
わからない。
わからないが、これはヤバい。
「これで終わりだ……お前はオレの八卦の領域内にいる……」
途端。
ネジの雰囲気が変わる。
そこはもう……彼の領域であった。
そこから逃れようとするナルトだが……
足が思うように動かない。
砂の忍とやり合った時のダメージが残っていたのか?
ネジの迫力に押されたのか?
どちらの理由かは、わからないが……
「ぅ……」
一瞬の隙ができる。
一瞬の隙間。
一秒にも満たない時間。
それをネジは――逃さなかった。
「柔拳法・八卦六十四掌」
手と足にチャクラを巡らし、半回転。
地面を削りながら腰を捻り、指先をチャクラの針にして、ネジがナルトを撃つ。
「八卦二掌!」
「ぐっ!」
苦痛に呻き声が出る。
だが、こんなものではない。
自分が感じた嫌な予感の正体が、この程度で済む訳がない。
と、わかっているのに、ナルトはネジの攻撃を棒立ちで受けることしかできず……
「四掌!」
「八掌!」
「十六掌!」
「三十二掌!」
「ぐぁぁああ!」
雨のように降り注ぐ、ネジの柔拳。
手から、腕から、次々と力が失われていく。
「六十四掌!!」
ネジの奥義が炸裂。
ナルトの六十四の点穴を刺し貫いた……
「ぐはぁああ――っ!」
どさり……
吹き飛ばされたナルトは、受け身すら取れずに、その体を地面に転げさせた。
それを上から見ていた木の葉の面々。
ヒナタは心配そうな面持ちで、
(ナルトくん……負けないで)
と応援するも……
他の忍達は……
シカマル、いの。
「やっぱ、ナルトには厳しかったか……いや、大健闘だったがよ……」
「私、ナルトが勝つんじゃないかって、少し期待してたんだけどなぁ……」
リー、テンテン、ガイ。
「やはりネジは強いですね……ですが、熱い勝負でした!」
「あのネジとここまで闘えるなんて……あの金髪の子、本当に運が悪かったわね……」
「ネジの勝ちだな……可哀想だが、もう立てまい……」
カカシ、サクラ。
「この勝負見えたな……」
「え? どうして、カカシ先生? まだナルトが立つ可能性だって……」
「そりゃ無理だな……今のネジくんの攻撃で、ナルトは身体中の点穴を突かれた……もう、どうしようもない……」
「うそ! どうしてカカシ先生にそんなことがわかるの?」
サクラの疑問に、カカシが答える。
「ネジくんの白眼。あれはただ視野が広いってだけじゃない。身体中に流れるチャクラの通り道…経絡系。そして、点穴と呼ばれるチャクラのツボ。という、忍者がチャクラを練るのに絶対に欠かせない、重要な箇所があるんだが……ナルトはその点穴を、さっきのネジくんの攻撃によって完全に閉ざされてしまった……」
「つまり点穴を、チャクラを封じられたってこと?」
「ま、そういうことだな」
サクラは、カカシの説明に驚きながらも、納得した。
チャクラを封じられれば、忍者もただの人。
つまり、ナルトの敗けは確定だと……
最後にネジを見て、サクラが呟いた。
「あのネジって人……反則レベルの強さじゃない……」
カカシも写輪眼をしまい……
(ネジか……なんて奴だ。サスケですら手も足も出ないぞ。こりゃあ、むしろナルトは頑張った方だ……)
全員が、ネジの勝利だと決めつけてしまった。
そして、霧隠れ第一班。
ナルトの圧勝を予想していたら、予想外の展開に、長十郎が顔を青ざめる。
「あわわわ、な、ナルトさんが……これ、不味いんじゃ……」
それに再不斬が、
「ガタガタ喚くな! 長十郎…お前はやればできるくせに、もっと毅然とした態度が取れねーのか?」
と、余裕さえ感じられる対応をする。
そんな再不斬にハクが訊いた。
「ですが、再不斬さん。さすがにこれは不味いのでは? あのネジって人、本当に強いですよ。このままナルトくんが負けたら……」
「ああ、確かにつえーな。いわゆる天才って奴だ……」
「でしたら、どうしてそこまで落ち着いていられるのですか?」
「そんなこといちいち説明するまでもねーだろ……確かに、あの日向の小僧は強い。まさか木の葉にあんなガキがいるとはな……だが所詮、ただの天才だ……」
「?……それは、どういう……」
首を傾げるハク。
そんな心配そうな顔をするハクと長十郎に、再不斬はきっぱりと、
「お前達は、このオレ様が鍛えたんだぞ? ナルトもそうだ……ただの天才じゃ、うずまきナルトには勝てない。
本物の忍ってのはな、どんな天才様だろーが、温室の中でぬくぬくしてるような奴には絶対になれねーんだよ。
お前達と木の葉の忍じゃ、ものが違う。
オレが予測できないことと言やぁ、こっからナルトがどうやって逆転するか……それだけだ……」
そう言った。
そんな再不斬の言葉に、
「「…………」」
我を失うハクと長十郎。
確かに、霧隠れ全体の改変をきっかけに、再不斬も変わり始めているのは、側にいたハクだけでなく、長十郎や他の忍達も感じていたことだ。
だが、それでも、ここまで変わるとは……
ハクと長十郎は、内心で動揺を見せるほど、自分の担当上忍の成長? に、感動を覚えずにはいられなかった。
決して、本人には言えないが……
言えば、たぶん殺されるだろう……
と――
それから、再不斬の言うとおり、ナルトならこの状況でも逆転してしまうのでは?
と期待し、ハクと長十郎は、静かに視線を下に戻したのであった。
「ごはっ!」
血を吐き、床に倒れるナルト。
それを上から見下ろしながら、ネジが言う。
「確かにお前は健闘した。だが、試合は終了だ。全身六十四の点穴を突かれたお前は、チャクラを練るどころか、立てもしない」
「……う……」
「ふっ、悔しいか? 変えようのない力の前に跪き、己の無力を知る。アカデミーの卒業試験に落ち、霧に逃げたお前のような落ちこぼれがオレに勝てる道理はない……お前の負けはオレが対戦相手に選ばれた時点で、すでに決められた運命だったんだよ……」
そう言った後、勝ち宣言を受ける必要すらないと背を向けて歩き出すネジに、
「待ちやがれ……シスコン野郎」
痛む体を押さえながら、息も絶え絶えにナルトが立ち上がった。
背を向けていたネジが、再び体の向きを戻し、驚きを漏らす。
「コイツ……バカな……」
「わりーな、オレは諦めが悪いんだってばよ……」
口から血を流しながら、ナルトは試合の続行を促す。
それをネジは、哀れみの感情を込めた目で、
「……もう止めとけ……これ以上やれば、下手をすれば死ぬぞ。別にお前に恨みはない。棄権しろ」
「お断りだってばよ……オレはお前と違って、負けられない理由があるんだ!」
「負けられない……理由?」
そんなものが何だ? と、言わんばかりの表情でネジが尋ねた。
すると、ナルトは、ああ、と頷き、
「そうだ! だから、お前みたいなシスコン野郎に負けるわけにはいかねーんだ!」
「……お前、さっきから人を変態呼ばわりして、何のつもりだ?」
首を傾げるナルト。
それから、当然といった顔で言う。
「妹を様づけで呼ぶような奴、変態と呼ばずになんて呼ぶんだってばよ?」
それにネジは呆れた視線を向け、
「…………何も知らぬガキが……オレとヒナタ様は兄妹じゃない……分家と宗家だ」
「え? 分家と宗家?」
「ふん……そういえば、お前はヒナタ様と仲がよかったと聞く……」
「ん? いや……悪くはなかったけど……」
そこでネジは笑う。
まるで自分を自嘲するかのように笑い、
「いいだろう……ここまで闘い抜いたお前に、一つ面白い話を聞かせてやる……日向の憎しみの運命を!」
ネジが語り始めた。
一族にまつわる悲しい話を……
「日向宗家には代々伝わる秘伝忍術がある。それが呪印術……」
「……呪印術?」
「その呪いの印は籠の中の鳥を意味し、それは逃れられない運命に縛られた者の証!」
と言うと同時に、ネジが額あての布を外す。
ネジの話を最初から知っていた三代目火影とヒナタは目を閉じ、黙って見守っていた。
ナルトは尋ねる。
「なんだってばよ……それ?」
ネジの額には卍の模様が描かれていた。
まるで何かを縛るかのように……
「四歳のある日。オレはこの呪印術により、忌まわしい印を額に刻まれた……その日、木の葉では盛大なセレモニーが行われていた。長年、木の葉と争っていた雲の国の忍頭が同盟条約締結のため、来訪していたからだ……しかし、木の葉の上忍から下忍にいたるまで、誰もが参加したそのセレモニーに、出席していない一族があった……それが、日向一族。その日は宗家の嫡子が三才になる、待望の一日だったからだ……」
ネジは上を、観戦席を見上げ、
「ヒナタ様の誕生日だ!」
「!!」
その言葉にナルトも釣られ、ヒナタを見る。
ネジが話を続ける。
「……オレの父、日向ヒザシとあそこにいるヒナタ様の父、日向ヒアシ様は双子の兄弟だった……しかし、ヒアシ様はこの世に先に生まれた長男……宗家の者。そして、次男であるオレの父は分家の者……この忌まわしい呪印を刻まれた者だ……」
「……なんで、そんな事する必要があるんだよ? 宗家とか分家とか、分けることに意味なんてあるのか?」
「この額の印はただの飾りじゃないんだよ……この呪印はな、いわば宗家が分家に与える死という絶対的恐怖。宗家が結ぶ印は分家の者の脳神経を簡単に破壊する……無論、殺すことすら容易だ……」
「なっ!?」
「そして、この呪印は死んだ時のみ消えてくれる……白眼の能力を封印してな……」
「能力を……封印……」
「そうだ。つまり、この呪印は宗家を守るために分家は生かされ、分家が宗家に逆らうことを決して許さない……日向の白眼という血継限界を永劫守るために作られた、効率のいいシステムなんだよ……」
「…………」
「そして、あの事件が起きた……」
「あの事件?」
「ふふ……オレの父親は宗家に殺されたんだ」
「えっ!?」
ネジは遠い日を思い出すかのように、目を細めながら、話を続ける。
「ある夜。ヒナタ様が何者かに拐われかけた……その時、ヒアシ様はすぐにかけつけ、そいつを殺した。暗がりで、しかもマスクをしていたそいつ、一体誰だったと思う?」
「…………」
「……そいつは同盟条約を結んだばかりの、雲の国の忍頭だった……」
「!?」
「初めから白眼の秘密を狙ってやってきたことは明らかだった! しかし、雲の国は計画失敗で自国の忍が殺されたことをいいことに……木の葉の条約違反として、理不尽な条件を突きつけてきた。当然、木の葉と雲は拗れに拗れ、戦争にまでなりかけた……しかし、戦争を避けたい木の葉は雲と、ある、裏取り引きをした」
「裏取り引き?」
「雲の要求は白眼の血継限界を持つ、日向宗家……つまりヒアシ様の死体を渡せというものだった……そして、木の葉はその条件を飲んだ」
ナルトはヒナタを見上げ、
(じゃあ、ヒナタのとうちゃんは……)
しかし、その考えはすぐにネジに否定された。
「無事、戦争は回避された……宗家を守るため、木の葉を守るため、日向ヒアシの影武者として殺された……
――オレの父親のお陰でな!!」
「な!?」
驚きの声を上げるナルト。
正直、最初はこんな重い話になるとは思ってもみなかった。
体を回復させながら、作戦を考えるための時間稼ぎをしよう。
などと、悪知恵を働かせていたくらいだ。
だから、ナルトはネジの話を気軽に聞いて……
でも、
途中から耳が離せなくなり、
そして、
その結末がこれでは……
そう唖然とするナルトにネジは、
「くく……力もほぼ同じ双子なのに、先に生まれるか、後に生まれるか。そこですでに運命は決められていたのだ……」
悲しく、哀しく、額あてを握りしめた。
「………………」
ネジの話にナルトは……
いや、こんな話、聞いたことすらなかった自分達の里の話に、木の葉の忍達も絶句する。
深々と沈黙する場の空気。
そんな周りの反応をよそに、ネジは再び額あてをつけ、諭すように言った。
「そして、この試合、お前の運命もオレが相手になった時点で決まっている……」