習作   作:高嶋ぽんず

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習作1-2

「松平優(まつひら ゆう)様!」

 江都は、生徒会室の扉を大きく開け放ち、中へと歩み入った。

 部屋は、コの字に机が並べられ、その中央には、ショートヘアのボーイッシュな女の子がパイプ椅子に拘束され、俯いていた。若干の疲れが顔に見られるが、それほど酷い扱いは受けていなかったらしく、江都は胸をなでおろした。

 そして、部屋の奥、白いカーテンで閉ざされた窓際には、生徒会長の腕章を右腕につけた茶髪のソバージュの女生徒が立ち、女の子に何やら言い含めている最中だったようだ。彼女の手にはバンテージが巻かれている。

「江都さん!」

 名を呼ばれた少女は、はっと顔を上げ、沈んでいた表情を明るくさせた。

「ご無事でしたか、松平様」

 江都は、パイプ椅子に縛られていた彼女に駆け寄り、縛を解こうとするが自転車用のワイヤーロックを用いて腕を背もたれの裏に回して拘束しており、足はパイプ椅子に縛られていてすぐには外せない。

「は、はい……なんとか」

「松平様、お小言は後でたっぷりきいていただきますが、まずはそこな甲子真里亞を懲らしめてからに致します。拘束されていささかご不便でしょうが、今しばらくお待ちください」

 これでは直ぐには拘束を解くことはできないと判断し立ち上がった。

「あまり手荒な真似はしないでね?」

「松平様の御下命とあらば。さて、甲子真里亞生徒会長、まずはきこう。なぜ我が主君をかどわかすなどという狼藉を働いた」

「そんな事をききたいの? 答えるまでもないわ。貴方達松平班を獲って、私のものにするためよ。幸い、松平班の班長はさほど腕が経つわけじゃない。だからこうやって迫っていたってわけ。それも、簡単に失敗しちゃったけどね」

「私達がそれほど脅威ですか」

「当たり前よ、松平班筆頭に松平優の下に、徳川将軍家第三の御留流、江都、喜舟、美都の三家がそろっているもの。上位の班で貴女達を恐れてない班なんてないわ」

「やはりそういうことですか。では、主君をかどわかされた手前、このままで済ましては流石に面目が潰れてしまいます。貴方を斬らせていただきます」

 並々ならぬ自信をみせる。そもそも負けるわけがないと、戦う前からわかっているかのようだ。

「ふ、あは! 斬る? 無手の貴女が私を斬る? この学園最強の私を、斬る?」

 腕章をつけたソバージュは、江都と松平のやり取りを静観していたか、いざ矛先が自分にむくと江都の物言いにからからとあざ笑う。

 断つための刃を持たぬのに、なにを斬るのか。

「松平様の御下命通り、貴女に手傷を負わせるような真似はしません。ただし、貴女のその学園最強とうそぶく自信を、人をかどわかすというその腐った心根を切り落として見せましょう」

「大した自信ね。貴女こそ、とんだ思い上がりじゃないのかしら」

「それはいかがでしょう。ああ、あと、私の獲物は手ではありません」

「じゃあ、なによ。答えてごらん」

「それは貴女が味わって下さい」

 乱れた髪の毛を手櫛で簡単に整えながら廊下へと出る江都を追うように、甲子も廊下に出る。

「これから私は、江都とし合うわ。何があろうと手出しは無用よ」

 親衛隊達は、異口同音に了承の台詞を口にする。

「私が勝ったら、松平班に手を出さないことと松平様への謝罪を」

 と、江都。

「私が勝ったら、貴女たちは私の親衛隊に入ってもらう」

 甲子は、バンテージを巻いた拳を構える。

「私の流儀がボクシングだからと、舐めて挑んできた連中は全て殴り飛ばしてきた。刀だろうが槍だろうが剣だろうが、なんだろうが敵じゃない」

 たん、たん、と軽く体を上下にゆすり、オープンガードに構える。

 それを見て、江都は目を細め、刀を正眼に構えた時の位置に開いた手を構えた。

 甲子は、二、三、体を左右に振ると、管槍の引きの速度にも勝ろうかという速度で、江都の懐に飛び込んだ。

ーーなるほど、これだけ早いなら武器相手にしても勝てると豪語するわけです。

 同時に恐ろしい速度で左アッパーがとんでくるが、江都はそれを右手の甲で流す。続いて右アッパー。後ろに一歩下がって鼻先をかすめさせる。いつのまにか戻っていた左が槍のように突いてくる。これも右手の甲で流し、右フックをさらにステップバックで避ける。

 ワン、払い、ツー、下がる。

 ワン、払い、ツー、払い、スリー、払う。

「ふん、恐れるほどじゃないわね、御留流」

 息一つ乱さず、髪型も崩さず、甲子が言う。

「では、これを見ても同じことが言えますか?」

 江都は、甲子のように拳を構える。

「私の猿真似しようって? はん! 冗談!」

 ふ、と飛び込んで、踏み込んだ左足の勢いを殺さず、腰の回転ものせて左アッパーを甲子の顎に向けて放つ。

「!」

 甲子は江都と同じようにパリングで弾いた。さらに一歩踏み込んで、腰の回転を作り出し、右アッパー。スウェー。その間に左をたたんで右拳を顎の位置に引き寄せつつその反動を利用して左ストレート。スウェー。戻す勢いを利用しつつステップイン、右フック。バックステップ。

 ワン、下がり、ツー、下がる。

 ワン、下がり、ツー、下がり、スリー、下がった。

「まぁ、こんな感じでしょうか」

「猿真似……じゃないわね。どこで習ったの?」

「今、貴女からです」

 江都はこともなげに言い放つ。

「今? 私から?」

「ええ、今、貴女からです。では、続きをしましょうか」

 そう言うや否や、ゆるり、と大きく一歩踏み出して甲子の腰へタックルするように進み、左手で右太ももを、右手をのど輪でついて踏み出した右足で左足を刈る寸前で止め、放して距離を取る。

「くっ!」

 明らかに手心を加えられたことに腹を立てたのか、甲子は眉を逆立てんばかりの形相だ。

「学園最強というのもわかりますよ。貴女のストレート、私でもそう簡単に掴めませんから。だから、そういう意味では誇っていいと思います」

 江都は、馬鹿にするわけではなく、本当に感心したように言う。

「んのおおおぉぉぉっ!」

 その一言で沸点に到達した怒りを爆発させて、突っ込んでくる。

 左スマッシュからの右の打ち下ろし、左フック、右ストレートからの右フック、左ストレート、右フックをボディに。みぞおちへアッパー。

 その全てを避けられ、流されていく。

 江都の視線が、今までと違う足の踏み込みを捉える。そして、そこから起きる力が腰へと流れ、肩へと伝わるその動きも。

 ボクシングのブローとは全く違う、力の流れだ。

 そして放たれる、今まで一度も見せていない、右の直突き!

「ふっ」

 息を吐き出し、それをボクシングでいうダッキングでかわし、一歩、左へ進みながら手首を右手で掴み、肘に左手を当てた。

 甲子の表情が一瞬で恐怖に凍った。

 これまでで最速でのブローのはずだ。

 自分のサンデーパンチのはずだ。

 それなのに……。

「まだ、やりますか? やるなら肘、折りますよ」

 と、江都が呟く。

 江都は甲子の右外側にいることになり、左のパンチは届かず、なおかつ肘を外側から抑えているために腕をたためない。

 ボクシングで戦うのなら、完全に詰みの状態である。

「貴女……どうしてこの直後突きを……」

「見えたから、ですよ。失敗でしたね、貴女。その突きは私、見慣れているのです。足で踏み込んだ瞬間にわかりましたよ」

 それを聞いて、何かに得心したようにはっとする甲子。

「……そう、わかったわ。私の負けでいい。これを掴まれたら、私にはもう何もないもの。空っけつよ」

 そう言って、全身の力を抜く。

「それでは、私たちにはもう手を出さないこと、それに松平様への謝罪、お願いしますね」

「約束だからね……それから、貴女の武器、その目ね。私のパンチが一発も当たらないなんて、どんな目をしてるの?」

「さぁ? 私にもよくわかりません。子供の頃から、目だけは良かったもので。でも、私に払わせた貴女のパンチも大したものですよ。自信、持っていいと思います」

 

 その後、甲子は松平班には手を出さない旨を正式に書面でかわし、松平に謝罪をする事でこの件は終結した。

 松平が、くどくどと一時間に渡って小言を聞かされたり、別の集団に狙われそうになったりするのだが、それはまた別の話である。




思ったより長くなったなぁ。

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