習作   作:高嶋ぽんず

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習作1-1

 放課後。各人、さまざまな獲物を携えた、古風なセーラー服に身を包む女子生徒がならぶ二階の廊下は、普通の学校よりも幅が広く、およそ五メートルはあった。そこに差し込む窓からの夕日は、板の間の廊下や生徒達を夕暮れ色に照らしている。

「いぇああああっ!」

 その廊下の端、階段の下から裂帛の気合と叫び声が聞こえてきて、同時に幾人かの人間が倒れ伏した音が続く。

 階下での騒動の音が耳に入るや否や、廊下に居並ぶ彼女達は一斉に獲物を構えた。

 その種類たるや、刀、短刀、素槍、薙刀はもちろん、鎌槍、杖、棒、鎌、はてはレイピア、西洋剣、青竜刀に三節棍など、とにかくバリエーションに富んでいる。

 そんな武芸者然とした女生徒達の前に階段を駆け上がってやってきたのは、着ている制服の端々が切り刻まれた、長い黒髪鮮やかな美少女と美女の端境期にいる生徒だった。

 頬に幾本かの髪の毛が張り付いたその顔は、怜悧さを漂わせた容貌にある種の妖艶さをはらませている。

「まったく、あの方は世話をかけさせます」

 ちっと舌打ちをして、小さく呟く。

 その表情は、怒りではなく焦り、あるいは苛立ちに満ちていた。眼前に居並ぶ生徒たちなど、彼女の眼中にはないのだ。

「あなた達! そこを退きなさい!」

 叫んだ。

 低めだがよく通る美しい声が、廊下の反対側の生徒会室入口の扉まで届く。

「うるさい! 江都芳美(えどよしみ)! 我々甲子(きのえ)親衛隊は、あなたのような無頼漢などに優様をお任せはしない!」

 女生徒たちの先頭に立つ、大太刀を肩に乗せたおかっぱ頭が、彼女を左手で指差して宣言していた。

 だが、江都、と呼ばれたその美少女はそんな言葉を無視して、す、と氷上のフィギュアスケーターのように滑らかに進み、おかっぱ頭に迫る。

 そして、江都はおかっぱ頭に息を飲む間すら与えず、彼女の左側を取ると突き出されたの左手を取り、自分の背後に無造作に投げ下ろした。

 そんな投げを打たれ、おかっぱはうめき声すらあげず、背を強かに打って仰向けに気絶した。

 それが開始の合図となった。

「きえぇぇっ!」

「いっ!」

 おかっぱの背後にいた薙刀と棍が同時に足元へ攻撃を仕掛ける。

「ふっ!」

 江都は、その二つの獲物の上に乗って二人の背後へ跳躍する。

「足譚だと!」

 誰ともなく叫んだ。

 今、江都がみせたものは、信濃に生まれ、廻国修行の末、夢想願流を編み出した開祖の松林永吉(後の蝙也斎)にしかなしえなかったという伝説の技だ。

 今では失われて久しい夢想願流には、相手の太刀を足で踏み落とす足譚という術があるが、開祖は踏み落とすどころか、踏み台にして軒に袴の裾が届くほどに高く跳んだという。

 そして、その逸話の再現をやってのけた江都は、背後から薙刀と棍使いの二人の脇腹に蹴りを入れると、そのまま倒れ込んだ。

「なぜ江都のお前がそれを使える! 答えろ!」

 また別の誰かが声をあげた。

「似たような技なら、タイ捨流にもあるわ。これがなにも夢想願流だけの技とは思わない事ね」

 江都は、そう言ってすたすたと甲子親衛隊の中へ、散歩でもするかのように歩いていく。

「のおおおおっ!」

 ロングソードを突き立ててくるのを、そのまま右横に避けて右肩を掴み、回転させて背中を押し、襲いかかろうとする青竜刀にぶつける。

 そんな中、槍が背後から背中を狙ってくるが、まるで背中に目がついてるかのように大きく屈んだ。そして、低いその姿勢のまま槍使いの懐に飛び込み、背負い投げで待ち構えてる親衛隊へとぶん投げる。

 三節棍が飛びかかってきた。

 三節棍は合気で合わせづらい武器だが、相手が跳躍してきたなら話は別だ。相手の間合の内側に入って、着地寸前の足を払い尻餅をつかせる。

ーーああもう! 面倒臭いですね。無傷ですまさなければ、物の数でもないのですが。

 江都は、相手の未熟さにイラつきを感じ始めていた。ここまで実力の差を見せつければ、普通ならばひくものだが、そこは流石の親衛隊というべきなのだろうか。

 親衛隊達は、それを見ると彼女に襲いかかるのをやめて、間合いを図りはじめた。江都が、いよいよ持って只者ではないことをわかったのだ。ともすれば、この学校で武術を教えている師範クラスかそれ以上の腕前であり、無計画に攻撃しても、すべていなされるだろうことをようやく理解した。

 江都は、きっと親衛隊の面々を睥睨して、

「貴女達! まだ実力の差が理解できないのですか! 貴女達ではどんなに数で押し込もうとも、ここが廊下である以上私を倒すことは不可能です! そこをお退きなさい!」

 大声で叱りつけた。

「これ以上は貴女達を無傷で制圧する保証はしません! それでも私を取り押さえたいのなら、腕の一本は覚悟なさい!」

 そこまで言われて、親衛隊はようやく壁際に立って道を開けた。ただ一人、隊長と目される剣術家を除いて。

「あなたも!」

「うるさい! おめおめと貴様を通しては、親衛隊隊長の名折れ!」

 刀をトンボに構えて、

「ええええええええええっ!」

 どどど、と駆け寄ってくるあたり、薬丸自顕流か。

「自顕ですか」

 初太刀を外せ、と言われる自顕流だ。示現ならばそうはいかないが。

「猪武者め」

 侮蔑の言葉を紡ぐ。

 足を止めると同時に振り下ろされる初太刀!

 江都は、恐れることなく懐に飛び込み、そのまま無刀取りで投げ飛ばす。

 自顕流は、江都に浴びせるはずだった太刀の勢いそのまま江都の後ろに吹っ飛んでいく。

 そして、何もなかったかのように江都は廊下を進んで、突き当たりにある生徒会室のドアを開け放った。

 


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