終わりの果てに   作:雑草みたいな何か

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2 廻時

ピピピピ、ピピピピ。

 

枕元から音がする。

 

ピピピ、ピピピ。

これが何の音なのか、理解は出来てる。

ピピ、ピピ。

だけど、眠たいモノはどうしようもないよね…。

ピピ、ピ…。

 

静かになった暗闇の中、今再び心地よい眠りに落ちようとした矢先。

枕の横に置いてあったスマホが爆発した。

 

その瞬間に意識が覚醒し、ばっと起き上がる。そこには大音量で爆発音を撒き散らすスマホと、静かに自己主張をする据え置き時計のアラーム。急いでスマホの音を止めると、ほぅと息を吐いた。

 

「やっぱり、これがないと起きられないなぁ私。」

 

対私用快眠妨害アラーム、実際これくらいしないと私は起きられません。寝起きがすっごく悪いのです。だけど、ホテルでこれを流したのは失敗だったかも。苦情、来ないと良いけどなぁ…。

 明日からはちゃんと起きるようにしようと心に誓って、時計を確認。予定通り6時に目を覚ませたね、良かった。今日は8時30分から病院に行かないといけない。なんでも最近は忙しいらしく、朝くらいしか時間が取れないんだって。それから10時に市役所に向かって、と今日の予定をチェック。それから朝の支度を済ませて、ホテルを後にした。

 

8時20分。病院の一室で話を聞かせてくれる医者、斎藤 日奈子(さいとう ひなこ)を待っている。程なくして、彼女はやってきた。

 

「こんにちは。斎藤よ。よろしく。」

「選導です。よろしくお願いします。」

「早速だけど、怪我人の怪我の状態を伝えればいいのよね?」

 

そういうとせかせかと歩いてきて、デスクの上に書類を置く。患者の傷やその後の容態がまとめられた書類みたいだけど。

 

「その後の容態についての書類、少なくありませんか?」

「どういうことか分からない?」

「…行方不明、ですか。」

 

私の答えが合っていたからか、斎藤は鋭い目を軽く瞑って頷いた。書類を見直すと、かなりの量がある。30人分はあるかもしれない。それで、その後の容態の分は2枚だけ。

 

「多いって思ったでしょ?それでも一部を持ってきただけなんだけどね。」

「これで一部…。これまでに、どれくらいの人が?」

 

尋ねると、斎藤は首を横に振った。

 

「これまでとなると、数えきれないわ。」

「そんなに…。」

「そのおかげで、私達も休む暇もないわ。全く、あいつが居ればまだ楽だったのに…。」

「あいつ、というのは?」

 

 新しい人物が出てきたので聞いてみる。斎藤は頭が痛いと言いたげに頭に手を当てていたのだが、あいつと口のなかで呟くと顔を歪めた。

 

「あいつ…。あいつって、誰…?」

「あの、大丈夫でしょうか?」

「えっ、あぁ、ごめんなさい…。」

 

呆然としていた斎藤は、私の声で我に帰ると歯切れ悪く口を閉じた。記憶の忘却、といったところかな。だとすれば、私にそれを戻す術はない。…やっぱり朱鳶を連れて来ておくべきだったな。

 

「怪我について、教えるわ…。」

「はい、お願いします。」

「怪我の場所は違うけど、皆共通して裂傷を負っているわ。それもかなり深い傷を。」

 

崩れた雰囲気を無理やり尖らせながら斎藤は言う。最初のような強気は繕っているけど、無理をしていそう。記憶から消えた人物、覚えておこう。思いながら、斎藤の言ったことを書類で確認していく。

 

「他に、患者さんのことについて、気になったことなどありませんか?」

「他 、と言えばそうね。大体の人が精神的に不安定になっていたわ。」

「化け物、とか言っていませんでした?」

「そうよ、知っていたのね。」

「ええ、少し小耳挟んだもので。」

「でも被害者以外に化け物を見た人は居ないわ。」

 

私から化け物という言葉を聞いて意外そうな顔をした後、馬鹿にするような笑顔を作る。本心を探ろうと目を光らせたが、斎藤は自分を意図的に内側に隠しこんでいる。そのため挙動から、彼女を知ることは出来そうになかった。

 

「お疲れのようですし、時間もあるので、そろそろ失礼します。」

「そうね、そうしてくれると助かるわ。」

「はい。貴重な情報をお話いただきありがとうございました。お仕事、頑張ってください。」

「選導さん?」

 

礼をして、部屋から出ていこうとする背中に声が掛かる。なんでしょうと振り向いた。

 

「あまり、おかしなことに関わらない方がいいわ。」

「…大丈夫ですよ。」

 

それだけ言うと黙った斎藤に笑顔を向けて、私は部屋を出た。

 

 見せてもらった書類や話から、行方不明になった人数はかなり膨らんでいるはず。それと斎藤の記憶から消えた誰か、多分医者と思うけど、その人についても調べなくちゃ。物思いに更けながら、足を市役所へ向け進めた。

 

 

「行方不明者は大勢いるけど、それと同じようにまたたくさん人が入って来ている…。」

 

市役所で受け取った冊子を読み進める。

 

「さらに入ってくるのは探検隊や一部の学者が主。記者等はほとんど入って来ないし、出ていってもいない。」

 

だから行方不明者が続出しているという情報は外に流れにくくなっていて、人も途絶えない。さらに探検隊は、危険があっても未知に心震わせ集まる。昨日の新目が頭をよぎった。

 

「遺跡や中の遺物は、良い撒き餌ってことかぁ。」

 

それで人をおびき寄せて狩っているって考えたら、怖いし嫌だな。まあだからこそ、私が止めないといけないのだけどね。

 

「化け物とやらの手口は分かったから、後は斎藤さんの言っていた誰かについてかな。」

 

冊子持って窓口に返却する。その時、さりげなく聞いてみた。行方不明者の中に、医者は居るのかと。すると。

 

「行方不明にはそんな記憶ないですがね、残り物からね医者が居たであろう、所在不明の家ってならありますよ?」

 

調べたいのなら許可を出しますのでご自由にどうぞ、と投げやりな風に言ってきた。私からしたら願ったり叶ったりなんだけど、この言い方には少し引っ掛かるなぁ。でも今は気にしないでいっか。

 

 許可証を貰って件の家に向かう。市役所は北部の時計塔の近くにあってそこから大通りを南に進む。そして端まで行くと高台があり、上ると一人で住むには大きすぎる家に到着した。

 

「ここが例の家か…。歩いたら、2時間も掛かっちゃったんだけど。」

 

予想外の遠さに文句を付けながら、市役所で借りた鍵を差し込む。かちゃりと音がしてドアが開いた。中は薄暗いけど、換気がよくされているように空気が澱んでいない。それどころか埃ひとつなく、あちこち掃除が行き届いているようにすら感じる。

 

「不気味がる訳だね、これは…。」

 

 耳を澄ませながらゆっくりと中に踏み込んでいく。一通り見て回ったんだけど、とにかく何もない。廊下を抜け、空き部屋をいくつも素通りし、リビングを覗き込む。家具などもなく、生活感も何もないそこに、机が一つだけ残っていた。その上に紙も残されている。

 

「変なマークの紙と『ヴールの印』…?」

 

星形に目の形が描いてある紙に、もう一つはヴールの印の使い方というもの。この二枚の紙が残っている。

 

「星形のこっちは…、大いなる印かな?」

 

大いなる印は神話生物と呼ばれる化け物から身を守ることが出来る印と言われているもの。となると、もうひとつの紙もなんらかの呪文なのかもしれない。問題は――

 

「これを、誰が残したのかということよね。」

 

この場所に、こんな不自然に置いてあるのだからきっと、斎藤の言った 誰か のものだと考えるのが妥当だろう。状況から考えれば何かが起きて、居た痕跡ごと消えた、いや消されたってことなのかな。ただこの大いなる印で、このメモと市役所の人が言っていた医者と判断できる何かが残ったと。

 

とりあえず、印もメモも貰っていこ。

ついでに朱鳶にメールでヴールの印を送る。

『これってなに?』本文にそれだけ書いてポケットに仕舞うと、そのまま高台の家を後にした。

 

「あの~ちょっと良いですか?」

 

 家の調査も終わり、正午を回り昼ごはんでも食べようかと大通りを練り歩いていると唐突に声を掛けられる。そちらを見ると、カメラを首から下げた一人の男が立っていた。目元は優しそうに下がり、柔らかな黒髪に茶色の瞳。とにかく柔らかな雰囲気を持った男という印象。

 

「えっと、私ですか?」

「そうそうあなた!ちょっとお話聞きたくてですね。」

 

そういってペンとメモを出し始める。この挙動からもこの男が記者であることは間違いない。だから顔に軽い笑顔を浮かべる。

 

「ごめんなさい、今は用があるので。」

「それって、緑の怪物についてですかね?」

 

記者の目が光り、立ち去ろうとする私の動きが止まる。

 

「あなた、何者なの?」

「ただのしがないオカルトライターですよ。もし、話をする気になったのなら、ほらそこ。あの喫茶店で話ましょう。ご飯も奢りますよ?」

 

 記者が指差した喫茶店に行き、ランチセットを注文する。そして玉子サンドと紅茶が運ばれてきた。メイド服を着た給仕が優雅に一礼して、スカートを揺らしながら店の奥へ入っていく。それを見送ってから、口を開いた。

 

「単刀直入に聞くけど、何を知っているの?」

「まあまあ、そう慌てないで。まずはご飯を食べましょうよ。」

 

そういうとすぐに記者はサンドイッチにかぶりつく。どうしても話を聞いてくれそうにないので、私も同じようにサンドイッチを口に運んだ。

あ、すごく柔らかくて卵もふわふわしてる。

捜査でお腹が空いていたのか、サンドイッチがとても美味しかったからなのか、私も食べるのに夢中になってしまった。あっという間にランチセットを平らげて紅茶で一息つく。

 

「ここのサンドイッチは美味しいでしょう?」

「ええ、とっても。」

 

どこか自慢げに聞いてくる記者に笑顔で答える。それに満足そうに頷いて、記者は表情を引き締めた。ようやく、本題に入るらしい。

 

「緑色の怪物についてはもう知っているんですよね?」

「ええ…、といっても、被害者がそう呟いてたという話だけですけど。」

「それなら、もうひとつだけ面白い話がありますよ。」

 

そういうとパラパラとメモ帳をめくり出す。メモ帳をじっと見つめる。千切れたページの痕が一瞬目に写ると記者は手を止めた。そしてその次のページを千切ってそっと机の上に置いた。

 

その紙に目を向ける。

『緑の怪物が現れる時、少女の亡霊も現れる。』

このワンフレーズに目が止まる。

この案件はやはり、1体の怪物とそれを率いる何かの仕業みたい。

 

「この亡霊の証言、どこから出たの?」

「それは、企業秘密ですね。」

「むむぅ…。」

 

いくら捜査を任されているとはいえ、この場所ではそんな権力も届かない。無理やり情報を聞き出すなんてもってのほか。打つ手なし、となるとこうやって唸って抗議する他ないのだけど。やっぱり効果はいまひとつのようだ。記者は薄く笑うだけ。

 

情報に再び意識を向ける。

『人の気配がなくなると共に怪物が現れた。』

『鋭い爪を持っていて、襲いかかってきた。』

『動きはそんなに速くない。』

『緑色でおぞましい姿。』

『逃げる途中で人影を見た。』

『女の子がこちらを見ていた。』

 

他の情報でめぼしいものと言えばこの程度。

記者が他に情報を隠していなければ、だけど。

 

「ここから先は、情報交換と行きましょうか。」

 

 私の考えを見透かしたかのように、記者が切り出す。そう言われても、こちらから出せる情報なんてこの記者なら、知っていそうなんだけど。

 

「…どういった話が欲しいの?」

 

試すような口調で聞く。すると記者は内ポケットに手を入れ、何かを探っている。いざという時の為に身構える。挙動に注視していると、記者は苦笑いを浮かべる。

 

「大丈夫ですよ、武器なんて持ってません。っとあったあった。」

「え、それって。」

 

 記者が取り出したのは緑色に輝く、手のひらに収まるくらいの球体。多分、新目の言っていたもの。目を見開く私の様子に記者が指を鳴らす。

 

「これはいい!知っていましたか!」

「知っている、という程じゃないけどね。」

「どんなに小さな情報でも構いませんよ。教えてくれますか?」

 

興奮を隠しきれないという様子の記者に伝えるべきかを迷う。危険にさらすかも知れない、けどそんなことを気にするような人とは思えない。それに私よりも深く知っているのなら、逆に伝えておく方が良いかも…。

 

「…分かった。その石は、探検隊の一員が行方不明となったときに現場に落ちていたものだと思うの。すぐに無くなったとも言っていたよ。」

「なるほどなるほど。」

「私が知っているのはその程度のもの。あとは探検隊の人達が探し回っているってくらいかな。」

 

私の言葉に思案顔の記者。すこし唸ると私に向かって呟いた。

 

「これはホラー映画で言うところの呪いの石ですね。」

「えっと、どういうこと?」

「他からの証言で、行方不明になるひとは皆揃って、この石を持っていたらしいんです。そしてあなたの証言通り、行方不明になったあと石も無くなってしまう、と。」

 

この石を持っているのは危険かもしれない、と続けて小さく呟いた。確かに危険な代物だけど、それ以上に捜査をするにあたって魅力的なものだ。話が本当なら、怪物に狙われるようになるかも知れないということ。だけど逆に考えると、それだけ黒幕に近づけるってことなんだから。

 

「もしも良かったらその石を、私に預けて貰えないかな?」

「え、しかしそれでは…、いや、逆に考えれば…?」

 

記者がさらに考えこむ。

10秒くらい唸って、もう一度私の方を見る。

 

「あなたが怪物について調べる理由はなんですか?」

「…被害者を出さないようにするためってことになるかな。」

「相手の正体が分かればどうにか出来ると、そういう手立てはあるんですか?」

「ええ、もちろん!」

 

自信たっぷりに答えると記者は、再び俯く。けど今度は顔を上げるまでが早かった。

 

「では、条件付きで石を預けます。」

「条件って?」

「怪物や、行方不明事件について分かったことを全部、僕に教えてください。なにも隠さずに。」

 

 全部教えるって教えちゃって大丈夫なのかな…。でもこれがないと捜査は絶対難航するしなぁ。仕方ないよね。私は記者のまっすぐな目を見て、しぶしぶながら頷いた。

 

「分かった、ちゃんと教えます。」

「それでは交渉成立ですね。これをお預けします。」

 

記者から石を受け取って、腕時計を見る。

そろそろ頃合いかな。

 

「それではそろそろ。」

 

そういって席を立つと、ぱっと記者が手を上げた。どうしたんだろうとそっちを見る。

 

「最後にオマケ情報です。少女の亡霊を追いかけている探偵がこの島に居ます。彼に話を聞いてみても良いと思いますよ。」

 

 それだけ言って、記者も席に立った。お会計済ませてきますと一人レジに向かう。対する私は石を右手に持って眺めながら考えていた。なんでか探偵という単語がひどく頭に突っかかる。一番最初に頭に浮かぶのは船で会ったあのおかしな探偵。だけど、それ以外に何かがある気がする。考えていると、唐突に石が震えた。

 

「…っあ。」

 

夢を、思い出した。あれだけ覚えておこうと思っていたはずの、夢を通じて送られてきた信号。ノイズにまみれて、聞こえてきた言葉を思い出した。

 

「ヒントを、残す…。」

 

亡霊を、探偵を信じるな。

はっと思い付いて記者に探偵の居場所を聞こうと振り返る。だが会計にも、外にも、記者の姿を見つけることは出来なかった。

 

 その後市役所に高台の家の鍵を返して、大通りや街を練り歩いて探偵と記者を探した。日が落ち、夕食も外で取って、さらに探しても見つからない。それどころか、人に尋ねても誰一人としてこの人物達を見たものは居なかった。

 

その時ポケットが震える。朱鳶からのメールだ。スマホを開くと、PM.9:30を示す。すっと画面をスライドして、メールを開いた。

『ヴールの印は見えざるものを見えるようにする呪文だ。時間で効果が切れる。』

簡潔な文の返信。それに

『ありがとう!』の一言だけ返した。

 

 ようやく話が分かってきた。夢で見た男は医者だった。そしてそこに居た少女が亡霊。男はヴールの印で亡霊に会った、だけどそのあと亡霊によって消された。

夢で聞こえてきたヒントで亡霊を信じるなと言ったのはそういうこと。だけど、そうなるとどうして探偵が出てくるのかも分からない。

またどうやってヒントを、残したのかも。

 石についてだとか分からないことはたくさんあるけど、解決する方法は私にはない。けど、調べる方法ならいくらでもある。

 

「よし、亡霊に会いに行こうかな!」

 

呟くと取ってきた紙を開いて、ヴールの印の使い方を確認する。紙にある通りに指で形を作って、ヴールの印を使用した。




ようやく繋がりました。
読んで下さった方、ありがとうございます!

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