終わりの果てに   作:雑草みたいな何か

7 / 10
2 プロローグ

 オレンジ色に染まった世界。

 どこかしこからもふつふつ、くつくつと生命を融かす音が溢れる。

 そんな焼き殺すノイズのなかで、静かに、それでもはっきりとした声音が響く。

 

「…この、世界はもうダメだね…」

 

悶え苦しみ、思案する男の声に塗り重ねるかのようにもうひとつ、凛とした声が響く。

 

「ごめんね、痛いでしょ…?」

 

 目の前の少女が口にしたそれは心の話なのか、それとも今にも塵と化そうとしている、その体のことなのか。

 機能を放棄したかのようなブリキは、体を成してはいるものの、既に感覚のほとんどを手放している。

 ギチギチと音がする訳でもないが、肩から腕へとその先でぎこちなく、ぎこちなく、震える枯れ枝は辛うじて五指を成していた。

 

 男が何かを伝えながら微笑みかける。

 

「ううん…。だめだよっ、だって…!」

 

 苦悩に顔を歪めながらそれでも、だっての先を飲み込む。弱音を飲み込む。自分を呑み込む。少女はもう慣れたかのように、か弱く微笑む。

 男は自身を顧みず、少女の言葉に震えて怒りを露にする。

 

――君は大丈夫じゃないだろう、と。

 

「ねえ、僕はもう…駄目なんだけどね」

 

 怒りか、熱気か、果ては終わりの時が近いのか、震える喉はそれに任せ、振動を音に代えていた。

 それは空気を伝い、ノイズに揉み消され、ようやく言葉という形になる。

 その言葉は少女の涙を押し留め、頷かせるまでの力を持てた。

 

「次こそは、きっと上手くいくからね…」

 

 誰にも届かない、この世界から捨て去られた願望は、この廃れきった器にほんの少しの動力を与えた。

 パラパラと音を立てながら棒が脚となる。ブリキが人形へと変わり立ち上がる。

 

「君の、その涙は…もう、」

 

 棒だった腕は少女の頭を優しく、柔らかくなぞり、反対の枯れ枝だった指は、朽ちたポケットに伸ばされる。そして中に納まる緑の球体をしっかり握りしめる。

 

「もう流させたりはしない…!」

 

それが合図となり、球体は光を灯す。

自分の時が失われるのがはっきりと伝わる。

世界の熱気が失せるのがはっきりと伝わる。

少女の温みが離れるのがはっきりと伝わる。

 

そこで激しくノイズが掛かる。

 

 同じ場所、同じ視点で、別の映像が流れ始める。白衣を着た男と、さっきと同じ少女が居る。男の方は倒れ、足から血を流しているようだ。それを慈しむように少女は見つめる。

 

「…だけど、世界は救わなくてはいけないの。」

 

心から悲しそうに少女は声を震わせる。白衣の男は悔しそうな、怒りの籠った目を虚空に向けている。それはまるで何かを探し求めているようにも見えた。

 

「……、本当にごめんなさい…。」

 

ノイズが混ざり始めた映像で少女が呟く。その言葉に反応してか、男は叫んだ。

 

「どうして、お前が――!」

 

男から濃い緑色の光が無数に散り、5秒もしない内にその体は光の粒となって消えた。それに合わせてノイズもより強くなり、視覚を、聴覚を埋め尽くす。

その一瞬。

少女が何かと話しているような気がした。

 

 何もない、黒い空間に私は浮かんでいる。違うわね、これは多分引き寄せられている感じ。ゆっくりゆっくりと一方向に流されている。周りを流れていくこの景色は闇じゃない?これは、まるで。

まるで宇宙のような――。

そこで再びまたあの嫌なノイズが始まる。

 

逆行する世界で――、

――ヒントを残す。

 

どうか、僕を見つけてほしい。

……。

少女の幽霊を見つけろ。

幽霊を、探偵を信用するな。

駄目だったのなら……。

 

二人の男の声を耳に残し、ノイズがさらに強くなる。

そこから強い浮遊感や、何かに引っ張られる感覚。私の意識は強く強く引き摺られ、ブツリと、世界が潰れる音を聞いた。




第2部の序章になります。
読んでくださっている方に感謝を。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。