オレンジ色に染まった世界。
どこかしこからもふつふつ、くつくつと生命を融かす音が溢れる。
そんな焼き殺すノイズのなかで、静かに、それでもはっきりとした声音が響く。
「…この、世界はもうダメだね…」
悶え苦しみ、思案する男の声に塗り重ねるかのようにもうひとつ、凛とした声が響く。
「ごめんね、痛いでしょ…?」
目の前の少女が口にしたそれは心の話なのか、それとも今にも塵と化そうとしている、その体のことなのか。
機能を放棄したかのようなブリキは、体を成してはいるものの、既に感覚のほとんどを手放している。
ギチギチと音がする訳でもないが、肩から腕へとその先でぎこちなく、ぎこちなく、震える枯れ枝は辛うじて五指を成していた。
男が何かを伝えながら微笑みかける。
「ううん…。だめだよっ、だって…!」
苦悩に顔を歪めながらそれでも、だっての先を飲み込む。弱音を飲み込む。自分を呑み込む。少女はもう慣れたかのように、か弱く微笑む。
男は自身を顧みず、少女の言葉に震えて怒りを露にする。
――君は大丈夫じゃないだろう、と。
「ねえ、僕はもう…駄目なんだけどね」
怒りか、熱気か、果ては終わりの時が近いのか、震える喉はそれに任せ、振動を音に代えていた。
それは空気を伝い、ノイズに揉み消され、ようやく言葉という形になる。
その言葉は少女の涙を押し留め、頷かせるまでの力を持てた。
「次こそは、きっと上手くいくからね…」
誰にも届かない、この世界から捨て去られた願望は、この廃れきった器にほんの少しの動力を与えた。
パラパラと音を立てながら棒が脚となる。ブリキが人形へと変わり立ち上がる。
「君の、その涙は…もう、」
棒だった腕は少女の頭を優しく、柔らかくなぞり、反対の枯れ枝だった指は、朽ちたポケットに伸ばされる。そして中に納まる緑の球体をしっかり握りしめる。
「もう流させたりはしない…!」
それが合図となり、球体は光を灯す。
自分の時が失われるのがはっきりと伝わる。
世界の熱気が失せるのがはっきりと伝わる。
少女の温みが離れるのがはっきりと伝わる。
そこで激しくノイズが掛かる。
同じ場所、同じ視点で、別の映像が流れ始める。白衣を着た男と、さっきと同じ少女が居る。男の方は倒れ、足から血を流しているようだ。それを慈しむように少女は見つめる。
「…だけど、世界は救わなくてはいけないの。」
心から悲しそうに少女は声を震わせる。白衣の男は悔しそうな、怒りの籠った目を虚空に向けている。それはまるで何かを探し求めているようにも見えた。
「……、本当にごめんなさい…。」
ノイズが混ざり始めた映像で少女が呟く。その言葉に反応してか、男は叫んだ。
「どうして、お前が――!」
男から濃い緑色の光が無数に散り、5秒もしない内にその体は光の粒となって消えた。それに合わせてノイズもより強くなり、視覚を、聴覚を埋め尽くす。
その一瞬。
少女が何かと話しているような気がした。
何もない、黒い空間に私は浮かんでいる。違うわね、これは多分引き寄せられている感じ。ゆっくりゆっくりと一方向に流されている。周りを流れていくこの景色は闇じゃない?これは、まるで。
まるで宇宙のような――。
そこで再びまたあの嫌なノイズが始まる。
逆行する世界で――、
――ヒントを残す。
どうか、僕を見つけてほしい。
……。
少女の幽霊を見つけろ。
幽霊を、探偵を信用するな。
駄目だったのなら……。
二人の男の声を耳に残し、ノイズがさらに強くなる。
そこから強い浮遊感や、何かに引っ張られる感覚。私の意識は強く強く引き摺られ、ブツリと、世界が潰れる音を聞いた。
第2部の序章になります。
読んでくださっている方に感謝を。