終わりの果てに   作:雑草みたいな何か

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1 END

 未だ人混みの多い街を、一歩一歩静かに歩く。心臓が震え、時折吐き気が襲いかかってくることもあったが堪えて歩き続ける。

やがて、人混みが少なくなる。

声が減り、音が減り。

そして気付けば無人の街がそこにあった。

 覚悟を決めてヴールの印を使う。足下に緑色の粘液が鮮明に見てとれて、道路の奥に目が向いた。そこには、フードを被った少女の姿が見える。その表情を見ることは出来なかったが、その少女は見られていることに気が付いたのか路地裏に走り込んだ。

 

「まてっ、…!」

 

すぐに追いかけようと前屈みになって、足を止める。少女の入っていった路地とは違う角から、怪物が顔を出したからだ。緑色の怪物は、私に顔であるだろう部分を向けると、シューと空気の抜けるような音を出して向かってきた。

 

「出来れば、出会いたくなかったんだがなっ。」

 

顔を歪めて全身に力を込め直す。まっすぐ走って、鉤爪を避わして奥の通りへ走り抜ける。頭の中でイメージを固め、足元を確認する。緑の粘液は滑ることも、まとわり付くこともない。

大きく息を吸うと、前へ駆け出した。

 

向かい合う私と怪物。懐から警棒を抜き出し、相手の動きに目を光らせる。怪物は 案の定鉤爪を振り上げる。痛みと恐怖がフラッシュバックして体が硬直しそうになるが、歯を食い縛って耐える。まっすぐ振り下ろされるそれに警棒をぶつけ――。

 

「怯えてなければっこんなものぉッ!」

 

 叫びを上げながら横に弾く。腕から肩が強く痺れ、深い傷の入った警棒がアスファルトに転がる。対する怪物は攻撃が流され、上半身が120度程曲がっていて、動けないでいるようだ。その隙を突いて走りだす。目指すのは幽霊のいた路地。

まっすぐ大通りを走り抜け、路地に入る。すると奥には幽霊の姿が見えた。それは怯えたようにビクと身を震わせると、奥へ駆けていった。

それに合わせたかのように、後方からベシャッ、ベシャッと音が聞こえてくる。

 

「おいかけっこをしている場合ではないんだがな!」

 

舌打ちをしながら幽霊を追いかける。安心して過ごせる日々を取り戻す為にも、あれを逃がす訳にはいかない!

 薄暗く、障害物だらけの路地を駆け抜けて行く。スピードを落とさず勘にも近い情報だけでゴミや物を飛び越え、前方に見えた幽霊を追う。後ろからは速くない速度で、だが着実に怪物が迫っている。後には引けない。

 

「幽霊といい、怪物といい、障害物を気にせず進むのは卑怯だと思うんだが!」

 

誰となく悪態を吐きながら着実に幽霊との距離を詰めていく。今はなんだか体が軽い。陸上選手も驚きの速さと正確さで前へ前へと進みついに、幽霊に手が届いた。

 

「捕まえた、ぞ!」

 

幽霊の纏っている灰色のローブを掴み、路地に押し倒す。幽霊と聞いて触れることが出来ないと思っていたが、しっかりと触ることも出来たようだ。いつの間にか緑色の怪物も撒いていたようで、追ってくる気配はない。

 

「どうして、こんなことしてたか…。まずは、洗いざらい、吐いてもらおうか…!」

 

 息を整えながら、幽霊をより強く押さえつける。すると幽霊からか細く、透き通ったうめき声が聞こえてきた。遠目で見たときから予想はしていたが、やはり少女が幽霊の正体らしい。しかし、あの化け物を従えているらしいのだから、決して油断を見せたりはしない。

 

「何か言ったらどうなんだ、亡霊様よ?」

「…どうして…?」

「は?」

 

震えながら、小さな声で呟く声。それは私に今捕まっていることに対してなのか。ふざけるな、化け物をけしかけておいて捕まったらそれなのか?

 

「お前は、化け物に人を襲わせておいて…!」

「どうして、あなたは…、そんなに怒っているの…?」

 

言われて、考えて、飲み込んで、ようやく気が付く。私はこれに対して、こんなに怒りを覚えていたのだろうか、と。ちがう、これは、まるで、誰かの感情を植えつけられたような――。

考えた途端に視界がグニャリと歪み、息が荒くなる。自分の足では体が支えられなくなり、少女から手を離して近くの壁に倒れては座り込んだ。体の各所が痺れ、うまく動かす事が出来ない。

一体、何が起きたというんだ?

私は事の元凶である少女を睨みつける。

 

「そう…巻き込まれて、可哀想な人…。」

「巻き…こま、た…?」

「ごめんなさい。」

 

少女はただ一言だけ謝ると、私の前に緑色の石を置いて立ち去った。私についてはうまく呂律も回らなくなり、言葉にならない叫びを上げながら少女を追おうとして地に伏せる。瞼がいやに重たい。体が、動かない。

やがて、目の前も真っ暗に沈み、意識が刈り取られた。

 目が覚めるとそこは路地の裏。ついさっきまでと同じ場所、同じ状況で寝そべっていた。そんな私だが、少女のことを思い出した瞬間、早急に意識が覚醒していく。慌てて辺りを見回すが、誰も居ない。どちらに向かったのかと思案すると、少女が置いた石について思い出した。

 

「これは、一体…?」

 

エメラルドのような透き通る緑に、中に何かの模様が堀込まれている手のひらで握れる程の水晶玉。何が堀込まれているかと覗きこめば、反射した自身の瞳に時計の盤面が写る。これをどうやって作ったのかは想像もつかない。だが、近年の技術なら容易に作れるのだろうか。もし仮に作れたとしても、これがただのアンティークだとは到底思えないのだが。訝しみながらもそれを白衣のポケットに突っ込み、指先がスマホに触れる。

 

「そういえば、今は何時だろうか。」

 

 周囲はまだ暗いが、おそらくそれなりの時間は経っているだろう。それを確認しようとポケットのスマホを取り出すが、電源がつかない。帰ってから充電していなかったから、切れてしまったのだろうか。腕時計は今は着けていないから、調べるのには時計塔を見るのが一番手っ取り早いか。あそこの時計は島が出来てから1秒たりともずれた事がないという逸話がある時計で、こんな異常事態でも信頼のおけそうな時計はあれくらいなものだろう。それに少女を追う必要もあるのだから、できるだけ手早く済ませたい。そうとなれば、善は急げだ。電源のつかないスマホを再びポケットに仕舞うと北の方へ急いで向かった。

 

「…まさか、ここの時計が止まっているとは。」

 

 時計塔にたどり着き時間を確認すると0時を指し示していた。それほど時間は経っていなかったのかと息を吐いて、異変に気が付いた。人が、一人も居なかったのだ。車の音も聞こえず、聞こえてくるのはクラブ等の軽いBGMくらいなもの。その賑やかさに惑わされ気が付かなかったが、怪物の現れる時のように人の気配が消え失せている。息を飲み周囲に目を走らせる。

怪物は、今のところ現れていないようだ。

それでもと、しばらく周囲を警戒する。

その後にもうひとつの異変にも気が付いた。時計塔の針が0時から変わっていない。どうやらあの逸話はこの瞬間に終わってしまったらしい。

 

「だが、このタイミングで止まったのは、よろしくないな…。」

 

 今一度周りを注視する。時計塔を囲むようにして建てられた飲食店やスナック。底なしの影に繋がるそれぞれの路地。森へと続く道に、公共施設に続く道。そして最後に大通り。どこにも人影も、影も見当たらない。ただただ街の賑やかな明るみが私を照らすばかりである。

さすがに背筋が冷えてきた。

眉間を歪めながら、どうすることも出来ずただ、大通りに向かって立ち尽くしていると不意にポケットから振動を感じた。それは微かなものではあった。だが、この異様な雰囲気の中でのそれはしかと自己を主張していた。一瞬スマホに連絡でもと考え、電源が入らなかったのを思い出す。

では何が?

 

「まさか、あの石か…?」

 

 突拍子もないような発想ではあったが、今回は正解だったようだ。ポケットに手を入れると、確かに石が細かく振動していた。それを恐る恐る取り出してみる。石は淡い色を放ちながら、ヴヴヴと振動を繰り返している。だがそれは、石がただ振動している訳ではないようで。

なかの文字盤が変化している。それは――。

 

「時針が、増えている?」

 

先ほど見たときには無かった時針が文字盤の上に浮き出ていた。さらにそれは静止しているのではない。時計回りに、それも高速で回転し続けていた。

 

「なんだこれは!」

 

私の叫びに呼応してか、時針が0時0分丁度で停止する。停止すると今度は時計塔の鐘が鳴り響いた。頭上でゴォンゴォンと不気味に音を響かせる。

その音を合図に終わりが始まった。

 

 黒かった空が灰色へ変色する。そしてその波は空に収まらず、木々や建物、地面までも、私以外のもの全てを染め上げた。困惑する私を置き去りにし、続けて崩壊が始まる。時計塔以外のもの全てが崩れ始めた。木々は枯れ、建物は風化し、地面にはひびが入る。ついには遠くから爆発音が響いた。

 

「何が、起きている!?」

 

崩壊による二次災害か、そんなことすら考える時間を与えてくれない。

あちらこちらで爆発音が響き始め、地面から勢いよく水が溢れ出す。

この辺りでようやく私自身の身の危険を確かに感じた。

そして一直線に無事な時計塔へ飛び込む。

入るとそこはいわゆるエントランス。窓はなく外へ通じるのは入り口のみ。飛び込むと急いで扉を締め切って、部屋の隅で頭を抱える。

 

 そこからはあっという間だった。3分としないうちに何度も何度も爆発音を繰り返し、すぐ近くでも爆発が数度起きた。建物が崩れ落ちる音に、衝撃。水が飛び出し、また崩れ。

静かになった。外からは水が降り注ぐ音にパチパチと何かを焼く音。そしてこちらへ手を伸ばす熱気が惨状をひしひしと伝えてくる。どうしてか安全な時計塔の外は、恐らく地獄だろう。

意を決して入り口から外を伺った。

 

「…うっ‼」

 

 まず始めに伝わってきたのは凄まじい熱気。息をしようものなら肺を焼かれんばかりの熱風が顔を、全身を焼きにくる。そして目に映ったのは一面の赤。熱で揺らぎ続ける赤は、世界をオーブントースターにかけているようだ。そして跡形もなく崩れた世界。

 

――駄目だ、もう耐えられない。

 

扉を締め切ると大きく息を吸う。

外には、出られない。

いや、そんなことよりも、どうしてこんなことになってしまったんだ?

化け物だとか、幽霊だとか、そんなレベルのお話ではない。これはまさしく――。

 

「世界の滅亡。」

 

凛と響くような声に飛びはね、思わず入り口のノブを掴んだ。そして外には出られない事を思い出し、声の主を出来るだけ警戒心を込めて睨む。煤汚れたローブを纏った幽霊を。それに自分でも驚く程の低い声で問うた。

 

「お前がやったのか?」

「違う。世界がこうなるのは決まっていたの。多分貴方も、夢で見たでしょう?」

「夢だと…?」

 

 その少女の言葉で、自分が見た、おかしな夢を思い出した。オレンジの世界、ボロボロの男に、そしてこの、少女だ。そしてそのあと宇宙のような場所で…。

色んな情報がフラッシュバックして頭の中に送り込まれる。呆然と立ち尽くす私に幽霊が声を掛けてきた。

 

「私は、世界を救いたいの。」

「っ、どうやって?あの化け物でか?」

 

はっとして当然な疑問を、意味もない嫌味を込めて鼻で笑いながら尋ねる。

 

「あれじゃあ救えない。」

「そうだろう。第一もう、救うだとかという話ではないだろう。この規模の崩壊だ、きっと多くの人間が死んだ。」

 

喉を震わせながら、なおも冷静な態度を取り続ける幽霊に言う。

 

「死んだ人間は蘇らない。そんなことが出来るんならそれはきっと…」

「時間を戻すの。」

「はっ!幽霊の次は時間を戻すだ?何なんだ!色々なことがありすぎて整理が追い付く訳ないだろう!?それにさっきからの態度に発言!今回のことを起こしたのも実はお前――」

「落ち着いて。」

 

混乱と向ける先のない激昂に任せ叫ぶ。しかし幽霊は怒りも怯えもせず、ただ冷ややかに制止する。その声に、ただ振り回されていた激情は宙ぶらりんになってやがて静かになる。歯を噛みしめ、息を整えると幽霊は重ねて声を掛けてきた。

 

「時間を巻き戻す為には、貴方が必要なの。だから、力を貸して欲しい。」

 

 幽霊の言葉に握りしめていた緑の石が強い光を放つ。しかし、私は知っている。その言葉の意味を。恐らく夢で見た男は石を使って時を戻した。だが、その後の声。

僕は、誤ってしまったようだから、と。

私にはそれが、巻き戻すことは良くないこと、最悪死に至る程の不幸が起こるのだと言っているように聞こえて仕方がないのだ。だからカマを掛けてみる。

 

「お前は、私に死んでくれと言っているんだぞ。分かっているのか?」

「…だけど、世界は救わなくてはいけないの。」

 

私の勘は当たったらしい。幽霊は多少の同様を見せ、絞り出すように言葉を繋ぐ。ようするに私を生け贄として時間を戻すけど仕方がないことだ、ということか。そんな勝手な話があってたまるか。

 

「悪いが、私は死ぬとあの世で殺されてしまいそうなんでね。それに世界を救いたいというのなら、自分を使って時を戻すといいのではないか?」

 

言いながら相手との距離を確認する。2歩、踏み込めば殴り飛ばせる。逃げられないのなら、倒す他はない。時を戻す生け贄にされることは避けねばならない。相手の次の言葉に合わせて飛び込む。

視線を鋭くし、口が開く瞬間に飛び出せるようにと足に力を込める。

パァン!

 飛び出そうと身構えたその時に、破裂音と共に足を何かが貫いた。私は飛び出そうとした勢いのまま無様に床へ転がる。受け身を取るのに失敗し、衝撃のままに緑の石が跳ねた。

今のは、銃声…?

 

「…賛同してくれなかった、貴方が悪いのよ?本当に、ごめんなさい…。」

 

倒れ伏す私の元まで幽霊は歩み寄ると、緑の石を拾い上げた。それと同時に私の体が緑色を生み出し始める。体のあちこちの感覚が曖昧になり、浮遊感に見舞われる。あぁ、使われてしまったらしい。

 

(せめて、私を撃った相手くらい確認しなければ…。)

 

視線をグルリと回し、別の人影を見つけた。

コートに、シャーロックハット。

 

「どうして、お前が…。探偵…!!」

 

俺の慟哭は魂を抜き取られるほどの浮遊感に遮られ、揉み消された。

 

 

 真っ暗な空間に、星々がきらめいている。そして一方向へ引っ張られる感覚。今、まさに時が遡っているのだろう。となれば、これは言葉を残す場になるのだろう。私も知らない、次の、犠牲者へ向けての。

自身の行動を思い返す。考えれば、踊らされ利用されて、それで終わり。思い返せば、腹立たしい。後悔しかない。私に人並み以上の正義感はないが、幽霊に、探偵に、一泡吹かせないことには、死ぬに死にきれない。

 

だから、私もヒントを残す。

 

少女の幽霊を見つけろ。

幽霊を、探偵を信用するな。

駄目だったのなら、次へ託せ。

 

言葉を託すと共に意識が散り散りになるのを感じる。

その、最後の瞬間まで、怒りと後悔を燃やし続けて、"私"は終わりを告げた。




読んでくださってありがとうございます。
1部目が終了なります。
次回からは2部です。

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