終わりの果てに   作:雑草みたいな何か

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1 遭遇ー2

 記者と向かい合うようにして、私は席についた。対する記者は楽しそうに、鼻歌を歌いながらテーブルを整えている。そして、机の上に皿とカップを几帳面に並べ終えると、記者は口を開いた。

 

「まあとりあえず食べてくださいな。僕がする話をしっかり聞くっていうんなら、やっぱり腹ごしらえは必須っスよ。」

 

 そういうと記者はすぐにサンドイッチを頬張る。私はすぐにでも話を聞きたかったが、記者にその気がない以上ひとまずは食事とすることにした。

 柔らかなパンにふわふわした卵のサンドイッチが、空だった胃に心地よく流れ込む。一口、一口と夢中に食べる内にあっという間に、テーブルには空のお皿が並ぶ。

 そうして食事を終え、セットのコーヒーを一口喉から流し込む。しっかりとした苦味が口いっぱいに広がる。それをゆっくりと味わってから飲み込む。

 そしてカップを置くと、口のなかの苦味を吐き出すように息をついた。記者へと向き直る。

 

「さて、頭が回るようになったところで、話を聞かせてもらおうか。」

「ええ、まあ。といっても、僕の持ってる情報はオカルトの派生みたいなもんスけど…。」

 

 そういって机上のメモを拾い上げパラパラとめくる。辞書を引くように事件を探し求め、ある一点で手の動きが止まった。それを目で確認したかと思うと、そのページを千切って私の前へ差し出す。

 机の上に置かれたそれに手を伸ばし、指先が触れた。少し躊躇したものの、一度沸き上がった好奇心は消える気配を見せない。私はそっとメモに目を通した。

 それは、何かの目撃情報をまとめたものだった。

 

「人の形をした緑色の怪物…?」

 

 それは鋭い爪を携えていて、見た人に近づいては襲い掛かってくる。しかも襲われた人の大体は、襲われたという記憶が曖昧になっているのだと。私は馬鹿らしいと思った。

 

「私はてっきり猟奇殺人犯でも書いてあるのだと思ったのだが?」

「そんな現実的な情報ならさっさと警察に届けてますよ。」

「それなら尚更だ。なんで私に声を掛けてきた?」

 

 目撃情報から、この話が信用に値しないと理解した私は威圧的に問い詰める。このときにはもう、先ほどまでの好奇心は猜疑心へと移り、話の重点はこの記者が何者なのかに置き換わった。

 私の気配が変わったからだろうか。記者のこれまでの軽い物腰とは打って変わり、落ち着いた、真剣な雰囲気が漂わせてきた。

 

「僕はあなたに助けてもらいました。これも何かの縁だと思ったんです。」

「それで、そんな記者の目的はなんなんだ?」

 

 相手の返答に間髪入れない。そんな私に対して記者は、ふっと息を吐くと真っ直ぐ私を見据えてこう言った。

 

「あなたにも、この事件の真相を追う協力を仰ぎたいのです。」

 

 

 その後私は昼の巡回を終え、自室に戻った。そしてシャワーを浴びた私は今、ベッドに腰を下ろして紅茶を飲んでいる。

 昼に記者に言われた話は普通に断った。話が胡散臭い上に、もし仮に本当だとしても、そんな危険にわざわざ突っ込んではいかない。

 ただ、昼からずっと続く好奇心のような胸の燻りは、未だに消えていない。落ち着かない自分を鼻で笑う。

 馬鹿らしい、心の底からそう思った。

 

「そういえば、あの後結局病院には行ったのだろうか…。」

 

 記者の足の傷をふと思い出した。あの男は普通にしていたが、通常なら痛みに悶えるべき重症だった。一体どこであんな傷を負ったのだろうか?

 記者の傷のことを考えていると、今日の分の報告書を提出し忘れていたことを思い出した。

 

「…今の時間ならまだ、間に合うな。」

 

 コチコチとリズムを刻む壁掛け時計は20時を指している。診療所は21時までだから、今から向かえば十分間に合うだろう。善は急げとカップの紅茶を飲み干す。

 そして、既に夜に飲み込まれた街へ繰り出した。

 

 階段を下り、夜にも限らず光と喧騒の絶えない大通りを抜ける。この通りには、喫茶店や買い物施設は勿論のこと、居酒屋や大人なお店まで多く揃っている。それ故に深夜を回ってもこの大通りだけは明かりが絶えない。そしてそこから裏路地に入り、北東へ向かう。街の外れ、東の森の近くにこの島の診療所は、ぽつんと置き去りになっている。

 とはいえ、そこにも一応医者はいるらしいのだが、大体外出していて未だに出会えていない。私が島へ来たときにも、

「コレを首から下げて巡回するように」と書かれたメモとネームプレートのみ、診療所に置いてあった。

 それ以外は指示も何もなかったので、一応治療した患者の詳細を書いて保管するようにしたのだ。

 

「全く、病院の方にはファックスがあるのに、どうしてこちらにはないのか…。」

 

 悪態をつきながら数分歩くと、ようやく小ぶりな建物が見えてくる。森の濃い緑に同化するような緑色の小屋。これが先から言っている診療所だ。

 入り口の前に立つと、渡されていたネームプレートをドア横の機器へ掲げる。すると森に似つかわしくない電子音がピッと鳴り響いた。

 扉を開き中へ入ると2歩もしない所にカウンターがある。それの裏にある、引き出しの2段目を開くと、持ってきた報告書をそっと納めた。それからふと、室内を見渡してみる。まるで生活感の感じられない埃の積もったテーブルや薬品棚。そしてかなりの間使われなかったのだろう、所長の私室へ続くドア。その先には何があるのだろうと、一瞬だけ浮かんだ好奇心を首を振って払う。私はつい先ほど、同じ好奇心で時間を無駄にしたばかりだろう、と。

 月明かりが暗く照らすドアへ背中を向ける。足は真っ直ぐ森に繋がる出入口へと向かう。

 なのにどうしてか。早くも私は扉を調べないことに後悔を覚え始めている。属に言う虫の知らせのように、それは私の心に言い得ない不安を置いていく。それを無理にでも振り払うようにと、足早で森へと飛び出した。

 そうして森を抜け、気付いた時には既に街へ戻っていた。頼りない月明かりの他に、いくつかの灯が街には点っている。確かな人の気配を感じられ、いつもならこんな不安を笑って切り捨てるだろう私も、このときは不覚にも安堵してしまっていた。

 気持ちと共に心ばかり軽くなった足取りで街を抜けていく。そして人通りのなくなった路地裏から、ようやく大通りへと出られる。その兆しとなる街灯が着々と近づいていき、目に刺さるような色とりどりの街並みや多くの人混みに囲まれる。

はずだった。

 

「人が、居ない…?」

 

 行きの人だかりは消え失せ、喧騒どころか風の吹く音さへも聞こえない。これは不味い。かなり不気味だ。

 私は遠く離れた場所にあるようこその看板を確認すると、進むか戻るか、深く悩んだ。そして答えの出せないまま固まって、30秒ほど経った時。不意に、私は、背後に気配を感じた。

 ばっと振り返る。そこには緑色の何かが立っていた。いや、違う。それは私を狙っている、降り上がった右腕で。その、鋭利な爪のようなもので。

 理解をするのが遅すぎた。気付いた私が飛び出した時には、その化け物の爪先は私の左の肩口を捉えていた。耳に届いた音は軽かった。だが、音とは似つかわしくない痛みが肩から指先にまで駆け巡る。痛みに誘われ強い吐き気までもが私に襲いかかってきた。

 果たして、それは幸か不幸か。鋭い痛みは私の頭がフリーズすることを防ぐ要因となっているようで、緑の怪物と私は確かに向き合った。人間がそのままジェル状にされたような、おぞましい怪物と。


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