終わりの果てに   作:雑草みたいな何か

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1 遭遇ー1

 真っ赤な世界が目の前に広がっていたかと思うと、いつの間にか周りは真っ暗になっていた。いや、真っ暗といえば語弊がある。見渡せばあちらこちらで小さな光がちらちらと伺える。それは、まるで――。

(まるで、宇宙だな…)

 

 今まで何も感じていなかった自分に、意志が舞い降りたような感覚。と、同時に声が聞こえる。

 さっきまで、少女と話していた男の声だ。

 その声に耳を澄まそうとすると、視界にノイズが走った。さらにはグワングワンと気味の悪い音が、頭の奥から沸いてくる。

 同時に視覚と聴覚を奪われ、方向感覚も平衡感も次第になくなり、それでもなお強まり続けるノイズに。

 

 ブツリ、と唐突に世界は終わりを告げた。

 

 

 ピピピ、ピピピ。

 頭上で目覚まし時計が鳴っている。それは分かっているのだが、どうにも重たい頭と体はその音自体を否定するかのように動かない。

 ピピピ、ピピピ。

 それでも無情に鳴り続ける目覚まし時計。それにとうとう鉛のような頭も痺れを切らし、体を動かす許可くれた。

 のそのそと手を伸ばして、目覚まし時計の停止ボタンを叩く。やはり、どういう訳か体が重い。

 ザーザーと、頭の奥でノイズが鳴る。そういえば。

「何か、おかしな夢を見た気がする…。」

 恐らくそれが原因なのだろう。夢は所詮は夢だ、とは言いきれない。現実に体がどうこうといったものは無いだろうが、脳も同じく経験しているのだから精神には多大な影響を残してくる。それが原因となって二次災害的に、体がだるいと感じることもあるだろう。

 こんな風に。

 

 ベッドの中で考えに耽っても仕方ないと、残りたがっている体にむち打ち這い出した。そして1日の基本の歯磨きから髭剃りに顔を洗って。そこでようやく目が冴えてきた。

 体の重みも消えたことで気分も切り替え、自分の姿を鏡で確認する。

 短い黒髪に大袈裟な寝癖が残っている。私は身だしなみを気にする方ではないが、医者として他の人に見せられる程度にはしておかなくては。そのために、一応無い髭を剃った振りもしているわけで。

 

 着替えも済まして軽く朝食を取って、クローゼットから白衣を掴む。それを手早く身に纏うと名札というかプレートを首から下げる。

 

『どなたでも、いつでも、治療をお受けします。お気軽にお声かけください。

 派遣治療員:葉山 治(ハヤマ オサム)

 

 医者として問いかけたくなるキャッチフレーズを掲げたそれにため息ひとつ。気が重くなるが、それでも派遣されたからには仕方がない。仕事はこなさなくては、と気合いを入れ直し玄関のドアをくぐった。

 

 外では太陽が既に目線より上の高さで構えていた。燦々と照りつける太陽は、島を明るく照らし出す。緑や色鮮やかな花々が近代的な街並みを取り囲む。そんな自然に溢れた島だ。

 私は家の入り口近くの柵から身を乗り出して街を見下ろす。多くの人がビジネスバック片手に行き来していることから、自分が業務時間に大きく出遅れたことを悟った。

 少し急ぎながら街へと繋がる階段を下り始めた。

 私の家はこの島の南端の高い所に構えてあり、島の全貌を見渡せる。そういえば聞こえは良いのだが、雨風、太陽や移動の不便などで生活には十分不自由しているのだから、結局のところ善し悪しだ。

 特に街から家までの経路は今も降りているこの階段だけで、毎日歩いて街に行かなくてはいけない。

 

「全く、私もどうしてこんなところに来たのだろうか…。」

 

 思い返すと、脳裏に今もあのニュースが思い浮かぶ。

 

『日本の領海で、新たな島が発見されました。』

 

 そのニュースを機に急いで学者連中が研究に走った。そして、色々なものが出てきたから人が多く集まった。

 せっかく人が集まるのならここを観光名所にしよう。

 そうしたら人が多く集まったから開拓して発展させよう。

 

 あとはこの連鎖で、色んなところで人手不足が頻繁になって、医大で暇していた私は派遣される羽目になった、と。

 考えれば考えるほど運がないな、私は。

 そんなことをウンウンと考えながら歩いていれば、気付けばもう街の入り口。奥に見えるコンクリートジャングルには場違いな、商店街の入り口にあるような看板が私を待ち構えていた。

 そこには

『ようこそ!廻時島(まわしときしま)へ!』

 と、この島を象徴した文字が刻まれている。

 特に気になることもなかったので、そのまま看板の下をくぐって巡回にまわる。

 この瞬間、島の名前の由来はなんだったろうか。そんなことをふと考えた。

 

 巡回を始めると、何度も何度も声を掛けられた。私はこの島に派遣されてもう半年くらい経つが、これはいつものことなのだ。

 巡回していると何故か、毎日怪我人か病人に出会ってしまう。それも一人二人ではない。最低でも10人。多い日は50を越える日もあった。それだけ、人が多いということなのだろうか。

 それにしても今日は人数が多い。太陽がもう少しで真上来るかどうか、という時間だが既に20人をオーバーした。そういえばここ最近は特に怪我人が多かったな。

 

 何はともあれ、一旦昼休憩をとろう。そう思った矢先に声を掛けられる。

「おーい、白衣の人~!少しいいっスか?」

 目を向けると喫茶店の席に、黄色のポロシャツと茶色の短パンがカメラを片手に手を振っている。机の上にメモとペンが無作為に投げ置かれているから、一応記者だろうか…?

 ただ声を掛けてきたのかと思い視線を鋭くする、がそうではなかった。相手の足には何かに引き裂かれたような鋭い裂傷があったのだ。急いで彼のもとへ駆け寄って処置を始める。

 処置は程なくして終わった。そして治療費を受け取ると、相手に向き直る。

 

「応急措置はしてあるが、すぐに北部の病院に行った方がいい。本格的な治療を受けなければ、その傷はかなり危険だ。」

 

 伝えるべきことは伝えたので、その場を後にしようとすると男に肩を掴まれた。

 

「まあまあ、待って下さいよ。治療して貰ったお礼も兼ねて、ここで何かおごらせてください!」

 

 へらへらと笑いながら男はそういってきた。こいつは私の話を聞いていなかったのか?私はうんざりとした表情を隠すことなく、男に言い聞かせるように話す。

 

「さっきも言ったが、お前の傷は危険な状態にある。こんな所で話している暇があればさっさと病院に行け。」

「そう怖い顔をせんとってくださいって、あ。すいませーん!ランチを2セットおねがいしまーす!」

 

 この男。人の話を聞かず、その上勝手にランチまで頼みだしたぞ。完全に呆れきった私は男の手を振り払おうと。

 

「なぁおい…!いい加減離せこのぉっ!」

 

 なんだこいつの握力…!?どれだけ力を込めてもびくともしないぞ!

 思わぬ展開に声を荒げながら身をよじる。そんな私に構わず、男はニコニコと笑いながらただ肩を掴む。逃げるのは無理だろうと半ば諦め始めたころ、ようやく男が手の力を抜き始めた。それでも手を外すことは出来ないが。

 

「ねえ医者さん。あなたは最近やたらと怪我人が多いなんて、考えたことありませんか?」

「ぜぇ…、はぁ…。それが、どうした…。」

 

 もはや疲労困憊な私は、ひとまず男の話を聞くことにした。

 

「しかもその怪我人の傷も似通っている。違いますか?」

「…そういえば、皆お前のような裂傷を受けていたな。」

 

 俺が考えながらそう答える。その時、男の口の端がほんの少しだけつり上がったことを、私の目は見逃さなかった。すかさず口を挟む。

 

「お前、何か知っているんだな?」

「一応は、記者をやらせてもらっているんで、ね。」

 

 そこで男は私の肩から手を離した。どうしたのかと、男の視線を辿る。その先には、ランチ2人分を持ったウエイトレスの姿。スカートをひらひらと優雅に揺らしながら、私たちの席にランチをそっと置いて一礼する。

 

「さて、話に興味を持ったんだったら、どぞ。ぜひ座って一緒にお話しようじゃないっスか。」

 

 私は別に、そこまで正義感の強い男ではない。だから、自ら事件に突っ込むようなことは普段からしない。だが、この記者の言動。そして今も私を見据えている澱んだ瞳に、意識が吸い込まれているような気がした。

 それは、次第に私の手足からじわじわと感覚を奪う。そしてなくなる感覚と反比例するようにある感情が沸き上がってきた。それは全ての人が持つ感覚。好奇心。

 この時、既に私はこの事件に巻き込まれることが決まっていたのかもしれない。

 多少の恐怖と大きな好奇心に引かれ、私は記者のいる席にそっと座った。




すいません、島の名前を修正しました。

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