獅子劫とセイバーが戦闘を開始する数時間前、ここは今回の監督役であるシロウ・コトミネがいる教会の礼拝堂にて、二人の人物が対峙していた。
片方は黒衣のカソックを纏うシロウで、もう一方は真紅のローブを身に付けたキャスターである。
「初めまして、でしたね…『赤』のキャスター」
「ええ、初めまして我が同盟者よ」
互いににこやかに会話を交わす両人だったが、その胸中は決してにこやかとは言えない感情が渦巻いていた。
シロウとしてはこれまで沈黙を守り続けていたキャスターが、なぜ今になって接触してきた理由が分からず、警戒をしながらこの対話に臨んだ。もしもの時に備え、霊体化したアサシンをキャスターの近くに、逃げられるのを防ぐ為に入口にはランサーを配置させておいた。
“…ここまですれば良いでしょう、ともあれ彼の真意次第ですが…”
しかし、召喚を予定されていたサーヴァントとは全く違っていた為、シロウ自身キャスターの真名を知らずにいて、マスターの特権たるパラメーターの開示も、全て伏せられている状態になっていた。
一方のキャスターと言えば、特に思う所など塵一つなく、さっさと用件を伝えてこの場を去りたい気持ちで一杯であった。
最も、ここで彼等の助力を借りなければいけないのはキャスターとて理解しており、単に力を利用したいなど言えるはずもなく、慎重な言葉選びが必要となってくる。
「ところで我が同盟者よ、一つはっきりさせておきたい事があるのですが…」
「? 何でしょうか?」
「私のマスターはどちらにいるのか、知っていますか?」
シロウの背に冷たい汗が伝うのが分かる…彼自身、まさかこの事を聞かれるのは想定内だが、居場所まで知ろうとするのは計算に入っていなかった。
実の所、セイバーを除くサーヴァントのマスターはアサシンによって作られた毒によって精神を支配しており、この教会の地下に閉じ込めている。
問題はこの事実をキャスターに話すべきか否か、という事である。
話した結果、彼がどのような行動をとるか読むことができず、もしもの策を採ることになるかもしれない、或いはそうならないかもしれない。
「……」
答えに窮するとはこの事であり、問われてから既に数十秒も経っていた。するとキャスターがタメ息をつき、口を開く。
「そこまで考える事ですかね…私としては、マスターが生きてさえいればいいんですよ」
「…何」
「サーヴァントとして活動できるだけの最低限の魔力を供給さえしてくれれば、充分なのですよ」
驚きの発言であった。マスターの事など気にかけているないと言っているのと同じようなものである。
「なら、生きているとだけ答えておきましょう」
「おお! で、あればこれから私の活動に影響はない、と言うことですね!」
「…まぁ、そうなりますね」
大袈裟に頷くキャスターに対し、シロウは肩透かしの様な気分と余計な戦闘を省けた安堵の両方を味わい、複雑な気持ちになっていた。
「こちらからも、一ついいですか?」
「はい? 何でしょうか?」
シロウにとってはっきりさせておきたく、この対話の以前より気になっていた事をぶつける。
「何故、この戦いに参戦すると思い至ったのか…それを聞かせて貰ってもいいですか?」
「単純な事…戦うべき理由が見つかった。ただ、それだけですよ」
「…具体的には?」
「それ以上の事は、今は秘密にしておきましょう」
口に指を当てた仕草をするキャスターに、今度はシロウがタメ息をつく番となった。
「分かりました、余計な詮索はしません…しかし、役目は果たしてもらいますよ」
「勿論、ええ勿論ですとも! 何なりと私をお使いください」
深々と頭を下げ、臣下の礼をとるキャスターを見てシロウは一先ず安心する。
“これで計画に支障はでないでしょう…まぁ、キャスターに出来る事は限られていますしね…適当に使って、用済みとあらば囮にでもしましょうか”
“さて、上手く協力を得られました…ま、精々私の手駒として利用させて貰いますよ”
キャスターとシロウ・コトミネ…二人は互いに利用し合う関係ながらも、改めて手を取り合った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
時間は戻り、ここはミレニア城塞の一室。この場にて行われていたのは「赤」のセイバーとの戦いの一部始終を観察している事だった。
集まったのは「黒」の陣営に属するサーヴァントとマスター達である。
総勢十四名は目の前にて繰り広げられたセイバーの戦闘に全員が目を奪われていた。
ある者は絶句をし、またある者は畏怖のあまり画面から目を逸らしていた。
「…有り得ん」
圧倒的な蹂躙劇が終わり、最初に口を開いたのは「黒」のランサーのマスターであるダーニックである。
セイバーの戦い方もあるが、それ以上に彼の高すぎるパラメーターに思わず言葉が漏れてしまったのだ。
筋力と敏捷を除いて全てがAランク、宝具に至っては規格外を示すEXランクであった。
自身が召喚したランサーはこのルーマニアの地にて知名度補正を受け、パラメーターが上昇しているのだが、それでもセイバーに劣っている…突きつけられる事実が、余りにも非情であった。
「まだ悲観するには、早いと思いますよ」
静寂の場に放たれたその言葉は、フィオレのサーヴァントであり陣営のブレーンとして信頼をおくアーチャーであった。
「それは…どういう事だ?」
「確かに、あの戦闘力は脅威的ではあるものの…見る限りにおいて他のサーヴァントとは協力をしていないと言えます」
今一度、戦闘を思い浮かべる…アーチャーの指摘通り、セイバー以外のサーヴァントの姿はなく、又キャスターによる魔術支援を受けてないことは分かる。だが…
「それは、奴の凄まじい戦闘力を示す証拠にしかならないだろう」
珍しい事に後ろ向きな思考になっているダーニックに、彼のサーヴァントであるランサーが咳払いを一つする。
「ダーニックよ、一族の長となる者があまり悲観するものでないぞ」
「しかし、我が王よ…」
「それにアーチャーが言いたいのは、また違う事だ」
ランサーが視線を送り、アーチャーが頷く。
「ええ、今だに合流ができていない…ならば、叩くのは今しかありません」
「なるほど、こちらから仕掛けて単独でいる間に倒す…という事だね」
アーチャーの発言にキャスターが、その意図を読み、さらに続けざまに言葉を紡ぐ。
「その通りです、幸いな事にあのセイバーは此方のセイバーで倒せる算段があります」
「黒」のセイバーこと英雄ジークフリートには「悪竜の血鎧」の恩恵を受けて、Bランク以下の攻撃を無効化でき、さらにAランクの攻撃を微小まで抑える事が可能となる。
以上を踏まえて「赤」のセイバーが放つ宝具の嵐を耐える事ができるのはジークフリートのみとアーチャーは判断したのだ。
「接近さえすれば宝具を打つ事は出来ません、そして剣戟に持ち込み…今度は此方が遠距離からの支援を行えば、勝機はあります」
「道は見えたな…しかし、問題は」
ランサーの指摘する事にアーチャーは当然分かっていた。それは…
「此方側のサーヴァントがセイバーを除き、最低でも二~三騎は必要になる事でしょう」
ジークフリート単騎では無限とも言える物量を前にしては押しきられる可能性がある。それを防ぐのには陽動を担う者と遠距離支援を行う者がいる必要がある。つまり、セイバー一騎の為に三騎の戦力が求められてしまう。
故に、これだけの人数が必要となる以上、拠点である城塞の守りが手薄になりかねない問題がある。
「しかし、あのセイバーを仕留めない事には我々の勝利は有り得ない!」
ジークフリートのマスターであるゴルドが吼える。
「それでも、他の赤陣営のサーヴァントが攻めてくるのを考えれば、城塞の守りを少なくするのは…」
アーチャーのマスター、フィオレがそれに反論する。
二つの意見がある中、ダーニックの判断が問われる。
「……」
慎重かつ適切な判断が彼には求められていた。
一族を統べる者として、後戻りが出来ない戦いを仕掛けた者として…ダーニックの脳裏にはある事を思い出していた。
六十年以上経っていても忘れた事はない…約束された栄華は奪われ、根源への到達は叶わないものと思い知らされた。
それが自分だけならまだしも…後に続く一族全ての未来が奪われた。その怒り、憎しみが彼を「冬木の聖杯戦争」に参加し、ナチスを利用してまで「大聖杯」を強奪させた。
そして、自らが管理するこのルーマニアで協会全てを敵に回し、「聖杯大戦」を開戦させた。
戻りはしない、立ち止まりはしない、ならば答えは決まっている。
「『赤』のセイバーを倒す」
決断した。憂いを取り除き勝利に近付く為には
アサシンのマスターである花鈴は一連のやり取りを、少し離れた場所で見ていた。
「はぁ…」
タメ息が漏れる…他のマスター達とは違い、巻き込まれた形で参戦した彼女には到底付いていける話などではなく、今でさえ先程のセイバーの戦闘を見て、腰を抜かしてしまったのである。
"やっぱり…私には無理だよ"
本音が出てしまう…そもそも、自分が弱い事は分かりきっていたはずなのに、何故逃げなかったのかと思ってしまう。
薄々だが気付いていた。これまでの自分は逃げ続けてばかりであった。
必要とされなかった家から、
自分の家族から、
魔術そのものから…逃げて関わらないようにしてきて、全てを忘れようとした自分がいた。
初めは何とも思わなかった。そう思うまで自己嫌悪をし続けてきたからだ。
しかし、妹の亡くなった事を親戚から聞いた日、久し振りに涙が溢れた。
悲しかったからか?
安堵からか?
そのどれでもない…ただ、逃げた事への後悔だった。
"あの時、逃げなかったら…こんな事にはならなかったはず…なのに"
逃げてしまった…期待されていたのに応えられなかった自分に憤りを覚え、無意識に見下していた妹には才能を盗られたと勘違いをし、挙げ句、彼女に情けをかけられていると、被害妄想をして傷付けてしまった果て、家から逃げる選択肢を選んでしまった。
自分が全ての元凶であるはず…分かっていた、けど認めたくない気持ちもあった。
そんな自分が醜く、情けなく、どうしようもない程愚かだった。
それらの混沌とした思いが涙となって流れ出たのだ。
逃げてばかりの「これまで」は、死を覚悟したあの日で終わりにしようと決意をした。だからアサシンとの契約を受け入れた。
自分が変わる事を信じて、それを願って。
しかし、蓋を開けてみれば変わる事はおろか、以前とは何ら変化をしていないのを思い知らされた現実が待っていただけだった。
隣に立つアサシンを見る。引き締まっている表情から緊張をしているのが分かり、自分に普段から接している優しい雰囲気とはまるで違っていた。
"そっか…アサシンは私以上に大変な事をするんだね"
先のダーニックとの会話の中で、最前線に立つ機会が増えると聞いていた。その意味はいくら自分といえど理解していた。
あのランサーやセイバーと同じ様な化物が五騎も控えている陣営を相手取って戦う…想像しただけで気絶しそうになる。
そんな、ひ弱な自分をアサシンは何を思っているのだろうか。
"もしかしたら、嫌々ながらいるのかな?"
有りもしない後ろ向きな考えが頭をよぎる。
「…ごめん」
そう一言が漏れた。何に対して謝罪をしたのか花鈴自身も、分かっていなかった。
「ん? 何がだい?」
「あ!…い、いや…その」
聞こえていたのかアサシンが不思議そうな顔をして、こちらを見ており慌てて取り繕うとしたが、上手く誤魔化せず口ごもってしまう。
「全然弱いままの、自分が少し情けなくて…」
適当に言い直そうとしたが、ほぼ本音に近い事を言ってしまった。やってしまったと思うも、既に手遅れで驚いた表情をするアサシンを見て縮こまってしまう。
「まぁ、確かにマスターは強いとは言えないかもね…」
「うっ…」
苦笑いしながら答えるアサシンに、図星をつかれた花鈴はさらに気分が落ち込む。
「でもね、私は無理に強くならなくても良いと思うよ」
「…?」
「変わるだけが全てじゃない…それで君らしさを失ってしまうのは、とても残念な事だから」
どこか寂しげな表情をするアサシンに、花鈴は横目で見るものの再び顔を伏せてしまう。
「…それでも変わらないままは嫌なんだ」
「分かってる、だけど急ぐことはないんじゃないか?」
花鈴が顔を上げる…そこには、出会った時と同じく和かな表情をするアサシンがいた。
「急に人は変わらないし、変える事はできない…なら、ちょっとずつでも変えられる所から、変えていけばいいんじゃないかな?」
「…!」
それはごく当たり前であったが、これまで花鈴が気付けていない事だった。
「そっか…そうだよね」
完全に自分の悪い癖が治ったとは言い難いが、気持ちは多少晴れ晴れとなった。それは誰かに自分の思いを打ち明けたからか、優しく暖かい言葉で気付かせてくれた事からか…まだ、分からない。けど…
「…ありがとう」
「どういたしまして」
感謝をしなくては…未熟なマスターの側にいてくれて、自分の事を優しく気遣ってくれるアサシンに。
少し短いですが、ここまでです。
赤の陣営にはロクな奴しかいないのが、分かる導入部分でしたね。
では感想お待ちしております。