それではどうぞ
花鈴は自身の為に用意されていた、白を基調とするユグドミレニアの制服に身を包むと車椅子を茶髪の青年に押されたフィオレが部屋に入ってきた。
「初めまして、アサシンにそのマスターよ」
柔らかな声と共に丁寧なお辞儀をされると、思わずつられて頭を下げてしまう。
「あなたは…?」
「私は『黒』のアーチャー、以後お見知りおきを」
アーチャーことケイローンは、かの大英雄ヘラクレスを育て数多の人物を指導してきた大賢人として名を馳せた英雄である。弓の名手でもあり体術にも長け、さらに聡明な知識を生かして「黒」の陣営の頭脳としてランサーから信頼を得ている彼は、最初からこの部屋の前で霊体化し様子を窺っていた。
理由として想定外の参加者である「花園花鈴」の人間性を見極める為であった。もし、彼女がマスターであるフィオレや陣営に害を及ぼす存在であるならば、ランサーへ進言する予定であったが…
“見た限りではその心配はありませんね…”
ただ、数多の英雄を育てきた彼だからこそ、ある一抹の不安を覚えた。
“しかし、彼女に争い事は向いてはいない…今の状態で赤の陣営と戦うとなれば、死ぬ事になるかもしれませんね”
あまりよくない出来事が頭を過ぎる。考えても何も産むまいと一旦やめ、今は赤との戦いに備え、よりよい仲間が増えた事に感謝をした。
「あ、あの…ここは?」
城塞内を案内するにあたって、最初にどうしても見て貰いたい場所があるとフィオレに言われ、来た所は培養液に空気が循環している音しか響かない異質な空間であった。花鈴はか細い声で傍にいるフィオレに訊ねる。すると、これまでは見せなかった表情をし、彼女は答えた。
「彼等は…私達のサーヴァントに送る為の魔力を肩代わりをしてもらう存在です」
「…え? それって…」
コクりと頷き、花鈴が言わんとする事を肯定する。
つまり、目の前にある水槽の中、緑色の液体に浸かる彼等の存在はその程度のものであり、それ以外には価値はないのである。例えるなら使い捨ての「電池」とも言えよう、サーヴァントに送る魔力が無くなれば、廃棄され新たに鋳造される…ただそれだけの存在。
―これは、非人道的な行為ではないか?
この言葉は花鈴が言いそうになった言葉である。そしてフィオレは間違いのない事であるのは重々承知しており、彼女の車椅子を押すアーチャーも苦虫を噛み潰した表情をしていた。
それでも―
「私達はこの戦いに勝たなくては、ならないのです」
これは「覚悟」を示す為の行いであった。何故ならフィオレを始めとするユグドミレニア一族に、後など存在し得ないからだ。
「もし負ければ、ユグドミレニアは解体されて私達は協会に反逆した罪で死ぬまで追われ続ける身となるでしょう」
「いや、いくら何でも…それは」
「無い、と言い切れますか?」
フィオレの澄んだ瞳が花鈴を見据える…それは、彼女の言葉が誇張や冗談の類を示していない事に他ならない。
協会にとっては、自分達が血眼になってまで探していた「大聖杯」を隠し持っていたばかりか、それを使って楯突いたようなものであり、屈辱以外の何ものでもなかった。
自らの面子を潰され、黙っているほど彼等も愚かではない…事実、七人の魔術師がルーマニアに入った事は確認済みで、恐らくはサーヴァントも召喚しているだろう。
「だからこそ、この戦いは負けられない…例え、人道に反してもそれは変わりません」
花鈴は、自分より年下であろうフィオレの覚悟を聞き、ただ何の一言も言えない自分に歯痒い思いを抱きながらも、彼女の芯の強さに羨望のような思いを感じていた。
(私も、彼女みたいな強さがあれば…)
しかし、現実は流されるままで参加した殺し合いに、今だ自身の覚悟が伴わず目の前の状況に付いていくのが限界だった。
それに、こんな非情な光景を見ても冷静でいる自分が「まだ」魔術師である事を嫌がおうでも理解していまい、自己嫌悪に陥ってしまう。
―そんな時だった。どこからか視線を感じ、そちらに目を移す。
すると、一体の少年型ホムンクルスが花鈴の方を見つめていた…しかし、その視線には力がなく、ただ虚ろな眼差しを向けているだけであった。
「…!」
思わず目を伏せてしまう。気のせいかともう一度見ると、同じ眼差しを向けていた。何も訴えず、何も伝えようとしない…しかし、それに花鈴は何故かある感情が胸にあるのを感じていた。
「? どうかされましたか?」
「あ…な、何でもないよ…」
先程から一言も発しない花鈴を不思議に思い、フィオレが話しかけるとぎこちない笑顔で答えた。
しかし、彼女の心は何でもない訳がない…あのホムンクルスに対し自らが「救ってあげたい」…と思ってしまったからだ。
(…そんな事、無理に決まっているよ)
これまでの自分がしてきた行いを分かっているからこそ、彼女はそう結論付けてしまう。
そこからフィオレの案内は続いていたが、花鈴はあのホムンクルスの眼差しを忘れることができず、殆ど上の空だったが「黒」のライダーに会おうとした時、それまで見せた事のない微妙な顔をしたフィオレが気になったので、どうしたかと聞くと…
「いや…その、今は彼女達には会わない方が良いかと…」
とのことであった為、ライダーとそのマスターであるセレニケには会わずに最後の一人であり、フィオレの実弟である人物に会いにいく。
「カウレス、ちょっといいですか?」
『姉ちゃん? 良いよ』
彼の部屋の前に着き、フィオレがノックをすると、若い男性の声がして扉が開かれる。
中に入ると、物はあまり散らかっておらず整頓されており、隅にはパソコンが置いてあった。
「花鈴さん、彼は私の弟でバーサーカーのマスターである『カウレス』ですわ」
「『カウレス・フォルウェッジ・ユグドミレニア』だ、宜しく」
「『花園 花鈴』です、宜しくお願いします」
茶色い髪に眼鏡をかけている少年…カウレスの差し出した手を握る。
確かに髪色や目がフィオレに似ており、弟だと分かる。
「…? ところでバーサーカーはいないのですか?」
「あ~、自己紹介をさせようと思ったんだけど…」
姉の質問に少し困った表情を見せるカウレスだったが、答えにくそうに口を開く。
「『最初にも言ったが、馴れ合いをするつもりはない』て言われて、そのまま…」
「まぁ…それなら、仕方ないでしょう」
その時、アーチャーが何かをマスターに伝えようとするのを花鈴は見たが、何故か止めてしまう。
不思議に思っていると、カウレスがこちらに顔を向けていた。
「そう言えば、貴女は何の願いがあって参加するんだ?」
「え…ね、願い?」
言葉に詰まるのも当然であった…確固たる願いなんて持ち合せておらず、ただ流されるままにいるだけなのだから…だが、何も言わないのは失礼にあたると思い、ここは無難に答える。
「ま、まだ…決まってないかな、特に何もしたい訳じゃないし…」
嘘は言っていないのだが、流石に今の答え方は如何なものかと後悔している花鈴を余所に、カウレスは安堵の表情を浮かべていた。
「俺も同じなんだ…まだ、聖杯にかける願いがないのは…ちょっと安心したな」
「え? そうなんだ…てっきりあるものだと思ったよ」
その言葉を聞いて、カウレスは頬を掻きながら答える。
「いや…俺も最初は姉ちゃんのバックアップの為だと思ってたけど、『令呪』が出てね」
聞けば、殆ど自分と同じような立場で仕方なく参戦したものだと花鈴は思っていた…しかし、次の言葉でそれは勘違いだと思い知らされた。
「だけど、マスターとして参加するからには上を目指すよ、願いはまだ決まってないけどね…」
そう言って笑うカウレスを見て、花鈴は自分と同じような立場なのに戦う意思があるなんて、やっぱり私は違うのか…と思ってしまい、再び気が滅入ってしまう。
城塞内の案内が終わり、花鈴はフィオレと共に当面の作戦の相談などをするために彼女の部屋へと戻っていった。
カウレスは彼女らを見送った後、日課であるパソコンをしようと椅子に座った時、部屋の窓側にバーサーカーの姿があることに気付いた。
「バーサーカーか、いつのまにいたんだ?」
「随分前からだ…アーチャーには気付かれていたが、喋らないでいてもらったよ」
いるなら姿くらい見せてもいいのではないか…と思ったが、言っても仕方ないので取り敢えず彼女の方に向き直る。
「ところで、先程までいたあの女マスターの事だが…」
「ああ、花園さんの事かい?」
一呼吸置いた後、とんでもない台詞を言った。
「…あれは近い内に死ぬかもな」
「は…?」
これにはカウレス自身も予測しておらず、まさに不意を突かれた気分になった。
「無論、根拠ぐらいはあるさ…あやつには戦う理由が乏しいのだ」
「戦う…理由?」
「そうだ…それがないのはつまる所、最後の踏ん張りが効かず耐えきれなくなる」
これはバーサーカー…ペンテシレイアの持論であるが、戦いに対する「理由」の有無は最も重要視される事柄であると考えている。
何故なら、「理由」は常に死の危険がある戦場において自らを奮い立たせることができる最後の材料であると。
「言い換えれば、あるだけでも十分だということだ」
「それが、彼女には無いのか…?」
「ああ、あれでは戦場に飲まれて死ぬ事になるな」
考え込むカウレスを尻目にバーサーカーは霊体化をしようとしていた。
「まぁ、戦いの最中に見つける事ができれば話は変わるがな」
「それは…」
「だが確証はない…ならば、諦めはつけておくべきだ…後で辛くならない為にもな」
そこまで言って完全に消えるバーサーカーにカウレスは何も言えず、立ち尽くしてしまう。が…
「それでも…俺は」
拳を握り、呟く一言は静寂の中の部屋に消えていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
夜のトゥリファス市内は物音が一つもしない空間に包まれている…そこへ二人の人物が壁を登り、建物の屋上へと姿を現す。
一人は黄金の鎧を纏うサーヴァント「セイバー」こと「ギルガメッシュ」であり、もう一人は彼に襟を掴まれ、引っ張られる形でやってきたセイバーのマスター「獅子劫界離」である。
「お、お前な…危うく首が締まる所だったぞ」
「マスターが階段などを登る手間を省いてやったのだぞ」
見事なドヤ顔を見せるセイバーに獅子劫はタメ息をつくしかなかった。
「全く…だが、確かに見晴らしはいいな」
彼等のいる場所からは市内を隅々まで見渡せ、細く入り組む路地までも網羅でき、建物の屋上である為奇襲をかけにくい事から思いの外、理に敵った策に最優のサーヴァントとはよく言ったものだと感心をする。
だが、屋上の床に獅子劫が手を着くと探知用の結界が作動したのが、分かる。それに呼応するかのようにゴーレムや武装したホムンクルス達が周りの屋上に出現した。
「手荒い歓迎だな…」
「ま、これくらいやって貰わねば我が退屈であるがな」
獅子劫はショットガンを取りだし、ホムンクルス達の方を向く。
「俺の魔術はゴーレム相手には威力不足だな…セイバー! 任せるぞ」
「応とも!」
向かってくる複数のゴーレムの突撃を跳躍にて避けるセイバー、それを追撃すべく巨大な蜂型のゴーレムは凄まじいスピードで刺突をするも…
「遅い」
攻撃が届く前に頭部を握り潰され、そのまま地面へと叩きつけられる。直後、その傍にいた三体のゴーレムが身体中に穴をいつの間にか空けられて、崩れ落ちた。
「どうした? 呆けている暇などないぞ」
地面に降り立つセイバーの周りを取り巻くように円形上の波紋が出現していた。それが揺らめいたかと思うと、ゴーレムでは目に追えないスピードで何かが射出され、また数体が崩れ落ちる。
「貴様らにエンキは抜かん! 代わりに我が宝物を身に浴びせよう」
これがセイバー・ギルガメッシュの宝具『
恐るべきはその数であろう、この蔵は所有者の財の量に準ずるため、数多の智慧を持つギルガメッシュは無限に武具を初めとするあらゆる宝物を使用する事が可能となる。
ただの土くれとなったゴーレムを踏み砕き、邪悪な笑みを浮かべるセイバーが呟く。
「さぁ、蹂躙の時間だ」
一方の獅子劫はハルバードや西洋剣を持つホムンクルス達と戦闘を行っていた。屋上の隅まで移動した時、振り向き様に手持ちのショットガンが火を噴く。
放たれた弾丸は彼等の頭上を通り過ぎる…攻撃の意図が分からず、足を止めた二体のホムンクルスに先程の弾丸が戻って心臓を貫いた。
これが魔術師「獅子劫界離」の魔術、人間の死体を加工し自らの武器として扱う「死霊魔術」である。
先の指の形をした「指弾」もその内の一つである…これは進行方向にある標的の体温を察知し、自動で軌道修正を行い命中してからも心臓に向かい、内部で呪いを破裂させる事で確実に殺害する「魔弾」となる。
これを惜しむことなく放ち続け、ある程度数が減った頃を見計らい、屋上から三角跳びの容量で下に降りる。
路地を飛び出し、広い道へと出る。そこには大群を組むホムンクルス達がいた。
すると、懐から黒い物体を取りだし、彼等に向かって投げ付ける。
これは魔術師の心臓を加工したもので、中には爪や歯が大量に詰まっており、かつ強力な呪いが仕込まれている。
それが破裂する…爪や歯が脆弱なホムンクルスの皮膚を貫き、呪いが広範囲に渡り、彼等を浸食した。一部は即死するも、まだ死ねきれていない者に獅子劫が近付く。
「じゃあな…!」
指弾を詰めず、通常の弾丸にて無抵抗となったホムンクルスの頭部を撃ち、絶命させる。
粗方片付き、一服していた所にゴーレムを倒したセイバーがやってきた。ホムンクルス達の死体を一瞥し、声をかける。
「存外やるではないか、死霊魔術師よ」
「ま、ほとほと修羅場は潜り抜けているからな」
初戦となる 彼等は互いに中々の技量を持っていると確認できた結果となった。
しかし、それを見ていた者達には衝撃を与えることになっていたとは、知るよしもなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ーーどれほど時、自分がここにいるかも分からない。
ーー自分が何者かは分からない。
--ただ、自分は生きている…それだけは分かる。
自覚してから、積み重なっていく…情報、知識、そして時間。
--俺は生まれてから然程時間は経っていない。
--俺は魔術師によって造られた生命である。
--俺達はただ『消費』されるだけの存在だ。ただそれだけ…
ホムンクルスの目覚めはまだ起きない…しかし、確実に
~没会話シーン~
バーサーカーとカウレス君編
カ「いたなら姿を見せなよ、紹介したのに」
バ「そ、それは…」
カ「もしかして、照れているのか?」
バ「~~ッ!」
カ「あだだだッ!無言のアイアンクローはヤメて!凄い痛いから!!」
花鈴(夫婦漫才か何かかな?)
没理由
「うちのペンテシレイアがこんな可愛い訳がないッ!」
あまりやり過ぎるとキャラ崩壊を起こしかねないので、あえて地の分になってもらったのが真相です。
次回も(不定期更新だけど)お楽しみ!