本年も遅筆な作者とこの作品にお付き合いください!
花鈴にとっては一瞬の出来事であった…反響魔術による周囲への警戒をしている中で、一台の車が結界内に侵入してきたのを感じたのと同時に、「何か」が音を越えた速さで飛び出してきたのだ。
最初は敵かと思って、身構えてしまったがランサーと呼ばれる男に攻撃を加えた事から味方である事が分かり、一安心するのも同じ車から降りてきた肥満体の男性が自分の隣にいるルーラーに話しかけてきた。
「ご無事でしたか?! ルーラー…よ?」
その男性は花鈴を見ると怪訝な表情を浮かべるも、直ぐにルーラーの方に向き直って彼女が健在である事に驚ろきつつ、息を整えて口を開いた。
「申し訳ない…急いで向かっていたが、途中でエンジントラブルに見舞われて遅くなりました。しかし! この私『ゴルド・ムジーク・ユグドミレニア』が来たからには心配はしなくとも良いでしょう!」
「なるほど、『黒』のセイバーとそのマスターですね?」
「如何にも! しかし隣にいるのは一体何者ですか?」
ジロリと睨むゴルドに思わず怯んでしまい、花鈴はジャンヌの後ろへ隠れてしまう。
「彼女は『黒』のアサシンのマスターですよ」
「何…? アサシンの?」
ゴルドは自分達の召喚に先立って日本にてアサシンが呼び出されている事は知っていたが、そいつは男であって少なくとも、こちらをチラチラと見ている女ではないとは確かであった。この場にて問いただす事は出来なくはないが、下手に事を荒げるのはルーラーの目もある為今後を考えた時、今は味方として振るわなければならない。
「ま…まぁいい、今は『赤』のランサーを片付けることが最優先だ」
今は想定外のイレギュラーに構ってはいられる状態ではなかった…自分が召喚した最強のサーヴァントでまずは敵のランサーを討ち取り、初戦を華やかなに飾るためにもいけないからだ。
一方、戦場ではセイバーが放った一撃が地面を削り飛ばして大量の砂埃が舞っていた…しかしその中でもセイバーとランサーの剣戟、時折アサシンの不意打ちのような攻撃を放つ音が響いていた。
未だに払えぬ埃から最初に出てきたのは、ランサーであった。
続いてセイバーとアサシンが出てきたものの、両者はダメージで明確な違いが生まれていた。
ランサーの体は全くと傷はついておらず、纏う鎧にも目立つものはなく疲労も感じていないのか清廉な雰囲気は戦闘前と変わらないままであった。
それと正反対にセイバーとアサシンには無数の傷があり、アサシンに至っては蓄積した疲労によるものか片膝をついていた。セイバーは剣を構えながらランサーの次の一手を見計らっていた。
もうじき夜明けを迎えるのか、漆黒だった空が明るくなっていた…それを見ていたランサーが二人の方に向き直った。
「ここまでのようだな…悪いが、お前達との決着はまたの機会に持つとしよう」
鋭利な眼をさらに細めてセイバーの隣にいるアサシンを見やる。
「しかし、お前の強さは不可解で不気味だ…次は今日のように戦えるとは思うな」
ランサーの背に太陽が昇り始めた…と同時に彼の体が薄くなっていき、数秒もしない内にかき消えてしまった。
初めてサーヴァント同士の戦いに驚愕しかできず放心していたゴルドが、ようやく終わった緊張感に安堵したのち、ルーラーに話しかける。
「ルーラーよ、また奴が襲ってくるのに備えて我々と共に来て戴けませんか?」
「いえ、それには及びません。それよりも…」
彼女が目で見やる先にいたのは、傷ついたアサシンに治癒魔術をかけている花鈴であった。
「彼女も黒の陣営ですので、共に行くのは彼女ではないのですか?」
「し、しかし! 戦いを検分するのであれば、我らが城塞が良いのではないか?!」
「それでは公平性を保てないのと、自分の身は自分で守れますので心配は無用です」
これ以上ルーラーと話すのは無駄だと判断したゴルドは舌打ちをしながらもセイバーを霊体化させた後、状況を飲み込めていない花鈴の方を睨む。
「おい小娘! さっさと行かないと置いていくぞ!」
突然話しかけられた為、肩をビクッと震わせてしまう。早足気味で開けられていた車の後部扉から中に入り、同じ所からゴルドが乗り込んだ。
扉が閉められ、車が発進した…それを見送ったルーラーはその場で振り返る。
「これが…初戦」
広がるのは荒廃した土地…ここが元々は道路であることを感じることができないのは仕方ないだろう、アスファルトは砕け下の地面が剥き出しになっていて、制限速度やトゥリファスまでの距離を示した標識達は切断されたり変形して地面に落ちていた。改めて言うが、これらの現状は一対一の人間サイズの者によって行われた戦闘だと、そして…まだ大戦の始まりに過ぎない事に。
ルーラーは何故自分が呼ばれたのを考える…未知なる七対七の聖杯戦争を監視する為だろうか、と。
「今は考えても始まりませんね」
ルーラーの状態を解き、今は自らの媒体となってくれている「レティシア」に戻る。トゥリファスに向かおうとしたが、戦闘前に安全な所に置いておいた荷物の事を思い出した。取りにいった彼女が見たのは…
「あ…」
そこにあったのは戦闘の衝撃により、鞄の中身の八割近くが外へ飛び出していた無残な姿であった。
本来のサーヴァントなら着替え等は必要とはしないが、ルーラーとして喚ばれた「ジャンヌ・ダルク」はフランスに住まうレティシアという少女の体を借り、現界を果たしている。それ故か普通の人間と同じくお腹は減り、風呂にも入る必要がある。
故に長期滞在を覚悟して、大量に用意をしていた荷物を抱えてきたわけだが…ここまでの惨事になるのであれば、先に送っておくべきだと後悔もしながら片付けを始める。
「はぁ…」
思わずため息をついてしまう…終わるのは、まだ後のことになりそうであった。
後に汚れた服をクリーニングに出した所、請求額がとんでもない額で悶絶死しかけた話は別の機会にて…
◇◆◇◆◇◆◇◆
ミレニア城塞、とある一室に置かれている椅子に座っている花鈴は不安に押し潰されそうになっていた。
初戦を何とか凌ぎきり、いざ監督役の元に行こうと思っていた所、何故か黒塗りの高級車に乗せられた挙げ句、連れ込まれたのは、結界が何重にも張られていて武装した兵士達が警備している、如何にも戦争をしますよと言わんばかりの城みたいな場所であるからだ。
一緒の車に乗っていた横幅が大きい人(名前を聞くのを忘れた)に「この部屋で待っていろ!」と言われて、待つこと数十分が経とうとしていた。
「大丈夫か? マスター」
「う、うん…大丈夫だよ」
霊体化を解いていたアサシンが花鈴の傍まで近寄る。その姿を見て一応の笑顔を見せるも、彼女の手は僅かに震えているのが見えた。
「大丈夫だ、この私が付いているから」
そう言って自分の手をとるアサシンの行動に、少し遅れて意味を理解すると徐々に頬が紅くなっていく。
「ふぁ! な、何?!」
慌てて掴まれていた手を引っ込めてしまい、アサシンを見る。しかし当の本人は不思議そうな表情をするばかりである。
「? どうかしたのか、マスター?」
「何でもないッ!」
そっぽを向く花鈴に未だに状況が把握できていないアサシンは、もしかして怪我をしていており、そこに触れてしまい痛がっているのではと思い、彼女の正面に移動する。
「す、すまなかった! 私が不注意なばかりに…!」
「え? い、いいわよ…気にしていないから、ちょっと驚いただけだよ」
「でも悪化する前に治療しないと! さぁ手を見せてくれ、マスター!」
「悪化とか治療て何?! どこも怪我はしていないからね?!」
「無理はしなくても良い、私の宝具で一瞬で治るから!」
「いや、とりあえず落ち着こうよ?!」
何としてでも手を見ようするアサシンを諭そうとするも、余計に場が悪くなるばかりで、しまいには頭を下げて懇願するようになってしまって、収拾がつかなくなりそうであった。
それを収めたのは開け放たれた扉に立っていたダーニックの一言である。
「…もういいか?」
「「あ…」」
仲良く二人で扉の方を見て固まってしまう…先ほどまで、いないはずの所に立っている長髪の男性は非常に微妙な視線を送り、その後ろに控えていた車イスに座る少女に至っては苦笑いを浮かべていたから、自分達のコントじみたやり取りを見られていたと、思うと揃って赤面するしかなかった。
かき消えそうな声で「どうぞ…」と言い中へと促す。入ってきたのは長髪の男性、車イスに座る少女、そしていつからいたのか全身が黒で統一された服を着る長身の男性が、花鈴とアサシンを値踏みするような眼差しを向ける。
「ダーニックよ、こやつらが我等のアサシンとそのマスターとなるのか?」
その声は男性特有の低い声でありながら、それでいて威圧感を持ち合せていて自然と頭を下げてしまいそうな錯覚に陥る。一方のアサシンは彼の正体が人間ではない事に気付きながらも見えぬ威圧に圧倒されていた。
「その通りでございます、公王よ」
ダーニックと呼ばれた男性は恭しく頭を垂れ、そう答える。
「うむ…」
小さく頷く「公王」と呼ばれた人物は数秒の間、思案する。
「黒」のランサーこと「ヴラド三世」は、現在の状況を吉と捉えるか凶と捉えるかを判断をあぐねていた。
吉なのは、合流が遅れると知らされていたアサシンが早く到着した事だ。これにより戦力の全容が分かり、「赤」側との戦いに作戦が立てやすくなる。
しかし、一方で考えていた事は「赤」のサーヴァントを殲滅した後の事だ。今回の聖杯大戦は通常七騎で行われるはずだったものが、イレギュラーが発生し倍の数に増えたものである。それに伴い戦う形式が、通常とは違って陣営別に別れて戦い、その後にバトルロワイアルに戻るのである。
ヴラド三世は自らの陣営と戦う事になった場合、最大の障害はセイバーだと算段していた。しかし、当初は英国を震撼させた殺人鬼をアサシンとして喚ぶはずだったものが、いざ対面してみると見たこともない英霊で、しかもセイバーを率いたゴルドの話しによると、アサシンクラスながら敵のランサーと互角に渡り合ったと報告があった。
それは彼を驚愕させた事実としては充分であり、またアサシンとしての運用を見直し、その考えを言葉として発する。
「敵方のランサーと渡り合った実力から、お前には前線に出てもらうぞ」
暗殺者を前線に出す…一見すれば致命的なミスと思われる判断だが、現状を鑑みた結果で仕方なくとも言える。
これからの戦いにはまだ見ぬセイバーとアーチャーが控えている…相手を過大評価する訳ではないが、こちらのセイバーを一時的とはいえ防戦に追い込んだランサーを見れば、警戒はせざる得ないだろう。それに敵がアサシンを討ち取ることになれば、自らの手を負わすことも無くなるというものである。
「引き受けよう、ただし一つだけ約束してほしい事がある」
「…? 何だ?」
「我がマスターの身の安全を確実にして貰いたい、彼女は魔術師であっても戦う術を持っていないからだ」
それは意外な提案であった…前線に立つことは死ぬ可能性が高まるものである。だからこそ自分にサーヴァントを付けて欲しいと言われると思っていたが、アサシンから出てきたのは自らのマスターの安全を約束して欲しいとの事だった。
それにランサーは答えは出さず、代わりに自らの配下であるダーニックに答えさせた。
「分かった、何体かホムンクルスを付けよう」
「感謝する、老齢の魔術師よ」
アサシンが発した言葉にその場にいる全員が反応を示す。
彼のマスターである花鈴は、どこから見ても二十代か三十代にしか見えないダーニックに「老齢」とは言い難く 、てっきり別の言葉と間違えたのだろうと思っていた。そんな彼女と裏腹に、驚きを隠せないでいたのは他ならぬダーニックと付き添いで訪れていたフィオレである。
ユグドミレニアの主たるダーニックが見た目の若々しさと裏腹に、その実年齢が九十を超えているのは魔術師であるなら聞くことはあるだろう。しかし、サーヴァントはその事を知る術はないはず…それでも目の前のアサシンに知られていた。
得体の知れないアサシンのステータスを見るべくダーニックはマスターの特権であるステータス開示をする事により、彼の言葉がスキル「虚の見切り」によるものだと判ったが、同時に一部を除いてアサシンのステータスが隠されているのに気付いた。
「アサシンよ、何故味方を前にしてステータスの隠蔽をしているのだ?」
「もしかしたら、真名が知られると致命的な事があるのですか?」
ダーニックからは疑いの眼差しを向けられ、フィオレからは気を遣う言葉をかけられる。
その二つの視線を受けながらも、アサシンは表情を崩さず静かに答える。
「隠すつもりではない…だが、どうしても外せないスキルの所為でね。そこは理解して貰いたい」
ダーニックはあまり納得する顔をしていないが、アサシンの言葉を一応信じる事にして部屋から退出する。フィオレは残りのマスター達を紹介する前に、まずは汚れた服を着替えておくように言い、用意されていた一族の制服を花鈴に渡した。
その光景を静かに見ていたアサシンが、誰にも聞こえない声で呟く。
「…私は唯の罪人だからな、名などは意味はないさ」
どこか寂しげであり、諦めすら感じられる台詞は空へと消えていった。
アサシンの真名のヒントはちらほら出ていますが、流石に分かった方はいませんよね…?
次回は遂にあの陣営が初戦闘ですのでお楽しみに!