それではどうぞ
『相良豹馬』にとってこれから行われる「聖杯大戦」は重要な出来事であった。
二流の魔術師家系に生まれてしまった所為で周りから比較され続け、幼い彼に浴びせられたのは数々の汚い言葉であった。さらに彼自身も魔術の才能が微妙であったことがより心を痛めることとなった、そのおかげで純真だった性格が大きく捻じ曲がってしまい結果、弱きに強く強きに弱い自分より才能があるものに嫉妬を抱くと言ったクズのお手本のような人間が出来てしまった。
「だが、そんな俺でも神様は見放していなかった」
魔術師の一大組織である「魔術協会」にも入ろうとせず、唯一まともであった容姿を生かして「東京」にてコンビにアルバイトとして日々働いていた時だった。
彼を訪ねたのはルーマニアの大家「ユグドミレニア」の長である「ダーニック・プレストーン・ユグドミレニア」であり、彼が自らの一族へと招いてくれたのだ。最初は半信半疑だったが、本拠地である「トゥリファス」に来た瞬間、相良は確信しここから一流の魔術師へと上れると…
しかし、待っていたのは一日の大半を立っていられない程の雑用であり魔術の鍛錬は空いた僅かな時間しか費やせない、彼にとっては屈辱もいい所だった。そんな惨めな状況で文句の一つでも言いたかったが僅かと言えども鍛錬に時間を与えてくれた恩義を感じていた為、それは心の奥底にしまっておくことにした。
それほどの時間でも結果は変わりはせず、彼の魔術師としての才能は結局平凡のままであった…自分より後で来た車椅子の少女の魔術を見た時にそれを嫌というほど知らされてしまったのだ。
そんな失意の中で耳にした如何なる願いを叶える願望機とそれを巡る闘争「聖杯戦争」の事、そして近々「ダーニック」がそれらに関わる重要な決断をすると…以上の事を酒で酔った勢いで話していた肥満体の魔術師「ゴルド」から聞いたことだった。
当初は参加したかったが、自分の実力では無理かと思われていた……右手の甲に「令呪」が現れるまで。
そのことを「ダーニック」に報告すると、いつもは澄ました顔をしていたのがほんの一瞬驚愕したように見えた。珍しい光景を見て内心ほくそ笑んでいたが直後、彼にこう言われた。
「貴様の実力はまだ足りてない、故にアサシンのサーヴァントを召喚せよ」
明らかな命令口調だったので何か一言言おうとしたが、鬼の様な形相で睨まれてしまった…まるで「反論は許さん」と言わんばかりでその場は渋々了承の旨を伝えた。そして召喚する場所もここトゥリファスではなく、彼の生まれ故郷である「東京」にて行うようにと強く言われて、その夜に五年ぶりの帰郷をはたすことになった。
戻ると共にそれに合わせて自分が働いているホストクラブにて手頃な生贄の女を見繕い、予め用意しておいた聖遺物をこれも用意していた魔方陣の前に置く。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師×××××」
召喚の為の呪文を詠唱し始まる。アサシンのサーヴァントを呼べるちょうどいい触媒を手に入れる事ができたし生贄も運よく間抜けそうだったから手早く入手できたことだし、自分が最高に運が良いと確信できる、そしてこれまでのクソッたれな人生を清算できると思うと自然と笑ってしまう。
「誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者
我は常世総ての悪を敷く者」
予定通り召喚を終えた後は、ルーマニアに戻って手始めにダーニックの奴をバラバラにして殺してやる…あの澄ました顔を苦痛で歪ましてからゆっくりじっくりと解体してやる。それ以外の奴はどれも大したことがないから男は殺して女は殺さず、支配した後の楽しみとしてとっておいてやるか。
「汝三大の言霊を纏う七天。
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よーー!」
暴風が発生し、辺りを包み込む。
しかし、相良は知る由もなかった…祭壇に置いてある触媒がただの玩具であることに、それを渡した魔術師が偽物ばかりを扱うとんでもない人物であることに、そして今しがた目を覚ました生贄となる女性の存在を。
それらが重なる時、『奇跡』は体現する。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
彼女が生を受けた「花園家」は五代続く名門の魔術師家系であった、父であり魔術の師でもある「義信(よしのぶ)」は日本人でありながら魔術師の最高学府「時計塔」を優秀な成績で卒業した数少ない人物であり、その将来を渇望される人であった。
そんな優秀な人物の血を継ぐとして花鈴は周囲の期待を集めていた。
当の本人も幼い頃より聞かされ続けた父の武勇伝に心躍らせ、いつかは父と同じ高みへと昇りたいと思いながら魔術の鍛錬ができる歳になるのを楽しみに待っていた。
しかし蓋を開けてみると彼女に待っていたのは「地獄」そのものであった。
魔術回路の質も量も特に異常はなかった、欠点らしいものはないはずだった…それでも彼女は「平凡」という一言の評価で十分で目立った特徴もなく、こなせる魔術もどれをとっても突出しておらず絵にかいたような「凡庸魔術師」であった。
そんな彼女とは裏腹に才能に溢れた魔術師が誕生した…名は「花園麻里(はなぞの・まり)」、花鈴の双子の妹である。平凡な姉とは違い英才教育で花開いた才は僅か十歳ながら基本的な魔術は全てマスターしており、とても小学生とは思えないと後に関係者は語っていた。
さらに追い打ちをかけるように麻里の魔術属性が、持つことさえ稀有な属性「五元素使い(アベレージ・ワン)」であることが判明し、次第に期待の眼差しは花鈴から麻里へと向けられるようになる。
同時に失望や侮蔑を含む言葉もこの頃より浴びせらることになった。
『お前達姉妹は顔が同じなのに、何で能力に差が出るんだい?』
『なんだ、完璧じゃない方かよ』
『まるで妹に才能を吸収されたみたいだなッ!』
失望の眼は同じ家に住む家族からも向けられるようになり、かつて明るかった性格も根暗になり自分の部屋から出る事も少なっていた。
しかし魔術の鍛錬は時間を見つけては行っていて、まだ上達することに諦めはついていなかった。それでも周囲は「平凡な奴が無駄な努力をしている」と鼻で笑い、誰もが彼女を馬鹿にする中でただ一人寄り添ってくれた人がいた。
それこそ自分をここまで追い詰めた元凶とも言える妹の麻里であった。彼女は花鈴とは真逆でいつも笑顔でいて他人の悪口すら言わない程、人間としても出来上がっていて花鈴自身は相当嫌っていた、そんな酷い姉でも時折魔術の指導をしてあげるなどこれまでと変わらずに接し続けていた。
これは麻里にとっては優しさであるかもしれないが、花鈴は内心惨めさと情けない気持ちで一杯一杯であった、只の陰口などは培ってきた忍耐があるからまだいい方である…けど、妹の優しさは自分より出来のいい妹に嫉妬する醜い心が浮き彫りになってしまうから、関わりたくないと思っていてもそれを言える勇気は持ち合わせていない為、ほとんどはなし崩しに受け入れてしまうのだ。
しかし、溜まっていけばいつかは決壊してしまうのが人の心というものである。
その日は姉妹が揃って16歳になった記念日であり、家では誕生日パーティーの準備が行われていた。花鈴と麻里が帰ってきたのはちょうど準備が終わる頃で、両親はすぐさまパーティーを始めようとした。
しかし、ふと麻里が零した言葉が花鈴の決壊を促す一言になってしまう。
「あれ、お姉ちゃんのケーキがないよ?」
テーブルに載せられた数々の料理の中でも、一際目立つ位置に置いてあるデコレーションケーキには「Mari Birthday!」としか描かれておらず、もう一人の誕生日である姉の名前が確認できなかったのだ。不思議がる麻里を尻目に姉と両親は言葉を詰まらせて何も言えなくなっていた。
「パパもママも今日がお姉ちゃんの誕生日なのを忘れちゃったの?」
--…て
「今から走って買ってくるから、ちょっと待ってて!」
--…めて
両親がコートを羽織ろうとする麻里を止めている中、花鈴は鬱積した負の感情に飲まれようとしていた。
「もう~ 分かったよ、じゃあこのケーキを切り分けるから!」
--やめて…!
麻里が慣れた手つきでケーキを八等分にしている中でも、感情は止めどなく溜まっていくのが分かる。
「はい! パパとママの分!」
綺麗に切り分けられたケーキが両親へと手渡る…次に来るのは自分の番だと思うと、冷や汗が出て呼吸が苦しくなっていく。
「はい! お姉ちゃんのだよ!」
白い皿に乗せられているイチゴのショートケーキ、そこには丁寧に銀のフォークが添えられていて差し出した麻里は満面の笑みを浮かべていた。
受け取ろうにも手は全く動かず、視線も下へと向いてしまう。
「どうしたの? もしかして気分が良くないの?」
妹にしてみれば心配して声をかけてくれただろう…だが、それが溜まりに溜まったモノの後押しをしてしまい、決壊を引き起こしてしまった。
「やめてッ!! これもあんたが全部悪いのよ!!」
差し出されていた皿を左手で思いっきり弾いてしまう、落下した衝撃で皿は砕けてしまい乗っていたケーキは無残に崩れてしまう。しかしそんな中でも一度壊れると次から次へと言葉を巻くしたててしまう。
「大体私より遅く生まれてきた癖して、私が受けるハズだった事を全部奪っていった奴なのにッ!!!」
「何で私に優しくしてんのよ! 他の連中みたいに蔑めばいいじゃない!! 無能て言えばいいじゃない!!? それなのに…ッ」
「お姉ちゃんお姉ちゃん…て、そんなだから勝手に僻んでいる私が惨めになるじゃない!! 私だって今まで真面目にやっていたのよ!!」
「それなのに全く評価されない気持ちが分かる訳ッ!? 分からないよね?! 才能の何もかも全部持っているあんたなんかに!!」
「あんたなんか…あんたなんか…」
これより先の言葉を言えば、全てが終わってしまう…必死に堪えようとした、しかしもう自分の意思では止めることはできなかった。
「死んでしまえッ!!!」
言ってしまった、もう言ってしまった…花鈴は逃げるようにその場から立ち去っていき、それを誰も追おうとせず静寂だけが支配していた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その日の出来事で家から必要な物を持って夜逃げ同然の如く出て行った。故郷を離れ自身の夢である上京を果たすことになった。ここから先の人生は語ることは何もなかった…あると言えば後日になるが、妹の麻里が亡くなったと風の噂で聞いたことだった。何でも遠縁の親戚が跡継ぎが必要らしく妹がそれに選ばれたらしく、その家に行ってから亡くなったと聞いていた。
何故、何があって亡くなったのかは分からずじまいであったが彼女にとっては別にどうでも良く、精々自分が言ったことが現実になったぐらいしか思わなかった。
高校も当然ながら中退して、東京では日雇い労働で日銭を稼ぐのが日課となった。しかしここで魔術師であることが功を奏する…強化魔術を少し習っていたことで肉体労働が楽になり、周りが男達であっても同じかそれ以上稼げていた。
それでも生活は厳しく、贅沢ができる訳は当然なくその日をやり過ごすことが精一杯だった。
三年が経つ頃にはそろそろ贅沢がしたいと思うようになり、高収入の求人を探しているとある広告が目に入った。
未経験でもいいと書かれていて時給も千円を越している為、即応募した。
そこはいわゆる「キャバクラ」と呼ばれている所で、当初は職場の独特の空気についていけなかったがただ男性と話して気に入られるだけで稼げると知ると彼女は化けることとなった。
元々顔立ちは良くスタイルも整っており、笑った顔は客の間では癒されると話題になった結果、一日で何十万という大金を稼ぐまでになった。
今日は念願だった稼いだ金でホストクラブで豪遊しようと、都内でも最も高級な店へと足を運んだのだ…しかし、目の前の光景はどうだ? 妙な廃屋に連れ込まれていて床には何かの魔方陣があり、その前で手をかざしている男は確か…ホストクラブで自分についた男だった。名前は「ヒカル」て言っていたような気がする。
その男が何やら呪文みたいなことを言い、それに応える様に陣の輝きが増していくのが感じられる。四年も魔術から離れていてもこの空間に満ちている魔力は異常だと言える。
それと同時に自分の身はとてもあぶないと事も何となくだが分かってしまう。これは魔術師ではなく本能とも言えるものだった。
(何かを召喚しようとする…そんな場所に居合わせる私はさしずめ生贄という所かしらね)
すでに意識は完全に覚醒し、脚も動かせる…が彼女はそこから移動しようとしなかった。否、動こうとすら考えていなかったのだ。
(ここから逃げても追いつかれるし、それに魔術師じゃ警察は役に立たないからね…店に助けも求めても直ぐに信じることないしそれに私が余計な事をすれば、犠牲者を増やすだけ。なら…)
動かなければ自分が犠牲になるだけで済む、ならばそれだけで良い…そう彼女はもう諦めがついていのだ。
(あの世に行ったら麻里に謝ろう…あの子には酷い事をしたり言っちゃったりしたから、こんなダメな私を許してくれるかな…?)
眩しいほどの笑顔を見せる妹が脳裏に浮かび「あの日」の出来事を思い出していると、頬に一筋の涙が伝うのが分かった…生を諦めていた時に不思議と流したそれに困惑していると、頭の中で声が響いた。
ーー君は生きたいか?
(……あなたは、誰?)
ーーそれとも、もう死にたい?
(私は生きていても…しょうがないし)
ーーでも本当は生きたいよね?
(それは…そう、だけど…けど私、は)
ーーやり残した事や、叶えたい願いはあるかい?
(……それはあるけど、けど…!)
ーー生きたい事に、罪はないよ
(…!)
ーー誰も咎めることもできない、だから君の本心を聞かせてくれ
(私、私は…!)
心は考える、これまでは碌なことがなかった
それを確かめるまで、まだ。
(死にたくないっ! まだ生きていたい…!)
ーー聞き届けた、なら僕は君の願いを成就させよう…さぁ、手を取って
花鈴は目の前に広がる虚空に手を伸ばす…その時辺りに激しい光が溢れ出した。
魔方陣の中央に現れたのは一人の男性だった。灰色の髪をなびかせ真紅の眼が特徴の好印象を持たせる青年である。しかしその手には武器等は確認できず、茶色のローブが全身を覆っているだけのシンプル過ぎるものであった。
呼び出そうとしたサーヴァントと全く違うことに驚きを隠せない相良を無視して、ゆったりとした足取りで花鈴の元へ歩く。
「『サーヴァント・アサシン』、君の願いを叶える為呼びかけに応えたよ。我がマスター」
上体を起こして壁に寄り添っていた彼女の左手を優しく取ると、「令呪」が宿っている甲に軽く口付けをした。突然の行動に赤面していると後ろから怒号が聞こえてきた。
「おいっ! お前のマスターは俺だろう!! 何をやっているんだ!?」
怒りで顔を真っ赤にしている相良の手には、サバイバルナイフが握られていた。
「無関係の魔術師殿、どうかここはお引取りください…でなければ死ぬのはあなたですよ?」
「何だとぉ~~!」
「あなたはまだ若い…ここで倒れる訳にはいかないでしょう」
この言葉で相良の何かが切れた…奇声をあげナイフを花鈴に向かって投擲する。その軌道は怒りに任せたものとは思えない程、正確で彼女の胸部に向かっていった。
しかし、その前にアサシンが立ちはだかり彼女の盾となる。
ナイフはアサシンの心臓に飛ぶ…花鈴は「あぶないっ」と叫ぶ、相良は苦虫を噛み潰した表情になる。
そして…
ナイフは
「終わりました。行きましょうマスター」
「え? あ…うん」
目の前で起こったことに頭の理解が追いつかず、アサシンと名乗った男に支えながら立ち上がり彼女は起き上がり、そのままゆっくりとした足取りで廃屋を後にしアサシンも同時に出て行った。
後に残ったのは、ひっそりと息を引き取った相良だけであった。
人物紹介
・花園 花鈴(はなぞの・かりん)
歳:二十歳、魔術師
魔術系統:?
魔術属性:?
本編のもう一人の主人公。東京は銀座にあるキャバクラに勤務している女性。成り行きにて「黒」のアサシンのマスターとなる。
・アサシン
真名:?
属性:中立・中庸
パラメーター:筋力C、耐久E、敏捷C、幸運E、魔力B、宝具A