SCHOOL IDOL IS DEAD 作:joyful42
この辺のオカルトネタって個人的にも興味があるので、書いてて楽しかったんですが、深夜に秘密結社のwikiを延々とはしごしてるの、気が狂いそうになりましたね。
ちなみにこの来るべき種族っていう本、日本語訳で出版されたのが割と最近らしいんですよね。
実物は一昔前のラノベみたいな結構アクの強いイラスト中心の表紙だったんですが、流石それを善子が教室で読んでいると雰囲気が出ないので、簡素なデザインの表紙っていう事にしました。
まだまだ四月は、陽が沈むのが早い。帰りのホームルームが終わり、千歌が曜、梨子と共に学校を出た頃には、もう太陽は西に大きく傾いていた。
「ねえ梨子ちゃん、本当にやってくれないの?スクールアイドル。」
朝、登校してきた勢いのまま梨子にメンバー加入を迫った千歌だったが、返っていた返答は当然ノーであった。
「ごめんなさい。私、ピアノなら弾けるから、曲作りのお手伝いとか、そういう事なら出来るけど、アイドルとしてステージに立つのはちょっと……」
「えー?だって梨子ちゃんかわいいよ、絶対似合ってるよ、スクールアイドル!」
「私よりも二人の方が似合ってるわ。良いんじゃない、千歌ちゃんと曜ちゃんの二人のユニットで。」
「だって!曜ちゃんも手伝いはするけどスクールアイドルはやらないって言うんだよ!このままじゃ私一人になっちゃうじゃん!」
梨子が驚いた表情を見せる。
「え?私はてっきり曜ちゃんもやるもんだと……」
「私は水泳部があるからね。掛け持ちも出来ない事はないけど、中途半端にやるのも失礼な気がするし。」
そう言って苦笑いの曜。
「そもそも、なんで私なの?スクールアイドルなら、他にもやりたい子はいっぱい居るんじゃない?」
「それは梨子ちゃんが音ノ木坂から来たからだよ!あのスクールアイドルの名門から!」
千歌が梨子の制服を指さす。
「でも私、音ノ木坂に通ってただけで、スクールアイドルの事は何も知らないから……」
「そんな事ないよ!音ノ木坂に通ってたって事は、きっととんでもないスクールアイドルの素質を隠し持ってるんだよ!」
「そんな事無いと思うけどな。」
梨子が笑う。
三人は漁港の前までやって来ていた。夕陽に包まれる漁港は、この時間は人があまり居らず、閑散としている。
「私ね……」
家路への歩みを進めながら、千歌が話し始める。
「果南ちゃんに言われて、気付いたんだ。自分のスクールアイドルへの憧れや想いって、なんてちっぽけな物だったんだろうって。」
「千歌……」
「ほら、小さな子供達は好きなテレビ番組のマネをしたがるでしょ?男の子は仮面ライダーになりたかったり、女の子はプリキュアになりたかったり。私もただ子供のように、μ’sになりたかっただけだったんだよ。」
千歌がくるりと振り返る。丘の上の校舎も、オレンジに染まっていた。
「μ’sみたいな曲を作って、μ’sみたいな衣装を着て、μ’sみたいにライブをやって、μ’sみたいに解散する。勿論出来る事なら学校の移設や廃校も防ぎたいし、内浦も元気にしたいけど、それは私にとって一番ではなかった。μ’sと同じ事が出来るのが一番だったんだよ。」
何もこれは、千歌に限った話ではなかった。μ’sは十年も前に解散したグループだったが、その存在が伝説化している事もあり、今でもμ’sの後を追うスクールアイドルが後を絶たなかった。同じようなグループ名と曲、衣装。活動する理由は母校や地域の活性化。そして比較的、そういったグループの方が、ラブライブ!の大会において評価されやすいという現状もあった。
「でも果南ちゃんは言ってた。アイドルはもっと自由な物だって。」
漁港を挟んで海を眺めると、大きく盛り上がった淡島の奥に、富士山が見える。昔、その富士山の麓に居たとあるアイドルの話を、千歌は聞いた事があった。一般ウケはしなかったが、独創的な楽曲と仕掛けで、各所から大きな評価を受けたグループだった。
「あの後私、家に帰ってから色んなスクールアイドルの映像を見たんだ。上位に食い込むようなグループはどこも皆、立派なステージに立派な装飾で踊っていて、凄いな、私達にはきっと真似できないなって思った。」
今やスクールアイドルは各学校の顔と言ってよかった。高校野球の強豪校が、立派な練習施設を持っているように、スクールアイドルの強豪校は、専用の劇場を持っていたり、MVに多額の予算を注ぎ込んだりしていた。
「でもね、ここにはこの自然とここにしか居ない人達が居る。」
先ほど見た夕焼けに浮かぶ富士山を、曜と梨子も千歌に倣うように見る。地元の人なら誰もが誇る絶景だった。
「ここには豪華や施設も、それを実現するお金も無いけれど、有名なグループと同じ事は出来ないかもしれないけれど、何か別の方向性でそれを超える物を作る事はきっとできる。」
具体的な策はまだ無かった。自分らしさとは何なのか、個性とは何なのか。何で有名グループとの差別化をするのか。ただそれらを考える中で千歌は漠然と、スクールアイドルを全力でやってみたいと感じたのだ。
「だから私、スクールアイドルをやってみたい。自分たちの力だけで、どこまで通用するのか、試してみたい。」
千歌が、曜と梨子を見た。その目は、眩しく光る西の太陽よりも強く輝いていた。
曜と梨子が顔を見合わせる。そして、仕方がないなという風に笑った。
「わかったよ、千歌。」
「え?」
曜が鞄から何かを取り出して、それを千歌に手渡す。A4サイズの紙が一枚、クリアファイルに挟まれていた。一番上には太めの文字で部活動申請書と書かれており、下の署名欄に1列開けて、曜と梨子の名前が書かれている。
「千歌ちゃんには内緒で、さっき曜ちゃんと話したの。どのくらい本気でスクールアイドルをやりたいんだろうって。」
「私は水泳部もあるし、梨子ちゃんは一人暮らしでまだ生活に余裕があんまり無い。そんな中で中途半端なスクールアイドルだったら流石に面倒見きれないし、さり気なく聞き出して、一時の衝動で始めようとしてるのなら、二人でやめさせようって。」
状況を理解し、ぱっと千歌の表情が明るくなった。
「じゃ、じゃあ!」
「私達の負けよ、戦力になるかはわからないけど、スクールアイドルに参加させてください。」
ありがとう梨子ちゃん!とはしゃぎながら、千歌が梨子の手を握ってぶんぶんと振る。
「その申請書、千歌の名前を書いて学校に提出しといてね。別にスクールアイドルは学校の部活である必要は無いみたいなんだけど、部として動いた方が色々やりやすいだろうからさ。」
「曜ちゃんもありがとう!」
千歌が今度は曜の手を取り、またぶんぶんと振る。
「夏の間は水泳部が忙しくなるから、その期間はあまり顔も出せないだろうけど、それだけは勘弁してね。」
千歌が鞄から筆箱を取り出した。中からボールペンを出し、申請書の署名欄に自分の名前を書き始める。
「……家に帰ってからゆっくり書いたら?」
梨子の忠告も気にも留めず、結局千歌は最後まで名前を書いてから、申請書と筆箱をまた鞄の中に閉まった。
「そんな事より、梨子ちゃん一人暮らしだったの!?」
「え、ええ、言ってなかったかしら?」
「聞いてないよ!てっきり家族で引っ越してきたのかと思ってたんだから!」
「まあ、私もさっき聞いたしね。」
梨子がごめんなさい、と言って笑った。
「向こうの山をちょっと登った所にあるアパートに住んでるの。でも、他の部屋が全部空き部屋になってて、何だか不気味なのよね。」
「じゃあさ、今度お泊り会しようよ!梨子ちゃんの家で合宿!」
「お、いいね、それ!」
曜が賛同した。
「え、ええ、いつでも待ってるわ。」
「お化けも待ってたりしてね。」
声を潜めて曜がそう言った。千歌と梨子がビクリと体を震わせ、曜を睨む。
「もう!曜ちゃんそういう事言うのやめてよ!」
「そうよ、これから私はその家に帰るのよ!」
三人で顔を見合わせ、笑った。
「ありがとうね、私に話しかけてくれて。」
梨子が不意にそんな事を言い始めた。
「本当はね、不安だったんだ。都会から一人で転校してきて、馴染めるかなって。だから、千歌ちゃんが話しかけてくれて、本当に嬉しかった。びっくりしちゃって、顔には出せなかったけど……」
「梨子ちゃん……」
曜もその昔、この内浦に引っ越してきた経験の持ち主だった為、梨子の気持ちは痛いほどわかった。新しい環境で、既に仲の良い集団に一人で飛び込んでいくのは恐ろしく不安な物なのだ。
「よーし、まだまだメンバーは集めたいけど、とりあえずはこの3人で、浦の星女学院スクールアイドル、頑張っていこう!目標は、ラブライブ!優勝!」
「ゆ、優勝?」
「いきなり大きく出たなあ。」
そう言って曜が苦笑いする。そんな曜と梨子の手を千歌が取り、三人で肩を組んだ。
「じゃあ記念に、気合いを入れよう。」
「うん!」
「せーのっ!」
三人がぐっと肩に力を入れた。曜と梨子が千歌の方を見る。千歌はすーっと息を吸い、そして言い放った。
「……なんて言えばいいのかな?」
「考えてないのかよ!!!」
曜のツッコミが、内浦の雄大な山と海に響いた。
「こういう時って、グループ名を叫んだりするもんなんじゃ……」
「そういえば考えて無かったね……」
はあ、と大きくため息をつき、三人は肩を離した。
「まあ、明日からまた、頑張っていこうよ、三人でさ。」
曜の一声で、そうだねと三人は笑い、また家までの道を歩き始めた。
「あっ、そういえば私、まだ用があるからさ、二人は先帰ってて!」
千歌がUターンし、走り出す。二人は用って何だろう、と首を傾げながらも、手を振って千歌を見送った。
「また明日学校でね!」
そう言いながら千歌も笑顔で手を振り返していた。
もうかなり日没も近づいた海沿いの道を、曜と梨子が二人で歩く。千歌が居なくなったことで、会話もだいぶ静かになり、耳を澄ますと波の音がよく聞こえた。こんなに海が近かったのかと、梨子は改めて思った。
「曜ちゃんもありがとうね。」
「え?」
「私と仲良くなってくれた事。嬉しかった。」
「まあ、私も昔この街に引っ越してきた身だからさ。不安なんだろうなっていう気持ちは分かったし。それでも、こんなに早く仲良くなれるとは思ってなかったけどね。」
「千歌ちゃんのおかげね。」
「おかげなのか、巻き込まれてるだけなのかはわからないけどね。」
二人でふふふと笑う。
「不思議ね、私、曜ちゃんとは初めて会った気がしないの。」
「……どこかで会った事があるって事?」
「いいえ、何となくそう思うだけなんだけど、もしかしたら昔どこかで会った事があるのかも?曜ちゃんが前住んでたっていうのは、東京?」
曜が首を横に振る。
「違うよ、私が前に住んでたのは長崎の佐世保。お父さんが元海上自衛官でね、佐世保の基地に勤務していたんだ。今は退役して、民間定期船の船長。その都合で、私もここに引っ越してきた。」
「じゃあ、小さな頃に会ったって事は無さそうね。」
「まあ、よくある事だよ。初めて会ったのに初対面の気がしない、なんてさ。」
「もしかしたら、すぐに仲良くなれたから、昔を思い出して懐かしさみたいな物を感じてるのかもしれない。ほら、小さい頃って誰とでもすぐ仲良くなれたでしょ?」
「そうかもね。」
やがて、交差点に差し掛かった所で梨子が立ち止まった。
「それじゃあ、私の家はこっちだから。」
梨子が横断歩道を渡り、交差点から左に伸びた道へと歩みを進める。二人でじゃあねと手を振り合った。
「そういえば梨子ちゃん、一つ聞いていいかな?」
ふいに曜がそう尋ねた。
「いいわよ、何?」
「最初にこの街に来た時、どんな事を思ったか覚えてる?例えば景色が綺麗だな、とか、田舎で何にもないなー、とか。」
梨子がしばらく考える素振りを見せた。
「さ、さあ……ごめんなさい、あんまり覚えてないわ。引越で疲れていたからかしら?」
そう、と曜が笑った。
「でも、確かに景色は綺麗ね。こんな自然、東京じゃまずお目にかかれないから。」
ウミネコ達が空を飛んでいく。太陽が完全に沈み、雄大な内浦の自然は、夜闇にゆっくりと紛れて行った。