I love youが聞きたくて。


※「Coolier - 新生・東方創想話」様からの転載です。

・東方Projectの二次創作小説です。
・世界観の曲解や登場人物の性格、背景などをいじっていて、設定が崩壊しています。苦手な方はご注意ください。
・一般的と思われる二次創作設定は一部流用させていただいています。すみません。
・作者は二次創作初心者です。
・ご意見を頂けると泣いて這いつくばって喜びます。


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英語異変

 何時も不思議に思う。この時期になると、ある薬が飛ぶ様に売れ始める。それは瓶詰めされた水薬であり、大きさは掌に収まる程で、薄紅色をしていて、梨のような甘くみずみずしい香りを放ち、実際舐めてみると大いに甘い。

 一見すると只の苺シロップのようにも見えるのだが、しかしこの薬、只の薬ではない。私の師匠、八意永琳様の調合なされた魔法薬なのである。

 笠を被って薬売りに変装し、里中を練り歩くと、あちらこちらで声を掛けられる。置き薬の更新ではない。と言うか、置き薬の更新はあんまりされない。一般家庭でそんなに大量の薬が必要になる事などあまり無いし、もしもあったとしたら、その時は受診を勧めている。我が永遠亭は診療所も兼ねているからね。すごいでしょ。

 まあちょっと話が逸れたが、要するに皆、この薬が目当てなのだ。

 買って行くのは大体見知った連中である。紅魔館のメイド長やハクタクの先生、里中だと言うのに九尾狐の化けた奴もいた……まあ、月兎の私が言えた義理では無いのだけれど。

 挙げ句の果てには妖精までもが買い付けに来る始末。サイドポニーを揺らしながら、どうやって手に入れたのか、僅かな硬貨を握りしめて。いつもちょっと代金に足りないのだが、そんな様子で来られたのでは仕方が無い。不足分は私が身銭を切っている。そこはそれ、今じゃ私も地上の兎。義理と人情には弱い訳なのですよ。

「thanks a lot!」

 その場で即座に水薬を一気飲みした白黒魔女が、満面の笑みで言う。礼一つにも英語の飛び交う今日この頃。仄かに顔を赤らめながら意気揚々と駆けて行く後ろ姿は、何となく心地良いものがある。うん、いい仕事したな、私。

 しかし、やはり疑問は残る。

 みんな一体、何に使うんだろう?

 聞こえる言葉を英語に変換する翻訳剤なんて。

「おかしいと思いませんか、師匠」

 永遠亭に戻った私は、お師匠様に疑問をぶつけてみた。

 我が師匠、八意永琳様は偉大なる月の賢者。彼のお方を表すならば、才色兼備白眉最良秀外恵中絶対無敵。その知を前にして解き明かされぬ謎などこの宇宙に存在しない。

「幻想郷で英語なんて誰も使わない筈なのに」

 もしやみんな、外界へとヴァカンスに出掛けているのかしらん?

「優曇華」

 カルテを書くペンを置いて、八意様は私の方へと向き直った。そのお顔は優しい微笑を湛えており、私はちょっと震えてしまう。……だってお師匠様ったら、お説教の時にも同じ顔でなさるんだもの。

「今日は十五夜ね」

「ええ、そろそろ頃合いですね」

「お月見の準備は整っていて?」

「てゐ達が張り切っていましたよ」

「大変よろしい」

 窓の先を見やって、八意様は頷いた。その頰は少し紅潮なさっているようにも見える。診療所を開業してからと言うもの、お師匠様は大変お忙しい。疲れが溜まっておられるのだろうか。いくら完全無欠の永琳様と言えども、少し心配である。

「なら、そろそろ始めましょうか。姫様を呼びに行きましょう」

 そうして、すっくと席を立たれた。私の疑問は華麗に流されてしまったけれど、まあそれはいいか。

 私が先立ち部屋を出ようとすると、

「あ、ちょっと待って」

 言うなり、お師匠様は件の水薬を一気飲みした。腰に手を当て、それはそれはお美しいフォームで。

 んー? なんでお師匠様まであの薬を?

「ok. let's go」

 私の疑問の眼差しは、永琳様のすこぶる良い笑顔で掻き消されてしまった。

 ……まあ、いいか。お師匠様もなんだか嬉しそうだし。細かい事は考えないのが地上の兎の正しい在り方なのだ。

 廊下に出て姫様のお部屋へと向かえば、途中、中庭に面した縁側を通る。姫様が非常な情熱を傾けて整えられたこの中庭では今、てゐ達が餅を搗いている。彼女達の餅搗きは十五夜を彩る音楽。これが無きゃお月見じゃないわ。

 天上を見やれば、空には真ん丸の月が浮かんでいる。かつて私は、彼処に住んでいた。戦いに恐怖し、主も仲間も何もかも投げ出して逃げ出して、私は地上の兎になったのだ。

 あの月を見上げると何時も思う。いつか運命が追いついて来て、私を捕らえてしまうのではないかと。

 なんだか心細くなってしまって、私はお師匠様の方を振り返った。

 逃げ出した私を匿って下さったのは、敬愛する姫様と、八意永琳様。二人はこの私に大いなる安らぎと生きる意味とを与えて下さった。そのご恩はどれだけお仕えしようと返せるものではない。私の宝だ。

 月影を浴びて立つ永琳様のそのお姿は、お美しいなどという薄っぺらな言葉ではとても言い尽くせぬ。私の挙動不審を見やって小首を傾げるその仕草に、今しがたの鬱気も忘れて、私の胸が高鳴った。

 慌てて月に瞳を戻し、私は取り繕いの声を上げた。

「見てくださいよ、お師匠様。月が綺麗ですね」

 指差さば、やれ、何て事無い只の月。何も怖れる必要など無い。私は今、地上の、この永遠亭の幸せな兎なのだから。

 その時。

 背後からドゴォン! と派手な破壊音がして、空気がビリビリと振動した。

 すわ、襲撃か!? 一体誰が。

 反射的に身を低くする。兎に角、姫様と八意様をお守りしなければ。

 指鉄砲を構えて振り返った私は、しかし唖然としてしまった。

「……何やってるんですか、お師匠様」

 永琳様が永遠亭の柱に思い切り額を打ち付けていたのである。柱には大きなヒビが入って、周囲にはもうもうと埃が舞っていた。庭の兎達も驚いて、餅を搗く楽しげなあの音がピタリと止まった。

 八意様は微動だにせず、沈黙が場を支配する。その異様な光景に、何となく近づき難いものを感じて、私は一歩引いてしまった。

 暫くして、お師匠様が深い深い溜息を吐いた。そうしてくるりと振り返ったそのお顔には、いつもの優しい微笑みが浮かんでいた。

「何でもないのよ」

「えっ、あのでも、額から血が出てますけれど」

「全然、何でもないのよ」

「えっ、でも」

「さあ、姫様を呼びに行きましょう」

 そう仰るなり、スタスタと先を歩いて行ってしまう。

 私は首を捻りながらもその後に従った。何だか、八意様はすれ違いざまに「自分の薬も効かないなんて、困ったものね」なんて呟いておられたような気がする。一体何の事だろう。さっき飲んだ薬が効かなくて困ってるのかな? まさか永琳様、英語が苦手だったりして。……まさかね。

 次の日、永遠亭の診察待合室は見知った顔の少女達で溢れ返っていた。あの薬を買っていった者達だ。皆症状は同じ、貧血らしい。お師匠様の診断によると、鼻血の出しすぎだとの事である。

 あの薬……みんな一体、何に使ったんだろう。

 







 某所で流行ってたので、遅ればせながら書いてみました。
 某所では皆様美しいお話を書いておられて、私もそれに憧れて書いてみたのですが、同じ題材なのになんでこんなひどいネタになってしまうのか、我ながら遺憾であります。


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