櫻井家の末っ子   作:BK201

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9話 各々の役割

夜、彼らは各々思うままに行動する。蓮と司狼は強敵を前に共に行動を起こすことを決めた。蓮は香純が連れ去れたことを知らない。ただ、嫌な予感だけはしていた。

そんな彼の様子を知ってか司狼は敢えて病院と逆方向の遊園地を目指す。当然、遊園地には人っ子一人いない。逆に言えば、被害が広がることがない。蓮たちは初めて自分たちから誘いをかけていた。幹部が実力者なら確実にこちらの挑発に乗ってくると思って。

 

「司狼、敢えて聞かなかったけど、櫻井の奴はどうしたんだ」

 

司狼がルサルカの聖遺物を手に入れたということは蓮が知る限り直前まで戦っていた櫻井螢がどうしていたのか知っているはずではないかと思った蓮は尋ねる。

 

「なんだ、気になるのか?お前の好みだもんな、あいつ」

 

今まで訪ねなかったのは司狼にこうやって揶揄われると理解していたからだ。しかし、蓮たちに戦力的な余裕はない。完全な味方、とは言い難くとも一度は黒円卓と敵対した彼女であれば説得できる可能性が高いと思っていた蓮は時間に余裕ができた今、聞いておくべきだと思った。

 

「わかってると思うが司狼、そんなんじゃないぞ。こっちには余裕がないのはわかってるだろ。知ってるなら教えてくれ」

 

「弟に会いに教会に行ったきりだぜ。ま、死んじゃいねえだろ。よっぽど仲の悪い姉弟じゃなけりゃ。

もし仮に殺し合うほど仲が悪くても、あいつらなりのルールがある。一日で開けるスワスチカは一つ、多くて二つ。それに昼間は活動しねえ。昨日の学校がいい例だ。学校を襲撃するなら昼間の方が自然に生徒が集まるんだからな。何らかの制約があるんだろうぜ。

身内だろうと殺すならスワスチカを開くために殺すだろうさ」

 

だが、それは逆に言えば今夜、いやもうすでに夜になっているのだから今殺されてもおかしくないということだった。

 

「司狼!お前なんでそれを黙ってた!!だったら教会に行くべきだっ「それを櫻井のやつが分かってないと思ってんかよお前」――――ッ!?」

 

「いいか、蓮。この際だから言っておくが元々あいつは俺たちの敵だ。共闘したのは状況に流されてのものだ。わかってんだろ、何の策も考えもなく俺たちが教会や病院に近づいたら先輩も香純も巻き込まれかねないんだぜ」

 

いや、正確には巻き込まれ済みだ。蓮はまだ香純が教会に連れ去られたことを知らない。スワスチカの開いた病院ではなく、自宅のマンションで寝ていると思っている。そのことに気付かないように目を覚ましてからずっと司狼が焦らせたり会話を途切れさせずに誘導していたからだ。

今はまだ知らない方が蓮にとっては良いと司狼は直感で分かっていた。

 

「状況を考えろよ。お前が寝てる間だって事態は進んでるんだ。後先考えずに突っ込んだら負けるぜ。これはそういう戦いだ」

 

蓮は頭にきて思わず司狼の襟首をつかむ。司狼は逆にへらへらと挑発するように笑った。

 

「なんだよ、本当に惚れたのか?」

 

「次に冗談言ったら殴るぞ。次のスワスチカは6つ目だ。そんな状況であいつらの前に一人で誰かを行動させること自体が俺たちの首を絞めるんだ。その位わからないわけじゃないだろ!」

 

「首絞めてんのはお前だろ。じゃあお前は先輩と香純を連れて、櫻井を仲間にして3人で敵全員同時に相手しましょうって言うのか?そっちの方が無謀なんだよ。あいつらがいつ単独で行動するなんて誰が言ったよ?1人でもビビる相手なのに3人同時なんて無理だろ?」

 

だから分散させた。3人を相手に守りながら戦うという最悪の状況は避けた。司狼の言うことも正しい――――蓮もそれは分かっていた。だが、それ以上に蓮は櫻井のことが心配だった。

 

「やっぱ、惚れんじゃねえか」

 

とりあえず蓮は割と本気で司狼を殴った。

 

 

 

 

 

 

蓮と司狼がそんなやり取りをしていたころ、話題の張本人は教会にいた。

 

「誠、なんで……」

 

「なんでって、わからないわけないでしょ?姉さんは裏切り者なんだよ。だからこうやって拘束するのも当たり前じゃない?」

 

誠は昼間に気絶さえて捕まえた姉である螢を拘束して地下室に閉じ込めていた。丁度、蓮が橋でラインハルトに気絶させられて連れて来られた時と同じ部屋に。

 

「ああ、そういえば姉さんが気にしてた綾瀬さんならゾーネンキントである彼女の隣の部屋にいるよ。ま、危害を加える気はないから安心して。それがクリストフとリザさんとの約束だし」

 

螢を見ているが見ていない。誰に話しかけるでもなく、独り言のようにつぶやく誠。その様子を見て、螢はますます疑問が深まった。

 

「そうそう、ツァラトゥストラは遊園地に向かったみたいだね。まあ、幹部の誰かが出張るだろうから僕の仕事はないかな?」

 

「……」

 

疑問を抱いたのは螢を拘束したことではない。櫻井螢は彼の行動の一貫性の無さに疑問を抱いていた。

弟の考えが理解できない。昔は、それこそ戒兄さんが生きていたころの誠は明るく朗らかな、自分とさして変わらない子供だった。だが、いつからか、誠は変わった。いや、この数年で変わらない方がおかしい。だが、変化の方向性が普通とは明らかに違う。螢とて変わったが本質は変わっていない。だが、誠は根幹から変わっていた。それも流動的に変化しているように見える。

初めはひどく積極的だった――――最初にツァラトゥストラを見つけ殺そうとしたのは誠である。

次に会った時には従順な様子であった――――それこそベイの指示に従い、螢の手助けをするくらいには。

それからしばらくは消極的になった――――皆がスワスチカに躍起になっている所でただ一人何も行動しなかった。

昼は懐疑的だった――――それこそ姉である螢を捕らえる程に。

 

そして今は――――協力的だった。

拘束しているが見た目だけ、そもそも聖遺物所持者を捕らえることのできる真っ当な拘束手段はない。綾瀬香純の居場所を教え、黒円卓の数少ない泣き所である氷室玲愛の場所まで教えている。そして、昼間にあれだけ見せていた姉に対する警戒心が全くなかった。

 

「どうしたの姉さん?」

 

どれが誠の本当の姿なのだ?いや、もしかしたら何か一貫性があるのかもしれない。螢が見逃しているだけなのかもしれない。

だが、螢にはわからなかった。今は弟がひどく遠い存在であるかのように感じられた。

 

 

 

 

 

 

襲撃は突然だった。蓮と司狼の二人が認識する前に何かが通り過ぎ、次の瞬間には吹き飛ばされた。

 

「グッ……!?」

 

「なッ!?」

 

圧倒的な速度差――――だが二人は瞬時に理解した、敵が来たと。

 

「オラぁ!!」

 

まず動いたのは司狼。ばらまくように放たれた銃弾。同時に聖遺物の一つである鎖を銃弾とは違う軌道であたりに飛ばす。

 

「――――!」

 

逆に蓮は敵の動きを見逃さないために静止して集中する――――

 

「アハハハ――――遅すぎるよ!!」

 

しかし、司狼の攻撃は何も手ごたえがなかった。銃弾は彼方へと飛ぶだけであり、鎖は敵に当たるどころか、逆に何かに弾かれ、鎖は砕かれていた。

 

「ぐっ!?」

 

司狼は聖遺物の一部が砕かれた反動でダメージが蓄積される。だが致命傷ではない。どうやらルサルカから奪った聖遺物は火力が低い代わりに聖遺物一つ一つが破壊された時の反動も小さいらしい。それを身をもって確かめつつも敵の動きを予測して銃を撃ち続ける。

 

「そこ、だァ!!」

 

一方、蓮は司狼の攻撃で動きが制限された敵の軌道を捉え、ギロチンを振るった。自分たちより速い相手であるが、動きは単調。故に近づくのではなく、敵の動きを予想して待ち構えて攻撃する。

 

(ドンピシャ!こいつは避けられるはずない!!)

 

一瞬の交差――――攻撃は通ったかに見えたが、迫ってきた敵はむしろ速度を上げて近づき、間合いの内側に入って身を低く伏せることで躱し、蓮を蹴り飛ばした。

 

「っ!ち、くしょう!」

 

だが、蓮を蹴った衝撃は軽い。蹴りをくらったが近づいたなら好都合とばかりに蓮は自分を蹴った足をつかもうと手を伸ばす。

 

「すごいすごい!でも、届いてないんだよォ!!」

 

音すら置き去りにするような速さの戦いで聞こえたのはその言葉――――気付いた時には蓮は背中を撃たれていた。

 

「がぁッ!」

 

今度こそ、体勢を崩す。大したダメージはないが、蓮と司狼の二人が攻撃を止めたことでようやく敵も立ち止まった。

現れたのは白――――白髪の少年。両手に握った拳銃幼い見た目の誠よりは身長が高いが随分小柄で童顔。右目に眼帯、両手にはそれぞれ異なる種類の拳銃。そして猟奇的な敵を嘲笑う笑み。

 

「泣き叫べ劣等――――今夜ここに、神はいない」

 

ウォルフガング・シュライバー――――黒円卓の幹部の一人が蓮と司狼の前に現れた。

 

 

 

 

 

 

結局、疑問が解消されることなく、誠は螢の前から立ち去り、螢は綾瀬香純を連れて脱出することにした。

 

「ね、ねえ櫻井さんだよね……ここ教会だよね、えっと私なんでここに」

 

何て察しが悪いとは言えない。彼女は巻き込まれた一般人であり、蓮の聖遺物を一時的に使っていたとはいえ、本来は何も関係がない筈なのだ。

 

「話は後よ、とにかくここから離れたほうがいいわ……そうね、家に戻るかいっそ街をしばらく出たほうがいいと思うわ」

 

「え、いや、ちょっとそんなこと言われても!?そもそも教会なら神父さんやシスターさんは?それに氷室先輩だって」

 

そんな話をしている暇はないと思うが、香純からしてみればあまり親しくもない螢に突然そんなこと言われても納得がいかないのだろう。だが、時間をあまりかけるわけには、そう思った時――――

 

「駄目よ、彼女を連れていくことを許すわけにはいかないわ」

 

黒円卓のメンバーの一人が現れた。リザ・ブレンナー――――直接的な戦闘力に限れば黒円卓で誰よりも低いが、彼女の能力である蒼褪めた死面(パッリダ・モルス)を前に香純を連れて教会を脱出するのは螢には難しい。

 

「えっと、シスターさん。なんで、そんな恰好を、それって……コスプレですか?そ、そういえば櫻井さんも同じ格好して、ます、ね」

 

薄々何かがおかしく、まずい状況であることを察し始めた香純だが、既に香純が思っているよりも事態はまずい状況へと進んでいた。

 

「レオン、彼女をこっちに渡してちょうだい。私は彼女に危害を加えるつもりは一切ないわ。少しの間、彼を止めるために彼女にはここにいてもらう必要があるの」

 

螢がどうにかして切り抜けるしかないと身構えた時――――

 

「リザさん、やっぱ貴女は交渉事には向いてないと思うよ」

 

「うん、私もそう思う」

 

第三者が、いやこの状況で関わってくる相手など決まっていた。

 

「誠……」

 

「玲愛!」

 

二人が呼んだ相手は違うが、そこに立っていたのは名前を呼ばれたその二人。だが、黒円卓の(ヴェヴェルスブルグ・)聖槍(ロンギヌス)を携え玲愛の背中からいつでも貫けるように構えていた。その構図は当人たちを除き、誰とっても予想外のものだった。

 

「いま僕の持ってる槍をゾーネンキントである彼女に突きたててる。この意味は分かる?貴女達には僕の指示に従っていただくか、彼女を見捨てるという選択があるっていうこと」

 

「わーこわい。たすけてリザ」

 

台本に書かれたセリフを言うかのような、一切感情のこもっていない棒読みで誠と玲愛は話しかけてきた。

ここにいた面々は全員目を疑う。

香純は事態がドンドンわけのわからない方向に進んでいることに、螢は弟の奇行と共にいる玲愛の存在に、リザは玲愛の起こした行動そのものに。

 

「玲愛、貴女……」

 

「うん、全部私が彼に頼んだの。綾瀬さんのことも、彼のお姉さんのことも、わたしなりに藤井君を助けるために」

 

玲愛が自身で起こした行動。誠の違和感のある行動の一端(・・)は彼女に協力していたことにあった。

 

「僕は頼まれたから手伝うことにしただけ。何せ姉さんが裏切っちゃったから立場を考える必要があったし」

 

誠ははっきり言って黒円卓や黄金錬成などどうでもよかった。何せそれを使って叶える願いなどない。姉である螢が裏切ったのだから余計に。だから有利に動けると思った玲愛についたのだ。

 

「リザ、お願い。私に協力して」

 

「……貴女にそう頼まれたんじゃ仕方ないわね」

 

そしてリザも玲愛の願いを前に香純を拘束する気など失せ、玲愛に協力することを決めた。一触即発だった状況は好転し、彼女たちは蓮達が拠点にしているボトムレスピットまで移動することに決める。

一方、話を置いてきぼりにされた香純は何が何だかわからなかったが、とりあえず蓮の下に行くことを知ってついていくことにした。

 

教会のチャペルから正面の扉へ向かい全員で移動する。

ふと、違和感が彼らを襲った――――静かすぎやしないか?夜の教会など普段から静かなものだが、風に揺れる木々の騒めきや寒い冬とはいえ虫や獣の声も聞こえない。

それに最初に気付いたのは螢だった。乾いた空気、かさついた肌、そして何より発火直前の独特の気配――――

 

「全員、下がりなさい!」

 

そして巻き起こった轟音と膨大な熱量によって発生した爆炎。炎を操る螢はだからこそ最初に気付き、咄嗟にその爆炎に向かい攻撃を行い、自分たちの周りへの被害を軽減させようとした。だが、桁違いの熱量に螢の咄嗟の攻撃は拮抗することなく一瞬の遅滞を発生させただけで終わり、彼女は吹き飛ばされてしまう。

 

「チッ!」

 

ただ、その一瞬の遅滞は無意味ということは無く、生じた小さな空白に誠は槍の柄の中心部を両手で握り竜巻のように回転させ、攻撃に割り込ませた。

攻撃そのものを防ぐことは無理でも、それの本質が炎であるならを逸らすことは出来ると誠は判断して、回転によって空気と炎の通り道を誘導した。

それでも、誠の防御ではむせかえるような熱気を完全に防げず火傷を負う。だが、螢と誠の身を呈した防御によって肉体的には一般人でしかない玲愛や香純を守りきった。

 

炎が立ち消え、視界が晴れる。そこに聞こえてきたのは乾いた拍手と女の声だった。

 

「まずはよくやったと誉めてやろう。ゾーネンキントである彼女が死んでは元も子もないのでな」

 

褒め称える声――――それは明らかに小馬鹿にしたもの。この程度の攻撃を防げないわけがないだろうという皮肉だった。

 

「あなたは……」

 

そして目の前に現れた相手を見て、誠が呻くように呟く。

 

「さて、自己紹介といこう。聖槍十三騎士団黒円卓第九位エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ=ザミエル・ツェンタウァだ――――名を名乗れ、東洋人。貴様の一族の恥さらしとして名を刻んでおいてやる」

 

先ほどの炎よりも鮮烈な色をした紅髪を束ね、左の顔に火傷の跡を持つ女性は、煙草を咥えながらそういった。

 




櫻井誠に黄金錬成によって叶える目的はない。
強いてあげるなら実力を示すことこそが目的である為、黒円卓にこだわる必要はなく、恩義のある手ほどきしてくれたルサルカが死に、姉が裏切ったので特に黒円卓にいる理由もなくなった。

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