櫻井家の末っ子   作:BK201

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8話 ズレ

黄昏の浜辺で俺は一人佇んでいた。

何度も夢の中で訪れた世界。すぐにここが自身の持つ聖遺物――――マリィの世界であると気づいた。

処刑博物展で処刑台を見て以来、制御できるまでずっと見続けていたが、形成が扱えるようになってからここ数日は見ていなかった夢の中の世界だ。

俺は眠りに落ちる前のことを思い出す。ヴィルヘルムとの戦いに敗北しかけ、そこを敵であるはずのマキナと呼ばれた黒い男に助けられたのだ。いや助けというには語弊があるかもしれない。奴は明らかに俺に固執していたが、俺を見ていたわけではなかった。目的のためにヴィルヘルムが邪魔になった、だから殺した。

 

「……ッ!?」

 

その時の出来事を思い出し恐怖がぶり変える。その後のことは覚えていない。おそらくそのまま気絶したのだろう。

 

『兄弟よ――――俺を失望させるなよ』

 

奴の言葉が脳裏に思い浮かぶ。奴のあの一言から出た圧力が俺に重くのしかかった。

負けるかもしれないと思ったことは何度もある。屋上で司狼と喧嘩した時、誠という黒円卓のメンバーと初めて会った時、先のヴィルヘルムの戦いでもそうだ。だが、闘争心だけは前のめりなほどあった。

司狼との喧嘩は意地のぶつかり合いで互いに気絶するまで殴り合った。誠との戦いのとき、最善であったはずの逃げるという判断をしなかった。ヴィルヘルムの戦いでは死闘の末にあと少しで創造を会得するまで粘り続けた。

どの戦いでもこいつには負けるものか、絶対に勝ってやる。そんな気概があったのだ。

しかし、勝てないかもしれないと思わされたのはこれが初めてだった。

 

「奴は……」

 

ヴィルヘルムすら一撃で斃したその力、5つ目のスワスチカが開いた瞬間に押し寄せた存在感――――いや、おそらくそんな表面的なところではないのだ。本質的に奴と俺との間に何らかのつながりがあり、俺はそれを恐れているのだ。

 

「なん、だよ……情けないな、俺」

 

恐怖に体が震え、蹲りそうになる。丁度良かったかもしれない……どうせここは夢の中なのだ。この恐怖に負けそうになって何が悪い――――むしろ今まで感じなかったことがおかしかったんだ。毎回命のやり取りをして、この街の、それどころか世界の命運をかけた戦いに挑まなければならない。そんな恐怖、常人ならとっくに精神的にも肉体的にも破綻してる。ヴィルヘルムとの戦いだってその寸前だったんだ。

俺が心の中でそうやって言い訳していると、砂を踏みしめる足音が聞こえてきた。情けない姿を見られるのが嫌で、すぐに振り返る。

 

「……レン」

 

「マリィ」

 

近づいてきていたのはマリィだった。当然だ。ここはマリィの世界なのだから、彼女がここに来ても何ら不思議ではない。

しかし、これまでの彼女と異なり、不思議と以前彼女から感じた無機質さ、無邪気さが薄れ、ひどく近しい感覚を感じた。初めて会った時の彼女は歌っていた通り正にギロチンそのものと言っても過言ではなくお世辞にも人間らしさなど欠片もなかった。初めて実体化した時も人間というよりは出来のいい人形と言った方が似合うほど浮世離れした様子だった。

だが、今は人間らしさというものがあった。その理由はとても単純で、彼女に人間らしい表情があったからだった。

 

「レン、こわいの……?」

 

そう、まるで心配するかのような、そして自身も恐怖に震えるような表情で彼女は俺を見ていた。

 

「……ああ」

 

正直に答える。別の誰かならともかく、一心同体とも言えるマリィなら話しても問題ないと思ったし、今は話すべきだと感じたからだった。

 

「なんで、こわいの?」

 

「なんでって……」

 

オレは一体何に恐怖しているのか。命を賭して戦うことか、この身に世界の命運がかかっている責任か、それとも敵や自身にある強大なその力そのものか、それとも奴と出会った時からなぜか感じていた自身の知らない真実(・・)を知ることなのか?

 

「……わからない」

 

絞り出すように出た言葉は答えとも言えない答えだった。だが、それを聞いたマリィはなぜかその答えに満足した様子だった。

 

「だったら、わたしと一緒だね」

 

「一緒?」

 

「わたしもこわいの……あの人に砕かれた日から、ずっと」

 

マリィの言うあの人とはラインハルトのことだろう。そうだ、確かに俺は無事だったし、マリィも見た目は無事だが、あの橋の上で攻撃して、敵の身に傷一つつけることも出来ず、逆に外側だけとはいえ一度は奴に聖遺物を砕かれたのだ。

完全に失念していた。敵の言葉を馬鹿正直に信用しすぎだ。俺は馬鹿か、そのことでマリィに影響が全くないなんて都合の良いこと起こるはずがないのだ。どこかに傷があるのか、そう思って心配したらマリィが口を開く。

 

「でもね、ふしぎなの。レンと一緒にいるとね、こわいのが小さくなるの。それでね、こわいのとはちがう感じがするの」

 

だが、マリィの言葉は俺の心配していた内容とは違っていた。

 

「レンといるとね……その、ここがドキドキってするの。でも痛くない、これってうれしい、っていうのかな?」

 

しどろもどろに恐る恐るといった様子で、自分の中に生まれている感情が何なのかさえ分からず、彼女確かめるようにそう尋ねる。

 

「わたしもレンもこわがってる。でも、わたしはレンが一緒にいるならこわくない。レンはちがう?」

 

自分がそうなら相手も同じ思いを抱いているに違いない、そんな純粋さから出てきた彼女の言葉。

そうか、ようやく合点がいった。マリィはあの戦いを通じて、感情というものを得たのだ。だが、それは幼いのだ。生まれたばかりの感情を整理できず、だから自分と同じように恐怖の感情に支配されていた俺を見つけて安堵しているのだ。やっと理解した。

 

「ああ、そうだな。俺もマリィがいるなら大丈夫だ」

 

そう、俺は大丈夫だ。マリィよりも少しだけ人生経験が豊富な俺は恐怖に対してやせ我慢が出来る。だけどマリィは違う。生まれたばかりの感情に戸惑い、しかもそれが恐怖であったがゆえに混乱している。

だから俺が守らなくちゃいけない。皮肉にもラインハルトに傷つけられたことによって何も知ることなく、何も教えられることのなかったマリィは今まさに人間として成長したのだ。俺がその妨げになったら俺は自分が許せなくなる。

 

「マリィ、安心してくれ。俺が絶対にあいつらを斃して見せる」

 

弱気になどなるな。マリィに格好悪い所は見せられない。そう思って俺はマリィに約束する。

 

「今度、香純と一緒にタワーや遊園地に行こう。そしたら、マリィも絶対楽しいはずさ」

 

「……うん、約束ね。レン」

 

――――頭の片隅で何かがずれるような軋む音がした――――

 

 

 

 

 

 

5つ目のスワスチカが開いて以来、一般人の居なくなったボトムレスピットで司狼は酒とたばこを補充しながら新しいおもちゃを手に入れた子供のように聖遺物を玩んで使い勝手を確かめていた。

戦場となったホールこそ廃墟のように滅茶苦茶になっていたが、住みかとしていた部屋や食料を置いてあった場所は無事。銃撃や爆発音で警察が閉鎖するかと思いきや、ここ最近の連続事件やここを根城にしているのがアウトローな人間であったこと、何よりスワスチカが開いたせいで一般人には立ち寄りがたい瘴気のようなものが漂っていたため誰も近づくことすらなかった。

 

「おもしれえな、この武器(おもちゃ)。まさに俺にぴったりって感じだぜ」

 

冗談めいた口調で一人そんなことを口にする。新しく司狼が手に入れたルサルカの聖遺物は、司狼にとって相性抜群の武器だった。手数は多く、応用も、潰しも利く。更には武器にある程度能力を移し込むことが出来、司狼の愛銃デザートイーグルの弾丸にも聖遺物の能力を付与させることが出来た。

勿論できないことも多い。手に入れたばかりの聖遺物ということもあり、当然創造は使えず、武器として使うには全体的に火力が足りない。しかし、司狼は満足していた。昨日まで同じ土俵の上に立つことさえできなかったのだから当然だろう。足りない欠点は工夫で補う。それが司狼の戦い方であり、問題はなかった。

少なくとも元々この聖遺物を持っていたルサルカやヴィルヘルムとなら互角に渡り合える自信があった。

 

「だが、次の奴らはもっとやべえ」

 

司狼と螢がルサルカに止めを刺したのとほぼ同じタイミングでヴィルヘルムを打ち倒した敵は遠目から一目見ただけでも圧倒的な実力差を感じ取ることが出来た。

行方不明の幹部――――それが後二人もいるというのだから、厄介な話である。だからこそ、ここでカードを切りにくる相手が司狼の目の前にいた。

 

「だからこそ、私と手を組むのは合理的だと判断していただけるかと思うのですが」

 

戦いに疲れ果て寝ている蓮、そそのかし教会に弟を説得しに行った螢、鬼の居ぬ間にとでも言うべきか、司狼の前に現れたのは神父――――黒円卓の首領代行であるヴァレリア・トリファだった。

 

「手を組むねぇ、おたくら散々こっちに不利益被るようなことやって置いて今更仲間になりましょうなんて調子の良い内容に俺らが頷くとでも思ってるのか?」

 

「ええ、私とてこれまでのことを水に流しましょうなどと言う虫のいい話をしに来て信用していただけるなどとは思っていませんよ。ただ、あなた方と私の目的には一致するものが多い。少なくともテレジアを犠牲にしたくないという点は賛同していただけるはずです」

 

確かにヴァレリアの言うように氷室玲愛を助け出したいという点では一致していた。史郎は煙草をくわえながらソファに座り、話の続きを促す。元々、話を聞く気はあった。と言うより戦っても無駄に消耗するだけであると司狼の直感が理解していたから手を出す気がなかった。

 

「仲間になれ、仲間にしてくれ、などということは言いません。元々敵同士なのですから。ですが、互いに同じ目的を持つ以上、目的を達成するまでの間、協力できると私は思っていますよ。私を利用するぐらいのつもりで構いません。どうか助力願えませんかね」

 

「ヘッ、寝言は寝て言えよ。協力するだとか、利用しろなんて取り繕っちゃいるが、結局のところはお前の狙いは俺らを使って相手を消耗させること、あわよくば共倒れを狙ってるってだけの話だろ」

 

司狼の言うように都合よく見せた条件の裏は嘘と誤魔化しとわずかな真実でブレンドされた詐欺師の常套句である。ヴァレリアは本当の目的も手を組むことによって得られる利益も話していない。

提案を喜々として受け入れるのは三流、素気無く断るのは二流、利用するためにあえて受けたら一流――――そう思わせるのがヴァレリアの狙いだということに司狼は気付いていた。

 

あの女(さくらいけい)がアンタの話を聞いて弟の所に行ったのは、お前の言葉に嘘がないと分かっていたからだろうが――――お前、嘘は言っちゃいないが、本当のことも言ってねえだろ?」

 

香純を預かっているのは誠であることを聞いた螢は人質を取ることを止めるために向かっていった。だが、攫ったのはヴァレリアであるということに薄々司狼は気付いていた。僅かな時間だが、誠はそこまで大胆な行動を起こす相手に思えず、むしろヴァレリアが行動した方が色々と都合が良いことが多そうに見えたからだ。だが、ヴァレリアは言い当てられたことに対して微塵も動揺しない。

 

「さて、どうでしょう。ですが、たとえそうだとしても、あなた方が不利益を被るような真似はしませんとも」

 

にこやかに努めて冷静に交渉を続けるヴァレリア。しかし、彼のその様子は司狼にとってむしろ交渉に値する相手ではないと決断する判断材料になる。彼の直感と洞察力を前にヴァレリアの対応は悪手だった。

 

「そういう信用のない所が問題なんだよ。蓮の奴ならこういうぜ、『先輩は俺が助けるから邪魔するな』って。悪いが帰りな、結果が分かり切った内容を伝える程、俺はお人よしじゃないぜ」

 

(意外と蓮なら騙されるかもしれないがな……あいにくぶら下がったニンジンに噛り付くほど俺は親切じゃないぜ)

 

「わかりました。このまま交渉を続けても受け入れられそうにないことですし、ここは一度引き下がることにしましょう。

ですが、三人の幹部、マキナ卿、ザミエル卿、シュライバー卿はあなた方が想像している以上に危険な存在です。このままでは絶対に勝ち目はありません――――それほどまでにあなた方と彼らの実力差は開いています。

……特に藤井さんと相対したであろうマキナ卿は最もハイドリヒ卿に近いと言っても過言ではありません。彼を相手取る手段がない限り、貴方達にも私達にも勝ち目はありませんよ」

 

ヴァレリアはそう言って立ち去った。寝ている蓮と司狼以外誰もいなくなったボトムレスピットで司狼は考える。

 

「最後まで食えねえ奴だな。誘導しようって魂胆が透けて見えるぜ」

 

おそらくヴァレリアの瑕疵はマキナの能力、司狼はそう推測する一方で敢えてヴァレリアがそれを誘導するように言ったことも気がかりだった。

 

(それこそ、こっちが気づかないように誘導することも出来たはずだ。だが、あいつは敢えてこっちに気付かせるような発言をした。それとなく……誘導していることを悟らせつつも、わざとらしくない程度に)

 

となると、狙いは残り二人の幹部。このどちらかを崩すことにあるのではないか。もちろん、マキナという相手が蓮と司狼の手で斃されるのが最も理想的なのだろうが。

 

「まあ会ってもない相手のことを考えても仕方ねえか」

 

「……ここは?」

 

司狼が考えを止めたのと同じタイミングで蓮が目を覚ます。これまでの連戦、そして実質敗北したに等しいヴィルヘルムとの戦闘で疲労が限界を迎えた蓮だったが聖遺物保持者となったことで体力の回復も早くなっており、普通なら数日から数か月はは寝たきりになりそうな体も一日眠ることで完全に回復していた。

それでも半日近く時間がたっており既に夕方と次のスワスチカが開くまで差し迫っていた。

 

「オウ、蓮。目ぇ覚ましたな」

 

「誰かいたのか?」

 

「いいや、誰も来なかったぜ(・・・・・・)

 

いけしゃあしゃあと嘘を吐く司狼。しかし、それに気づくことなく蓮の興味はすぐに別の所に移る。

 

「司狼、お前!聖遺物を!?」

 

「ああ、割と簡単に手に入ったぜ。これで文句のいいようもないだろ」

 

目を覚ました蓮の体調に問題がなさそうだと判断した司狼はすぐに立ち上がって、行動を開始する。

 

「蓮、とっとと行くぜ。敵は幹部まで出っ張ってきたんだ。まさか一人でやるなんてこと、今さら言わねえだろ」

 

「おい、ちょっとは説明しろよな司狼!」

 

夜になれば敵はすぐにでも現れる。目を覚ましたのが夕方である以上、束の間の平穏すら享受する暇はなく、次なる彼らの戦いはもうすぐ差し迫っていた。

 




マリィ:物語のキーパーソン。しかし、この二次小説ではそんなに活躍する予定はないのであしからず。もちろん誠との関わりは一切ない。

スワスチカ(5/8)

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