櫻井家の末っ子   作:BK201

7 / 15
7話 夜の終わり

時間はルサルカが斃されるより前、ヴィルヘルムが創造を発動した時まで遡り、二人の闘いへと戻る――――

 

学校は紅い月に照らされ枯れた枝木という現実味のない世界へと変貌していた。その中心人物である蓮とヴィルヘルムの闘いは先ほどよりさらに苛烈なものになっている。その激甚さは聖遺物所持者であっても気圧される程のものだ。

 

「オォー!!」

 

叫び声とともに怒涛の連撃を放つ蓮だが、先ほどまであった理性的な戦い方から一転、防御を捨てた攻撃が放たれていた。

焦りが彼を突き動かす。学校全体に覆われたヴィルヘルムの聖遺物。それによって力の源とも言える命そのものが少しずつ奪われ、それらすべてがヴィルヘルムの糧となっていた。

学校には大量の生徒が今もいる。聖遺物所持者の蓮でさえ目に見えて分かるほど力が奪われているのに、一般人でしかない生徒はどうなる。逆にそれらの力を得ているヴィルヘルムはどうなる。それを察した蓮はすぐにでもヴィルヘルムを斃さなければならないと判断して、全力で攻撃していた。

 

「そうだ、それでいいんだよ!!テメエみてえな経験も実力も足りねえ奴が、俺に勝とうと本気で思ってんなら、そうやって全部かなぐり捨てて吠えりゃいいんだ!!」

 

ヴィルヘルムが言うように蓮の攻撃は勢いによって生まれた強かさが確かにあった。創造を発動する前の冷静さとは打って変わって、ダメージを受けてでも前に突き進む蓮の様子はまるでアクセルを全力で踏み続けている自動車のようだ。形成同士で戦っていた時以上に、当たれば重傷は免れない。

蓮はヴィルヘルムの杭による攻撃を弾き、時には掠め、それでも詰めて切りかかる。しかし、ヴィルヘルムは練達の士であり、その手の直情的な相手への対処など造作もない。攻撃はすべて躱され、蓮にばかり傷が増えていく。

 

「まだ、だ!」

 

それでも蓮は諦めなどしない。縦に振るった刃は半身に躱され、突けば体中から出ている杭に反らされる。

学校という広い舞台も茨と杭に覆われたこの世界では完全にヴィルヘルムの陣地であり、蓮は足場すら心もとない。踏みしめた地面が崩れそうになる。グラついた足場に蓮はバランスを崩した。それを好機と捉えたヴィルヘルムは武器である杭と共に腕を突き出した。

 

「これで終わりだ!」

 

「そっちが、だ!!」

 

そして天秤は傾いた。蓮が崩した体勢から逆に自分から倒れこむよう体を傾け、左手一本で体を支え、ヴィルヘルムの首に向けてギロチンを放った。

蓮はこれまでひたすら攻撃を続け、がむしゃらに動いているようにふるまった。全力ではあったが、頭の一部で冷静さを欠かさず必死に誘導していたのだ。まさに最大の好機。この機会を逃すまいと蓮は吠える。

 

「ウオォォォ――――!!」

 

蓮の武器、罪姫(マルグリット・)・正義の柱(ボワ・ジュスティス)――――その能力は強靭な硬さと切断力の高さ、何より首に刃を当てさえすれば不死に近いヴィルヘルムのような存在であっても斃せることにある。

だが、それはその刃が当たればの話だ。

 

「う、嘘だろ!?」

 

――――その当たれば必殺の一撃をヴィルヘルムは杭を突き出した左腕で受け止めた。いや、正確には左腕ではない。地面から、そして全身から突き出した杭が、蓮の持つギロチンの動きを遮ったのだ。

ヴィルヘルムの創造内であれば生きているものを除き、どこからでも枝木のように飛び出す杭はまるで全身を覆うハリネズミのような冗談みたいな造形だが、それらは一本一本が強力な武器であり、同時に強力な盾でもあった。

 

「惜しかったな」

 

結果はヴィルヘルムの出したいくつもの杭を砕いただけ。

いくらギロチンが強力であってもそれは能力を十全に発揮してこそ。首まで届かず、勢いが殺がれた刃は左腕から生えた杭の盾に止められる程度に過ぎなかった。

 

「オラよッ!」

 

武器を拘束された蓮はヴィルヘルムの繰り出した膝蹴りをまともにくらい膝をつく。

人器融合型同士であるがゆえに安定などは程遠い戦いであったが、結果だけ見れば終始ヴィルヘルム優位に進んでいた。蓮が発揮した一瞬の爆発力はヴィルヘルムに危機感を抱かせることはあっても、致命傷を負わせるには至らなかった。

 

「ち、くしょう……」

 

精神的にはまだ折れていない。いや、むしろ斃さなくてはならないという気概は強くなっている。しかし、体の方がついていかない。出血が増え、ヴィルヘルムの創造により消耗し、ついに限界を迎えた蓮は前のめりに倒れてしまう。

必死に起き上がろうと踏ん張りを利かせるが、その前に頭を踏みつけられ、地面に顔を叩きつけられた。

 

「なかなか満足したぜ、クラフトの代替にしちゃあ悪くなかった。だが、俺を相手にするには場数が足りてねえ。テメエのあの創造が十全に使えてれば結果は変わってたかもしれねえな」

 

蓮の頭をグリグリと踏みつけながらヴィルヘルムは嗤う。

 

「安心しな、すぐにテメエの仲間も全員殺してやるよ。先ずはあの生意気なガキからだ」

 

そう言って、止めを刺そうと手を大きく振り上げたその時――――衝撃が学校全体に響き、空気を割った。

 

「――――なんでテメエがここに来てやがる?」

 

「……」

 

黙して語らず、蓮が無理矢理顔を動かして見たのは全身黒いナチスドイツ時代の軍服姿の男である。

恰好からして黒円卓の誰かなのだろうと理解した蓮は万事休すかと諦めかけた。現れたのがマレウスと戦っていた螢や(蓮は気付いていないが)司狼なら助かったかもしれない。

だが、そう思っていた蓮とは違い、ヴィルヘルムは現れた相手に対して警戒していた。

 

「ベイ、お前は何も間違っていない。確かにここは貴様の戦場だ」

 

「間違ってない、だァ?違ぇだろ、そういうこと言ってんじゃねえ。テメエは何しにここに来たか。そいつを聞いてんだよ、マキナ!!」

 

マキナと呼ばれた男は黒円卓の中でも現在グラズヘイムにいるはずの三騎士の一人であり、本来ここにいないはずの人物である。

彼らは本来5つ目のスワスチカが開かれるまでグラズヘイムでラインハルトと共に待機しているはずなのだ。

 

「命令だ。ハイドリヒから命じられた――――未だ波立たぬ水面に波紋を、飛沫を、立たせるためにここのスワスチカを三隊長によって開くことを」

 

「オイオイ、ふざけるなよ。だとしたら遅いっつってんだよ。ここでもう決着はついた。テメエが邪魔しなけりゃここで仕舞いなんだよ」

 

「わからぬか、貴様らでは力不足だと言っている」

 

その発言にヴィルヘルムは納得できなかった。既にマキナが現れずともヴィルヘルムが止めを刺せばそれで終わりの状況である。ラインハルトも5つ目を開けと言っただけで決着の邪魔をしろと言ったわけではない。しかし――――

 

「確かに、今手を出したのは俺の私情に過ぎん。貴様の決闘に、俺が介入することは本来許されざることだろう。だが、貴様の決闘程度で、これ以上、俺の聖戦の邪魔をするな」

 

本筋となる黒円卓の目的を無視してでも自身の目的をマキナと呼ばれる男は優先したのだ。そして振るわれた拳。ヴィルヘルムは咄嗟に躱そうとするが、いきなりマキナが手を出してきたことに驚愕したことと蓮を足で拘束していたことでほんの一瞬動きが遅れた。そして、それは致命的な隙だった。

 

「マキナァ!!テメエ!?」

 

振るわれた拳はヴィルヘルムに直撃する。その直後、ヴィルヘルムは物語の多くにある吸血鬼の最後のように苦痛と驚愕が入り混じった表情で灰へと変貌した。そして既定通りスワスチカが開かれた。

それとほぼ同時にマレウスが司狼に聖遺物を奪われていたのだが、この場の二人にとってその程度の些事はどうでもいい。

蓮は仲間を殺したことに、そしてそれ以上に驚愕したのは――――

 

「い、一撃だと……」

 

マキナと呼ばれた男の拳は蓮があれだけ苦戦したヴィルヘルムをたった一撃で殺したのだ。半ば無敵に近い再生能力、頭を落とすか心臓でも潰さない限り、いやそれを差し引いても数多くの戦闘経験から持ってい居た熟練した技量によって斃せないのではないかと思っていた敵をマキナと呼ばれた彼はただの一振りで幕を下ろした。

ヴィルヘルムが死んだことによって、吸血鬼の赤い月夜は消え去り、学校の風景が元に戻る。そんな中、ヴィルヘルムを殺した張本人がこちらに視線を向けて口を開く。

 

「兄弟よ――――俺を失望させるなよ」

 

それだけ言ってまるで初めからいなかったかのように彼は消え去る。脅威は去ったが、今の俺の心中にあったのは僅かな安堵と敵に対する恐怖だった。

俺は……あいつに勝てないかもしれない。

あのラインハルトにすら見せた負けん気は、今この瞬間、奴と相対したことによって大きく揺らぎ、その揺らぎに呑まれるかのように意識を失った。

 

 

 

 

 

 

夜が明け、今にも雨が降りそうな曇天の空模様が浮かぶ昼――――

マキナの降臨を感知したヴァレリアは、現時点で練っている策を活かす為にマキナと戦える駒を手に入れようと蓮達の拠点へと向かっていった。一方でヴァレリアの動向にあまり興味もない誠は教会で綾瀬香純を捕らえたまま考えていた。

今一度どの勢力につくべきか――――彼の姉、螢は蓮の下へ、首領代行のヴァレリアは独自路線に、そして黒円卓は既に3人が死に2人以上が裏切っているものの、それを補って余りある戦力の幹部が諏訪原市に現れた。

誠からしてみればヴァレリアと手を結ぶのは利用されるだけなので論外、裏切ってまで蓮達につくには信用も信頼もない、というより何も知らないに等しい相手の仲間になろうというのは馬鹿のすることである。

結局、最も無難で保守的な選択は黒円卓にそのまま残るという判断。

 

「でも、そうなるとやっぱ存在価値を証明しておかないと僕自身が危ういかな?」

 

ヴィルヘルムのような性格の持ち主がいた場合、誠は間違いなく排除される側の人間である。

ゲルマン人どころか白人ですらない日本人であり、最も年若く経験が浅い、裏切り者の身内が出ており、極めつけに消耗の激しいトバルカインという存在。良くて使いつぶされることになり悪ければ問答無用で処分される。そうならないためには多少の無理を通してでも価値を示すしかない。

だからこそ、彼は綾瀬香純という人物を預かった。蓮達をおびき寄せるエサとして、そして裏切り者と推測されるヴァレリアに楔を打ち込むために。

 

「だからここに最初に来るのが姉さんだとは思わなかったよ」

 

誰かがここに来るとしたら香純がいなくなったことに気付いた蓮や司狼だと彼は思っていた。

 

「藤井君は昨夜の疲れからまだ寝てるわ。だから藤井君達は貴方が綾瀬さんを捕らえたことをまだ知らない」

 

「逆に姉さんは何で知ってんの?」

 

行動を共にしてる蓮や司狼が知らず、螢だけが知ってるという状況を疑問に思うが、すぐに本人から回答が返ってきた。

 

「……クリストフから聞いたわ」

 

「裏切ってなお、殺してこない相手の言葉は信じちゃうんだ。相変わらず姉さんは甘いよね」

 

どこであったか、どんなことを話したかは誠に知るすべはないが、綾瀬香純が教会にいて誠が預かっているということを聞いたのは間違いない。

 

「確証はあったわ。藤井君には知らせずに病院の状況を調べてきた遊佐君から綾瀬さんがいなくなったことを聞いていたの。病院のスワスチカが開いた時点で薄々死んだか連れ去られただろうとは思っていたけどね。

でも綾瀬さんを連れていくのにメリットがある人物は限られてくる。まして黒円卓の中でそんなことをするとしたら、マレウスやシュピーネは既に死んでるから貴方かクリストフ」

 

「それでクリストフは姉さんの前に現れたから僕が彼女を預かってるって判断したわけね。すごいよ姉さん、今日からエーミール・ティッシュバインになれるね」

 

パチパチと誉めているのか小馬鹿にしているのか微妙な拍手を螢の推測に送り、一区切りしてから改めて本題を訪ねる。

 

「――――それで、どうしたいの?マレウス先輩もベイ先輩もいないし、裏切ったことは無しにする?それとも逆に黒円卓の僕を殺す?それじゃ兄さんを蘇生させることが出来ないよね」

 

「それは……」

 

考えてきたわけではない。だた、単純にその事実を聞いて駆けてきたのだ。そして、それはヴァレリアの思惑通りに動かされたということ。

 

「まあ、僕は正直姉さんがここに来てくれて良かったと思ってるよ」

 

「え?」

 

意外な弟の言葉、螢も誠も互いに姉弟としての情は薄い。何故なら、二人は互いに5,6歳頃と物心ついてから数年程度しか一緒におらず、戒という長男とベアトリスという姉のような存在によってかろうじて絆がつながれていた程度の関係に近いからだ。

 

「うん、本当に良かったと思ってる。姉さんとどうやって会おうか悩んでたんだ。何せこっちは教会から動けないし、姉さんも一人じゃ動かないんじゃないかと思ってたし」

 

螢も誠も聖遺物を引き継ぐために様々な訓練を受け、引き継いだ後も世界各国を巡っていた彼らは互いに違う場所で過ごすことが多かった。合流することがあっても互いの関係は姉弟というよりも仕事仲間。お互いに好き嫌いすら知らない関係。

螢はこの関係を改善したいと思う一方で長男である戒やベアトリスが蘇生すれば殆ど記憶はないが元の関係に戻るはずだと思い、誠は本来そうあるべき(・・・・・・・・)だと思っていた。

故にこの言葉の意図することは――――

 

「だって身内の汚名を返上するには身内が片を付けるしかないでしょ?」

 

そう言って不意に放たれた槍の石突の部分で螢は腹を殴られ気絶した。

 

 




マキナ:ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲンという名前があるのだが、その名前で呼ばれることは一度も無い。知らない人に一言で説明するならワンパンマン。諸行無常。いきてるのなら(一撃で)神様だって殺して見せる。どれでも通じる、大体そんな感じ。


螢は無意識にある弟への罪悪感からどうしても誠の動作に対する反応が一瞬遅れた。
だから本当ならこの程度の攻撃を躱すことは出来たし、最悪攻撃を受けても気絶は免れた、はず。

スワスチカ(5/8)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。