櫻井家の末っ子   作:BK201

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6話 不意打ち

(四つ目のスワスチカが開かれた――――方角からして病院。戦場になっている学校とは異なるから開いたのはヴィルヘルムとルサルカ以外の誰か……)

 

蓮達が死闘を繰り広げている深夜、誰に言うでもなく教会で待機していた誠は四つ目のスワスチカが開かれたことを察知してそれが誰なのかを確かめるために礼拝堂まで誰かが返ってくることを待ちながら気配を探っていた。

しばらくすると扉が開かれ、教会の礼拝堂内で本を流し読みしながら気配を探って時間を潰していた誠は椅子に座ったまま首を後ろに倒して声を投げかけた。

 

「ねえ、その娘は何なの?」

 

その彼の瞳に映ったのはヴァレリアが気絶した女性を抱えている様子――――予想外の状況に彼はスワスチカを開いたことよりも先に関係ない言葉を投げかけていた。

 

「彼らの弱点とも呼べる人物ですよ。先手を打っておいて損はないでしょう。ですが、リザとテレジアには内緒ですよ。このような手段を講じたとあっては私が彼女たちに嫌われてしまう」

 

綾瀬香純と呼ばれる人物を誘拐してきたのはヴァレリア、その人物が何なのかを聞いたのは誠だった。彼女を誘拐してきたヴァレリアの本当の目的は疑似的な黄金錬成を成立させるための欠片(ピース)としてだが、誠にそんなことを言うはずもなく嘘を吐く。

 

「ふーん」

 

誠自身、何も疑問に思わず彼の言葉をそのまま鵜呑みにする。

予想外だったから尋ねただけで、あくまで連れて来られた彼女自身には興味がなかった彼はスワスチカを開いたのはヴァレリアかと尋ね、彼が肯定したので、興味を失った彼は本の続きを読み始めた。

しかし、興味がなかったのはあくまで彼であって、他の人はそうであるとは限らない。

 

「その必要はないわ。貴方の話はここまで聞こえてきたから。それにもう手遅れね。今の貴方のことは私もリザも嫌っているわ」

 

誠が礼拝堂の中でも祭壇が目の前にある前列の椅子に座っていたことで横の住居とつながっている通路で立っていた彼女に気付かなかったヴァレリアの発言を聞いていたリザ・ブレンナーは彼の前に姿を現す。

 

「おや、盗み聞きとは酷いではないですか」

 

にこやかに笑みを浮かべつつも、盗み聞きをしていたリザに対して文句を言う。そんな文句を無視してリザは声を振り絞って、なおかつ叫ぶように荒げた。

 

「貴方は、貴方は何をするつもりなの……!」

 

「無論、黒円卓(われわれ)の繁栄と成功ですよ」

 

リザの問いかけにヴァレリアは堂々と応える。だが、リザはすぐさまその言葉が嘘であることを見抜く。

 

「……嘘ね」

 

彼の能力の高さを評価しているからこそ、彼女は彼がこのような意味の薄い行動を起こすはずがないと判断し、本当の目的は彼女自身にあると、或は彼女に関わる何かにあると読んだ。

おそらくは一時的とはいえ聖遺物を扱う器として活動していたことに起因しているのではないか。リザはそう推測する。

 

「もし本当だと証明したいのなら彼女をこちらに引き渡しなさい」

 

故に交渉、いや彼女は要求を出した。ヴァレリアの目的ぐ言葉通りなら黒円卓の誰が彼女を保護しても問題ない。しかし、狙いがリザが推測したように別にあるとするなら彼が綾瀬香純を手にしなくては意味がないはずである。これは賭けだった。彼女の聖遺物である蒼褪めた死面(パッリダ・モルス)は屍を操る質を量で補う能力である。それは同じ聖遺物を扱う者の中でその戦闘能力は最低クラスだ。

そんな彼女が交渉を行うなど、交渉のテーブルにおいて対案を用意していない提案に等しい。

 

「交渉にもなっていませんよ。あれも無理、これも無理という意見などまかり通るはずもありません。渡さないと言えばどうするつもりなのですか。貴女には私を傷つけることは出来ない。しかし、貴女は私が抱えている彼女を傷つけることも出来ない。何故なら、貴女にはそれほどの行動力もなく、行動した先には後悔しかないのですから」

 

ヴァレリアからしてみればリザは見通しが甘い。交渉するならまずは外堀を埋めなくてはならない。ましてや相手の思惑を理解してなければ交渉自体成り立たない。

ヴァレリアは余裕の表情を隠すこともなく一歩ずつリザに向かって近づく。それに対してリザは気圧されるかのように後ずさりしそうになるのを堪えていた。

 

「そういう何もかもわかった気になっているところが嫌いだと言っているの……」

 

「でしょうね――――ですがリザ、私は貴女のことをよく知っている。行動を起こさない、現状を維持しようとする。度が過ぎる程に保守的な貴女は常に変化することを恐れ、変化することで起こる後悔を避けようとする。前へと進むことも後ろへと下がることも出来ない。それが貴女です」

 

一歩、また一歩と進み続け、近づいてくるにもかかわらずそれでもなおリザは動かない。

 

「真実を知ろうとしない貴女に彼女は救えない」

 

「真…実……?」

 

礼拝堂の中央までヴァレリアがたどり着き、あと数歩で香純を置く祭壇にもリザのもとにも着く。ヴァレリアからしてみればここで殺すのは得策ではない。だが、いっそここで彼女は真実を知らないまま死んだ方が幸せかもしれない。

一夜で3か所もスワスチカが開くのはゾーネンキントである氷室玲愛(テレジア)に大きく負担をかけるので望ましくないが、退かぬなら止む得ない。だが、ヴァレリアの策が成せば今夜にでもゾーネンキントを綾瀬香純(だいたい)に移し替えることが出来る。ならば今殺すのが得策ではないか。そんな歪んだ優しさゆえに彼女を殺そうかと迷い、肌が触れそうなほどまで手を伸ばした、その時――――

 

「あのさ、いい加減喧しいんだけど……」

 

本を読んでだんまりを決め込んでいた誠が声をかけた。どうでもよさげに体を伸ばしながら、ヴァレリアの方へと顔を向け言葉を続ける。

 

「裏の意図があって目的がどうとか言われても僕からしてみればどうでもいいんだよね。そんなことより内輪もめとかされた方が面倒じゃん」

 

「ええ、ですから私は争う気などありませんよ。リザには平和的に引き下がってもらいますとも」

 

「んー僕なんかよりずっと賢い猊下はそういう問題じゃないことは分かってて言ってるでしょ?」

 

心底面倒くさいといった様子で、確認をとるかのように誠はあくまでも中立的に意見を述べる。

 

「そもそも、人質をとってもスワスチカを開くには何の支障もない。ツァラトゥストラのやる事は変わらないし、人質取らないとあっさり負けるほど今の彼の実力が高いわけでもない。逆にリザさんも猊下から彼女を奪っても百害あって一利なしでしょ?

猊下が本当に彼女を必要とすれば呆気なく奪われるだろうし、ツァラトゥストラに関しても無駄な挑発行為で不必要に煽ることになるだけ。かといってそのまま元の場所に返したらまったくもって意味がない骨折り損だ」

 

彼の推論が入り混じっているせいもあり、すべてが正しいというわけではないが、少なくとも表向きの理由として的外れというわけでもない意見が投げられる。

 

「ということでさ、折衷案として彼女の身柄はリザさんには悪いんだけど僕が預かるというのはどうだろう」

 

ヴァレリアとリザ、両者の思惑を無視した誠の提案――――だが、互いの妥協案としては絶妙なラインだった。

ヴァレリアからしてみればリザにそのまま渡すよりも口八丁が利く誠の方が扱いやすく、リザとしても成功するかもわからない交渉を続けるよりは良い。何より両者にとって香純の保護に動きを拘束されないという点で理想的と言えた。

ヴァレリアは余裕の表情で、リザも険しい表情は崩さないが先ほどよりも幾分か冷静になった目で彼の意見を咀嚼する。

 

「何が目的ですか?」

 

「んー、みんな好き勝手やってるけどカインの僕はどうしても受け身にならざる得ない。なら何らかの形でおびき寄せるエサが必要だと思ってね。それに――――」

 

一拍間をおいて、こちらが本当の理由だといった様子で彼は言葉を発する。

 

「ほら、大切な人のために戦うって必死になってる様子がさ、自分は頑張ってるんだぞーって感じで……僕は大っ嫌いなんだよ」

 

歪んだ笑みでそうヴァレリアに伝える彼の様子を見て、リザはおろかヴァレリアですら一瞬たじろいだ。果たして、彼に任せていいものか……二人は一瞬考える。だが、一方でリザにはこれ以上の選択肢はあるように思えなかったし、ヴァレリアもリザに妥協してもらえるギリギリのラインだと判断した。

 

「良いでしょう……貴方がこの教会から出ないと約束していただけるのでしたらお渡ししましょう」

 

「交渉成立♪」

 

 

 

 

 

 

「ハァ、ハァ……」

 

枯れ始めた学校の中でも、ひときわ炎と爆発から崩れていくのが早かった校庭で、ルサルカと螢は対峙していた。

対峙していた直後、両者は力関係に反して螢が優位に立っていた。

螢や誠を除いた古株の黒円卓の弱点――――否、弱点というほどのものではないが、彼らは半世紀以上の生を享受していながら欠けているものがあったからだ。

 

一つは警戒心。四半世紀以上を闘争に費やしてきた彼らは勝者故の傲りがあった。ヴィルヘルムの戦の作法、ルサルカのサディスト趣味、ヴァレリアの余裕の態度など。

これらは彼らなりの武器であると同時に勝者の余裕から生まれた慢心である。相対する相手が彼らのようにプライドを持った相手なら問題はない。心理戦という同じ土俵から戦いが始まる。だが、逆に余裕がなく生き急ぐような歩みを続けてきた螢は運よくその土俵に上がることなく、その隙を突くことが出来た。

ルサルカの顔に放った螢の一撃がその証拠である。

 

勿論、本来であれば、そんなことは関係なく、相手の土俵に持っていかれ、心理戦によって襤褸切れのようにされた後で甚振られただろう。だが、もう一つの欠けているものが隙を生んだのだ。

 

それが聖遺物所持者との対戦経験の少なさである。団員同士で争うことが滅多にない彼らは団員以外では稀な聖遺物所持者との対戦経験が少なかった。その証拠に、ヴィルヘルムとルサルカはこの諏訪原市に来た直後、綾瀬香純に何度か逃げられているのだ。手を抜いていたとはいえ、隠れ蓑に過ぎず、実力も劣っている活動位階程度の相手ごときに。ヴィルヘルムはまだ戦いを生業としているがルサルカは逆に戦いよりも別のことに力を入れることが多い。

戦闘経験自体は数え切れないほどある。だが、逆にそれが実力を測る物差しとして形作られてしまい、螢という聖遺物所持者の実力を測り違えたのだ。

この二つの理由が螢の一撃を躱せずに喰らった理由でもある。

 

「どうしたの?あんな大口叩いておいて、もうおしまい?言っておくけど私の顔を傷つけた罪は重いわよ、絶対に赦さないんだから」

 

しかし、啖呵を切った時の勢いはまるで水を浴びた炎のように、あっという間に螢の優位は失われ、ルサルカに押し込まれていた。それは経験の差、貯めてきた魂の総量、そして武器の使い方。ルサルカは螢に隙を突かれたわけだが、逆に言えば真っ当な戦いへと転じれば螢など赤子同然であり圧倒的な実力差が露呈する。

傷ついた顔を片手で押さえるように隠しながら、怒りをあらわに、されど攻撃は冷静に、ルサルカは螢の周囲に連続して武器を放つ。

車輪、鉄球、針、鋸、縄、鎖、他にも数え切れないほどの拷問器具が武器として使われ、螢の動きを一歩ずつ束縛していく。

無論、螢も炎を使い反撃するのだが、ルサルカの攻撃は手数が多すぎる。これだけの攻撃を躱すにしろ防ぐにしろ、火力も速さも攻撃手段も螢には足りないものが多すぎた。

 

「ハアアアッ――――!!」

 

しかし、聖遺物とはいえ所詮は拷問器具。全うな武器である剣や炎弾を放つことで小さな攻撃は迎撃し、大きな攻撃は直接はじいていた。螢自身に傷らしい傷はついていない。

 

「甘いのよ!」

 

だが、それだけであれば螢が苦戦することはないはずだ。本命はルサルカの放つ魔術によるルサルカの影の攻撃――――この影は黒円卓の中でも珍しい聖遺物に依存していない攻撃であり、同時に螢にとってこれに捕まることは敗北を意味していた。

 

「はッ!」

 

飛び上がり、咄嗟に学校の壁に向かって跳び、出っ張りのある部分で着地する。影を壁伝いに追いかけることは可能だろうが、距離を空けている状況から捕まえることは出来ないとルサルカは判断して、影を伸ばすことを止めた。

螢が苦戦している影は、その奇襲性や攻撃力もさることながら、本命はルサルカの創造と合わさった強力無比な能力にある。

 

拷問(チェイテ・)城の(ハンガリア)食人影(・ナハツェーラー)

 

ルサルカの足元が基点であるという点を除けば動きも形も自由自在なこの影は触れたら最後、動きを止められてしまうのだ。動きを止めることになる対象が逆ではあるが、表現としては影踏みや影縫いといったものに非常に近い。

螢は詳しくその能力を知っていたわけではないが、ボトムレスピットでの戦闘時に影を使っていたことや、魔術が解かれ正気を取り戻した生徒が周囲を逃げ惑う中、影を踏んで動けなくなり、それをルサルカがまるで影の餌にするかのよう喰らわせた様子を見て、拷問器具による攻撃が影の布石だと気づき、影を避けていた。

 

その後は膠着状態。出来る限り、影のある場所に近づかないように距離を置き、近づいて来た際には出来るだけ電灯の上や学校の周囲にある柵の上といった高所に移動しながら影をやり過ごし、ルサルカ本人に近づける隙を伺っていた。

 

(なんて厄介な能力……本命であろう液体のように自由に動く影は当然のことだけど、攻撃手段が信じられないくらい多い。拷問器具の数と魔術の多様性のせいで、こっちの攻撃を全部防御に回さざる得ない!)

 

「しつこいわね!いい加減にしてよ!」

 

螢が心の中で悪態を吐く一方、決め手に欠けるルサルカも苛立っていた。

 

(あんなちんけな小娘一人捕まえることが出来ないなんて!そろそろ仕留めないと、いつまでもベイの創造内(ここ)にいたら気付いた時には干上がっちゃうわ!)

 

ヴィルヘルムの死森の(ローゼンカヴァリエ・)薔薇騎士(シュヴァルツヴァルト)によって彼らは区別なく徐々に消耗している。

ここは言わばヴィルヘルムの戦場。ヴィルヘルムにとっては雑多な糧に過ぎない学校の生徒達と極上の餌が3人もいるような状況だが、一方でルサルカを含め餌扱いされている3人からしてみたら、このままここに留まるわけにはいかない。

 

(そもそもベイの創造なら私達の状況も見えてるでしょうに、援護ぐらいしなさいってのよ!?)

 

「ぐッ!」

 

ルサルカが内心悪態を吐いてたその時、螢の動きが痛みに堪えるかのように鈍る。

 

「もらったわ!!」

 

当然、その絶好の機会を逃すルサルカではない。すぐさま拷問器具によって足場を奪い、地上に下ろされた螢を影によって捕らえた。

 

「しまった!?」

 

蓮との戦いで傷つき、一時とはいえルサルカの呪いに蝕まれ、ベイの吸性によって力を奪われた螢は研ぎ澄ましていた集中力を一瞬ではあったものの欠いてしまい、ルサルカの影に捕らえられた。

 

「随分と手こずらせてくれちゃって~」

 

捕らえたことでようやく余裕が出てきたのか傷ついた顔から手を放して螢に近づく。

楽には殺さない、顔を傷つけた借りはきっちり返す気である。聖遺物保持者相手の拷問や実験の機会はそうそうない、近づいてまずは完全に無力化するところから始めよう。

皮算用ではあるものの、今度は油断せずに螢を警戒しながら(・・・・・・・・)止めを刺そうと手を振り上げたその時――――

 

「ようやく見せたな、決定的な隙をよ」

 

ルサルカは後ろから三発の銃弾によって穿たれた。

 

「ガッ!?」

 

後頭部に直接三発、銃弾ごとき黒円卓の面々からしてみればダメージを受けるようなものではないはずだが、ヴィルヘルムの創造や螢との戦闘のせいなのか、何故か(・・・)その攻撃に衝撃を受け、ルサルカは脳震盪を起こしたかのようにグラついた。

 

「な、なんでお前がァア!?」

 

銃を撃ったのは遊佐司狼。当人以外は誰もがその突然の登場に驚愕していた。煙草をくわえ、愛銃のデザートイーグルを肩に置きながらあざ嗤うかのようにルサルカの発言に回答する。

 

「なんでって、そりゃ俺はここの生徒だぜ?制服着て学校にいることの何が変なんだよ?」

 

そう言った通り彼は制服を着ていた。ルサルカが魔術によって集めた学校の生徒に彼は一人紛れ込み、機を狙っていたのだ。誰もが最も油断する敵を仕留めるという最大の機を――――

 

「蓮の奴は鈍いからな。あいつは自分が起点になってることを理解してねえ。だから別行動なんて言う発想が出てくる。んでもってお前らも相当鈍いぜ。馬鹿正直なあいつの考えをそのまま鵜呑みにしてやがる。隠れてるなんて発想は愚か、自分らとは関係ない誰かがやってくることも考えちゃいねえ」

 

はじめから蓮についてくるつもりだった司狼は学校まで隠れてやってきた。それも制服を着て、ルサルカに操られている生徒達に紛れ込み近づいたのだ。

蓮とヴィルヘルムの闘いは蓮のことを信頼して、ねらい目になるであろう螢とルサルカの戦闘にギリギリ巻き込まれない範囲で、ここぞという機を狙って、そして動いたのだ。

 

「この程度の攻撃で、いい気になってんじゃないわよッー!!」

 

とはいえ、所詮は一般人の攻撃。ルサルカにはそんなものはいくら策を練ったところで意味はない。ダメージなどないに等しい。ただ、侮られたことと、油断していたとはいえ良いように攻撃されたという事実から来た怒りを司狼に向けてルサルカは全力(・・)で攻撃を仕掛けようとした。

だが司狼は動かない。それどころか笑みを崩さぬままこういった。

 

「だから鈍いって言ってんだよ。俺の後ろに誰がいるかもう忘れたのか?」

 

瞬間、ルサルカは燃え盛る剣によって貫かれた。

当然、突き刺したのはルサルカが止めを刺そうとしていた櫻井螢である。

 

「そうよ……マレウス。舐めてんじゃないわよ」

 

「あ、がぁ……」

 

聖遺物保持者の急所への渾身の一撃。躱せれなかった、防げなかった時点で、彼女の敗北は確定した。

 

「い、いやよ……こんなところで死にたくなんてない、死にたくないわ!?」

 

黒円卓の面々の中でも数百年という一際長い時を生きてきた彼女は生に対する執着がほかの誰よりも強い。

こんなところで死んでたまるかともがく。生き延びることにのみ力を注ぎ、相手から逃げ出すことも、斃すことも考えられず必死にただひたすら生き延びるために魔術で治癒を施そうとした。故に――――

 

「それ、貰っていくぜ」

 

そうなる隙を司狼が見逃すはずもなく、ルサルカの生命線――――聖遺物の血の伯(エリザベート)爵夫人(・バートリー)を奪い取った。

 

「あ、あ゛あ゛ァァァァ―――――!?」

 

普通なら奪い取れないそれを奪えた理由はいくつか存在している。死にそうなほど弱っていたこと、司狼自身が特別だということ、螢の攻撃でルサルカと聖遺物のつながりが切れそうになっていたこと。だが、一番の理由は――――

 

「どーよ気分は、エリー《・・・》?」

 

『最悪、アンタもうちょっと上手に起こしなさいよ』

 

本城恵梨衣がボトムレスピットでルサルカに喰われていたことにあった。司狼と恵梨衣は何か特別なものによってつながりが存在しており、彼女が喰われたことでルサルカの体内外の両側から聖遺物を引っ張り出したのだ。

 

「か、返して……」

 

ルサルカの命を根本から支えていた聖遺物が奪われたことで、急速にその生命活動が収縮していく。

魔術で補えるはずもなく、もとより魔術を使う集中力を維持することすら出来なくなった彼女はその言葉を最後に消え去った。

 

 




ヴァレリア・トリファ:首領代行。いわゆる現場監督。他の団員には隠している黄金錬成の真実を知る数少ない人物。彼の本当の目的は今回拉致した香純を使って黄金錬成を都合よく使うことにある。誠を含めた平団員は全員その事実を一切知らない。
誠はヴァレリアの話を話半分に聞いている。勿論、ヴァレリアはそのことを分かっているので、それに合わせて話している。
リザ・ブレンナー:黒円卓の中で最弱。誠がいることでトバルカインが死骸にならなかったので一番割を食った人物。一応ストックの死骸を教会内に保存しているが使う機会が聖遺物所持者からしてみれば能力は総じて低く、使う機会があるかどうかは不明。

遊佐司狼→聖遺物獲得
スワスチカ(4/8)

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