櫻井家の末っ子   作:BK201

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5話 創造

蓮とヴィルヘルムの闘いは正しく戦場だった。共に人器融合型であり、得意とする間合いも似通った二人は戦いにおいて有利不利がほぼ存在しない。何故なら、自分にとって有利な状況は相手にとっても悪くない状況であり、ともすると一転して有利な状況が逆転するからだ。

 

「オラオラオラァ!!」

 

ヴィルヘルムが放つ杭に蓮は四苦八苦しつつも対処し、懐に入りこむ。しかし、蓮が懐に入りこんだ瞬間、ヴィルヘルムの全身から突き出た血塗れた枯れ木の枝が蓮を拒み、反撃を受ける。

 

「クソッ!」

 

悪態を吐きながら蓮は空中を闊歩するかのように舞い上がり、ギロチンを正に処刑台のごとく真上からヴィルヘルムに向かって振り下ろした。

 

「ハッ、良い腕してるじゃねえか!だが……こいつはどうだァ!!」

 

だが、あからさまな攻撃に当たるヴィルヘルムではない。当然バックステップで躱した彼はそのまま落ちてくる蓮に向けて全力の杭を射出する。

 

(ミスった……躱せない!?)

 

正面間近に迫った杭を前に蓮は隙だらけの状態だ。蓮と螢の闘いの時と違い、経験の差が今の状況を作ったのだ。喧嘩慣れしていても死線を潜り抜けるような読み合いは殆どしたことのない蓮は完全に誘導されていた。

これが螢なら愚直に進んだことだろう、これが司狼なら逆に読み合いに勝っていたかもしれない、誠なら敢えて受けて状況を仕切り直しただろう。だが、蓮はなまじ例に挙げた三人よりも実力が高く、なおかつ実力にそぐわぬ経験が動きを鈍らせた。結果――――

 

「ふざ、けるなぁ!!」

 

一瞬、時間が間延びする。迫りくる杭の凶器はほんのわずかな時間、刹那とも言い換えることのできるわずかな合間だけ動きが遅くなった。そして迫りくる一本一本の杭の軌道が手に取るように蓮にはわかり、それに合わせて杭を薙ぎ払った。

相当の威力を持っており、無数に迫っていた杭を前に不安定な体勢でとったその行動は本来であれば無茶無謀の選択肢だった。

だが、才能が開花し、誰も追いつけぬ速度で成長し続けていた蓮だからこそ、薙ぎ払うことに成功し、杭を打ち破った。

 

「ククッ、クハハッ!!面白れェ、面白れぇじゃねえか!!」

 

「はぁ……はぁ……」

 

だが、急激な成長は蓮に大きな負荷をかけていた。蓮の目は疲労をあらわにしながらも、大きな希望を得た様子を隠せずに爛々と輝く。

 

(今の一撃なら……確実にあいつを斃せる)

 

元々ギロチンの攻撃は相当な威力を誇っていたが、今の攻撃は桁違いだった。もう一度あの攻撃をすることが出来れば……思わずそう考え込む。

 

「なるほどな。今のがテメエの創造の片鱗ってやつか」

 

「創造だと……?」

 

「自覚はまだねえか。そりゃそうだ、テメエがいくらクラフトの代替とはいえ、使ったこともねえ力が何なのか分かるはずもねえ。そうよ、そいつが創造。俺たちの世界だ」

 

ヴィルヘルムが蓮に何が起こっているのかを説明し始める。

 

「ガキのテメエにも分かるように説明してやる。ちゃちな聖遺物(おもちゃ)に振り回されてる状態が活動、単純に聖遺物を武器として扱うのが形成、そこまではレオンの奴に手ほどきを受けただろうが――――聖遺物で自分の領域、いわば世界を創り出すのが創造だ。俺たちが渇望した異界を内側、外側に生み出し自分ないしは相手にそれを押し付ける。楽しませてくれた礼だ。俺の創造を見せてやるよ」

 

そういった瞬間、今まで張り詰めていた空気が、更に張り詰めるように縮まりひび割れる。

 

「かつて何処かで そしてこれほど幸福だったことがあるだろうか

Wo war ich schon einmal und war so selig

 

あなたは素晴らしい 掛け値なしに素晴らしい しかしそれは誰も知らず また誰も気付かない

Wie du warst! Wie du bist! Das weiß niemand, das ahnt keiner!

 

幼い私は まだあなたを知らなかった

Ich war ein Bub', da hab' ich die noch nicht gekannt.

 

いったい私は誰なのだろう いったいどうして 私はあなたの許に来たのだろう

Wer bin denn ich? Wie komm' denn ich zu ihr? Wie kommt denn sie zu mir?

 

もし私が騎士にあるまじき者ならば、このまま死んでしまいたい

Wär' ich kein Mann, die Sinne möchten mir vergeh'n.

 

何よりも幸福なこの瞬間――私は死しても 決して忘れはしないだろうから

Das ist ein seliger Augenblick, den will ich nie vergessen bis an meinen Tod.

 

ゆえに恋人よ 枯れ落ちろ

Sophie, Welken Sie

 

死骸を晒せ

Show a Corpse

 

何かが訪れ 何かが起こった 私はあなたに問いを投げたい

Es ist was kommen und ist was g'schehn, Ich möcht Sie fragen

 

本当にこれでよいのか 私は何か過ちを犯していないか

Darf's denn sein? Ich möcht' sie fragen: warum zittert was in mir?

 

恋人よ 私はあなただけを見 あなただけを感じよう

Sophie, und seh' nur dich und spur' nur dich

 

私の愛で朽ちるあなたを 私だけが知っているから

Sophie, und weiß von nichts als nur: dich hab' ich lieb

 

ゆえに恋人よ 枯れ落ちろ

Sophie, Welken Sie

 

 

創造

Briah―

 

 

死森の薔薇騎士

Der Rosenkavalier Schwarzwald 」

 

 

 

 

 

 

月は血の様に紅く染まり、周囲は干からびるように枯れていく。学校中にいた生徒がその痛みによって正気に戻り、与えられた狂気に阿鼻叫喚の悲鳴を上げる。

被害は人だけではない。校庭に生えていた植物は次々と枯れ果て、無機物である校舎ですら塵になり始める。

 

「ベイったら派手にやってるわね、素人同然だった相手に創造まで使っちゃうんだ」

 

同じ学校内でも離れた場所で戦っていたルサルカと螢はヴィルヘルムの創造の範囲に含まれてしまい、ルサルカは蓮に対して感心すると同時にヴィルヘルムの敵味方構わず巻き込む創造にため息をつく。

 

「折角きれいにした肌がかさついちゃうから嫌なのよねー、レオンもそう思わない」

 

戦っている相手を前に、まるで友人のように気さくに話しかけるルサルカ。だが、それも当然だった。

 

「あ、ごっめーん。今の貴女は喋ることすら出来ないわよねー」

 

ルサルカの目の前で、苦痛に耐えながら螢は膝をつき四つん這いの状態で倒れそうになっていたからだ。

 

「グッ……か、ハァ……ッ!?」

 

痛みに堪える螢は返答する余裕などなく、恨めしそうな目でルサルカを睨み付けた。

 

「フフ……何事も保険は大事よねー。でも今回の場合は自業自得よ、貴女に仕掛けておいた刻印は元々裏切らないだろうっていう私なりの信頼の証だったんですもの」

 

螢が立つことすらままならない状態で苦しんでいたのはルサルカの言葉通り螢の腹部に刻まれた魔術の刻印が原因だった。

螢の裏切り、或は敵の捕虜になって情報を漏らすことを抑止するための刻印をルサルカは昨夜螢に話を持ち掛けて仕込んだ。螢も昨夜の時点までならその内容に抵抗を示すはずもなく、事実刻印がこれまで反応しなかったのは彼女が裏切り行為を行っていない事の証明だった。

しかし、ヴィルヘルムとルサルカに敵認定された今、刻印が反応して彼女の体を内側から蝕んでいたのだ。

 

「ひ、きょうもの……あなたは、正面から戦うことも出来ないの」

 

「あら、心外ね。私は元々貴女やベイみたいに戦闘タイプの聖遺物を持ってるわけじゃないし、これでも優しく扱ってあげてるのよ。私の血の伯(エリザベート)爵夫人(・バートリー)は聖遺物一つ一つが拷問器具になってるわ。貴女にそれを使ってないだけ随分優しいと思わない?」

 

誰が、と吐き捨てるように螢は叫ぼうとしたが痛みでそれどころではなかった。

 

「それにね、この魔術は何も手を出さない方が美しいの。分かるかしら、外から見ても何も変わらないのに内側からどんどん喰い散らかされて変わっていくことに。痛みをこらえていた表情が、だんだん痛覚すら失われていくことに恐怖を感じ始めて、喰われていく音が頭の中に直接響くように聞こえ始めて発狂して、最後には感情を司る頭の一部が喰われて恐怖すら感じなくなるの。その時の表情がきれいで、なにより外から見たら何の変化もないの。他の拷問器具じゃこうはいかないわ。私の魔術の中でも最高傑作と言っていいものよ」

 

狂っている。いや、そんなことは初めからわかっているのだ。黒円卓に名を連ねている者が、ましてや戦争や拷問を楽しんでいるようなルサルカやヴィルヘルムのような化生の者がまともであるはずがない。

 

「…………」

 

螢は痛みに堪えながら何かをつぶやき、必死に一撃を放った。

 

「あはは、そんな攻撃に当たるわけないじゃない!」

 

だが、軽く横ステップでひらりと躱す。かろうじて体を起こそうとしていた螢は攻撃を放ったことで力尽きたように前かがみで倒れこんだ。

 

御佩せる十拳剣を抜きて

das er mit sich führte und die Länge von zehn nebeneinander gelegten 」

 

「あら、なに~?もしかして命乞い。そろそろ耐えられなくなってきたのかしら?」

 

根を上げるのが随分と早かったと思いつつも、所詮は二十も生きていない若輩では仕方ないかとルサルカが近づいたとき――――

 

「――――その子迦具土の頚を斬りたまひき

Fäusten besaß, und enthauptete ihr Kind, Kagutsuchi.

 

創造

Briah―

爾天神之命以布斗麻邇爾ト相而詔之

Man sollte nach den Gesetzen der Götter leben.」

 

「熱エ゛ヅッ!?」

 

突如振り上げられた緋色の太刀がルサルカの顔を斜めに切り裂く。痛みに、そして女の命である顔を傷つけられたルサルカは悲鳴とも言えぬ叫びをあげ後ろに下がった。

 

「油断したわね、マレウス――――痛かったのは事実だけど、貴女も知っての通り私の創造はこの身を炎へと昇華させることよ。貴女の刻印が一体何なのかはさっぱりだけど炎になって刻印ごと体内に生成された魔術を燃やしてしまえば関係ないわ」

 

そう言いながら先ほどまで痛みにのたうちまわっていたのが嘘のように平然とした様子で立ち上がった螢。服についた土を払い、炎に身を変じさせた彼女は不意を突いてルサルカの顔に切りかかり、吹き飛ばしたのだ。

 

「レ、レオ゛ンハル゛トォ……!!」

 

顔に火傷を負い、額から鼻先、唇まで斜めに切れている彼女は上手く言葉を発せなかったが恨めしい様子で螢を睨み付けた。

 

「でも、良かった。貴女がここまで最低な人で……」

 

「な゛、何ですって」

 

治癒の魔術の類でも使ったのか――――方法はともかく、声が少しましになる。切りかかられ吹き飛ばされた割には顔に傷がついた以外軽傷だったルサルカは螢の発言に突っかかった。

 

「だって私、貴女のこと躊躇いなく殺せそうだもの」

 

バッサリと、単純明快だと言わんばかりに螢ははっきりとそう言った。

 




螢が不完全な創造を見せたおかげか若干覚醒した蓮。反撃は始まるのか?

本城恵梨衣:遊佐司狼に影響を受けた人物。情報面で蓮や司狼を支える説明役だが前線に立ったためルサルカに捕食された。

スワスチカ(3/8)

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