櫻井家の末っ子   作:BK201

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4話 誰のために剣を取る

教会に捕まっていた俺は先輩が敵の一味であることを知らされ、神父に黒円卓とやらの目的を聞かされ、奴らの首領であるラインハルトという人物と話した。その後、マリィと共に無事に解放された俺は自分の部屋に戻り、翌日の朝、司狼の録音メッセージによって司狼が拠点にしているというボトムレスピットに向かった。

 

「それで、お前もこの戦いに参加するっていうのか?」

 

「ああ、お前が止めろって言っても止める気はないぜ」

 

自分から足を突っ込んできたバカ司狼は前回の戦いで攻撃が一切効かなかったというのにまだ戦う気の様だ。それに既に巻き込まれた以上、黒円卓の奴らも見逃す気はないだろう。

 

「とりあえず、まずはお互いに情報を交換し合おうぜ。俺たちはあいつ等の情報について知っていることを教える。お前はその聖遺物について俺たちに教える」

 

「って言っても教えるのはあたしの仕事なんですけどー」

 

本城恵梨衣と名乗った司狼の協力者がそう文句を言いつつパソコンを使いながら情報を教えてもらう。

 

「――――というわけで、国連を通じて彼らには莫大な懸賞金がかかっているわ。その黒円卓にいるのは聖槍十三騎士団っていう名前の通り全部で13人。でも、その内双首領と呼ばれる二人と幹部三人の五人はベルリン陥落以降行方不明みたいね」

 

「その五人の中で首領にはあったよ……」

 

「うっそ、マジで。写真でも撮ってもらえばよかった」

 

「そんな余裕ねーよ」

 

そんな軽口を叩きつつ、恵梨衣は続きを話す。

 

「現在確認できている相手は首領代行のヴァレリア・トリファ。吸血鬼と呼ばれてるヴィルヘルム・エーレンブルグ、魔女のルサルカ・シュヴェーゲリン、一番裏の世界で関わりが多かったロート・シュピーネ。他の四人は詳細が分からないけど少なくとも二人は知ってるんでしょ?」

 

恵梨衣が確認するように俺に尋ねると、司狼が横から話に割って入ってきた。

 

「いや、四人とも知ってるだろ。前にお前が戦った二人、それに教会の関係者っていうことはシスターと……」

 

「ああ、櫻井姉弟……それに先輩もあいつ等の仲間だ」

 

「てことは、これで分からないとかいう幹部の奴らも含めて13人全員把握済みってことか」

 

そうして情報を交換していると上が騒がしくなり始めた。血なまぐさい匂いと絶叫。銃声や鈍器をぶつけたような鈍い金属音など様々な音が聞こえてくる。すぐさま恵梨衣はパソコンの映像を上のホールに設置されている監視カメラに切り替え映像を出すと、俺たちが予想していた通りの状況がすぐさま映る。

 

「どうやら敵が来たみたいよ。一人は前に戦った櫻井螢って娘と魔女ね」

 

「じゃあ、あいつ等ブッ斃すとしますか」

 

そう言って司狼は愛銃のデザートイーグルを取り出し、戦闘準備を整える。今の所、奴らを叩くには司狼達と情報を交換しても足りないものが多い。そこでふと一つ案を思いついた。

 

「待ってくれ司狼、提案がある。櫻井の奴を捕まえることは出来ないか?」

 

「ああ?惚れたか?あいつ見た目はお前の好みだもんな」

 

「誰があんな奴!」

 

冗談でもそんなこと言うあたりが、司狼らしい。だが、俺が真剣に提案したことを察した司狼はすぐに真剣な顔つきになって賛同した。

 

「ハッ、まあいいぜ。捕まえたほうが(からかうのに)面白そうだ。手伝ってやるよ」

 

……今の言い方から再び察した。司狼は真剣に俺をからうために賛同したんだ。やっぱ、こいつ司狼(バカ)だ……。

 

 

 

 

 

 

ツァラトゥストラが解放され、聖餐杯猊下の号令により夜明けと共にいよいよ開戦の許可が下りた。

最初に動いたのは螢とルサルカの二人。リザは蓮を相手に出来る屍がいないことから手が出せず、ヴィルヘルムは興が乗らなかった。誠は腐敗が進むのを嫌がり、ヴァレリアは目的が別にあることから此処には手を出さなかった。

 

結果だけ先に言えば黒円卓側の勝利である。ボトムレスピットにたむろしていた集団は主にルサルカの手によって虐殺され、その生贄によってスワスチカを開くことに成功した。これで三つ目。更には、ルサルカの攻撃に恵梨衣は巻き込まれてしまい、食人影に喰われた。

しかし、蓮たちはこの敗北の状況に絶望はしていない。何故なら目的であった櫻井螢を捕らえることに成功したからである。

手も足も出ず逃げようとして捕らえられた前回の戦いと比べれば上々と言える。より細かいことを言えば、螢は逃げようと思えば逃げることはできた。事実、ルサルカは蓮の追撃を受けたがうまく逃げおおせた。

蓮の安っぽい挑発、司狼の煽り、恵里衣がルサルカの攻撃を無視しての妨害を行った。恵梨衣やこのボトムレスピットに集まっていた司狼の部下であるおよそ全うとは言えない人たちの犠牲を無駄にしないという覚悟によって蓮の攻撃が上手く決まり、螢は創造を使う直前のタイミングで罠にはまり気絶させられた。

殺さなかったのは躊躇いでも同情でも何でもなく情報収集を目的としていた為である。敵の中で実力は下から数えたほうが早く、交渉事に向いていなさそうなタイプで、一見冷静に見える割には感情的。これほど条件が整っている相手ならこの場で斃してしまうより、少しでもこっちに優位になるような情報を手に入れたい。そうして捕まえたは良いものの、交渉は彼らが思っていたほどうまく進まず滞っていた。

 

「ちっとはなんか教えてくれねーかね?こっちも暇じゃねえし」

 

「だから言ってるでしょ。マレウスが施した刻印が私にある限り、そっちの有利になるような情報は喋れないの。喋ったらその場で、内臓が食いちぎられるようになってるのよ。最も、これがなくても喋らなかったでしょうけど」

 

「だってよ、蓮。どうするよ」

 

尋問しても、そもそも応えることが出来ないのであれば仕方がない。司狼は早々に交渉を諦めることにした。時間は有限である。既に時刻は一夜明けて昼過ぎ。次の戦いが今夜行われるのであればもう半日もないのだ。だが、蓮は無性に腹が立った。橋の上での戦いでも逃げられそうになったが負けたわけではないと言い張り、ボトムレスピットでの戦いでは蓮の実力ではなく司狼と恵里衣の機転とルサルカの手抜きが負けた原因だと発し、この尋問では自分の意思で喋らないのではなくルサルカの魔術が原因で喋れないのだと、何かと理由を付けて責任から逃れようとする螢の様子に苛立ちをぶつけたのだ。

 

「この腰抜け!」

 

「何も知らない癖に何よ!?」

 

「知るか!勝手に巻き込んだのはお前らの方だろ!」

 

「「――――――!!」」

 

こうなればただの醜い罵り合いだ。どちらも互いのことが気に入らなかった。本音をひた隠しにしてきた螢と平穏な日々を壊された蓮。互いの行き着く先は衝突、ひたすら罵倒し、口に出さなくても良い本音を話し、漏れ出た本音を馬鹿にして相手を煽り、もっと奥深い本音まで引き出す。

結局、半日かけて蓮と螢は罵倒しあった。もちろん、情報など一切得ることは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

一晩経ったことで敵が再び動き出すことを予測していた蓮たちはそれぞれ別行動でスワスチカが開かれるエリアを捜索していた。蓮は螢を伴って夜道を散策する。螢を連れている理由は、放置すれば確実に逃げられる上にこちらの行動が読まれる、かといって司狼と恵梨衣では抑えられないと蓮が判断したからだ。尤も、伴って移動できている時点で、蓮と螢の距離は喧嘩によって縮まったと言える。

蓮はそういう面も含めて、彼女を味方とまではいわなくても敵であることを止めさせることは出来るのではないかと考えていた。

 

(こいつの願いを……俺は認められない。算数も出来ないバカな奴の考えだ)

 

螢の願いは兄と姉に等しい人物の蘇生――――そのためなら他人の命など惜しくもなく、いくらでも捧げて見せると、大切な人の価値は何物にも代えられない、他人の命の百や千では足りないくらい価値のあるものなのだとそういった。だが、それは違うのだ。

それは自分からその大切な人たちの価値を貶めていることに馬鹿な螢は気付いていない。何物にも代えられないものだからこそ、何かを代償にすることで得ることなど出来ないのだ。

だから、自分が止めさせてやる。そんな意気込みを蓮は胸に秘めている一方、螢も揺れていた。逃げようと思えば逃げられる。隙をついて斃すことも出来なくはない。だが、手が出ることはなかった。

 

(なんで藤井君は……)

 

捕まった時こそ本気でなかったなどと言ったが、螢は少なくとも気持ちでは本気で戦い、本音でぶつかり合った。だからこそわかる、自分と彼は似た者同士だと。なのに彼は何かを犠牲にして大切なものを取り戻したいとは思わず、自分は何もかも犠牲にしてでも大切なものを取り戻したいと思っている。初めは彼が何も失っていないからだと考えていた。

しかし、違うのだ。彼は確かに失っていない。だが、失わないために戦っている。失ってもきっと彼は戦う。前を向いて進み続ける。

自分と彼は何が違うのか――――明確にわからないからこそ、螢は手を出すことが出来なかった。せめて、その理由が分かるまでは死んでほしくない(・・・・・・・・)……無意識にそんなことすら思うようになっていた。

二人がそんな考え事をしながら歩いていると、ふと人を見かけた。

 

「?……制服?」

 

それは自分たちの通う月乃澤学園の制服をきた生徒だった。今は真夜中の12時をとっくに過ぎた時間。こんな時間に制服を着た生徒が歩くのは不自然だ。今はここ最近起こっている大量殺人事件のせいで部活動も活動休止中。制服のまま12時を過ぎるまでこの辺り遊んだり塾に通ったりしたにしては周りにそれらしき店も建物もない。

いや、一人ならまだ珍しい程度で済んだ。だが、二人、三人と歩いていくうちにすれ違う生徒の数が増えていく。あまりにも不自然で、蓮は嫌な予感がした。すぐさま学校の方向に足を向ける。学校が見えるころには学校中の生徒が集まっている様子が目に見えた。そして、人が一か所に向かって収束している様子とその人達の服装を見て血の気の引くような思いで蓮は敵の今日の狙いを理解した。

 

「くそ、学校が狙いか!?」

 

夜だというのに制服を着た生徒たちがフラフラと学校に向かって集まっている。明らかに正気を失っている様子から見て、蓮は黒円卓の誰かが行ったのだと察し、螢はルサルカによる魔術だと理解した。

最も狙われてほしくなかった蓮にとって平穏の象徴の一つ。急いで蓮は学校に向かって走った。生徒たちが校庭に集まっており、ぼんやりとしている。そこで蓮はハッと気づく。もし学校の生徒が全員集められているのなら香純もここに来ているのではないかと。

部屋に一人でいさせるわけにはいかないと病院に入院している香純だが、これが黒円卓の連中によって仕組まれたものだとすれば今は一般人でしかない香純は容易く巻き込まれかねない。彼にとってこれ以上香純が巻き込まれるのを良しとすることは出来ない。

 

「よぉ、誰を探してるんだ?」

 

そう思ってあたりを見渡していると、声がかけられた。声が投げかけられた方向、屋上に目を向けるとそこにいたのは二人の男女。ヴィルヘルムとルサルカがこちらを見下ろしていた。

 

「レオン。意外と元気そうにしてるじゃねえか。そいつに捕まってとっくにくたばったもんだと思ってたぜ」

 

「ほんと、意外よね?」

 

屋上から飛び降りてきた二人は蓮の傍にいた螢を見てそんなことを言う。蓮の圧倒的に不利な状況を見て螢は共に行動するのはここまでだと思い本来の所属である黒円卓側に戻ることにした。

 

「残念ね……藤井君。貴方と行動を一緒にできるのもここまでよ。これで三対一――――どうする?今度は貴方がまた捕虜になる?」

 

翻ってというよりも元の鞘に戻るといった方が適切だろう。螢は緋々色金(シャルラッハロート)を抜き、蓮に向かって構えようとした時――――

 

「何言ってんだレオン?テメエもここで死ぬんだよ」

 

「避けろ櫻井!」

 

後ろからヴィルヘルムに突き抜かれそうになった螢を蓮は覆いかぶさるように庇った。そのおかげで螢は一切傷を負うことはなかったが、蓮は左肩を抉られた。

 

「なッ……!?どうして!」

 

彼女は二つの意味で驚愕して叫んだ。

一つはヴィルヘルムの攻撃――――こちらはまだ理解できる。敵と一日過ごして無傷なのだ。裏切りを疑うのは当然だろう。ましてやヴィルヘルムは螢のことを女だ、黄色い猿だ、ガキだと毛嫌いしているのだ。機会があれば殺すのは当たり前であり、それを警戒しなかった螢自身の落ち度である。

 

「ああ?どうして、だァ?そりゃこっちのセリフだ。捕まっておきながら生きてるなんざどういう了見だっつてんだよ。しかもノコノコ連れて来られるとはな。猿は猿同士で仲良くやってたのか?」

 

案の定、ヴィルヘルムは螢が考えていた理由を言い放ち、殺さない方が可笑しいとばかりに言葉を吐き捨てる。

だが違う。彼女は蓮が身を挺して庇った理由の方が理解できなかった。怪我をした左肩を右手で抑え、なおも無意識に螢を庇うような立ち位置で覆いかぶさっている。

 

「元々、テメエ等姉弟なんざ最初(はな)から味方だとは思っちゃいねェ、四半世紀も生きていない極東の猿を戦友だと認めるわけねえだろ」

 

ヴィルヘルムがまだ何か言っているが、彼女の頭にその言葉が入ってこない。認識しているのは蓮が痛みを堪えている様子と左肩の傷だけであり、全身に震えが走る。

 

「なんだよ、ビビってんのかよ?」

 

螢の震えに気付いた蓮は彼女をどこか慰めるように、或は励ますかのようにそんな言葉を投げかけた。その言葉を聞いた瞬間、彼女の胸の内に小さな何かが芽生えた。

 

「ハッ、ビビってるだぁ?オイオイ、レオン。誰も認めちゃいねえが仮にも黒円卓に属したテメエがあの程度の攻撃にビビるたァどういうことだよ」

 

「ベイ、そこまで言うことはないでしょ。かわいそうにねえ、仲間だと思ってた相手に裏切られたんですもの。当然よねー」

 

ヴィルヘルムが震えている様子を見て呆れ果て、ルサルカが小馬鹿にしたように心にもないことを言う。そんな言葉を聞くたびに胸の内にある何かがどんどん大きくなっていく。

 

「櫻井、下がってろ……お前はあいつ等に裏切られた。だったら、もう戦う理由はない」

 

その言葉でついに胸の内にあったものが破裂した。この感情は――――

 

「バカにしてんじゃないわよ……」

 

自分でも驚くほど、小さな抑揚のない声だった。超人的な能力を持っている周りの三人は当然、その言葉を聞き逃しはしなかった。そして次の瞬間、

 

バカにしてんじゃないわよ!!揃いも揃って全員私のことをバカにして――――藤井君!私はあなたに庇われるほど落ちぶれちゃいないわ!ベイ、マレウス!あなた達の目は節穴なのね?私がビビってる?いい、これは怒りよ!!」

 

そう、胸の内にあったのは怒り。自分の情けなさ、蓮の土足に入りこむ意味のない気遣い、ヴィルヘルムの見下した様子、ルサルカの嘲笑――――どれもこれも彼女の苛立ちを加速させていたのだ。

もうどうなったって構わない。そんな思いすら沸き上がり、立ち上がった彼女はヴィルヘルムに切っ先を向けた。

 

「……いい目つきじゃねえか。今のテメエなら殺しがいがありそうだ」

 

二対二――――正確には一対一対二の状況。螢が構えたのをきっかけにヴィルヘルムも構え、蓮は警戒に移り、ルサルカは嗤う。

 

「ねえ、ベイ。折角だから貴方はツァラトゥストラを相手してよ。代わりにレオンハルトの相手を私がしてあげる」

 

「あぁ?……まあ良いぜ。だが、ここは俺の戦場だ。巻き込まれても知らねえぞマレウス」

 

ルサルカの提案に一瞬ヴィルヘルムは訝しむがルサルカの表情を見て、趣味の悪いことでも思いついたのだろうと思ったヴィルヘルムは譲ることにした。

 

「私を誰だと思ってるのよ、ベイ」

 

「ハッ、言うじゃねえか」

 

「櫻井、俺らはいったん休戦だ。あいつ等をぶっ斃すぞ」

 

「私に指図しないで、藤井君。貴方だって私の敵よ」

 

全員のずれた思惑が、しかし相手を倒すという覚悟と共に先端が開かれた。

 




螢が蓮たちに捕まっても逃げない理由は表面的にはいつでも逃げられると思ってるから
本音は逃げたら負けだと思ってるプライドが邪魔をしてる。

スワスチカ(3/8)

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