櫻井家の末っ子   作:BK201

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3話 小さな違い

「よお、蓮――――手伝ってやろうか?」

 

「司狼ッ!?」

 

タワー下で構えていた蓮達の前に現れたのは蓮の親友、遊佐司狼であった。蓮と学校の屋上で喧嘩別れし病院を抜け出して以来、行方不明となっていた司狼だったが彼はこの街のアンダーグランドの中心地ボトムレスピットで彼ら黒円卓の面々のことを知り、興味を抱いて手を出したのだ。

 

「前に手も足も出なかったくせにまた来やがったのかこのクソガキが……二度目はねえぞ」

 

「馬鹿司狼、こいつらはお前みたいな奴(一般人)が関わって無事で済む奴じゃないんだぞ!」

 

しかし、司狼が行ったことは非常に愚かなことだ。蓮の言う通り、一般人に過ぎない彼が聖遺物保持者と戦うのは愚の骨頂ともいえる。拳による殴打はもちろん、彼らにはナイフも銃も爆薬も通じない。それは蓮が戦うよりも前に手を出したことのある司狼自身もよく分かっていた。

当の本人はそのことを分かっているのだが、一切気にした様子もなく他の人の言葉を無視して進める。

 

「あのチンピラは俺に任せろよ。あいつの言う通り前にもちょっかいかけてんだ。言ってみれば先約してたのは俺の方なんだよ」

 

「ゴチャゴチャ勝手ぬかしてんじゃねえぞ!!」

 

好き勝手騒ぐ鬱陶しい虫ケラを殺すべく放たれたヴィルヘルムの攻撃。彼の初動の動きはこの場にいる誰よりも速い。先ほどまでその身をもって彼の攻撃に苦しめられた蓮は司狼では防ぐことなど出来ないと思い庇おうとした。

 

「舐めすぎだろ、お前」

 

だが、結果は真逆。これを予期できた人はいるのか。少なくとも司狼本人以外は何が起きたのかさえ理解できなかった。

ヴィルヘルムの攻撃はあっさりと躱され、逆に至近距離に近づいてきたヴィルヘルムに向かってデザートイーグルが放たれた。当然、無傷だがサングラスが砕かれヴィルヘルムは既に限界だった苛立ちが一周回って静かな怒りへと変化する。

 

「レオン、カイン。気が変わった――――そっちのガキはお前らがやれ」

 

「そう言う事だ、蓮。気にするな、こっちも気にしないから」

 

司狼の思惑通りに状況が進み、蓮は心配するが、すぐに信頼が勝った。

 

「フォローなんて期待するなよ」

 

「そっちこそ、こいつを斃すまでにやられんじゃねえぞ」

 

 

 

 

 

 

ベイ中尉は突如現れた遊佐司狼とかいうのをよくわからない敵を相手にしてしまい、姉さんは姉さんでこっちが動く前にツァラトゥストラとぶつかり始めた。こうなると文字通り黒円卓の(ヴェヴェルスブルグ・)聖槍(ロンヌギス)で横槍でも入れないかぎり手持ち無沙汰だが、暇を見て適当に参加すればいいだろう。

 

「その前にお手並み、拝見ってところかな?」

 

団員の中で若輩の僕や姉さんの実力は下から数えた方が早い。今後も戦いが続く必要がある以上、あまり強すぎても弱すぎても困るがここで負ける程ならツァラトゥストラの実力は問題外。橋の下の水面でお互いに刃をぶつけ合う様子を見るに形勢は五分。切り札である創造を持っている分、姉さんの方が優位ともとれるが、その戦い聖遺物を手に入れたばかりとはとても思えない。堂に入った戦い方、隙を見せたら躊躇わず懐に入りこむ様子を見るとそれなりに様になっている。負けるとは思わないがこのままでは随分と時間がかかりそうだ。

 

「ねー、二対一だから卑怯だなんて言い訳はしないよね――――」

 

時間短縮のために軽い参加表明をする。すると会話をする程度には余裕があるのか返答が返ってきた。

 

「……一対一だと勝てないって言ってるようなもんだぞ」

 

そうやって投げかけた言葉に反応するツァラトゥストラの様子を見るに、言葉では強気だが、やせ我慢である事は明らかだ。挑発にすらならない程度の言葉と言える。

 

「誠、貴方の出る幕じゃないわ。下がりなさい」

 

しかし、その陳腐な挑発に姉、櫻井螢はのっかる。

 

「ハァ……姉さん」

 

「彼、藤井君は一人で私を斃せるって勘違いしてるのよ。私としては今の言葉も、誠の行動も少し癪に障るわ」

 

「……そう聞こえたんだとしたら悪かったな。てっきり、あんたの方が弱いと思ったんでな」

 

挑発に引っかかった相手を逃す気はないのだろう。一対一を誘導しようと彼は必死に挑発を続ける。何となく、そのやり取りが馬鹿らしく感じてやる気が失せた。

 

「いいよ、じゃあ姉さん一人でやればいいさ。でも、油断しない方がいいよ。少なくとも形成だけじゃ手に余るって考えておいた方がいいんじゃない?」

 

ともすれば嘲りや愚弄に捉えられそうな言葉を吐くが、意外にも姉さんはその言葉を聞いても反論するようなことはせず、むしろ冷静にその言葉を受け止めていた。

 

「ええ、そうね。ねぇ、藤井君。貴方、確かにすごいわよ。ほんの数日で聖遺物に呑まれるどころか私たちと同じ所まで来たんだもの。正直、嫉妬するわ。私や誠が数年がかりでたどり着いた領域に少しの時間と労力で到達したことに。

だからかしら?団員を一人斃せたから私も斃せるって思ってるんでしょ。そんな貴方の友人も私たちを相手に生き延びただけあって天狗になってる。所詮その程度の相手だってね――――だとしたら甘いわよ」

 

そういった瞬間、姉さんの纏っていた気配が一変する。炎を操っていた状態から、炎そのものに染まったかのように昇華した。黒髪は爍々とした赤髪へ、散り散りと剣の周りを舞っていた火の粉は全身を包み込む焔へと変化していく。

 

「教室でしたレッスンの続きよ、聖遺物をただ振るっているだけの状態が活動、それを自分のものにして使いこなすのが私たちが今使っている形成。ここまではきちんと説明して貴方も使いこなしてるわ――――でもね、あの時も言ったと思うけど、形成位階の上、自己の能力として完全に発現させるもう一段階上の状態を創造っていうの」

 

瞬間、姉さんが立っていた場所で発生したのは爆発。圧倒的な熱量が橋の下の川で戦っていた彼らの周囲にある水を一瞬で蒸発させ、傍聴した水が水蒸気爆発を起こしたのだ。

 

「……んでもって、それが創造ってわけかよ」

 

姉さんは敢えて詠唱を省いて能力の安定性をなくした状態のまま創造に移った。それは創造同士の戦いであれば相手の創造に塗り潰されることになる下策中の下策だが、未だ形成で創造に至っておらず、何も知らないツァラトゥストラ相手なら十分すぎる。せめてものハンデのつもりなのだろう。不安定なまま創造に移り攻撃を開始した。

 

「本気で来た方がいいわよ、藤井君。でないと貴方、死ぬから」

 

「マジ……かよ!?」

 

悪態を付く余裕などない。言葉通り、一瞬で大幅に差が開き、どちらが上かはっきり示された。先ほどまで五分の戦いを行えたのは姉さんが相手の土俵の上で拘っていたから。炎にとっては不利な橋の下という水場で敢えて戦い、相手の間合いで剣戟を放つ。お互いに接近戦で武器をぶつけ合う戦いは大層清々しいものだっただろう。

しかし、創造になってしまえば、その土俵自体が成り立たない。水などいくらあろうとものともせず、剣戟は陽炎へと変わり、炎そのものが質量をもって迫りくる。形ないものが迫りくる状況では切り裂くということすらまともに出来ない。

 

「これが形成と創造の差よ――――壁のように隔たる実力差がなければ位階の差は絶対……ここで私に勝つには貴方が創造をここで会得する以外ないわね」

 

真正面から戦って勝つということであれば、その言葉は正しい。ただ、彼の目的は最終的にはともかく、現時点では勝つことが目的ではない。あの仲間と共に生還することが出来れば勝ちみたいなものである。シンプルに逃げ切ればいいのだ。

 

「ウァッ!?」

 

炎の弾丸そのものとなった姉さんの一撃をかろうじて刃の部分ではなく広い腹の部分で受け止める。しかし、足の踏ん張りが利かず打ち上げられ、橋の上に戦場を移した。後を追いかけるが姉さんと彼との間に距離が生まれた。

 

「距離が開いたな……」

 

ツァラトゥストラはそういった瞬間、クラウチングスタートの姿勢を構える。

 

「そう……一点突破というわけね?」

 

姉さんはその姿勢から突撃による一点突破だと予測している。確かに創造位階を相手に形成で対抗するには何かリスクを背負わなくてはならない。そのリスクの取捨選択に彼は防御を捨てたということだろう。格上とは言え姉さんの能力は癖も何もない正道。人器融合型の攻撃力と捨て身の覚悟があれば或はといったところだろう。だが、本命は――――

 

「姉さん!距離を詰めないと逃げられる!」

 

「――――!?」

 

「そういう、ことだ!!」

 

スタートダッシュから一気にトップスピードまでギアを上げて行ったのは捨て身の一撃……ではなく逃走。相手を吹き飛ばすのではなく追い抜いて一直線に逃げるツァラトゥストラと反転して追いかけ始めた姉さんでは初速が違う。僕自身も観戦していたことで距離が空いており、このままでは確実に逃げられてしまう。

そう思った矢先、ツァラトゥストラの逃走方向にいた人物を見て、彼の逃走が失敗に終わったことを悟った。

 

「いけませんねぇ、レオンハルト、トバルカイン。あなた方二人がかりで彼を逃がしてしまいそうになってしまうなんて」

 

「なにっ!?」

 

ツァラトゥストラを止めたのは現世にいる代理の指揮官と呼べる存在であるヴァレリア・トリファ、聖餐杯猊下であった。

 

「……神父、さん?」

 

「ええ、藤井さん。こんばんは」

 

顔見知りだったのだろう。ツァラトゥストラの表情は信じがたいものを見たかのように驚愕していた。

 

「レオンハルト、トバルカイン――――ご苦労様です。あなた方は先に帰っていただいて構いませんよ。特にレオンハルト。貴女は今の戦いで無意味に消耗したことでしょう。そのような不完全な創造は貴女自身にとってもツァラトゥストラにとっても悪影響を及ぼすだけです」

 

「しかし――――!」

 

「私は下がれと言ったのですよ、レオンハルト」

 

有無言わせぬ口調で下がれという様子に僕も姉さんも抵抗を口にすることはできず、黙って後ろに下がるしかない。

 

「それでいいのです。いい子ですよ、レオンハルト、トバルカイン」

 

「では、一足先に帰らせていただきます……姉さんも」

 

「ええ……」

 

そして、僕ら――――特に姉さんは不完全燃焼といった状況で先に教会に帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

私達があの橋から帰還した後、詳しい経緯は知らされなかったが、聖餐杯猊下の手によって藤井君は教会に捕らえられ、ベイはあの遊佐司狼と名乗った相手を取り逃がしたと報告を受けた。

当然、ここでツァラトゥストラである藤井君を殺すわけにはいかないので、拘束こそしているものの直ぐに開放する手はずになっており、その役目は彼の友人である氷室玲愛が行うらしい。

 

「ねえ、レオン。貴女、彼を相手にして危うく逃がすところだったんだって~?」

 

「マレウス……いったい何の用?」

 

要件は単純なものだった。日本人であり、同郷・同時代でない私や誠をマレウスは黒円卓の戦友として認めていない。いや、誠は直接手ほどきを受けていることから認めていないわけではないだろう。疑っているというよりは保険のようなものが欲しいのだと察する。

 

「それで、どうかしら?私の魔術なら貴女とカインを裏切らないように施すことが出来るわよ」

 

「……私たちを疑っているってこと?」

 

「いいえ、でも保険は必要でしょ?貴女が捕まった時に私たちの情報を吐かないとは限らないし」

 

断るほどのことでもない。元々裏切る気など一切ないのだ。気に入らないのは確かだが私は彼女の提案を受け入れることにした。

 

「良いわよ。そんな無意味な疑いをかけられて仲間割れを起こしてもしょうがないもの」

 

「ふーん、そう。じゃあついでなんだけど次の戦場には私といかない?毎回ベイと一緒っていうのも飽きちゃってね」

 

そして、彼女の手によって魔術の刻印が施され、次の戦場にはマレウスと共に行くことを決定した。

 




遊佐司狼:天才型の不良。生身の体でありながら黒円卓を相手に翻弄するほどの実力を持つ。武器はデザートイーグル。しかし、一般人相手ならともかく黒円卓には誠含めてまっとうな手段で傷をつけることは出来ない。蓮の親友。誠との関わりは一切ない。

原作との相違点:螢が不完全ながらも創造を見せる。ラインハルト登場時に立ち会ったのは蓮と螢だけ。

スワスチカ(2/8)

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