これまでのあらすじ
敵であるマキナに窮地を救われた蓮、
ルサルカの聖遺物を奪い取った司狼、
その二人は何とか遊園地でシュライバーを倒した。
同時刻、教会から脱走しようとした玲愛と香純はリザ、螢、誠の三人の協力を得るが、
エレオノーレに見つかってしまう。
その身を賭して誠がエレオノーレにぶつかり全員を逃がした。
そこで使った創造、しかしエレオノーレには全くと言っていいほど通じず、
逆に誠は肉体的にも精神的にも追い詰められていた。
遡り、誠が創造――――三相女神・禍福無門を習得し初めて発動させたのは過去ルサルカに指導してもらっていた時のことだった。
螢が世界中を巡って黒円卓の面々に教えを受けていた際、誠も同じように彼らに教えてもらっていたが、トバルカインということから彼に指導できる相手は黒円卓の中でも限られていた。だから最年長のルサルカが彼を指導していたのは必然だったといえる。
「その創造、使わないことをお勧めするわ」
誠はその時のことをよく覚えていない。一度でも使えば腐敗が加速度的に進むトバルカインの創造をルサルカの探求心と誠が自分の戦い方を把握するためにルサルカの魔術によって限定的な創造を行ったのだが、その時ルサルカに言われた最初の言葉がこれだった。
「あなたの創造は
ルサルカに伝えられた創造の説明――――誠は自分でその能力を完全に理解したわけではなかった。だが確認できたのは創造を使い終えた後の周囲の状況。鍛錬の為に使っていた建物は崩れ、ルサルカの用意していた道具の類は完全に腐敗し、誠の為に施してあった魔術さえも腐食していた。
「見境のないその能力――――確かに武器としては強力よ、でも決定打にはならない。カインである以上、創造を使えば短期決戦にならざる得ないからその能力とは噛み合わないわ」
誠にとってルサルカの言うことは道理だった。だからその日から彼は自分の創造のことを深く理解することなく、彼は自身の渇望を理解していなかった。
だが、それは聖遺物所持者にとって最もしてはならない事だった。何故なら創造とは自己の投影――――誰もが理解できなくても、自分だけがその能力を理解できるようにしなければならない。他者の認識と同じ理解にしてしまうということは表面的な能力だけしか使えないということなのだ。
故に、ルサルカが意図したことなのかどうかは分からないが、ルサルカの言葉と誠自身の認識のせいで彼は誰よりも弱い創造を持つことになった。
◇
何を成すために生きているのか?
その問いに誠は答えを返すことが出来なかった。
「……」
「沈黙、それが貴様の回答だ」
人は誰もが何かを成すために生きている――――螢であれば兄ともう一度会うために、蓮であれば変わらない日常を失わないために、あのラインハルトでさえ未知を得るために生きている。
生きる意味というのは基本的に誰もが持っている――――ただ惰性で生きているという人物ですら、死にたくないから生きている。
「今そんなこと、何の関係が……」
「あるだろう?その考えこそ、貴様の本質なのだ」
だが、誠は生きていることに無頓着だった。成すべきことなどないから黒円卓に入り、生きることに執着心がなかったから恐れることもなくトバルカインになった。
「私自身は精神論を好みはしないが、一方でそれが強さの一端になることは分かっている」
鍛錬と才覚によって己の身を磨いてきたエレオノーレからしてみれば精神論というのは自身には関係性の薄い論理だが、それでもマキナやヴィルヘルム、何より自分の元部下であったベアトリスがそうであり、やはり何かを成すべき為に生きている者は強いということを理解していた。
「芯が存在していない貴様は生きていること自体に価値がない。人間らしさなどなく、ただ状況に流されるだけの風見鶏にすぎん」
だが、誠にはそれがない。戦っているからこそエレオノーレにはわかった。彼はあまりにも無頓着だ。生きていることに執着せず、死ぬことも恐れていない。だが、真っ当に、真剣に戦っている――――それはあまりにも矛盾していた。
「故に、貴様は
「なッ!?」
弾を腐敗させ逃れ続けた銃撃を躱しながら接近の機会を伺っていた誠だが、MP40の銃火からパンツァーファウストへと突如切り替えら攻めたてられる。
「グゥゥゥッ――――」
物質を腐敗させる彼の創造は実弾は腐敗させることで防げても、彼にとって物質という概念の中では遠い認識の爆発の腐敗は間に合わない。おかげで爆発による火傷を負い、それでもなお、爆風に紛れて近づこうと彼は跳びかかった。
「貴様の稚拙な考えが読めぬとでも思っていたか?」
しかし、爆風を抜けた先に待ち構えていたのはエレオノーレが前もって準備していたルーンの刻まれた炎の砲弾。腐敗は間に合わない。当然、自分から突撃して来たこの状況では回避もしきれない。結果、誠は正面からエレオノーレの攻撃を受けた。
「ウアァァァ―――――!?」
「どうした?似ても似つかぬが、貴様のその槍は恐れ多くもハイドリヒ卿の聖槍を模したものであろう。つまらん醜態を曝すのであれば、今すぐにでもこの炎の中で消えてしまうがいい」
(このままでは、魂ごと燃え尽きてしまうッ……!?)
だが、打開する手立てはない。
彼の創造はあまりにも限定的だった。直接相手を打倒する力でもなく、かと言って自身の能力が極端に向上するものでもない。ただ、
そう認識しているのが、他ならぬ彼自身である以上、彼の聖遺物はこれ以上成果を出すこともせず、現状ではジリ貧のままに敗北が近づくのみだった。
しかし、死を直前に感じてか、彼の思考はこれまでにないほどに加速していた。打開策はないのか、どうすれば生き延びられる、死にたくない、熱さから逃れるにはどうすればいい――――思考しては泡のように弾けていく考え。その中でふと消えない思考が一つ出てきた。
(そもそも何で僕は裏切り者の姉さんやゾーネンキントを救った?)
誠にとって救う必要があったか、そう問われてしまえばそんな理由はない。ただ、彼にはエレオノーレの指摘した通り、何もなかった。
改めて説明するまでもないが、誠は黒円卓で成すべきことなどない。トバルカインになった理由もない、兄である戒を救う気持ちも、螢を手助けする意思もない。
「そう、確かにアンタの言う通りだ……僕に、僕自身の為に成すべきことなどない」
エレオノーレの放った
「自覚したか?それが貴様の弱さなのだ。何も覚悟を持たぬ輩が使えもしない武器を持ったところで自滅するだけだ」
エレオノーレからしてみれば誠の創造は自滅でしかない。過去にルサルカが説明したように誠の創造はトバルカインの性質と噛み合っていない。
自らの肉体の腐敗が常時発生し、創造を使えば桁違いに腐敗の速度が上がるトバルカイン。
形成は初代の剣ほど鋭くなく、二代目の銃より射程は短く、三代目の大剣より威力の低い槍。そして、創造は直接的な攻撃力を持たない。
誠の能力は短期決戦のトバルカインとしては明らかに間違っている。今は――――
「これで最後だ。せめて散りざまは私を失望させるな」
止めに相応しい大きさの火球――――これまでの攻撃の中で最も威力が高いのは明白だった。
(そう、僕は僕に興味がない……だけど!)
かすれるような小声でそんな言葉を誠はつぶやいた。そして――――
「……なんだと?」
「まさか死に際に自分の能力の本質が分かるなんてね」
不快だったのは確かだろう。エレオノーレの苛烈とも言える傲慢な表情が鳴りを静めていた。
烈火は染まり、腐敗し、崩れ落ちた。彼の絶対と相手の絶対。法則が対等になった証拠だった。
「喜びなよ、戦闘狂。こっから先は対等だ」
真に自身の渇望を自覚した己は強敵だぞ。そんな風にその目が語りかけていた。
◇
蓮と司狼はバイクで街中を疾走していた。シュライバーとの戦いで力を使いきっていた二人だが、その疲れた体に鞭を打って教会に向かっていた。
「司狼、もっととばせ!」
「アホ、これ以上スピード出せるか!」
連日起こる大量虐殺、爆発音――――真夜中ということもあって人通りは殆どないが、道は直線に伸びているわけではない。司狼は目一杯バイクの速度を出していたが、蓮からすればもどかしいほど遅い。
シュライバーと戦っていた時には必死だったから気付かなかったが、教会の方向で爆発が何度も起こっていた。
「あそこで戦いが起こってるんだ!多分櫻井があいつらの誰かと戦ってんだ、もっと急がないと!」
「んなこと言われなくたってわかってるんだよ!あんなクラスの化け物、一人で相手できるはずがねえ!」
蓮と司狼は、螢が戦っていると思っている。実際はどちらも敵であるはずの誠とエレオノーレがつぶし合っている状況なのだが、それを知るすべがない彼らは急いで現地に向かい、非戦闘要員である玲愛や香純を遠ざけ、螢を援護しなければならないと考えていた。
満身創痍だが、戦わないわけにはいかない。巻き起こる爆発音は明らかに桁違いの威力。間違いなくあの場にいるのはシュライバーと同じ三人の幹部の一人、螢では勝てない。
「蓮、司狼!」
教会へ向かいバイクを走らせていたが、それは思わぬ声掛けで止められた。
「な、香純!?」
教会から少しでも遠くへと離れていた香純、玲愛、その二人を守るように移動していたリザと螢。
逆に遊園地から最短ルートで教会に向かっていた蓮と司狼。
お互いに町の反対側にあったからこそ、香純たちが市街へと向かわなければ出会うのは必然だった。
「先輩、それに櫻井やシスターも……」
「オイオイ、どういうことだよ?」
二人は疑問に思う。教会で戦っているのは誰なのか。まさか幹部の人間が彼女たちが逃げるのを見逃したのか。ゾーネンキントというキーパーソンでありアキレス腱でもある彼女を。
「うん、藤井君たちが想像してる通り、逃げ出してきた」
玲愛が蓮達に説明する。
「じゃあ、あそこで戦っているのは……」
そういった瞬間、螢が苦虫を噛み潰したかのような表情をして、その様子から察したリザが説明を続けた。
「レオンハルトの弟……トバルカインよ」
「あいつも味方ってことか?」
昨日までは敵であったが、螢が蓮たちの味方になったからことからか、誠も味方になったのかと尋ねた。だが、その当事者の一人である螢にはわからなかった。
「……わからないわ、私はいつもわからないままよ。他人のことも、家族のことも、自分のことさえわからないまま」
誠の行動原理が分からない。姉でありながら、弟が何を思って裏切り、味方になったのか螢には全く分からなかった。もとより、数年前に同じように黒円卓に所属し、別々に行動していた螢にわからないのは道理だった。
「じゃあ、どうするよ。助けに行くのか?」
「それは、彼の意思を無為にする行為よ……でも、彼では彼女には、勝てない……」
リザは出来る限り、第三者の立場として説明する。螢にとっては肉親、蓮達からすれば敵、玲愛とは協力関係だが黒円卓のことを彼女は殆ど知らない、状況を正確に説明できるのはリザだけである。
「ああ、間違いなく勝てない……」
蓮はその言葉に同意する。蓮は現在誠が戦っている相手のことは知らないが、誠と戦い、エレオノーレと同じ幹部であるシュライバーと戦った。その時の実力から仮に誠の創造が特段優れたものであったとしても、技術、魂の総量、能力――――下地となる部分の根本的な実力差から勝てるとは思えなかった。
「俺が言うことじゃねえんだろうが……時間を稼いでくれてるっていうなら、選ぶべきだ。
手を貸すか、立て直すか――――」
「……立て直すべきよ」
迷いはしたが、螢は言い切った。
「藤井くんも遊佐君も私からみても分かるほど消耗してる。誠が命を削って作った時間を無駄にするわけにはいかないわ」
既に今夜の戦況は終焉が近づいている。シュライバー戦の勝利、教会からの脱出、そして誠とエレオノーレの戦い。
「ええ、彼は素晴らしい働きをしています。彼女を相手に今なお時間を稼いでいるのですから。あなた方にとっても、私にとっても本当によくやってますよ、彼は」
「!?」
だからこそ、この場の第三者の介入は誰も想定していなかった。闇夜に紛れ、突如現れた腕に一般人でしかない香純は捕まった。
「し、神父、さん……!」
「ヴァレリアッ!?」
首を摑まれ、ヴァレリアの方へと引き寄せられた香純。一般人レベルの身体能力しか持たない玲愛とリザはもちろん、消耗していた蓮や司狼も、引き下がる決意を固め動きを止めていた螢も誰も反応できなかった。もとより、そのタイミングを狙っていたのだ。
「テメエ!!」
銃を構える司狼、だがヴァレリアは余裕を崩さない。香純をつかんだ今の状態では撃てない。
「おや、撃ちますか、人質に当たりますよ?まあ、仮に撃ったとしても、その程度の攻撃では私を殺すことは出来ませんが」
事態は予想しない方向に進み始めている。同時に、それは誰にとっても
今宵の戦いに終わりはまだ見えない。
氷室玲愛:日独クォーター。ゾーネンキントという黒円卓の行う儀式の最重要人物。彼女を握っている陣営が実質勝利に最も近い。誠とは知人以上友人未満の関係。
綾瀬香純:ヴァレリアが最も欲している人物。ゾーネンキントの代替。あくまで代替なので本来の目的としては使えないがヴァレリアの目的には彼女が必要になる。誠からすれば興味の埒外。