シュライバーは速い――――ただ端的に言えばこれだけの相手である。しかし、その速さが異常だった。
誰よりも速く、誰も追いつくことが出来ず、誰も捉えることが出来ない。絶対的な速度は一方的な攻撃を可能とし、逆に相手からの攻撃はすべて躱すことが出来た。
「く、また!?」
勿論、戦っている蓮や司狼とて、それは理解しており、何もしなかったわけではない。
最初は誘導――――いくら速くても来ることが分かれば攻撃を当てれると思ったがそれは甘く、すべて躱され逆に正面から反撃を食らうだけだった。
次は範囲攻撃や攪乱攻撃――――遊園地というアトラクションや設置されている様々なもののおかげで障害物が多い。この地形は蓮たちにとって有利なはずであり、最初の誘導を応用した待ち伏せ、障害物による移動ルートの制限、果ては遊具を吹き飛ばして表面積を稼いだ攻撃や地面をえぐり取って放った石の散弾と多種多様な攻撃を仕掛けた。にもかかわらずただの一度も攻撃は当たらない。
最後に心理戦――――誘いをかけて相手へ揺さぶりをしようとした。司狼の十八番だが、シュライバーの異常な精神性を前にそれらは一切通用せず、正確かつ無慈悲に着々と攻撃を仕掛けられ、ここまで策は消耗するだけに終わった。そもそもシュライバーを相手に心理戦を仕掛けれるのはそれこそ黒円卓の中でも特異なメルクリウスや相手の心を読めるヴァレリアぐらいである。
「アハハ、遅いね、君たち二人とも欠伸するほど遅いんだよ」
そして、げに恐ろしきはこれがシュライバーの活動位階でしかない事だった。活動であるがゆえに火力こそ低いが、速度で負けている。限定的な力しか発揮できない不安定な活動位階で蓮たちは圧倒されていた。つまり、シュライバーは形成と創造、あと二つ切り札を握っている。
かろうじて救われている点は、一般人にとっては強力な武器となる銃も、シュライバーの能力で強化されているとはいえ、聖遺物を持つ蓮や司狼にとっては大したダメージにはならない。
むしろ直接シュライバーに殴られたり蹴られたときの方がダメージが大きかった。
「君らは僕に触れることすら出来ないんだよ」
司狼は変わらず周囲にまき散らすように攻撃する。観覧車、ジェットコースター、休憩スペース、メリーゴーランド遊園地一帯が戦場になったせいもあり園内はがれきと障害物の山となっているが、そんな障害物苦になるはずもなく、シュライバーがこちらに接近してくる。
シュライバーの速さに追いつけない司狼は正面から反撃しても全く当たらず、逆に至近距離で攻撃されそうになったところで蓮が邪魔するように割って入って攻撃した。勿論蓮の攻撃は容易く躱され外れるが、司狼に近づいていたシュライバーも一度距離を取ってメリーゴーランドの天辺に着地した。
「司狼、何か思いついたか?」
攻撃から庇った蓮が司狼に尋ねる。
蓮はシュライバーの速さに慣れたのか最初よりも攻撃に対応し始めていた。しかし、シュライバーの速さはまだまだ本気ではない。蓮が慣れるのに比例してシュライバーも少しずつ速さを増している。この程度では戦う相手にすらならないとわざと少しずつ成長させて遊んでいるのだ。
蓮本人はあまり自覚はないが考えるより先に行動する蓮はシュライバーと叩くことが出来ても攻略法を見出すことが出来なかった。ヴィルヘルムに敗北しそうになったのもそこにある。
「ああ、あいつの斃し方を思いついたわけじゃねえが、気になる点はあるぜ」
だが、続きを話そうとした時、シュライバーが再び襲い掛かってきた。司狼は後ろに下がりながら銃を乱射し、蓮は正面からぶつかりに行く。
「りゃぁぁ!!」
蓮が正面から斜めに振るったギロチンの一撃。しかし大振りの攻撃が当たるはずもなくシュライバーは軽くその攻撃を躱す。躱した先には司狼の銃弾が迫っていたが、その銃弾も彼にとっては止まっているようなもの。銃弾を逆に自分の銃弾で撃ち貫いた。
「グァッ!?」
続けてシュライバーは蓮を吹き飛ばし、後ろに下がった司狼を狙う。
司狼には敵の動きが速すぎて見えない。司狼は銃弾を放つ。闇雲に放った銃弾はとても狙いが定まっているとは言えない。シュライバーが迫る方向に向かって見当づけただけの弾。
その程度の姑息な抵抗手段しかない――――シュライバーはそう思って近づいたが、戦場で磨き上げてきた彼の直感が警鐘を鳴らし、横に避けながら銃を放つ。
「チッ!」
司狼はかろうじて左腕で銃弾の直撃を避けるために防ぐ。無茶な防御だが聖遺物を手に入れた今の司狼なら銃弾をかろうじて防げる。
戦闘が続く中、司狼は考える――――なぜ奴は銃を使うのか。自身の攻撃より威力はなく、自分より遅い飛び道具など意味はない。ましてやあの足の速さを持ちながら両手を銃でふさぐというのが司狼には腑に落ちなかった。両手で武器を持っていたら手を使って器用な動きが出来ないからだ。司狼がシュライバーなら単純に速度で威力が上がるハンマーでも持つ。
「こっちの攻撃を全部躱すことと、奴が銃を使うことに何か共通点があるはずだ……」
長考する暇はないが、戦いながらであっても考えを休めてはならない。
「何かいい考えは思いついたかい?」
一方でシュライバーは小馬鹿にしたように司狼に向かってそんなことを言うが、彼を相手に警戒していた。この短時間の戦闘で彼が危険視したのはツァラトゥストラであるはずの蓮ではなく、司狼。
蓮の成長速度はこの短時間で今の速さに慣れ対応し始めている。確かに想像以上だが速さに絶対の自信があるシュライバーには問題ない。活動位階の速さにも追いつけない時点で脅威ではない。
司狼は全くこちらの速さにはついていけていないが、それでもなお戦闘が成立している。それがシュライバーを警戒させていた。無論、蓮の助けや司狼の攻撃方法、シュライバーが手を抜いていることも要因としてあるが、それだけではない何かを司狼に感じ取っていた。
「……まあいいか。殺せば何であっても関係ない」
そう、何者であっても何を持っていようと殺してしまえば関係ない。蓮の相手も飽きてきた。シュライバーは自分の最大の武器を使って殺すことにした。
「形成
Yetzirah――――」
「これは……」
轟音が鳴り響く。蓮も司狼も音の質は聞いたことがある。だが、その音の大きさは段違いだ。
「オイオイ、こんなもんもありなのかよ」
撒き上がる白煙、地獄の扉が開かれたように現れたシュライバーの形成。
Lyngvi Vanargand
現れたのは巨大なバイク。第二次世界大戦時に使われたドイツの軍用バイク、ZundappKS750。マニアでも何でもない蓮や司狼には何のバイクかまでは分からないが、少なくと普段司狼が乗り回しているバイクなどとは桁が違った。
「バイク……だと?」
「ヤァァァ――――!!」
高圧なエンジン音と共に突っ込んできたシュライバーとバイク。蓮は躱そうとしたが轢き飛ばされた。
「グ、ガァッ!?」
躱すことは愚か、防ぐ間もなく吹き飛ばされる。それを見た(正確には視認できていないが)司狼はハッ何かを察すると同時にシュライバーの攻撃によって吹き飛ばされ、後ろにあった建物にぶつかった。
「し、司狼……!」
「死ねェェェ――――!!!」
背後は建物、正面から迫りくるシュライバーの攻撃を躱すことは難しい。だからこそ――――
「ぶっ飛ばすぜぇぇ!!」
司狼が何かを放った。だが、それは当然シュライバーに当たらない。司狼の抵抗も空しくシュライバーのバイクは彼を轢いた。
「ゴハッ……!?」
建物に吹き飛ばされぶつかる司狼。形成になったシュライバーの攻撃は桁違いの威力を誇っており蓮も司狼もたった一発のバイクとの衝突で重傷を負っていた。
「く、っそ司狼!」
それでも蓮は何とか立ち上がり司狼に向かって叫ぶ。シュライバーは既に次の攻撃の構えを取っていた。とても間に合わない。司狼は今受けた攻撃によってシュライバーの動きに対して何の反応も出来ていない。かろうじて体を動かそうとしているだけだ。
このままでは司狼が死ぬ。それを許すわけにはいかない。これ以上、日常を壊されてたまるものか。そう思うのだが、今の蓮ではシュライバーに届かない。なら――――
「――――マリィ!!」
蓮はマリィの名を叫ぶ。蓮一人で立ち向かえる今の限界は形成まで。不完全な創造ではシュライバーを斃せない。
だから力を貸してほしい、二人ならここを超えれる。共に恐怖を乗り越えよう、道は自分が創って見せる。その叫びに呼応するようにギロチンが輝き、蓮の瞳にカドゥケウスが宿る。
「日は古より変わらず星と競い
Die Sonne toent nach alter Weise In Brudersphaeren Wettgesang.
定められた道を雷鳴のごとく疾走する
Und ihre vorgeschriebne Reise Vollendet sie mit Donnergang. 」
そして――――時間が間延びするように時の流れが遅くなる。だが、まだ足りない。単純に速すぎるシュライバーの動きに追いつけない。
「そして速く 何より速く
Und schnell und begreiflich schnell
永劫の円環を駆け抜けよう
In ewig schnellem Sphaerenlauf. 」
だからもっと、もっと、もっと――――元々緩慢だった司狼の動きは止まったかのように、シュライバーの動きは徐々に遅くなっていく。この速さなら追いつける。
「光となって破壊しろ
Da flammt ein blitzendes Verheeren
その一撃で燃やし尽くせ
Dem Pfade vor des Donnerschlags; 」
ようやくシュライバーが蓮の接近に気付いた。蓮の視点では徐々に周囲の時間が遅くなるように見えているが、シュライバーから見れば蓮の動きが急に速くなったように見える。そして、自分よりも速く動くかもしれない敵を前にシュライバーは無意識に触れられたくない意識が芽生え、距離を取る。
「そは誰も知らず 届かぬ 至高の創造
Da keiner dich ergruenden mag, Und alle deinen hohen Werke
我が渇望こそが原初の荘厳
Sind herrlich wie am ersten Tag. 」
時間よ止まれ、永遠となれ――――恐怖に打ち勝つ為に願い続ける蓮の力はシュライバーの速さをほんの僅かに上回った。
Briah――
美麗刹那・序曲
Eine Faust Ouvertüre
一目散に首を狙う。ギロチンの特性である斬首は首に当たれば確実だ。絶対的に優位だった速度で対等になった時点で強力な能力を持つ蓮の方が一手上回った。
(殺れる、こいつは、ここで――――斃す!)
一閃――――放たれた蓮の一撃は確実に止めを刺す、はずだった。
「はず、した……?」
手ごたえが無い。蓮は馬鹿な、と驚愕する。確実に捉えていた攻撃だった。シュライバーの速さを上回ったはずだった。しかし攻撃は外れた。
「後悔させてやるよ」
攻撃を躱したシュライバーが蓮に投げかけた言葉はこれまでのように余裕を持った様子で発せられたもので放った。それは蓮の攻撃が初めて追い詰めた証である。だが、それは同時に彼に切り札を出させる最大の悪手でもあった。
「――――僕の速さは絶対なんだ!」
その言葉と同時に蓮の世界は暗転した。
ウォルフガング・シュライバー:黒円卓の中でいわゆる最凶のポジション。時間を遅くできる蓮の能力と相性が良い。誠との関わりはないが、身長差があまりないので会えば仲良くできる、かもしれない。
スワスチカ(5/8)