櫻井家の末っ子   作:BK201

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1話 次代のカイン

未知ではない。これもまた既知――――メルクリウスは自覚のない意志でそう断じた。彼の永劫回帰は少しずつ、既知の世界に触覚がずれを生じさせ未知を探求するものが、その能力の一端(・・)として存在する。

 

だが、マルグリット・ブルイユ――――彼女の為に未知を探求し続けている彼は他ならぬ彼女の存在によって彼の未知を生じさせることを結果的に困難にさせていた。

 

「貴女に恋をした」この出会いが必然であり、常に既知として存在している。この出会いそのものが無くなることをメルクリウスが恐れ、ここまでの過程を決して変えようとしないからだ。

故に変化は微小。藤井蓮が渦中に巻き込まれるまでの道筋は変わらない――――筈だった。

一人の異端が生まれる。しかし、それもまた既知なのだろう。未知であるはずがない。しかし、その未来は、確固たる確信をもってここまでは変わらないという既知の流れは、予想に対してほんのわずかなずれが生じた。

 

1990年3月1日――――櫻井家に末っ子となる一人の男児が現れた。

 

 

 

 

 

 

―――2000年―――

 

僕は物心ついた時から兄が嫌いだった。

自分の兄、櫻井戒は弟の僕が言うのもなんだが出来た人間だった。およそ欠点らしい欠点が殆ど無く、才能にあふれ、顔立ちも優れていた。その上、性格まで良い。唯一、自己評価が異様に低いという点があるが、これも謙虚という言葉に変えれば十分に長所と言えただろう。

だけど、そんな兄が僕は好きじゃない。自分のことよりも妹や弟の自分を優先して全ての悪意を受け入れようとするその考え方に自分は守られなくてはならない存在なのだと主張されているようで。ましてやそんな兄が自分や姉より優れていると周りから評されていることも腹立たしかった。

 

「この地下でリザさんが保存してるってあの神父は言ってたけど……」

 

既に死んでしまった兄だが、齢10の僕は年齢相応に兄への憧れと劣等感、反抗心が存在していた。年月を掛ければ忘却がこれらの感情を失わせるだろう。しかし、今この時に兄に対して自身が上であると証明する手段があるとすれば、手を出さないはずはない。おそらく神父はそんなことを考え、僕は案の定それに乗せられて、目の前の扉を開き、目的の屍と黒い剣を見つけたのだ。

 

「兄さん。元気にしてた?って(カイン)になってて元気も何もないか」

 

胡散臭い神父(ヴァレリア)に持ち掛けられた提案は、当時の僕にとってとても魅力的であり、未来の僕には後悔を生むであろうものであった。

 

黒円卓の(ヴェヴェルスブルグ・)聖槍(ロンギヌス)の継承と黒円卓に名を連ねる権利

 

元々この聖遺物は櫻井の家系が引き継ぐべき聖遺物だ。だからある意味当然の提案とも言える。だが、ヴァレリアは提案するだけで、強要はしなかった。

 

(本当はその気もない癖に……)

 

だが、あの神父は口先ではそうやってどちらともとれる選択肢を提供するが実際は誘導していたのだろう。その言葉の白々しさは薄皮一枚捲ればまるで逆のことを言っている。元々トバルカインを自分に引き継がせる気だと。カインと化してなおクリストフに対する憎しみを隠さない兄より、僕が引き継いだ方が御しやい。単純にそう思われていたのだ。

 

「でも、そんなことは別にどうでもいいんだよ」

 

他人の目的がどうであれ関係ない。僕が望んだものを与えてくれるというのなら喜んで貰う。

末っ子であることが、そして同胞であることが彼より劣っているという事の証明にはならない。だから、自分が兄よりも、他者よりも優れていることを証明するために――――

 

「その聖遺物、僕に頂戴。兄さん」

 

この日、僕は自分から運命を踏み外した。

 

 

 

 

 

 

聖槍十三騎士団黒円卓――――この組織は双首領のある約定を果たす為に創られた組織であり、そこに所属する彼らは人間離れした化け物である。その黒円卓の第二位になった彼は経験を積むために世界を渡り歩いていた。

彼が聖遺物を有してから4年。聖遺物を扱う者としては非常に短い期間ではあるものの、カインの特性を鑑みれば所有している期間は短い方が好ましい。

そんな彼は今、この黒円卓の約束事を果たすために他の団員に比べて遅れつつも諏訪原市内に辿り着き、現在諏訪原市に駐留している団員の中で指揮権を握っている聖餐杯(ヴァレリア)に教会で出迎えられていた。

 

「久しぶりですね」

 

「うん、そうだね。ここの教会で黒円卓に名前を連ねて出た時が最後じゃないかな?」

 

黒円卓の正装であるナチス時代のドイツ軍服にルーンを刻んだ腕章をつけた黒髪の少年が教会の入り口を開いて、ヴァレリアから投げかけられた挨拶に答えていた。

 

「それはそれは、時の流れというものは早いものです。しかし……最も年若い貴方が一番最後に来るとは。貴女の姉であるレオンハルトは一番最初に来たのですよ。それとも何か遅れた理由でもあるのですか?」

 

「いや、ないよ。これでも少しは急いだんだよ」

 

困ったなどと言いながら、にこやかな顔で、ヴァレリアは子供を諭すように声をかける。しかし、少年は少しも悪びれた様子を見せることもなく、そんな事を言って遅れたことを悪いとすら思ってない様子で肩をすくめた。

 

「貴方の場合、その少しというのは謙虚でも嘘でもない事実ですからね。日本人は謙虚さが美徳だと言われているのではないのですか」

 

「日本人らしさより、自分らしさのほうが大切でしょ。人は人、僕は僕さ」

 

「……まあ、私は構いません。では、わかっていると思いますが、改めて説明しましょう。我々の目的を果たす為にこの諏訪原市でスワスチカを開く為の儀式を行います。今現在、開いているスワスチカの数は1つ。残るスワスチカは7つで、順当に事が運べば、我々7人全員が黄金錬成の恩恵を受けることが出来ます」

 

「ただ、目的を果たすためには敵が必要でしょ?その相手は?」

 

ヴァレリアの説明を聞いて、確認事項を確かめるように彼も問う。

 

「既にこの都市にはいるようですが、残念ながらその標的であるツァラトゥストラが誰か、という事に関しては我々にもまだわかりません」

 

しかし、意外にも返って来た返答は予想とは違い、まだ分からないというものだった。遅れてきた分、すでに情報収集は済んでいるのではないかという期待もあったのか彼は拍子抜けした様子を見せる。

 

「でも、居るには居るんだ。検討はついてるの?」

 

「ええ、ベイとマレウスはここ数日、毎晩追いかけ回していますよ。我々はそれ以外の場所・時間で網を張っている状況です。少なくとも、ベイは外部から来た人間だと予想していますが、私は逆にこの都市に住んでいる人間だと思っています」

 

「まあ、そのあたりの機微は僕には分からないから、60年以上その手の界隈に触れてる大先輩方に任せるよ。僕は僕の役割を果たすだけさ」

 

どういう根拠からヴィルヘルムが敵は外部の人間であると予想し、ヴァレリアは逆に在住している人間であると予想しているのか。言葉通り、彼にはそれを決めるための判断材料を持たないので分からないという。

 

「ええ、そう言うと思っていました。基本的には他の人達同様、ある程度好きなように動いて構いません。ですが、出来れば現時点でスワスチカを開くのは止めていただきたい」

 

「先に開いて相手に勘付かれるのを避けるため?」

 

答えは否で、ヴァレリアにとって目的は別にあるが、それを知らせるほど彼との関係は近しくもない。なのでその勘違いに乗る事にする。

 

「まあ、そういう事です。わかっていただけたなら――――」

 

「わかった。じゃあ、僕なりに探してみることにするね」

 

役者も手札もまだ揃ってはいない。しかし、着実に舞台は整いつつあった。

 

 

 

 

 

 

街にたどり着き、聖餐杯と話をしたその翌日の夜。

夜道を出歩く一人の青年を見かけた。虚ろに近い表情で、まるで夢遊病者の様に歩いている。

 

「ねえ、こんな夜更けに何してるんだい?」

 

そう言葉を投げかけられて、青年ははっとした様子を見せ、自分の現状を見て驚いた様子でこちらに向く。

 

「え?いや、何で……」

 

「ふーん」

 

これはさっそく当たりかもしれない――――意識が無かった人間が、声を掛けられたことで覚醒する。聖遺物に使われている人間(活動位階)のような様子を見て、何となく彼はそう思えた。

 

「初めまして、もしかしたら貴方が僕らの待ち人ですか?」

 

相手の反応は芳しくない。まあやむ得ない。彼が仮に当たりだとしても、まだ活動位階。自覚のない現状では混乱するのも仕方ない。それでも、この時期に、この時間帯で、こんな症状を起こしているのなら彼は十中八九関係者だ。

そして、おそらく黒円卓を代表し最初に会話をするのだから、ここは仰々しく、少しばかり気障ったらしくと慣れない敬語を使って話しかける。

 

「聖槍十三騎士団黒円卓第二位、櫻井誠と言います。貴方との関係を端的に言えば――――」

 

どう表現しようか?そう一瞬思うも、単純明快な答えは台本を読むかのようにすぐに出てきた。

 

「敵というやつです。ツァラトゥストラ」

 

――――かくして物語は始まりを迎えることとなる――――

 




櫻井誠
形成時ステータス
 ATK3 DFE2 MAG2 AGI3 EQP1

比較例
櫻井螢(形成)
 ATK2 DFE2 MAG2 AGI2 EQP2
原作トバルカイン
 ATK4 DFE2 MAG1 AGI4 EQP4

スワスチカ(1/8)

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